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徳小寺 無恒のブログ一覧

2005年10月22日 イイね!

徳輝 ハコスカGT-X 忘れえぬ一台

徳輝 ハコスカGT-X 忘れえぬ一台僕が小学生の頃、ある日突然、我が家の駐車場に美しいブルーメタリックのクルマが舞い降りてきた。

それがスカイライン2000GT-Xであった。

それまで、ハードトップにしかなかった「ツゥインキャブ」の2000GT-Xが、その人気に後押しされる形でセダンにも追加されたのだ。

まぁ馬力はグロスで130PSというのだから、今ではちょっとしたコンパクトカーでもありふれた馬力だが、当時としては破格の強馬力で、僕達クルマ好きな小学生にとってはスーパーカーみたいな存在だった。。

当時としても、ブルー・・しかもメタリックのボディ・カラーは珍しく、どこを走っても注目の的で、そのGT-Xの助手席に乗る事は、本当にうれしくて休みの日がやって来るのが待ち遠しくて仕方が無かった。。

そんなハコスカのカタログが、門外不出の宝物として某所に隠してある。

今日は天気も悪く、時間が少しできたので、その場所からカタログを出して眺めて見たのだが、もう何百回も見た筈なのに、どうしても心が高まってしまうのだ。



まずは4ドアGT-Xのカタログ・・・

イメージカラーは「シルバー」だったが、なぜか一番大きな写真のGT-Xのボディカラーは「グリーンメタリック」で紹介されていた。

その「グリーン・メタリック」の紹介の欄には

「その精悍さ、凄味はヨーロッパのスポーツカー的なイメージ。あらゆる用途によく調和します。」

とあった。。。

「ボディーカラー」ひとつひとつに、丁寧な説明が入るのが、なんとも時代を感じさせて面白い。。

ちなみに、我が家に来た「ブルー・メタリック」の説明は。。。

「南太平洋の空の色。胸すく軽快なイメージは、これから流行する若さあふれた最新カラーです。」

とあった。。。

当時20代後半だった親父は、どうしてこの色を選んだのだろう・・・そんな思いを持ちつつカタログのページをめくった。



装備のページに入ると、真っ先に目に入ったのが「5SPEED」のエンブレムのところ・・・

いまじゃMT自体がレアなアイテムになってしまったが、当時はマニュアルで、しかも5速なんて、まったく夢の装備だったのだ。

スカイライン以外でも、リヤに「5速」とかバッヂを付けたクルマが結構居て、それがまたひとつのステータスになっていたのだ。。

もちろんウチのGT-Xも5SPEEDで、当時としては短いシフトレバー・・本格的なコンソールボックスが、子供心にスポーツしてて、さらに、そのコンソールからはタンブラータイプのスイッチが生えていて、そこで「ウインド・ウオッシャー」や「ヘッドライト」などの「ON・OFF」を行うようになっていて、またそれがメカニカルな感じがして、僕はスカイラインの魔力に魅せられてしまったのだった。。。

そうそう、GT-Xには実はオーナーの心を擽るスペシャルな装備が隠されていたのだ。

それは・・・

GTバッヂがゴールドであること、ホイールキャップのセンターオーナメントとホーンパッドに「GT-X」の文字がゴールドの背景に精悍にしつらえてあったのだ。。



かつての日産車には、こんな粋な特別感がオーナーのハートをくすぐったものだ!

僕のLIMITED号も、LIMITEDオンリーの「SSSレッドバッヂ」が奢られており、それが何物にも代えがたい誇りになっている。

スカイラインもR34までは、トップ・スポーツモデルは「レッドGTバッヂ」、豪華絢爛グレードには「ゴールドGTバッヂ」と、通常の「GT」とは差別化されていた。

さらに、スカイラインもジャパンの頃や、ブルも910の頃のターボモデルは、窓のサッシュやテールランプが「ブラックアウト」されていたりもしたものだ。。。

最近の、儲け一辺倒の日産では、こういった心憎い演出はまず不可能だろう。。。



カタログを見て、当時の広告のライブラリーを見ていると、不器用だけど日産というメーカーの、ひた向きさや拘りを感じて、僕は本当に懐かしい気持ちになってしまった。。

当時のハコスカの広告なんて、今見ても、本当に新鮮で、印象的で、忘れられないモノばかりだ。。。

そういえば、過去のブログでもスカイラインの広告をいくつかご紹介したが・・

愛 のスカイライン こんなに印象的な広告は無いだろう名作だ!:
http://carlife.carview.co.jp/User.asp?UserDiaryID=158227

