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シュワッチのブログ一覧

2026年03月18日 イイね!

プロジェクトXのFMいわき紹介(Part1)

プロジェクトXのFMいわき紹介(Part1)震災話題が続くが、先の3.11のあとの土曜、全国放送NHKでも看板番組の1つであるプロジェクトXで、地元いわき市のコミュニティFM「FMいわき」の、震災での対応が取り上げられていた。

…コミュニティFM、ようは市町村単位の狭い放送エリアで、そのぶん地域密着情報を取り上げるようなラジオなのだろうが、このFMいわきは前年の阪神大震災をきっかけに、防災情報を充実させるために第三セクターで開局したとは、今回の放送で初めて知った。

今の局舎は駅の近くにあるが…実はセブンイレブンの居抜き(笑)
私生活で街に赴く事は少ないが、入社直後から日夜を問わず車で外回り業務をしていた頃は、よく買い物に立ち寄ってた( ̄∇ ̄)




開局は30年前の96年で、今年度はラジオでも盛大に30周年アピールは流れてたかな(笑)
当初の局舎は市役所の近くだったが…




30年以上前の事でうろ覚えだが、今のコミュニティ放送として開局する前も、ここからラジオ放送していた気がする。
元々期間限定の臨時イベント放送のような雰囲気だった気がするが、あるいは正式開局を見据えた試験放送みたいな意味合いも、あったのだろうか。

まだアタシもナウぃヤングだった当時、好きな音楽をレンタルCDからカセットにダビングして聴いてばかりで、わざわざラジオを私生活で聴く機会はあまりなかったが、ただ上記の通り車での外回りでは、社用車にはラジオしか付いてなく…
当県は長らく、NHK以外の民放ラジオはAM一局しかなく、ちとヤングには物足りなかった(^^;)

改めて調べると、東京FM系列の「ふくしまFM」が開局したのも、FMいわきの僅か1年前。
その頃はすでに外回りから内勤に異動してたので、それより前の臨時FMが外回りでは重宝していたんだろうね(笑)

外回りではなくなった正式開局後、ラジオは稀に聴く程度に終始してたが、そんな程度でもシッカリ存在感があったのが、今回のNHKでもメインで取り上げられてた、ベティちゃん。
まぁ自然と耳に入って名前を認識する程度だったが、んでも店や事業所を紹介するコーナーでは当社も取り上げられ、同僚がベティちゃんにインタビューされたと、意気揚々と語ってた(笑)




また実は、よく一時期つるんでた方の身内でもあり、お宅訪問した際に出くわしたのが、あとからベティちゃんだと教えてもらったが、ってもマジマジとは見ておらず視覚的な記憶は全くない(^^;)
その話自体その時限りで、いざ思うと本当にそういう話だったのかな?と疑念もあったが(^^;)、今回のNHKで旦那さんもインタビューに出てたのを見て、20年の時を経て本当だったと確信(笑)

そんなラジオを好んで聴くようになったのは、これまでも何度か書いてきたが、カーステ専門店でHi-Fiチューニングを施したツアラーVから、RX-8に乗り換えてから。
システムを引き継げれば良かったが、オーディオスペースは1DINじゃなくパネル一体式、中身もBOSEシステムが標準だったがインピーダンスが特殊だったかで、一般的な市販スピーカーの交換も難儀するようで、そのまま手付かずに。

しかし、いくらBOSEとはいえ手塩にかけたHi-Fiと比べると音楽を聴いても心に響かず(^^;)、ならラジオでいいかってのがキッカケだったか(笑)
当時FMいわきでは、自局の番組以外はJ-WAVEの放送を多く流してたのも、また新たな雰囲気に触れられましたかな。

さらにエイト購入の翌々年くらいには郡山市へ転勤し、べつにテレビも新調してまでは見るモンでもなかったので、後年同僚からゲームで使ってたという14インチのTVを貰うまでは(^^;)、ずっと部屋じゃラジオを垂れ流してたのも、あらラジオって割と面白いなと拍車をかけたかな。

