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徳小寺 無恒のブログ一覧

2016年01月09日 イイね!

重焼 2016年お好み焼き焼き初め

重焼 2016年お好み焼き焼き初め 2016年も始まって10日が過ぎた。おせちは、とっくの昔に無くなったが、ふと「お好み焼き」が食べたくなって、ホットプレートを引っ張り出してお好み焼きの焼き初めと相成った。

 我が家でいう「お好み焼き」は、混ぜたものは「お好み焼き」とは言わず、あくまで野菜などを重ねて焼く、重ね焼きのスタイルの廣島流儀のモノを「お好み焼き」と言っている。

 さてさて、ウチでのお好み焼きを完成するには、本当なら鉄板が良いのだが、そこは実用的なホットプレート、それも通常より大きめのホットプレートを探して、それを使っている。

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ホットプレートを温めて、まずは生地を薄くのばしてクレープ状にする。


生地を薄く伸ばしてベースを作る。

その生地の上に、うず高くキャベツなどの野菜を載せて、その上に豚のひき肉を敷き、繋ぎの生地を軽く垂らす。


キャベツやもやしなどの野菜をこれでもか!と言うくらい載せて、最後に豚バラ肉を敷く。隣では焼きそばを炒めて次のステップに備える。

 繋ぎの生地をかけたら、その隣で焼きそばをソース(我が家は醤油)で味付けしながら炒める。ここから最初の返しが待っているのだが、炒めた焼きそばの上に、隣で焼いていた野菜てんこ盛りの生地をヘラでひっくり返しながら載せるのだ!!

 これが意外に難しく、繋ぎの生地を垂らしているのだが、上手く返さないと野菜が散乱してテーブル上が大変なことになるのでご注意を。

 さらに次の工程に進むために、蕎麦の上に載せた生地の隣で、卵を割って、これを丸く整形して生地を作る、丸く整形したら(ここで卵を焼き過ぎてはいけない)、その上に焼きそば+豚バラ肉+野菜+クレープ状の生地をヘラで載せる。


混ぜるお好み焼きとは違って、次工程を考えた具材を隣で焼きながら工程が進むので大き目のホットプレートが必用なのだ。

そして、最後の返しとなって、卵生地が上になるようにひっくり返して焼きが終わるのだ。


最後にもう一回ひっくり返して、卵の生地が上になるようにして完成!

あとはヘラでお皿に移動して、オタフク お好みソース をかけて、お好みで「青のり」、「かつお節」、「マヨネーズ」をかけて完成。

更に詳しい焼き方は「おこけん(広島お好み焼き総合検索サイト)」をご参照ください。
 http://www.okoken.net/cooking/


食べるモノが無かった時代に、どうしたらお腹を満たすかでできたのが「お好み焼き」だった。

 戦後の食糧難の時代、お米なんてなかなか入手できなかったお腹を満たすために、そこら辺に転がっていた鉄板に、入手がしやすかったキャベツなどの野菜を、お腹が膨れる小麦粉のつなぎで焼いたのが「お好み焼き」の発祥。

 それが時代を経るにしたがって、野菜の種類が増え、麺が入り、豚の安いバラ肉が載せられるようになって一見すると豪華になった様に見えるが、広島の街の小さな、普通の家の一角にできた、小さなおばちゃんが焼くようなお好み焼きのお店では、500円玉を握りしめて子供がおやつに、お好み焼きを食べに行けるような庶民の味に変わりは無かった。

 最近はグルメチックに紹介されたり、高級な食材をウリにしているお好み焼き屋もあるけど、本当のお好み焼き姿は、そんな、街の中にある小さなお好み焼き屋さんが今でも本流なのだ。

 廣島のソールフードと言われる「お好み焼き」。

そんな歴史を思い出しながら、今年も「お好み焼き」の焼き初めを楽しんだ次第なのだ。
Posted at 2016/01/10 15:43:43 | コメント(2) | トラックバック(0) | 食べる | グルメ/料理
2016年01月08日 イイね!

三色 BIGパフェチョコ&キャラメル

三色 BIGパフェチョコ&キャラメル 2016年が始まって、あっという間にウィークエンドに突入したが・・・

なんだか年始の挨拶だの、実務などなどであっという間に日にちが過ぎたような気がする。

そんな時、甘いモノが無性に欲しくなってしまうのだが、仕事の帰りに コンビニに寄ると、プリン、チョコレートケーキ、ホイップクリームという、まるで正月と盆が同時に来たようなスイーツを見つけて思わず買ってしまった!!!

