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シュワッチのブログ一覧

2026年04月02日 イイね!

は~い、ドラちゃんサヨナラ(TдT)/~~

は~い、ドラちゃんサヨナラ(TдT)/~~ハイドラが、サービスを終了するという。

まさに寝耳に水で、衝撃的な知らせ。
なぜ今、そういう結論になるのだろうとも思ったが…

とはいえ近年は、すっかり画面が寂しくなったと感じるのも事実。

今や田舎の広大な市内じゃ、自分以外に誰かしら表示があるほうが、珍しいかも(^^;)




とくに個人的な感触では、東京に1年間出向して5年前に帰ってきたら、その間に地元の表示がスカスカになったなと実感。
華やかな首都圏からの比較が、さらに実感を増した感もあるが、そんな首都圏も過去に比べれば、すでに少なくなってたのだろうか。

ハイドラ自体は、元々それ単体が利益を生むような仕組みではないとは思うが、とはいえ「それもウリ」として、会員全体の増加に貢献する役割も、あったのだろうか。
であれば、ここまで文字通り「目に見えて」利用者が減ってるのなら、いわゆる「総合的な判断」として、役目を終えるのも致し方ないのかなぁ…

全くの素人考えだがサービスの維持だって、例えばチェックポイント等々の更新とかにもカネや手間は掛かってるんだろう。
個人的には、そういう付加価値は省いても、位置表示とタッチ機能だけでも存続してもらいたいとは思うが、それだって程度問題で基本的なシステム保守などから、あるいはベースのグーグル地図に使用料なんてのも払ってるのかもしれないし、我らにゃ見えない費用は無視できないのかもね。

まぁそこは利益あっての民間企業、文句なんかよりカネが最優先って事なのかな。
なんとなく思い出したのが、クラウンが現行に変わる際の様変わりに、それなりの批判も目にしたが…

それだって従来のイメージでは、もはや売れないのは明白な事実だったろうし、今後もクラウンの名前を残すためには必要な変化だったのだろうね。
こんなのクラウンじゃない!と文句を言うのは猿でもできるが、メーカーとしては外野の口出しなんかより、カネ出して買ってくれるのが全てって事だったのだろう。

ハイドラも直接の利益がある訳じゃないとしても、すっかり使う人が減ってしまったのに、カネ掛けて続けるだけの意義がなくなった、ってのが正直なところなのだろうかね。


んなアタシがハイドラを始めたのは、振り返ると13年前の2013年7月。
すでにサービスは開始されてたが、まだスマホに惹かれずガラケーのままだったので(^^;)
でも既に始めた方の書込みを拝見してて、かなり興味を持ってたのも事実で、実際マンを持してスマホに乗り換えた時は、真っ先にアプリを組み込んで始めた(笑)

程なくの記念すべき初ハイタッチは、現在まさ屯さんというお名前になられてる、当時の白槍5世さん。
当時は郡山市に在住してたが、RX-8のミッションを前期→後期に載せ替えた事から、シフトのバック位置が変わり、それに合うパターンであるアルテッツァ用のプレートを仕入れたく、トヨタの部品共販を訪れた時に、目の前の国道を通過されタッチしたもの。

それを機に初めてページを拝見すると、プロフィール的にも意識するものがあり、以降も頻繁にハイドラ内にお見掛けもしてたので、初体験のお相手ながらイキナリみん友さんに♪
っても、しばらく面と向かえる機会はなかったが、約2年後ついに対面を果たした

開始後の遠出でも、「てんでご縁のない遠方の方」と、その場限りとはいえ接点ができる異次元の体験にコーフンしたが…
以降これまで使い続けてきての一番の真骨頂は、初体験相手のまさ屯さん以降も、その場では限らないご縁が、ハイドラのキッカケで生まれたこと。

最初期は、今も集まってるところに乱入してくれる、あっつンつんさんだったかな。
以降、全くご縁のなかった方から、ページではお見掛けしてお名前くらいは存じてても、ページだけでは接点のなかった方など、改めて思い返すと思った以上に多くの、「ハイドラのおかげで生まれたご縁」の方々と、巡り会えた。

…それこそアタシがロドに乗ってハマるキッカケになったのも、カビが生えたようなロド乗り変態どもが、ハイドラ見て押しかけてきたからこそだし(*´艸`*)


地元のみならず、遠く離れた東京転勤中でも、ロド乗りの「ん??」さんや、アクセラ乗りの「赤魂」さんなどは、よく近場で表示をお見掛けしたからこそ、繋がる事ができたし…
それこそ、やはりタッチがキッカケで知り合った、埼玉在住のみき助さんなど、実は地元が同じ…どころか、なんと同じ高校の同級生だったと判明したなんて奇跡も!