さて、こんなコミュニティ放送は市町村単位なので、当然郡山市へ転勤するとFMいわきは聴けなくなる。
まだ当時は、今みたいにネットでラジオは聴けず、電波をリアルタイムで捉えるしかなかったしね。
でも郡山には赴任時、まだコミュニティFMは存在してなかった。

ラジオを好きで聴くようになってきたとはいえ、そう朝から晩まで聴き入る程ではなく…
そんな中で複数の局を選択できれば、そのつど少しでも面白い番組を聴けてたが、赴任以降は民報FMが1局に後退してしまった。
でもいずれ、場所は選ぶが隣の本宮市で放送してるコミュニティFMが聴こえるのに気づき、そして赴任4年後には郡山でもコミュニティFMが開局。

生まれ育った地を離れての地域密着ラジオは、むしろ地元在住中のFMいわき以上に、コミュニティFMの存在感が身に染みましたかな。
2006年に赴任して、4年後の年末に開局した郡山のFMだが…その僅か3ヶ月後に、あの大震災。
以降ますます、災害と地域の情報としての、コミュニティFMの存在感が増す事に。

その後も、とくに印象的なのは地域の風習なのか年明け早々の七草がゆの日に、居住地近所の田んぼで花火が打ち上がるが、震災後の復活からは復興支援の目的や、地域団体の尽力もあったようで、時間は短いながら名だたる花火師さんによる圧巻の花火が。

…いわゆる○○花火大会!なんて大規模じゃない、単なる地域集落の催し程度なので、これもFMでの情報発信を聞いたから開催を知り、また花火中は現地から生放送もしていたので、こちらは離れからの鑑賞ながら有意義な情報を聴きながら、酔いしれられた。




そうして遠い地でコミュニティFMのありがたさを実感し、転勤前とは違う意識で再びFMいわきが聴ける地に舞い戻ったが…

おっと前フリだけで長くなっちゃったかな、肝心のTV放送などについては、まだ次回(^^;)
Posted at 2026/03/18 11:41:26 | コメント(2) | トラックバック(0) | 日記
2026年03月11日 イイね!

15年

15年今年も、お泊りからの朝帰りは例年通り、津波被害の地域をトレースしての退勤路。

今回は象徴の一つである水族館を望む場所に立ち寄りつつ、各所で思いを馳せながらの帰宅。





夕刻、少し方面をブラッと。
過去に栃木人と寄った震災伝承館は、今年も黄色いハンカチが飾られ、多くの来訪者が。




いつもの海っぱたも、いつも以上の人出。
まぁ、この日だし…と思ったが、帰宅してラジオ聞いたら、19時から追悼の花火が上がるからだったらしい(゚д゚)




…そんな、いつもの海っぱたで頻繁に会う方と今日は、こちら帰路途上のスタンドで給油してたら、赤いご家庭車で遠出からご帰還され、反対側の給油機で補給してたところにバッタリ出くわしたのも、なかなかの腐れ縁でせうか( ̄∇ ̄)



-------

そんな、あれからの15年は、ひとつの節目でもあるのかな。

やっぱ真っ先な感覚は、あまりにもアッという間すぎるが、でも前後の事を改めてブログ等で振り返ると、逆にそんな程度の年月?と思う場面も。
思えば時間経過の感覚が不思議になったのも、この出来事からかな。

この当時は内陸の郡山市に転勤中で、今朝の退勤路でトレースした津波被害も、直後に比べれば多少は落ち着いてからの帰省でしか目にしておらず、またライフラインや物流の復旧具合も居住地のほうが早く戻って、もっとヒドイ状況の地元に対して申し訳ないような思いにも。

反面、より原発に近い地元の放射能を案じていたが、ふたを開けてみれば風向き等々の関係で、よっぽど内陸の居住地のほうが高線量だった事も。
0.8でも1.8でもない、「8マイクロシーベルト」の中で雨に打たれたりもしたが(^^;)、以降の何年も高目な放射線の中に身を投じてたんだよなぁ。

