
外観的に多くの人はU11を、売れに売れた910の形を変える事を恐れた「キープコンセプト」の究極だ・・・と見ていた。
確かに910は、一時はあのカローラでさえ販売台数で凌ごうかと言うくらい売れに売れまくったモデルで、昭和55年・56年・57年の三年間、1.6L~2Lまでの小型車の年間売り上げでトップを維持し続けたクルマだった。
そんなに売れた910のイメージをガラリと変えるには、正直かなりの勇気が必要だったに違いない。
たしかに一見すると、代わり映えのしないエクステリアだったが、それはそれなりにリファインされてより美しくなっていたと思う。
さらに正直インパネなどの建て付けが余り良くなかった910に比べ、U11は劇的に組み立て精度が上がり、質感も大きく向上していた。
そういった商品価値の向上以外にも、あまり知られていないが、このU11には日産お得意!?の
「世界初」 装備が幾つか搭載されたいた。
そのうちふたつを紹介しよう。まず一つ目は、
「電子制御3ウェイパワースティアリング」だ!!
今から見れば信じられない事だが、当時はまだ「パワスティアリング」なんて高級装備だった。
このU11も実際には、上位グレードにしか通常の「エンヂン回転感応式パワステ」が装備されてなく、これも当時の常識だった
「スポーティ車にはパワステは不用」 という考えから、U11のスポーツモデル SSS-S はノンパワーだったのだ!!!実際、当時コイツに乗ると、特に低速時の「重さ」はハンパではなく、かなり上半身が鍛えられたもんだ。。。
そんな中、この 「電子制御3ウェイパワースティアリング」 とは、速度センサーにより速度によってスティアリングの重さが変位する、言うなれば「速度感応式」なんだが、さらに手元スイッチによって、その重さの「可変具合」を変えられるという凝った仕組みだった。
具体的には、「重め(H:Heavy)」、「普通(N:Neutral)」、「軽め (L:Light)」の三段階に設定できた。今思えば「普通」の「N」が「Normal」でなく「Nautral」だったのが面白い。
次ぎの「世界初」は、これは未だに、その効果が論議されている

「セーフィティ・ドライヴ・アドバイザー」だ。
これは、ドライヴァーのスティアリングの回し加減、パターンと、運転時間、昼夜などの環境を加味して、「コイツ疲れているな!」と判断すると、クルマが「休みなさい」と催促する 余計なお節介便利装備だ。
日産曰く、ドライヴァーの疲労時に現われる運転パターンを掴んでおり完璧なモンだと豪語していたが、いまだ、その状況を正確に指摘された!?というハナシは聞えておらず、その効果は「謎」のままな装備であった。。。
さらに運転時間の累積もカウントしており、運転時間によっても「休め!」と言ってくれるのだ。。。
この装備に付いて詳しくは
みやこしさん のブログも参照願いたい。
さてさて、そんな装備の中で、世界初ではないが、「当時から・・」という装備もあった。それが

「ドライヴ・フェール・モニター」だ。
まぁこれは、「燃費計」なんだが、最近、またまた標準装備しました!エコを考えてますな~んて騒いでいるが、実はこんな昔からあった装備で、それを知っている僕たちの世代としては、珍しくも、なんとも無い装備なのだ。
親切 燃費計は環境を救えるか??
https://minkara.carview.co.jp/userid/124785/blog/5929455/
ただ当時は、本当にスゴイ装備だと思ったのは事実で、さらに、燃費だけでなく、「燃料残量」までも表示され、さらにさらに「航続距離」までも表示されるシッカリモノであった。。。
こうしてみると、やはりブルーバードは日産のある意味パイロット・モデルだった事が分かるだろう。。そして、この装備や、「FF化」や、その他の装備や機能の充実などをして
「レヴォリューション:revolution(革命)」でもなく、「イノヴェーション:innovation(革新)」でもない、「エヴォリューション:evolution(進化)」
を具現化している・・・と思うのだ。
そのU11も、正直、なかなか売上げが上がらず2年後に予定通りマイナーをしたが、かなり大掛かりなものとなった。
名曲 Rhapsody in Blueが流れたブルーバードのCM
https://minkara.carview.co.jp/userid/124785/blog/221389/
単純なリデザインだけでなく、トレッドの拡大や全長などの見直しがされ、随分と外観のイメージが変わった。
ブルーバード初の「FF化」や、大ヒットした910の後を受ける・・と言った想像以上のプレッシャーの中、U11は外観的キープコンセプトで日産を支え続けた。
正直、ブルーバードの歴史の中で評価が芳しく無いのだが、現代に通じる装備や機構の数々など、今見直すとなかなか「芯」のあったモデルであったと言える。
その後の名車と言われる「U12」も、こうした先人があって初めて出来上がった事を忘れないで欲しいと思うのだ。
それは、歴代のブルーバード、いや多くの国産車にもいえるのだ。
そうした歴史観を無視して、如何にもヒットしたモデルだけ論じる軽薄な思想が横行している実態を見るに付け悲しくなってしまう。
それが、クルマのオーナーだけでなく、メーカーにもその一端が見え隠れする事も嘆かわしいものだ・・・
せっかく日本車の歴史も、ここまで積み重ねて来た現代、こうしてU11というブルーバードを思い起こすだけでも、多くの教訓や学ぶべき点が多く見られるのだ。
そうした歴史観を大事にする考え方を大事にして欲しい・・僕はそう願って止まないのだ。
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Posted at 2007/11/24 23:57:01 | |
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