世間様では「友達できないオジサン問題」なんて事も語られる中、とくだん社交的でもないアタシなんぞが、半世紀もの田舎暮らしから五十ヅラ下げて、いきなり単身で未知の大都会に放り込まれながら…

それでも当初の猛烈な不安なぞドコへやら、いまだ夢見心地に思い返す、見知らぬ魔境での充実した期間も、ハイドラあってこそも大きな要因の一つだったんだなぁ…




慣れた地でも、お知り合いの動向を把握するにも重宝。
恒例の海っぱた突発会合なんかも、元々は複数アイコンが集ってるのを見て、次々に押し掛けてくるのが定番だったが(笑)、そんなお知り合いの方々も、だいぶ脱落されてしまったしなぁ。
上記の、あっつンつん氏の乱入も、すっかり減ってしまうかな?(^^;)




もちろん純粋に位置関係が把握できる事こそ、とくに複数台でのツーリングなどでは、じつに重宝。
もはや、これが便利ってより当然って感覚で、稀にハイドラやってない人と移動するのが、なんて不便だったことか(笑)




今後は、こんな不便がスタンダードになってしまうのかと思うと、なんとも残念…
世の中なんにせよ、便利に慣れるのも功罪ありますな(^^;)


【追伸】
一定期間中、各チェックポイントで最もバッジを獲得すると、その場所が自分のテリトリーとなる機能もある。

現在、それこそ市内の三大観光地とも言える箇所が、通勤で頻繁に通過するのもあり、すっかりアタシのテリトリーとして定位置になっているが…
っても従来、遥かにポイント取られる方々がおり、アタシなんぞ意識もしてなかったのが、気がつけばテリトリーになっていたのが本当のところ(^^;)




…結局、かつては頻繫にゲットしてた方々もハイドラ脱落し、残り者に福が回ってきたって感じかな(笑)
そんな事でもハイドラ人口の減少を実感するので、単純に喜べないなと思ってた末の今回でもありますな。
Posted at 2026/04/02 21:48:08 | コメント(5) | トラックバック(0) | 日記
2026年03月27日 イイね!

プロジェクトXのFMいわき紹介Part2

プロジェクトXのFMいわき紹介Part2という訳で震災時の、いわきのFM局を取り上げたプロジェクトX。

…あの震災時は郡山市へ転勤しており、このFMいわきは聴いてなかったと書いたが、とはいえドコのメディアでも同じように情報発信はしていただろう。
郡山の地でも、県内民報ラジオで最も老舗のAM局であるラジオ福島は、やはり発生以降はCM(=収入源)をカットし情報発信に注力したというし、震災3ヶ月前に開局したばかりの、郡山のコミュニティFMココラジにも、同様に助けられた。

ただ忘れがちだったが…どこも同じく使命感があったと思うが、いわきは原発にも近く放射能被害が危惧された場所。
同様に間断なく業務しているウチの事業所ですら閉鎖して、自主避難した者も多かったとか。




まぁ実際はアタシの居住していた郡山のほうが、いわきより線量が高かったとも書いたが(^^;)、それはあくまで結果論。
あの当時、激務に翻弄されながらも、いわきの実家に残る両親の心配で、胸が張り裂けそうになったのも思い出す。

どうやら今回の放送によると、市内の他のマスコミも閉鎖し避難したようだが、そんな中で市内に残って放送を続けたってのは、確かに他地域の情報発信とも一線を画す使命感だったのだろう。
実際、今回も放送じゃ局のスタッフでも、断腸の思いで避難されたという、当時小さいお子さんを抱えた方も紹介していた。






そんなプロジェクトX、普段はスタジオにゲストを招いてるが、お~今回は全国区のメインキャスターが、いわきまで来たのね(≧∀≦)




そして番組進行も、セブンイレブン居抜きの局舎スタジオに、キャスターを招いてた。




まぁ一部の抜粋になるが…
避難所の困難は全国共通だが、とくにいわきをはじめ原発周辺地域では、入院しているご老人たちが原発付近から避難してきて、でも勿論ろくな医療もできず、続々と亡くなられてたのも聞いていたが…

