
2月の同僚病欠による勤務振り分けの気苦労と、それによる労基ギリギリの辛い就労に続き、アタシの転勤話となったが…
アタシが欠員して以降は、他部署から人材を借り受ける予定が、そちらも色々と出てきて期待する程は借りられない事になり、そのまま自部署の勤務予定を立てれば労基法の違反は不可避。
最も大変な自分の準備を差し置いて、自分がいなくなった以降の事に延々と頭を悩ませる日々が続き、引っ越す実感…ってより準備はおろか、その事を考え込む余裕すらないまま、現実的には着実に日々は過ぎていき…
3月に入ってなお、3月の(自分以外の)勤務予定が決まらなかったが、まぁ優しく言えば上司や本社にキレて(笑)、なんとか借り受け人材を強引にブン取って数字的に違反しない程度に予定を立て、あとはもう知らねぇ!と丸投げする(笑)
そこから、やっと自分の職場内の異動手続きの諸々や…
そんな状況だったので、そもそも予定してた日程で引っ越せるのかも不安だったので、やっと引っ越し業者へ連絡するが、案の定ほとんどの業者は予定日は不可。
なんとか赤棒さんだけ、予定日で引き受けてくれた。
そんなこんなで、ようやく自分の人生経験でも一大事を迎える実感と、実質的な準備ができたのは、ほんの数日前。
【3/8~9】
自部署での仕事は、あと2回。
翌・最終日は天気が思わしくなさそうなのと、どのみち職場の荷物を大量に積み込んで帰る事を考えるとアコード通勤となるので、この日の泊り仕事が最後のロドスタ通勤。
そして仕事が明けて…もちろん最後の「オープン退勤」。
郡山転勤中にカブリオレのマーチに乗って以降12年…とくに、かの地の仕事は心身ともに辛く、プライベート以上に悲喜こもごもな仕事明けだからこそ、屋根を開け陽や風を浴びての帰路は、より思いも様々だった。
…その最中に、
グーグル・ストリートビューのカメラに撮られた事も(笑)
以降、車やルート(仕事先)が変わっても、ずっと当然だったルーティンも最後と思うと、道筋以上に上方向も見入った朝帰りだった。
【3/9~10】
地元での、最後の仕事。
仕事中も夜通し、頭で事実は分かっても延々と気ぜわしい思いばかりだったが、朝になって昼仕事の方々が続々と出勤してくると、これを眺めるのも最後なのかと、急に込み上げてきた。
そして客先からは、立派な菓子の詰め合わせが。
入社以降の仕事は多数の客先を回ったり、その後は内勤で電話ばかりだったので、今回のように一つの客先とジックリ向き合うのは初めてだったが…
こうして「別の会社の方々」まで送り出してくれるのは、嬉しい限り。
他に、同じく客先に出入りしてる業者さんからも餞別を頂き…
そして同僚の若いのからは、なんとザクのコップが!
…アタシ自身ガンダムは、小学生の頃に夢中になった名残で、初代だけは機会があれば引きずってるのと、とくに大人になり軍事マニア的な興味が増すと、物語には出てこない設定や考証こそ興味津々だったが、一度んな話を熱く語ったら、そいつも興味津々になったって流れも(笑)
過去、
台場でシャアザグのコップを買ったが、前任地に置いてきちったと話したのも、覚えててくれたらしい。
まっとうな人生を歩んでれば、自分の子供でもおかしくない歳の差ながらアタシを慕ってくれて、ぶっちゃけ上司とかに気に入られるよりも、はるかに嬉しいやね♪
…こうして若いモンとも違和感なく接せられるのも、やっぱ車好きが高じて世代に関係なく楽しめる機会に、恵まれてるからなのかも。
そして、そんな餞別は大事に助手席に積んでの、正真正銘「最後のクルマ退勤」は、案の定の涙雨。
社会人になって30余年、ずっと車の通勤が当たり前で、その大半はわざわざ遠回りして運転を楽しみながら帰ってきたルーティンも、これで終わり。
「次の通勤」からは齢五十にして…それこそ学生時代の通学も含めて交通機関を、それも見知らぬ地で利用するという、いわゆる通勤地獄という未知の世界に飛び込んでいくのだなぁと、じわじわと実感が湧いてくる。
【3/11】
引越し休暇に突入し、まずは新天地へ旅勃つ前に床屋へ。
遠回りでの海沿い道…普段の退勤とは逆ルートながら、いつものように通ったこの道も、これで通るのは最後か。
そして今年は、我が人生の一大事まっただ中であり、また世もコロナの話題で持ち切りだったのもあり、「この日」の思いは薄かったが…
あれから9年、すっかり生まれ変わった光景を、最後に目にして福島を離れるのかと、ここにきて思いも募ってくる。
進行途上、直前まで気にしてなかったが、まさに曲がる交差点を赤信号で停まった瞬間、
昨年ロドり下衆どもと訪れた早咲きの「河津桜」を見た場所を思い出し、すんでのところで舵を切る。
ほぉやはり暖冬の影響か、一日違いの昨年よりも、いい咲きっぷり♪
奥の火力発電所も、津波被害からの復旧・新世代発電への発展と、震災を象徴する一つ。
そして床屋へ。
この店の同級生も、アタシの出向にはビックリしてたが、すでに娘が進学だか就職だかで、首都圏で一人暮らしをしてるというので、話は参考になる。
もう予定はキツキツなんだけど、こんな状況だからこそ余計に、ついつい長居してしまい (^^;)、やっと店をあとにして、ほど近くの100円ショップで引越し後に使う用品を買い出し。
買い物を終えて、車に乗り込んだ瞬間に14:46を迎え付近の消防署から、けたたましく鎮魂のサイレンが。
ここまで、ちと気ぜわしく動いてたが…
この間はじっと車内で、サイレンが止むまで思いを馳せる。
床屋までの往路は、まさに大きな被害のあった地域の数々。
その路程では、この時間を迎えて大きな悲しみに暮れてると思うと、それを目にするのも辛いので幹線道で帰路を進み…
転勤に伴い診断書が必要なので、医院へ。
具合が悪くて行く訳じゃないのもあるが…今回もマスクしてないのは、アタシだけだった (^^;)
その後は、せめて最後に地元の山にでも行っておきたかったが、そこまでの余裕もなく直帰しても、すでに16時。
残り1日の状況で荷造りや、職場事業所に赴いて最終の手続きなんかも、しないとアカンのだけど…
やはり、この時期で関東へ行くのなら、ずっと冬タイヤって訳にもいかないので、タイヤ交換する事に(笑)
だが、その前に…それこそ、しばらく不動となるロドスタは、先の桜拝見でドロドロの水たまりにも入り込んでドロドロだったので、最後に洗車 (^^;)
続いてアコードを夏タイヤへ交換。
残り僅かで地道に懸案を済ませてホッとする間もなく、以降はできるだけ荷造りを済ませて暮れた、残り2日でした。
…続く
【
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2020/03/14 23:18:25