あの当時、「ただちに健康には影響がない」とは言ってたが、じゃあ将来はどうなんだ…
実際、10年スパンでは何かしら影響あるのかな?とも思っていたが、幸い今も一般的な加齢症状以外は(^^;)、8マイクロの影響は出てないなと、15年経って改めてホッとする。

そんな現在、図らずも中東情勢の悪化で、ガソリン値上げの状況でもあるが…
でも、こうして改めて当時の状況を振り返ると、いくら高かろうが欲しけりゃ買えるだけ、遥かにマシだよなぁと。
反面もし海峡封鎖でもされて本当に入ってこなくなり、当時と同じ状況になったら…と思うと恐怖を隠せないが。

アタシなんぞは、どんな災害に見舞われても出勤せざるを得ず、あの当時も未明からスタンドに並んで何時間も待つなんて、できる生活環境でもなかったので、とにかく物流が復活し給油ができるまで余計な移動はせず、必死に温存。
生活基盤が崩れ生き抜くのにも必死で、それでも激務に身を投じなきゃならん不条理に、こんなアタシでも気が狂う程の思いだったが…

それでも常に頭の中には、つまらない移動ばかりじゃなく、再び思いっ切り走り回れる日は来るのだろうか…と頭をよぎり、ある意味それができない状況も、うっそうとした気分に拍車を掛けてたんだろうな。

…まぁほんの数日前にRX-8のアライメントを調整し、車検でおかしくなった挙動が改善されて、それを楽しむのを心待ちにしたっきりだったのも、よりそんな思いになったのだろうが(^^;)

ちなみに道路は、あちこち陥没や隆起ができて、やっと給油できるようになり走りを楽しめるようになった頃はアライメント調整の恩恵どころか、すっかりヘンな動きになってしまったが(笑)、それでもガソリン気にせずアクセル踏みつけられるだけで、幸せだったなぁ~

そして15年後のガソリン高騰を迎えて思う事は…
もし本当に給油もできなくなったらと考えると、いくら高くなっても買えるうちは、ケチらずに楽しく走り回ろうと。

仮に1ヶ月後に、いよいよ給油困難になるとしたら…
それまでの1ヶ月間を楽しく過ごすのと、すでに我慢してストレス抱えた末に迎えるのでは、以降の窮状を過ごすに際して、かなり大きな違いになってくるので。

そしてガソリン含めたエネルギー事情も、今こうして石油の問題に直面すると、あれだけのオオゴトとなった原発の是非も、色んな考えが巡ってくる。
あの当時も、単純に原発なくせば良いのか…とは、おぼろげに思っていたが…

アレ以降は、いわゆる代替エネルギーというのか、とくに風力や太陽光は大きく発展したけど、いざ15年経って振り返ると、それらもまた大きな問題が浮き彫りになってきた模様。
メガソーラーなんぞ各地の自然破壊に加え、当県のローカルニュースじゃ反射による「光害」が問題だとも、情報が入ってくる。

ちょっと今後も、これらが問題を抱えたまま更なる発展をしていくとは、素人目には考えにくいのが本音。
現実的には原子力を除けば、まだまだ石油依存からは脱却できそうにないのかな?

…あくまで当時も今も素人考えで、正解は分からないけど、今の原油高を踏まえると結局「いいとこ取り」は、ありえないのかな?と。

電力とガソリンで料金の相関も、必ずしも一致はしないのだろうけど、まぁ細かい分析じゃなくシンプルに考え方として、原発なんて反対だ!と声を大にしながら、電気やガソリンを安くしろ!と声を大にするのは、ちっと違うのかな。

こうした単に良いか悪いかの二択じゃない、どれを重視するかの取捨選択は、この出来事以降ますます考えるように、なったのかも。

それこそクルマ趣向にしても、とにかく速いほうが・パワーがあったほうが・大きいほうが・豪華なほうが…過去の価値観じゃ「そのほうが、いいに決まってる」と疑わなかったが、それら表面的な事を得るために犠牲になってる事まで考えると、本当に自分に幸せなのかって思いにも、何かしら影響してるのかも。

