
僕は基本的に夏には帰省しないのだが、今年は去年一年帰省しなかった事や、親戚への挨拶などがあって、何十年かぶりに帰省したのだ。
行きは、11日の23時に出発したのだが、事故渋滞が連発して15時間以上かかって廣島へ行く事が出来た。山陽道も以前とは違ったポイントで渋滞が頻発しており、どうせなら「中国縦貫道」を使って遠回りになるが、止まることなく移動した方が・・・・・と反省しきりだった。
帰りは15日に廣島を出発したのだが、渋滞のポイントである「宝塚」付近は拍子抜けするくらい順調であったが、これが「名神」に入ると一変して大渋滞にはまってしまった!!
帰省のUターンラッシュと、迂回路となる 「京滋バイパス」 も前日の集中豪雨で、がけ崩れなどが起きてしまって、通行止めの区間が出来てしまい、結果 「名神」 にクルマが集中して、さらに輪をかけて渋滞が酷くなった事が分かったのだ。
そこで、僕は 「京滋バイパス」 の行けるところまで走って、下道を抜ける作戦に出たのだが、今度は、前日の豪雨の影響で、
まだ、この辺りは水が引いて、泥も乾いているのだが・・・・それ以外ではまだまだ泥水が。。
宇治市内の至る所で、泥水が残っており、その処理もあって渋滞が起きていた。そして、裏道を駆使したのだが、「名神」の渋滞を抜けて降りてきた他の連中とも重なってしまい、予想以上に時間が掛かってしまった。
という事で、15日は「大津」市内へ一泊して、渋滞を回避する事にしたのは、ブログした通り。
ゆっくりと温泉に浸かり、翌16日は8時頃宿を出て、「新名神」 を使って 「東名」 へ出る作戦に打って出た。
ココも渋滞ポイントである 「亀山」 や、その先の 「四日市」 も恐ろしいくらい順調だったのだが、「東名」に出て突然、またまた渋滞に嵌ってしまった!
ワンセグや交通情報のラヂオで確認すると、朝8時50分くらいに、クルマ四台が絡む追突事故が起きた・・という事で、車線規制が行われ、その影響でという事だったが、「岡崎」の少し手前から、「音羽蒲郡」、「赤塚PA」を過ぎて渋滞しており、この通過に二時間近くを費やしてしまった!!
「赤塚PA」を過ぎて登坂車線を上るのだが、その丁度、登坂車線の終わったところで、
他のクルマは撤去されていたが、コイツだけふてぶてしく残っていた!こんな場所でどうして追突するか理解に苦しむ。
他の車両は撤去されていたが一台だけ、車線を塞いで止まっていた。
登坂車線の最終部で、その時間には渋滞も無く、なんで、こんな場所で追突事故を起こしたのか理解に苦しむシュチエーションなんだが、どうせ、日頃運転もしないサンデードライヴァーが無理な追い越しをしてとか、一台がコントロールを失って、そこへ他のクルマが・・・というパターンではないだろうか。
今回も、何時もとは違う挙動のクルマが 異常 に多くて参った。たしかに不特定多数の人が利用する公道なんだが、周りのクルマの流れや走行レーンを守った、最小限のマナーくらいは考えて欲しいと思うのだがねぇ。
渋滞を抜けると、これがまた順調で、ただ、渋滞中に 「新東名」 で事故マークが出ていたので、「東名」で帰ろうとしたのだが、「新東名」直前で、VICSの事故情報が消えたので、「新東名」経由で帰宅した。
行きは、大雨で「新東名」の威力を実感できなかったが、帰りは、滑らかな路面に、目に直接光が入らないトンネルの照明に感心しながら、事故渋滞の時間を加えても予定よりかなり早く帰ることが出来た。
今回は、行きも帰りも、とにかく「事故」が多く、単独で中央分離帯に突っ込んでいるのを2回、追突事故を起こして路肩に止まっているのを4回、バーストしてホイールだけになったワゴン車を2台も見てしまった。
毎回、こうした帰省の時期には 「事故だけには」 というアナウンスを良く聞くが、相変わらず、その声は届き憎いモンだと実感した次第だ。
Posted at 2012/08/17 12:43:43 | |
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