私はベトナムで3つの言語を使いながら生活している。つまり、日本語、英語(米語)、ベトナム語を適宜使い分けている。と、言うのは簡単だが、これが微妙にしんどい。私は日本語ネイティブなので、それ以外の言葉は能力が低い。だから、会話するのにかなり消耗するし、言いたいことも十分に表現できない。日本語で話すにしても相手はベトナム人なので、相手の言語能力のキャパの範囲でしか話ができない。結局、どれをとってもコミュニケーションの効率が悪く、正直言ってイライラしてくる。
また、言語の切り替えがスムーズにいかず、3つの言語がごちゃまぜになったナゾの言葉を話してしまうことがある。日本語が分からない人に日本語で話しかけて「Speak English !」と叱られ、今度は日本語がわかるベトナム人に英語で話しかけて「日本語でOK!」と言われるというようなドタバタを毎日繰り返してしまっている。そうするうちに、日本語、英語、ベトナム語のどれもが中途半端になったように、どんどん能力が低下しているように感じることがある。外国語をしっかり教育されて、専門職として通訳、翻訳しているような人ならどの言語も十分使いこなせるようになるのかもしれないが、私の仕事は通訳、翻訳ではないので、それぞれの言語を使っている時間そのものが少ない。だから上達しないし、下手すると忘れていってしまうということが起こる。
毎日頭の中の言語中枢を酷使し続けていると、ついには言語の弁別機能が壊れてしまうこともある。飲食店などで周囲の人たちが話している日本語がフランス語やロシア語に聞こえるのだ。しばらくじっと聞き耳たてていて、ようやく「あ、これって日本語かもしれない。そう思って聞くと日本語に聞こえてくる・・・」といった具合だ。これは「頭がパーになっている」のだとかなり不安に思うことがある。
どこかで「2つ以上の言語を話す人は認知症になりにくい」という記事を見たことがある。それぞれの言語の神経ネットワークが複雑にワイヤリングされるからだろうか。しかし、複雑すぎてPhởのようにからまったら結局パーになってしまうのではないだろうか・・・。
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雑感 | クルマ
Posted at
2016/11/26 02:17:00