そんな15年前の、あの日…
いや、「あの日からの15年」を振り返ると、以降も各所で大きな震災や、アタシも影響を受けた水害、疫病の蔓延など大きな災いが増えた気がする。
その度に、この15年間で改善した事もあれば、ひとつも学んでないじゃねぇかって事まで、様々。

そんなアタシ自身、普段から備えを…なんて頭では考えてるが、まさに15年前を彷彿する3/11直前のチョット大き目な揺れ。




…今ここでドカンときても、どんだけ備えを生かせるんだろうと、ちと例年よりは色々と思いが馳せる節目の年です。
Posted at 2026/03/11 22:10:39 | コメント(3) | トラックバック(0) | 日記
2026年03月01日 イイね!

こっちもトップランナーから、のんびり走ろう会まで揃ってますよ

こっちもトップランナーから、のんびり走ろう会まで揃ってますよ長い忌引きを終えた葬式翌日の、先週土曜から社会復帰し…
お泊りして日曜に朝帰り。

当日は市内で大規模なマラソン大会があり、退勤路はバッサリ交通規制されるが、例年まだ帰る頃は大丈夫だったのが、なんか今年は一部すでにパイロンで区切られてたり、多くのスタッフが配置されてる脇を通り…




いずれ、もう子供の部が走ってる脇を通過。
あれま本番は初めて見たなぁ~。




多分そのスタート地点あたりは、すんげぇギャラリー!
…これら、じつに多くの人々の前をオープンで通過するのは、いくらアタシでも少し気恥ずかしい(^^;)






そして先の漁港は本番中、大規模な応援地点になってるようで、すでに大量の大漁旗が。
…駄洒落ではない。






そんなこんなで帰宅するが、まぁ久々出社で大量の仕事が残ってたのもあり、なかなかにお突かれで泥人形のように眠り込み…
いつもより遅めに起きたら、あらっ海っぱた辺りで集まってるような書き込みが。
さっそく向かってみるが…あれれ、いない!?( ̄□ ̄;)




風が強く寒めな当日、どうやら囲われて風を防げるトコに移動してたようで、そちらに向かう。




到着。
あらっ、なんかいつもと雰囲気が…




おおおっ、なんとR32のGT-Rが混じってる!Σ( ̄□ ̄;)




歓喜してお話してたら、中に座らせてくれた(≧∀≦)
アタシ自身30年くらい前、2台目マイカーとして32のタイプMに乗ってたのもあり、じつに懐かしい♪




でもロールバーが張り巡らされ、リアはドンガラ。
クラッチも、めっちゃ重い!
なんでもトリプルのメタルとかで、かなりハードプレイな仕様。






なんでも最近、復活させるまでは保管時期も長かったようだが、元々は仙台ハイランドでゼロヨン参戦も、されてたらしい(゚д゚)
…各所、大掛かりなリフレッシュをしての復活だが、使用状況が変わった今となっては、まだまだ現状にそぐわず更なる手直しも考えてるよう♪




そんなGT-Rに、さも自分の車のように収まってる姿を、にゃあさんに撮ってもらった( ̄∇ ̄)




んなGT-R氏も、ロドスタいいな~と我らのに見入ってたので、じゃあ交換してあげようと申し入れたが、一笑に付された(爆)


他にも、いつもと違う雰囲気な青いNDは、昨年の主催者不在ミーティングに参加していた、オニオン氏。




さらにギャルも2人おり、過去にも何度か登場している、屋根は開くけど閉まらないかもしれない銀色NCの嬢ちゃんと…
そして赤NDの嬢ちゃんは以前、群馬のオジサンNC氏にいわき観光案内をしている際に、遭遇していた

このお嬢さん同士はSNSでは繋がってたようだが、当日が初対面だったらしい( ̄∇ ̄)