回顧 スカイラインジャパンのCMは涙が出るくらい感動的だった。。:
http://carlife.carview.co.jp/User.asp?UserDiaryID=197789

魅惑 R32スカイラインCM田中広子のまなざしにドキドキ:
http://carlife.carview.co.jp/User.asp?UserDiaryID=197724

どうも最近は、広告自体も無味なモノが多くて、クルマを買うんだっていうドキドキ感が薄くなってしまった様に思える。。

売れる事も大事だろうが、いかに人の心を掴むかという事も大事だろうに・・

折りしもモーターショウも始まったし、古いカタログを見ながら日産の行く末を案じるのであった。。
Posted at 2005/10/22 17:28:19 | コメント(3) | トラックバック(0) | スカイライン | クルマ
2005年05月14日 イイね!

純金 のバッジを付けたスカイラインを知ってるか!?

純金 のバッジを付けたスカイラインを知ってるか!?18金とか「金色のGTバッヂ」ならご存知でしょうが・・・
本当にフロントグリルに「純金」のバッヂをつけた特別なスカイラインがあった事をご存知でしょうか・・・

昭和51年9月18日~19日の二日間で、限定400台の

「2000GTX-Eゴールドカー」

がそれであった。。。

これはスカイラインというブランドが誕生して20周年を記念して企画されたもので、

1).専用ブロンズゴールドメタリックの外装色
2).専用ワインレッド内装色
3).スカイライン専用アルミホイール
4).沃素(現代風に言えば「ハロゲン」)フォグランプ

5).純金記念バッヂ


が装着されていた。。。



値段は通常のGTX-Eと同じ・・・となれば希望者殺到、この二日間でなんとプリンス販売店(当時は全国に約400店)に、70万人の来場者があったというのだから驚きである!!

購入希望者は、なんと 5,000人 を超え、あえ無く抽選となってしまったのだ。。。

おそらく限定車というモノで、これだけの人間が販売店に殺到して抽選にまでなったというモノは前代未問の出来事であった。

合わせて、生産中止になってカタログもなくなっていたケンメリGT-Rの「復刻版カタログ」が造られ(1000部とも2000部とも諸説アリ)、販売!?されたのだが、それも初日午前中に完売したというのだから、その人気の高さがうかがい知れると言えよう。

考えてみれば、当時のスカイラインというブランドは、クルマを持つ者にとって「絶対の憧れ」のクルマであり、所有するステータスはかなりのモノがあったのだ。

今となってはクルマというモノの「憧れ度」が低下してしまったし、ブランドというもに対する「信望度」も激減してしまったので、この様な事はもはや考えられないと思うのだが・・・

このGTX-Eというグレードは、ケンメリGT-Rがあえ無く197台で生産中止になった事を受けて、GT-Rの足回りをそっくりGTに移植したグレードであった。。 

伝説と逸話に事欠かないスカイライン・・・

ゴールドカーの狂乱は、まさにその一端を示す例だと思うのだが、もはやこれからの国産車にそういったカリスマ性のあるモデルが生まれるであろうか・・・

新しく出来ては消え次から次へと移り変わる「ブランド」名。

「ブランド」はもはや「記号」だとは某メーカーの言葉だが、果たしてそれでよいのだろうか・・

カリスマ性までは言わないが、もっとブランドというものを大切に育て上げ、多くの人に親しまれるモノに育てる事は、クルマというモノへの親しみを増し、しいては、それが販売の向上にも繋がると思うのだが、皆さんはどう思われただろうか?

