ここ「日産座間記念庫」には、日産車や日本車の歴史を彩ったクルマたちばかりが、一時の眠りについているのではない。
市販車が開発される段階で造られた「先行開発車」や「実験車」までもが、保管されているのだ。まさに「座間記念庫」の価値を何倍にも高める「貴重」なクルマたちもたくさん現存保管されているという訳だ。
まずは左の画像を見て欲しい。
一見するとS15シルヴィアの単純な「亜種」の様だが、何を隠そう、このクルマこそが「Z32」で途絶えてしまった「Z」の歴史を蘇らせた記念碑的な「実験車」なのだ。
「赤い四気筒Z」
と呼ばれたこのクルマは、大きく重くなりすぎたZの歴史を顧みて、新しい時代の「Z像」を模索する為に造られたのだ。
ベースは前記の通り「S15」シルヴィアだが、ホイールベースを伸ばされ、前後のオーヴァーハングを切り詰め、フロントには、2.4L4気筒ができるだけ後方になる様に押し込まれていた。
さらに重量バランスを整えるために、バッテリーは後方に積まれている。
この「赤い四気筒Z」の後に、R34GT-Rをショートホイルベースに改造し、V6エンヂンを搭載したFRの「実験車」、俗に「チョロQ」と呼ばれるスタディ車が造られ、Z33の操縦性などの検討がされた事は有名な事である。
さらに、僕がフロント・フェンダーなどのツギハギした様子から「ブラックジャック・モデル」と呼んでいるR32(改)・・・いやいや「先行試作車」にもめぐり合えた。
これは、やはり「R32」のホイールベースをストレッチし、ショート・オーヴァーハング化を図り、V6エンヂンをエンヂン・ルームの後方に搭載した、先行試作車である。
そう、このクルマは「フラッドライド」を具現化するために造られた「V35スカイライン」の試作車と言って間違いないだろう。
普通は、苦労してハンドメイドされた、こうした試作車でさえ、最後には取り壊されるのが常なのだが、こうして日産の歴史を支えたという観点から残され保存されている事は、賞賛に値するだろう。
色々な意見はあるだろうが、新しい時代のスカイライン像を造ったV35の先行試作車と、再起は不可能か!?と言われたZ33を蘇らる原点となった「四気筒Z」が残されている事は、まだ、日産には自らのブランドに対する歴史観を残そうとする気概があるのでは?と思わせる存在意義があると思うのだ。
出てくるクルマ、出てくるクルマたちが、非常に魅力が薄く、バックボーンになる歴史観が微塵も感じられなくなった、最近の日産にあって、これらのクルマ達が存在している事実は、一筋の光を見たような気がするのだ。
無知 自分の会社の事も知らんでなにが開発だ。
https://minkara.carview.co.jp/userid/124785/blog/1279816/
これらのクルマたちを見て、もう少し日産というメーカーの行く末がどうなるか?期待して見ていようと感じた次第なのだ。
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2008/01/25 01:56:34