そこにバイク乗りでもある「おかわり氏」の、お知り合いのバイク2台が。
同じバイク同士の男女だが、同じとはいえ細部にそれぞれ拘りが見えるのは、ロドにも通ずるものがある。




お嬢さんがたはバイクの女性と、女子ーズで盛り上がってる。




いずれバイクやGT-Rは退散され…






程なく、すっかり夕暮れを迎えて我々も解散。




…思えば先月末から風邪の症状が続き、以降も色々あったりで、存分なオープン堪能も屋外活動も久々。
アタシ自身は夕方近くからの2時間足らずながら、いきなり濃厚な復活の戯れでした♪


《オマケ》
翌日は祝日だったようだが、アタシは朝晩通しの激務に身を投じての、さらに翌日の火曜。
朝帰りからの再起動から、まだ葬儀後から落ち着かない事をこなして、やはりブラッと出かけたのは夕方過ぎ。

よく、白NAにゃあさんとお仕事帰りに遭遇してた時間をも超え、海っぱたで一服して出戻るつもりでいたら…
まさかの、そんな時間におかわり氏が通り掛かった(:゚д゚)!




顔を照らしてオバケだとか、しょーもない事をしてたら…




なんと、その日に限って寄り道されてて遅くなったという、にゃあさんまで!Σ( ̄□ ̄;)
図らずも1日おいての、二次会となりました( ̄∇ ̄)




その他の写真


※さらに一週おいても、懲りずの戯れ…なんて話題は、股イずれ。

Posted at 2026/03/01 21:35:16 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記
2026年02月25日 イイね!

さぁウサギちゃん早速だが、ソコを開け拡げてもらおうか

さぁウサギちゃん早速だが、ソコを開け拡げてもらおうかという訳で10月終盤に現車確認し購入を決定した、ウサギのマークのラパンキャンバストップ。

そのまま保管してあった、売り主さとくん氏御用達の仙台のショップで車検と整備をお願いして、11月中旬に登録も変更して受け取れる状態に。

…まぁ仙台まで電車で行って引き取り、乗って帰ってくる事も考慮というか本来それが順当だが、さとくん氏なんとコッチまで乗ってきてくれるという!

これは既述の通りだが、過去いわきにも転勤で在住されてた御仁、共にいらしてた奥様もコチラで生活しお友達もいるからって事で、当日は奥様と2台で襲来しそれぞれの用件を済まして、1台でお帰りになるって段取り。

という訳で、さとくん氏&乗ってこられた「俺のラパン」と合流。




なお当日は祝日で、さとくん氏も都合がついての納車だったが、んなアタシは夜から出勤。
御礼に昼メシだけご一緒する事となり、「俺のラパン」で早速屋根を開けての繰り出し( ̄∇ ̄)

いわきにも長らく住まわれてたが知らないという事で、冬彦さんの三角木馬プレイ喫茶へ。




んまかったです♪



詳細はコチラ


という訳で食後は、奥方と合流されるトコまでお送りして、お別れ。
つくづく、お世話様でした~♪

夜に仕事を控えてるとはいえ、少し遠回りして乗り回すも、ほどほどで切り上げて保管場所へ。




以降は上記リンクの通りだが…ちょうど降りる時に、なっななまんキロを達成(≧∀≦)




さて次の休日、いよいよ俺のラパンを堪能しようと、速攻でソコを開け拡げて、まずは海っぱたで撮影会。




愛車紹介の写真も必要だしね( ̄∇ ̄)




乗り慣れない「オートマの普通の車」にも、慣れなきゃアカンと、しばし乗り回して…




その足で、ラパンの必要グッズを買いにバックスへ。




売り主のゲーム趣味で複数設置されてた携帯ホルダーは、1つだけ残しててくれてたが(笑)、ここでは主に充電系のモノを購入。




さて昼メシ時でもあるので、どっかで食おうと検索したら…
そういや何年も昔に一度だけ行った記憶のある、まさに「ラパン」って洋食屋が、程近くにあったのを思い出した(≧∀≦)