みんな自分の事で精一杯なハズなのに、ラジオからの呼びかけで避難所に支援があったのは、地元の事なのに恥ずかしながら初めて知った。




そして震災での断水は、郡山に居住していたアタシも影響を受けたが、職場では大丈夫だったので毎回水を汲んで帰宅し(この際に前ブログで書いた通り、8マイクロシーベルトの中で雨に打たれたのだが ^^;)、まぁ一人暮らしなので何とかなったが…

年寄り2人だけの実家は、当初こそ車で給水所に出向いて凌いでたが、そもそもガソリンがなくなって行けなくなり…
ご近所さんが、知り合いの井戸から汲んだという水を持ってきてくれてたが、その知り合いも避難する事になり、いよいよ実家も立ち行かなくなり、姉夫婦のところに避難するに至った。

居住地は確か10数日で復旧したが、いわきは更にあとの、3週間くらいでの復旧だったかな。
これも物流と同様、放射能を恐れて他地域の応援業者が来てくれなくて、ほぼ地元業者だけでしか作業できなかったので、余計に遅れたとか。
余談だが俳優・坂口憲二の兄様は土木業者に従事しており、いわきまで水道復旧作業に来てくれてた

この当時、ラジオじゃ「今日は○○地区が復旧した」と報告してたが、被災者は結果じゃなく自分のトコはいつ復旧するのか…を知りたいんだと苦言があり、渋る水道局を何度も訪れて説得し工事計画を公表してもらい、復旧見込みを報告したとか。




…これ後年、台風被害で断水した際も、そういやある程度の見込みを知れた気がするが、そういう前例があったとも知らなかったなぁ。
ほか、そんな震災時の話題は満載だったが…

前ブログの通り当初は、ラジオは「わざわざ聴く」ってより移動時にカーステ代わりに点けたり、テレビのなかった転勤先アパートで放送たれ流しにしてた程度だったが…
でも、そんな当時から聴ければ聴く程度には意識してたのが、今回もメインで取り上げられてたベティちゃんと、アタシより少し上のオッサンがバカ話で盛り上がる番組で、もう25年もやってる看板番組でもある。

郡山じゃ数年後には貰ったTVも見られたと書いたが、いわきに戻る際は持って帰る程のものでもなく廃棄し、再び実家の部屋じゃテレビ無しになったので、その頃からは意識して聴くようになっては大笑いしてたなぁ。

こうしたコミュニティFMも今は、ラジコと同様にネットのアプリから全国のを聴けるが、惜しむらくはラジコのように後追い聴取はできず、どのみちリアルタイムでしか聴けないこと。




放送時間は部屋にいても、まぁ何かとヤル事もあり「ながら聴取」で、あまり身に入ってこない(^^;)
んな意味では5年前までの東京転勤中、電車での帰りにスマホで、最もジックリ聴き入ってたかな(笑)
この頃に知り合った、関東のお方に番組を教えたらアタシ以上にハマッて、アタシも行けてない公開放送やイベントなんかも、何度か関東から見に来るほどに( ̄∇ ̄)

今回のテレビでは、普段のラジオ放送模様も流れてたものの、勿論そんなお下劣な番組なんかは、取り上げられてなかったが…(笑)




…が、ナマで放送してるお下劣番組は、局舎の外からスタジオが見え、よく外の見学者に声を掛けたりもしてるが、テレビじゃ内容は載せられなくとも見学者と共に、外からスタジオ撮影だけされてた( 艸`*)






そんなお下劣ラジオ、テレビのあとの放送日にはNHKのプロジェクトX関係者を招くと言ってたが、なんとメイン司会者の有馬キャスターも、再びいわきを訪れ同じスタジオからラジオに出てた!Σ( ̄□ ̄;)
や~これは神回でしたな…




そんなFMいわきの災害放送…
個人的には上記の台風洪水&断水は、有益な情報を得られた。
また2022年の3月には23時過ぎに大きな地震があり、アタシも家から職場に駆け付けたが、向かうまでの車内ラジオでも着くまでの間に、知り得る限りの情報は得られた気がする。

まぁやはり、こうしてテレビで称賛されるだけの事はあるのだろうが、でも今後こんな「称賛されるような事を、しなければならない」事態は、この先ずっと起きずにいて欲しいものですな。


その他の画像
Posted at 2026/03/27 21:39:42 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記
2026年03月18日 イイね!