 結果。

見ると、甘味コテコテの様な雰囲気なんだが、甘みが絶妙で最後まで食べ飽きることなく完食できた。さてさて、なんだか妙に疲れた年始初めに、恵みの雨の様な連休が待っている。

 また鋭気を養って来週から・・・・と思っている次第なのだ。
Posted at 2016/01/09 22:01:31 | コメント(1) | トラックバック(0) | 甘いもの! | グルメ/料理
2016年01月07日 イイね!

歴史 コンパニオン に歴史を見た

歴史 コンパニオン に歴史を見た 屋根裏部屋から懐かしい画像が出てきた。

まぁ、まったく見た通りの1957年の、まだ 「東京モーターショー」 ではなく 「全日本自動車ショウ」 と言って、今では考えられないが、日比谷公園 、そう屋外でやって居た頃の画像だ。

 それでも確か10日間(11日間かもしれない・・・) で 50万人 くらいの入場者があって、如何にクルマが人々にとって憧れのモノだったかが分かるモノだ。

 画像のクルマは、日産がノックダウン生産していた オースチン・A50・ケンブリッジ のデラックス の方だ。

 5月の初旬頃にやっていたとはいえ、今でいうコンパニオンの女性には屋外での仕事で実に大変だったと思うのだが、その装いはエレガントでクルマの性格に合わせた雰囲気が実にいい感じなように思える。

 こうしてみても、クルマというモノがカジュアルと言うより、高級なもので、それこそ「いつかは・・・」だったのではないかと感じるものだ。

 それから翌々年から、場所も 晴海 の 「東京国際見本市会場」 になり、ようやく屋内開催となり、1964年頃からは 「東京モーターショー」 と名称も変わると、一気に人気も急上昇してきて、60万人台から60年代後半には 100万人を超える人が来場するようになった。

 クルマの主流も、もはや憧れというより、如何に現実的に所有するかと言う感じになって、大衆車というジャンルのクルマがたくさん生まれてきて、さらに趣味性の高いスポーツカーも続々と生まれてきたのも、この年代だろう。


1967年の日産の「サニー」のブース。

60年代になると、コンパニオンも露出こそ少ないが、如何にクルマに華を添えるかと言う役割になってきて、キレイどころがクルマに寄り添うようになってきた。

 そして1970年代に入ると、一気に日本経済も上昇の一途をたどり、ある意味で今の日本の姿形の基本形ができた年代だったと僕は思っている。例えば、1970年には大阪で万博が開催され、マクドナルド や セブンイレヴン が日本に登場して、そうそう忘れられないのが トミカ も70年代に登場したモノだ。

 まぁ途中でオイルショックなんていうモノがあったが、振り返ってみれば、それが省燃費などの技術向上につながり、そこからクルマの進化の足も速くなったと思うのだ。


ロングヘアーが流行って、ファッションもいかにもというモノより自然なモノが流行った。

 1980年代に入ると、二度のオイルショックから日本経済は完全に立ち上がり、怒涛の経済発展を迎えることになる。バブルに踊ったのもこの時代で、アイドルでいえば松田聖子や小泉今日子、中森明菜など、まさに王道を行くアイドルが続々とデヴューしたのもこの時代だ。
 
 笑っていいともとか、オレたちひょうきん族なんていう、フジTVが仕掛けた「軽チャー」なんていうのがブームになって、それからディズニーランドが開園したのもこの時代で、モーターショーに目を向けると、


ロン毛に太い眉毛・・・どっかで見たぞっていう感じで、カチッとしたデザインのコスチュームも時代を感じる。

DCブランドなんて言う高い服が売れていた事もあって、コンパニオンの制服もカチッとしたデザインのモノから、もちろん、ボディコン調のモノなどなどがクルマに華を添えていた。

 1990年代は、バブルが弾けて、世の中が落ち着くというより、バブルで経済も人も疲弊して、なかなか先が見えない時代になっていった。

 クルマの世界でいえば、ハイブリット車が登場して、最初の頃は、こんなモン売れるか!と思っていたのだが、それが地道にメーカーも改良を進めて行き、いつの間にか世の中の主流になっていった事も記憶に新しい。