入店し注文する際に、床面が高くなっており車の屋根も少し見下ろす位置になってるので、ラパンの奥様が「え~屋根が開く車なんですか!」と大喜び( ̄∇ ̄)
でも「あれラパンって車なんですよ」と話した頃には、ふ~んって感じで注文を聞いて離れていった(^^;)




メシは、んまかったです♪




食後も、遠回り程度に一回りしたが…
当日は満足して、あとはロドに乗り換えて再び繰り出した(爆)




そんな納車日&納車後の初休日でした。


この記事は、キャンバストップ が 嫁ぎーのについて書いています。
Posted at 2026/02/25 19:51:41 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記
2026年02月20日 イイね!

父の旅立ち

父の旅立ちかねてより病気療養中だった父が先般亡くなり、本日無事に葬儀を終えて送り出す事ができました。

- - -

近年、すっかり弱り果てており、色んな手術もしてきたが1年ちょっと前に、けいれんを起こして救急搬送。
意識も戻らず、思えばこの時点で一旦は覚悟し、慌てて着れる喪服を探したりしていたが(^^;)、治療の甲斐あり意識は回復。
しかし体は動かず会話もできず、以降介護施設に転所した末の今回。

実は亡くなる丸一週間前にも、呼吸が止まり意識がなくなったとの事で、数日が山との連絡が。
この時は投薬により、一旦は持ち直したようだったが、亡くなる前日にもいつ呼吸が止まってもおかしくないと連絡があり、結局…
ただまぁ長い目では1年以上、とくにこの1週間で覚悟も決まっていたので、なんか冷静に受け止めていたかな。

また現実的な話では、頭数が揃う必要がある業務において、1週間前の時点でアタシの出勤を他の者に割り振りするシミュレートを済ませ、また定年再雇用で残っていた者が今月いっぱいで出勤が終わり、来月からは欠員になり休むのもままならなくなるので、そんな意味では余計な事に翻弄されずに送り出せるタイミングだったのは、よかったのかな。

亡くなった当日も朝晩通しの仕事中だったが、その日の分も既に代務の分担は決めてあったので、すぐに割り当てていた者を呼び出して、仕事を代わってもらって駆け付けられた。
眠るように息を引き取り、安らかな顔だったのが救いではあった。

むしろ悲しみよりも、続柄は次男だが実家に残るのがアタシだけなので、アタシが喪主という大役をする事に、もうドギマギ。
それでも施設から搬送した葬儀屋さんは、その場で単に家から近いというだけで選択したが、打ち合わせから詳しく教えてくれて、また我が家は神式なので手間も少ないのは、よかったところか。

翌日は県外から姉と兄も家に駆け付けて、家族総出で葬儀屋さんへ出向いて打ち合わせ。
この点も、助けてくれる人が多くて助かった。




打ち合わせ後は、高級トンカツ店で昼食。
まぁ父も、こう言っては何だが終盤は生かされ続けた末の大往生に近い感じで、やっとラクになったんじゃないかな、というのが我らの想い。
もう、こうして家族で揃うのも珍しい事もあり、兄の携帯で店員さんに撮ってもらっての記念撮影は、みんな笑顔(笑)




そうして直接的な準備は済ませ当日を待つだけだが、っても決して準備万端ではないのだろうけど、翌日からは目に見えるようなやる事もなくて落ちつかず、さすがに意気揚々と出歩くわけにはいかないが(^^;)、ネットで「喪主 やること」を検索して読む合間に、溜まってたブログも書き上げたり(笑)

そして迎えた通夜の日。
あまり今まで聞いた事なかったけど、まず真っ先に火葬をするって事で昼頃に遺族・親族で集合。

入口には様々な写真が飾られており…
式場も、立派に飾り付けて頂いた。




こんな機会でなければ、なかなか顔を合わせる事もなくなった親族とも挨拶し、宮司さんによる火葬前の式を終えて、レクサスの霊柩車へ。




皆はマイクロバスだが、喪主のアタシ1人だけレクサス助手席で移動。




火葬終了まで1時間半ほど。
それまで休憩室で、皆して軽い食事をしながら歓談。
岩手に住む兄貴の長男は、最近まで涙目インプに乗ってたようだが今月、真っ赤な先代86に乗り換えたばかりという事で、写真も見せてもらった。