インフィニティ・ブランドの登場で消滅が危惧されている「スカイライン」、そして消えては浮かぶ「ブルーバード」のブランド消滅説・・・

ひとりのクルマ好きとして、日産車のファンとして静かに注視してゆきたいと思うのだ。。。。。
Posted at 2005/05/14 09:04:39 | コメント(4) | トラックバック(0) | スカイライン | クルマ
2005年05月08日 イイね!

足跡 R30スカイラインRS アクアポリスに散る!

足跡 R30スカイラインRS アクアポリスに散る!R30スカイラインのRSと言えば、限りないパワーウォーズの尖兵だった事は言うまでも無かったが、このRS無くして、この後のGTS-RやGT-Rの活躍は無かった・・とも言える、ある意味でスカイラインの歴史の中の重要な意味を持つクルマであった。。。

その心臓には、一代限りとなったがFJ20というユニットが積まれ、開発の時点から一代限りのエンジンになる事が分かっていたので、それまでに得られた日産レーシングエンジンのノウハウがふんだんに詰め込まれたエンジンであった。。。

しかし、短期間の開発が必要条件であった為に、エンジンのベースは既存のクルマのエンジンが選ばれ、そのベースは当時からタクシーなどの商用で主に使われていた「H型」が選ばれたことも現在では有名な話である。。

しかし、ベースの「H型」がOHVだった為にカムシャフトがセンター部分にあり、それをそのまま流用してカムシャフトの駆動用の二段掛けチェーンの中間軸として使われている事は意外に知られていない。。。


さて、そのR30RSだが、レースシーンでの活躍はつとに有名だが、じつはラリーの世界、しかもWRCに打って出てたことは知られていない。。

1982年5月、アクアポリスラリーに見慣れる東洋のクルマが出ていた。
そのクルマこそがR30スカイラインRSであった。

ドライヴァーは、業界では知る人ぞ知る「柑本寿一」。

クラスは、ほとんどノーマルに近い「A」クラスで出場。



一時は「A」クラスのトップを走っていたが、結果は半ばでリタイヤ・・・
吸排気の交換とヴァルブの強化のみというライトチェーンのプライヴェートカーが、一時とはいえトップを走った事は異例の事で、現地のマスコミにも大きく取り上げられたのだが・・・

なぜか日本のマスコミでは、まったく取り上げられる事は無かった。。。

スカイラインと言えば、レースのイメージが強いが実はラリーでも善戦していた事をぜひ知って頂きたいと思う。

私の「復活!ブルーバード」でも、初代であるが「スカイライン」のラリーでの活躍をコンテンツしているので、そちらもぜひご一読頂ければ幸いである。

それにしてもスカイラインというクルマは、こうしても逸話が多いクルマなのであろうか?まったく不思議なクルマである。
Posted at 2005/05/08 13:07:10 | コメント(2) | トラックバック(0) | スカイライン | クルマ
2005年05月03日 イイね!

無敵 0.02秒の激闘 '71年日本GP

無敵 0.02秒の激闘 '71年日本GP'71年5月3日 日本GP TSレース・・・
この日の激闘は後々まで語られる死闘であった。。。

「GT-Rの敵はGT-R」


まさに、その言葉を地で行くレースだった。

実は、その日私はこのレースをじかに見る事になったのだが、当時の私にとって、「クルマって真横にも走るんだ・・」なんて思った事を思い出した。

富士の各コーナーを、長谷見が高橋が華麗なテクニックでハードトップGT-Rをカウンターを当てながらライヴァル達を引き離して行った。。



その様を見て、僕は「クルマは真横に・・」と思ったのであった。

すでにGT-Rは、R380と同等のタイムをたたき出すまで成長し、さらにタイムは短縮されようとしていた。

特にこのレースでは、グリーンストライプの長谷見と、レッドストライプの高橋の一騎打ちの様相を呈していた。

高橋国光と長谷見昌弘は、互いのめまぐるしく順位を入れ替えながら、接戦を演じ、さらに周回ごとに3位以下を3秒づつタイム差を付けるという尋常で無いレース運びを演じた!

まるで富士のコースは、この二台の為に存在しているような錯覚に陥ってしまった。。

15周目、最終ラップ最終コーナーを抜けた長谷見GT-Rが、先行する高橋のGT-Rに目掛けてスパートした。
スタンドで見ていた観客は、長谷見が高橋を抜いたと錯覚した!