コンパニオンも、バブル期の派手さは無いけど、


エラク底が高いヒールが時代ですねぇ・・・・

フレンチカジュアル調で、よく見ると靴が厚底だったりして、それも90年代を感じる雰囲気だったように思う。

 なにより90年代に入ると入場者数が減っていって 150万人台になった事も印象的で、モータショーも浮世離れしたコンセプトカーよりも、一応、未来志向の安全とか省エネをテーマにしたモノが増えて、さらに言えば・・・・クルマよりコンパニオンが注目されるようになったのも90年代だったと思う。

 こうして過去のモーターショーの資料を読んでゆくと、なんだか、クルマの生々流転や、そこに寄り添うコンパニオンの姿やファッションから、時代を感じて、ついつい時間が過ぎるのも忘れて見入ってしまい、特に50年代の、場所も時間も不自由だったけど、クルマも、コンパニオンと言うよりモデルの女性の笑顔が、なんだか生き生きとしていて、また、クルマと人が輝く時代が来るのかなぁと、懐かしい写真や資料を見ながら感じた次第なのだ。
Posted at 2016/01/07 03:28:28 | コメント(0) | トラックバック(0) | 東京モーターショウ | クルマ
2016年01月04日 イイね!

脱着 プラグ交換。簡単なんだか、そうでないんだか・・・

脱着 プラグ交換。簡単なんだか、そうでないんだか・・・ BX-Car のプラグ交換は、プラグ交換そのものは他と同じで実に簡単なんだが、そこへ至るまでが実に大変なのだ。

 電気仕掛けの最近のクルマの例にもれず、センサー類のハーネスや配線の取り回しが至る所で行く手を阻んでいるし、ご存知の様に BX-Car のメーカーは 50:50 の前後バランスに拘っており、エンヂンがかなり奥にマウントされている。

 エンヂン上部のカヴァーを外すと、奥側のダイレクトイグニッションの姿は見えるが、僕の武骨な手では正直外せそうにない・・・・そこで、奥側のエアコンフィルターや、ハーネスを支えているトレイ状のカヴァーを外すことにした。


奥側のエンヂンの上部に被さっているトレイ状のカヴァーを外すと、ようやくエンヂンが丸見えになる・・

 このトレイ状のカヴァーなんだが、実は M8 のネジ2か所と、カウル側は爪に引っかかっているだけで止まっているのだが、これが意外に簡単に外れない・・・引っ張りながら、右に左に振りながらと様子を見ながら徐々に外して行くことになるのだ。

 コツさえ掴めばサクッと行くのだろうが、1年に一回程度しか外さない部品なんで、そのコツを覚えている筈もなく(笑)

 このトレイ状のカヴァーが外れれば、後はダイレクトイグニッションをエンヂンから外す作業に取り掛かれる。

イグニッションの上部にはカプラーを外すのだが、


赤矢印のカヴァーを引き上げると、黄色矢印のカプラーがサクッと外れる(外れないこともある:笑)

この辺りは、よくよく考えらていて、イグニッションの上部のカヴァーを引き上げると、カプラーがサクッと外れる。まぁ中には、カヴァーを引き上げても、頑固にイグニッションから外れようとしないカプラーもあるが、


カプラーさえ外せば、あっけないほどイグニッションは簡単に引き上げられる・・・

ダイレクトイグニッションは、まったく簡単に引き抜けるので、カプラーが外れない場合は、ちょっとイグニッションを引き上げて、カプラーを引っ張れば外すことができる。

 後はロングリーチのプラグレンチを突っ込んでプラグを引っ張り出せばOK。BX-Car の場合、手前のプラグを回すのは250~280 くらいの全長のプラグレンチでプラグを回せるのだが、



前から三番目と四番目は、間にこのエンヂンのデバイスを駆動する駆動部が横たわり、さらに一番奥は、ボディを補強するブレスが、プラグホールの真上辺りにあって、プラグレンチが短いと回せない・・・という悲劇を味わう羽目になるので、ロングタイプのプレグレンチをお勧めする次第なのだ。