アタマ文字Dの後釜漫画と同じなんだと、自分の父親に意気揚々と語ってたようだが(笑)、ん~兄の息子たちは数える程しかコッチに来たことなかったけど、もう20年くらい前だったのかな、まだ幼なかった頃の長男をRX-8に乗せてあげたのを鮮烈に覚えていたようで、それが自分もクルマ好きになった事に少なからず影響を受けたとかで、嬉しいやら申し訳ないやら(^^;)

※9年前アコードに乗り換えた直後の、兄貴絡みの葬式に行った際も、そんな事を書いてた(^^;)

そうして火葬が終わったが…
先程までの安らかな寝顔が、変わり果てた姿になったのが、この一連で最もグッと込み上げてきましたな。

葬祭場に戻り、通夜は18時からだが夕刻には弔問者が来るかもって事で、我ら遺族は会場入り。
程なくいらした方は、火葬前に顔を見たいからと早めにいらしたらしく、すでに終了してると知ると涙が込み上げてきていた。

ふむ…アタシ自身、良くも悪くも今まで冠婚葬祭に絡む経験が乏しく、それゆえ無知でもあったが、先に火葬を済ますというのも今はそうなのか?と感じていたが、やはり主流ではなかったのかな。

定刻からの通夜は滞りなく終了し、程よい時間で解散。
そして本日の葬儀は、定刻の1時間半前に会場入り。




しばし休憩室で歓談後、約1時間前からは会場入りして参列者の対応などをし、定刻から1時間少々の式を滞りなく終了。
式の終盤の、遺族代表の挨拶がアタシの最も緊張する場面だったが、それでも例文は斎場から渡され、それを読みながらで構わないという事で…

元来、たぶん人並み以上に人前で話すのは緊張する性分だが、それでもとくに車クラブの自己紹介や時には案内などで、多少は人前で喋るのも慣れたりしたであろう事や…

文章の合間に入れろという故人のエピソードなどは、普段こんな駄文を書き連ねてる事が下地になってるのだろう、兄弟をして泣けてきたと言わしめる程度には、良い文章を作れたのかな。

まぁ我ながら及第点と判断できるくらいには、挨拶できたんじゃないかなと思うが、それもクルマ活動やみんカラも礎になっているのを感じ、無駄な事をしてきた訳ではなかったかなと実感。

その後はマイクロバスで墓まで移動し納骨。
戻ってからの精進揚げは、コロナ以降は弁当の持ち帰りのみという事で、最後の挨拶をして終了という流れ。

東京から電車で来た、姉の子供夫婦と孫たちは、人数分の弁当を持って帰る訳にもいかないので、我が家に寄って昼食会。
…とくに下の孫は式の最中から元気で(^^;)、我が家でも大騒ぎの昼食会だったが(笑)、その最中にも葬祭場から祭壇の組み付けにいらしたりして、アタシは弁当1つを1時間ほどかけて食べ上げた感じ。




そうして、とりあえず一段落した父の葬儀。
…上記の通り社会人としては、この手には疎いまま生きてきたので、どうなる事かとは思ったけど周囲のサポートもあり、なんとかこなせました。

これまでの疲れもドッと出てきたけど、なんとか7日間の忌引きも最終日に間に合って今日で終了。
明日から社会復帰します。

※まぁ大往生で送りだせた事でもありますので、イイネはご遠慮なく付けて下さいまし( ̄∇ ̄)
Posted at 2026/02/20 22:25:29 | コメント(16) | トラックバック(0) | 日記

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「@にやぁ。 早くZも、この状態から華麗に出来上がるのを願ってます(;´∀`)」
何シテル?   03/25 11:02
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