しかし、実際には長谷見は高橋を抜いてはいなかったのだ。

その差 0.02秒差


まさに微差であった為、スタンド上からは逆転したかのように見えたのだった。

「GT-Rの敵はGT-R」という言葉が生まれた日であった。。
Posted at 2005/05/03 19:50:38 | コメント(2) | トラックバック(0) | スカイライン | クルマ
2005年05月01日 イイね!

豪雨 ハコスカGT-R 50勝目豪雨の勝利

豪雨 ハコスカGT-R 50勝目豪雨の勝利ブログを始めて、過去の歴史がだんだんと色褪せている事に気付いた。

私ひとりではどうする事もできないが、せめてこのブログを読んで頂いた方々にはこういった日本車の歴史があった事を伝えたい・・と思い、これから徒然であるが、過去の歴史にも触れてゆきたいと思うのだ。。

もちろん、本家の復活!ブルーバードでも、もっと詳細に伝えて行きたいと思うので、ぜひ応援して欲しいと思うのだ。

さて、今回は有名でありながら、ハコスカことKPGC10 GT-Rの50勝目がどんな様子だったかをブログしたい・・・

'72年3月20日
前日の晴天が嘘のように荒天模様の富士スピードウェイ。
まさにバケツをひっくり返した・・という形容が当てはまる豪雨と、風速18m/secという強風が富士の裾野を襲っていた。。

予定の時刻になってもその豪雨と強風は止む事が無く、どんどんとスタート時刻はずらされて行った・・

その間にも、水はけの悪い富士のコースは雨水が溜まり、正面のストレートでも水深は10mmを超えようとしていた。。

時刻は15時を過ぎたがスタートできない・・・

その間にも、トヨタやマツダのプライヴェート・カーの中には強風でドアのヒンジが破壊されて出場ができないクルマが出てきた。。

15:10分、オーガナイザーから周回数は20周から15周に短縮する通知がなされ、レースは始まったが・・・

深くなったコース上の水膜に足を取られて、一周目を終える頃には多くのマシンが姿を消していた。

7周目、その危険な様相からオーガナイザーから15周からさらに12周に短縮される通知がされたが・・

そんな悪天候中、高橋国光と久保田洋史のGT-Rは確実にライヴァル達を引き離して行った。。

その時のラップタイムは2分40秒台。。



ちなみにGT-R以外のロータリー勢のラップタイムは3分20秒であった事から、いかにGT-Rのスピードが異常であったかがお分りになるだろう・・

15時45分・・・

高橋国光のGT-Rは、川と化した富士のコースを強烈な水しぶきを上げてゴールした!!
その時は、ますます豪雨がひどくなり、スタンドの観客も避難するような状況であった。。

高橋国光 スカイラインGT-R 周回数12周 タイム35分34秒88・・・

なんと二位以下は、その余りにも酷い豪雨と強風の為に、タイムが計測ができなかった・・という前代未聞のレースであった・・・

そんなレースを私たちは、直接体験でき、それがスカイライン神話となったのだ・・・

レースに出ないスカイライン、過去の栄光にすがった姿を正直、にがにがしく思っていたが、R32になりGT-Rが復活した時には、どれほど嬉しく思った事か・・

かつて日本で、これほど熱くレースされていた事を、私は伝えて行きたい・・・


シリーズ ロータリー VS GT-R

「運命 GT-R 50勝とロータリーの逆襲」:
https://minkara.carview.co.jp/userid/124785/blog/303382/





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Posted at 2005/05/01 12:40:25 | コメント(3) | トラックバック(0) | スカイライン | クルマ

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「後視 いやぁこんなに簡単なバックカメラがあったなんて!! http://cvw.jp/b/124785/23876370/
何シテル?   01/04 14:54
無類のクルマ好きで、日産車を愛してやみません。 徳小寺 無恒のHNを引っさげ、かつての愛車、ワインレッド・パール・ツゥートンのU14ブルーバードの話題を軸...

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