プロジェクトXのFMいわき紹介(Part1)

プロジェクトXのFMいわき紹介(Part1)震災話題が続くが、先の3.11のあとの土曜、全国放送NHKでも看板番組の1つであるプロジェクトXで、地元いわき市のコミュニティFM「FMいわき」の、震災での対応が取り上げられていた。

…コミュニティFM、ようは市町村単位の狭い放送エリアで、そのぶん地域密着情報を取り上げるようなラジオなのだろうが、このFMいわきは前年の阪神大震災をきっかけに、防災情報を充実させるために第三セクターで開局したとは、今回の放送で初めて知った。

今の局舎は駅の近くにあるが…実はセブンイレブンの居抜き(笑)
私生活で街に赴く事は少ないが、入社直後から日夜を問わず車で外回り業務をしていた頃は、よく買い物に立ち寄ってた( ̄∇ ̄)




開局は30年前の96年で、今年度はラジオでも盛大に30周年アピールは流れてたかな(笑)
当初の局舎は市役所の近くだったが…




30年以上前の事でうろ覚えだが、今のコミュニティ放送として開局する前も、ここからラジオ放送していた気がする。
元々期間限定の臨時イベント放送のような雰囲気だった気がするが、あるいは正式開局を見据えた試験放送みたいな意味合いも、あったのだろうか。

まだアタシもナウぃヤングだった当時、好きな音楽をレンタルCDからカセットにダビングして聴いてばかりで、わざわざラジオを私生活で聴く機会はあまりなかったが、ただ上記の通り車での外回りでは、社用車にはラジオしか付いてなく…
当県は長らく、NHK以外の民放ラジオはAM一局しかなく、ちとヤングには物足りなかった(^^;)

改めて調べると、東京FM系列の「ふくしまFM」が開局したのも、FMいわきの僅か1年前。
その頃はすでに外回りから内勤に異動してたので、それより前の臨時FMが外回りでは重宝していたんだろうね(笑)

外回りではなくなった正式開局後、ラジオは稀に聴く程度に終始してたが、そんな程度でもシッカリ存在感があったのが、今回のNHKでもメインで取り上げられてた、ベティちゃん。
まぁ自然と耳に入って名前を認識する程度だったが、んでも店や事業所を紹介するコーナーでは当社も取り上げられ、同僚がベティちゃんにインタビューされたと、意気揚々と語ってた(笑)




また実は、よく一時期つるんでた方の身内でもあり、お宅訪問した際に出くわしたのが、あとからベティちゃんだと教えてもらったが、ってもマジマジとは見ておらず視覚的な記憶は全くない(^^;)
その話自体その時限りで、いざ思うと本当にそういう話だったのかな?と疑念もあったが(^^;)、今回のNHKで旦那さんもインタビューに出てたのを見て、20年の時を経て本当だったと確信(笑)

そんなラジオを好んで聴くようになったのは、これまでも何度か書いてきたが、カーステ専門店でHi-Fiチューニングを施したツアラーVから、RX-8に乗り換えてから。
システムを引き継げれば良かったが、オーディオスペースは1DINじゃなくパネル一体式、中身もBOSEシステムが標準だったがインピーダンスが特殊だったかで、一般的な市販スピーカーの交換も難儀するようで、そのまま手付かずに。

しかし、いくらBOSEとはいえ手塩にかけたHi-Fiと比べると音楽を聴いても心に響かず(^^;)、ならラジオでいいかってのがキッカケだったか(笑)
当時FMいわきでは、自局の番組以外はJ-WAVEの放送を多く流してたのも、また新たな雰囲気に触れられましたかな。

さらにエイト購入の翌々年くらいには郡山市へ転勤し、べつにテレビも新調してまでは見るモンでもなかったので、後年同僚からゲームで使ってたという14インチのTVを貰うまでは(^^;)、ずっと部屋じゃラジオを垂れ流してたのも、あらラジオって割と面白いなと拍車をかけたかな。

さて、こんなコミュニティ放送は市町村単位なので、当然郡山市へ転勤するとFMいわきは聴けなくなる。
まだ当時は、今みたいにネットでラジオは聴けず、電波をリアルタイムで捉えるしかなかったしね。
でも郡山には赴任時、まだコミュニティFMは存在してなかった。