 さてさて、60,000Km に迫ろうかと言う距離を走破したプラグなんだが、思ったほどの摩耗は無く、焼け具合も良好であった。


さすがロングライフを謳うプラグなんで摩耗もそれほどでなく焼き具合も良好であった。

 当たり前と言えば当たり前なんだが、イリヂウムを溶接された中心電極部と外部電極部のイリヂウムが溶接された部分は、ほとんど摩耗が進行していなく、そうでない金属部は、それ相当に摩耗が煤でいたのは実際に見ると面白いモノであった。

 これからも、イリヂウムを両極に溶接しようとも、中心電極は大丈夫にしても、外側の電極部は、イリヂウム以外の部分の摩耗が進むので、ロングライフと言え早めの交換がやはり良いという印象を持った次第だ。

 さて、交換後のフィーリングなんだが、やはりガスペダルのツキが良くなり、奇麗に吹き上がってゆくのが実に気持ちのいいものであった。

 絶対的な燃費などの差は極端に出ないだろうか、フィーリングと言う人間の感性の部分での差は意外にあるものだと感じた。

 しかし、気持ちの良い走りの為とはいえ、毎回、あれやこれやカヴァーを外す手間は・・・・なんて思ったことも間違いのない事実だ。

これで、あと 50,000 Km プラグには頑張って欲しいと切に思うのであった。(苦笑)


Posted at 2016/01/04 21:58:08 | コメント(1) | トラックバック(0) | BX-Car | クルマ
2016年01月03日 イイね!

初弄 もうすぐ車検と言うのに暖かさに誘われてプラグを交換。

初弄 もうすぐ車検と言うのに暖かさに誘われてプラグを交換。 真冬だというのに暖かい日が続いて、この三が日も実に穏やかで暖かい日が続いた。
今年は BX-Car の車検イヤーと言う事で、今月中旬には 主治医 にお願いすることになっているのだが、この暖かさに誘われて、新品のプラグも手元にある事だし
「”やっちゃえ”自分」
と言う事で、2016年の「初弄り」としてプラグ交換を敢行した。


いつか交換しようと、買っておいた新品のプラグ。純正はNGK の「ILZFR6D11」 なんだが、僕はBOSCH の「FR7NPP332」を用意。

 いつもは「寒風吹きすさぶ」なんて状況なんだろうが、気温は12度を超え様かと言う、しかも風もない状況。

 BX-Car は、ご存知の様にメーカーが 50:50 の前後バランスに拘っているためにエンヂンがエラク奥まったところにマウントされている。


エンヂンが奥まった場所にマウントされているので、奥側は作業が大変になるのだ。

器用な御仁は、手を突っ込んで作業をしたなんて、結構作業内容を拝見するが、元来不器用な僕は王道の「兎に角、カヴァーを外しまくる!」というセオリーに従う事にした。

 BX-Car はタワーバーを入れているので、まずはタワーバーの片方を開放して作業をしやすくする。


オイル交換もすべて、このタワーバーを外さないと始まらないのだ。

 タワバーさえ外せば、後のカヴァーはサクサクと外せるようになる。まずは、大物のエンヂン上部を覆うカヴァーを外す。

実はこのカヴァーも、奥のトレイ状のカヴァーを外した方がカクンっと外れるのだが、逆に、そのトレイ状のカヴァーを外しやすくするために、今回はこのカヴァーを最初に外すことにした。


手前は簡単に外れるのだが、奥は、上にあげて右に左に、知恵の輪の様にカヴァーを動かしながら手前に引くと外れる。

 このエンヂンを覆うカヴァーは、手前は上にあげるとカクンっと簡単に外れるのだが、奥は、エアコンフィルターなどが載るトレイ状のカヴァーが邪魔をして、クリップを外しただけでは外れないのだ。

 手前のクリップを上げて外して、奥側もクリップをカヴァー全体を持ち上げて外す、そして右に左に捻りながら手前に引くと無事にカヴァーが外れる算段だ。

 このカヴァーを外したら、次に奥のトレイ状のカヴァーを外す作業が待っているのだった。
Posted at 2016/01/03 19:44:58 | コメント(0) | トラックバック(0) | BX-Car | クルマ

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「後視 いやぁこんなに簡単なバックカメラがあったなんて!! http://cvw.jp/b/124785/23876370/
何シテル?   01/04 14:54
無類のクルマ好きで、日産車を愛してやみません。 徳小寺 無恒のHNを引っさげ、かつての愛車、ワインレッド・パール・ツゥートンのU14ブルーバードの話題を軸...

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