ラジオを好きで聴くようになってきたとはいえ、そう朝から晩まで聴き入る程ではなく…
そんな中で複数の局を選択できれば、そのつど少しでも面白い番組を聴けてたが、赴任以降は民報FMが1局に後退してしまった。
でもいずれ、場所は選ぶが隣の本宮市で放送してるコミュニティFMが聴こえるのに気づき、そして赴任4年後には郡山でもコミュニティFMが開局。

生まれ育った地を離れての地域密着ラジオは、むしろ地元在住中のFMいわき以上に、コミュニティFMの存在感が身に染みましたかな。
2006年に赴任して、4年後の年末に開局した郡山のFMだが…その僅か3ヶ月後に、あの大震災。
以降ますます、災害と地域の情報としての、コミュニティFMの存在感が増す事に。

その後も、とくに印象的なのは地域の風習なのか年明け早々の七草がゆの日に、居住地近所の田んぼで花火が打ち上がるが、震災後の復活からは復興支援の目的や、地域団体の尽力もあったようで、時間は短いながら名だたる花火師さんによる圧巻の花火が。

…いわゆる○○花火大会!なんて大規模じゃない、単なる地域集落の催し程度なので、これもFMでの情報発信を聞いたから開催を知り、また花火中は現地から生放送もしていたので、こちらは離れからの鑑賞ながら有意義な情報を聴きながら、酔いしれられた。




そうして遠い地でコミュニティFMのありがたさを実感し、転勤前とは違う意識で再びFMいわきが聴ける地に舞い戻ったが…

おっと前フリだけで長くなっちゃったかな、肝心のTV放送などについては、まだ次回(^^;)
Posted at 2026/03/18 11:41:26 | コメント(2) | トラックバック(0) | 日記
2026年03月11日 イイね!

15年

15年今年も、お泊りからの朝帰りは例年通り、津波被害の地域をトレースしての退勤路。

今回は象徴の一つである水族館を望む場所に立ち寄りつつ、各所で思いを馳せながらの帰宅。





夕刻、少し方面をブラッと。
過去に栃木人と寄った震災伝承館は、今年も黄色いハンカチが飾られ、多くの来訪者が。




いつもの海っぱたも、いつも以上の人出。
まぁ、この日だし…と思ったが、帰宅してラジオ聞いたら、19時から追悼の花火が上がるからだったらしい(゚д゚)




…そんな、いつもの海っぱたで頻繁に会う方と今日は、こちら帰路途上のスタンドで給油してたら、赤いご家庭車で遠出からご帰還され、反対側の給油機で補給してたところにバッタリ出くわしたのも、なかなかの腐れ縁でせうか( ̄∇ ̄)



-------

そんな、あれからの15年は、ひとつの節目でもあるのかな。

やっぱ真っ先な感覚は、あまりにもアッという間すぎるが、でも前後の事を改めてブログ等で振り返ると、逆にそんな程度の年月?と思う場面も。
思えば時間経過の感覚が不思議になったのも、この出来事からかな。

この当時は内陸の郡山市に転勤中で、今朝の退勤路でトレースした津波被害も、直後に比べれば多少は落ち着いてからの帰省でしか目にしておらず、またライフラインや物流の復旧具合も居住地のほうが早く戻って、もっとヒドイ状況の地元に対して申し訳ないような思いにも。

反面、より原発に近い地元の放射能を案じていたが、ふたを開けてみれば風向き等々の関係で、よっぽど内陸の居住地のほうが高線量だった事も。
0.8でも1.8でもない、「8マイクロシーベルト」の中で雨に打たれたりもしたが(^^;)、以降の何年も高目な放射線の中に身を投じてたんだよなぁ。

あの当時、「ただちに健康には影響がない」とは言ってたが、じゃあ将来はどうなんだ…
実際、10年スパンでは何かしら影響あるのかな?とも思っていたが、幸い今も一般的な加齢症状以外は(^^;)、8マイクロの影響は出てないなと、15年経って改めてホッとする。

そんな現在、図らずも中東情勢の悪化で、ガソリン値上げの状況でもあるが…
でも、こうして改めて当時の状況を振り返ると、いくら高かろうが欲しけりゃ買えるだけ、遥かにマシだよなぁと。
反面もし海峡封鎖でもされて本当に入ってこなくなり、当時と同じ状況になったら…と思うと恐怖を隠せないが。

アタシなんぞは、どんな災害に見舞われても出勤せざるを得ず、あの当時も未明からスタンドに並んで何時間も待つなんて、できる生活環境でもなかったので、とにかく物流が復活し給油ができるまで余計な移動はせず、必死に温存。
生活基盤が崩れ生き抜くのにも必死で、それでも激務に身を投じなきゃならん不条理に、こんなアタシでも気が狂う程の思いだったが…

それでも常に頭の中には、つまらない移動ばかりじゃなく、再び思いっ切り走り回れる日は来るのだろうか…と頭をよぎり、ある意味それができない状況も、うっそうとした気分に拍車を掛けてたんだろうな。

…まぁほんの数日前にRX-8のアライメントを調整し、車検でおかしくなった挙動が改善されて、それを楽しむのを心待ちにしたっきりだったのも、よりそんな思いになったのだろうが(^^;)

ちなみに道路は、あちこち陥没や隆起ができて、やっと給油できるようになり走りを楽しめるようになった頃はアライメント調整の恩恵どころか、すっかりヘンな動きになってしまったが(笑)、それでもガソリン気にせずアクセル踏みつけられるだけで、幸せだったなぁ~

そして15年後のガソリン高騰を迎えて思う事は…
もし本当に給油もできなくなったらと考えると、いくら高くなっても買えるうちは、ケチらずに楽しく走り回ろうと。

仮に1ヶ月後に、いよいよ給油困難になるとしたら…
それまでの1ヶ月間を楽しく過ごすのと、すでに我慢してストレス抱えた末に迎えるのでは、以降の窮状を過ごすに際して、かなり大きな違いになってくるので。

そしてガソリン含めたエネルギー事情も、今こうして石油の問題に直面すると、あれだけのオオゴトとなった原発の是非も、色んな考えが巡ってくる。
あの当時も、単純に原発なくせば良いのか…とは、おぼろげに思っていたが…

アレ以降は、いわゆる代替エネルギーというのか、とくに風力や太陽光は大きく発展したけど、いざ15年経って振り返ると、それらもまた大きな問題が浮き彫りになってきた模様。
メガソーラーなんぞ各地の自然破壊に加え、当県のローカルニュースじゃ反射による「光害」が問題だとも、情報が入ってくる。

ちょっと今後も、これらが問題を抱えたまま更なる発展をしていくとは、素人目には考えにくいのが本音。
現実的には原子力を除けば、まだまだ石油依存からは脱却できそうにないのかな?

…あくまで当時も今も素人考えで、正解は分からないけど、今の原油高を踏まえると結局「いいとこ取り」は、ありえないのかな?と。

電力とガソリンで料金の相関も、必ずしも一致はしないのだろうけど、まぁ細かい分析じゃなくシンプルに考え方として、原発なんて反対だ!と声を大にしながら、電気やガソリンを安くしろ!と声を大にするのは、ちっと違うのかな。

こうした単に良いか悪いかの二択じゃない、どれを重視するかの取捨選択は、この出来事以降ますます考えるように、なったのかも。

それこそクルマ趣向にしても、とにかく速いほうが・パワーがあったほうが・大きいほうが・豪華なほうが…過去の価値観じゃ「そのほうが、いいに決まってる」と疑わなかったが、それら表面的な事を得るために犠牲になってる事まで考えると、本当に自分に幸せなのかって思いにも、何かしら影響してるのかも。

そんな15年前の、あの日…
いや、「あの日からの15年」を振り返ると、以降も各所で大きな震災や、アタシも影響を受けた水害、疫病の蔓延など大きな災いが増えた気がする。
その度に、この15年間で改善した事もあれば、ひとつも学んでないじゃねぇかって事まで、様々。

そんなアタシ自身、普段から備えを…なんて頭では考えてるが、まさに15年前を彷彿する3/11直前のチョット大き目な揺れ。




…今ここでドカンときても、どんだけ備えを生かせるんだろうと、ちと例年よりは色々と思いが馳せる節目の年です。
Posted at 2026/03/11 22:10:39 | コメント(3) | トラックバック(0) | 日記
2026年03月01日 イイね!

こっちもトップランナーから、のんびり走ろう会まで揃ってますよ

こっちもトップランナーから、のんびり走ろう会まで揃ってますよ長い忌引きを終えた葬式翌日の、先週土曜から社会復帰し…
お泊りして日曜に朝帰り。

当日は市内で大規模なマラソン大会があり、退勤路はバッサリ交通規制されるが、例年まだ帰る頃は大丈夫だったのが、なんか今年は一部すでにパイロンで区切られてたり、多くのスタッフが配置されてる脇を通り…




いずれ、もう子供の部が走ってる脇を通過。
あれま本番は初めて見たなぁ~。




多分そのスタート地点あたりは、すんげぇギャラリー!
…これら、じつに多くの人々の前をオープンで通過するのは、いくらアタシでも少し気恥ずかしい(^^;)






そして先の漁港は本番中、大規模な応援地点になってるようで、すでに大量の大漁旗が。
…駄洒落ではない。






そんなこんなで帰宅するが、まぁ久々出社で大量の仕事が残ってたのもあり、なかなかにお突かれで泥人形のように眠り込み…
いつもより遅めに起きたら、あらっ海っぱた辺りで集まってるような書き込みが。
さっそく向かってみるが…あれれ、いない!?( ̄□ ̄;)




風が強く寒めな当日、どうやら囲われて風を防げるトコに移動してたようで、そちらに向かう。




到着。
あらっ、なんかいつもと雰囲気が…




おおおっ、なんとR32のGT-Rが混じってる!Σ( ̄□ ̄;)




歓喜してお話してたら、中に座らせてくれた(≧∀≦)
アタシ自身30年くらい前、2台目マイカーとして32のタイプMに乗ってたのもあり、じつに懐かしい♪




でもロールバーが張り巡らされ、リアはドンガラ。
クラッチも、めっちゃ重い!
なんでもトリプルのメタルとかで、かなりハードプレイな仕様。






なんでも最近、復活させるまでは保管時期も長かったようだが、元々は仙台ハイランドでゼロヨン参戦も、されてたらしい(゚д゚)
…各所、大掛かりなリフレッシュをしての復活だが、使用状況が変わった今となっては、まだまだ現状にそぐわず更なる手直しも考えてるよう♪




そんなGT-Rに、さも自分の車のように収まってる姿を、にゃあさんに撮ってもらった( ̄∇ ̄)




んなGT-R氏も、ロドスタいいな~と我らのに見入ってたので、じゃあ交換してあげようと申し入れたが、一笑に付された(爆)


他にも、いつもと違う雰囲気な青いNDは、昨年の主催者不在ミーティングに参加していた、オニオン氏。




さらにギャルも2人おり、過去にも何度か登場している、屋根は開くけど閉まらないかもしれない銀色NCの嬢ちゃんと…
そして赤NDの嬢ちゃんは以前、群馬のオジサンNC氏にいわき観光案内をしている際に、遭遇していた

このお嬢さん同士はSNSでは繋がってたようだが、当日が初対面だったらしい( ̄∇ ̄)





そこにバイク乗りでもある「おかわり氏」の、お知り合いのバイク2台が。
同じバイク同士の男女だが、同じとはいえ細部にそれぞれ拘りが見えるのは、ロドにも通ずるものがある。




お嬢さんがたはバイクの女性と、女子ーズで盛り上がってる。




いずれバイクやGT-Rは退散され…






程なく、すっかり夕暮れを迎えて我々も解散。




…思えば先月末から風邪の症状が続き、以降も色々あったりで、存分なオープン堪能も屋外活動も久々。
アタシ自身は夕方近くからの2時間足らずながら、いきなり濃厚な復活の戯れでした♪


《オマケ》
翌日は祝日だったようだが、アタシは朝晩通しの激務に身を投じての、さらに翌日の火曜。
朝帰りからの再起動から、まだ葬儀後から落ち着かない事をこなして、やはりブラッと出かけたのは夕方過ぎ。

よく、白NAにゃあさんとお仕事帰りに遭遇してた時間をも超え、海っぱたで一服して出戻るつもりでいたら…
まさかの、そんな時間におかわり氏が通り掛かった(:゚д゚)!




顔を照らしてオバケだとか、しょーもない事をしてたら…




なんと、その日に限って寄り道されてて遅くなったという、にゃあさんまで!Σ( ̄□ ̄;)
図らずも1日おいての、二次会となりました( ̄∇ ̄)




その他の写真


※さらに一週おいても、懲りずの戯れ…なんて話題は、股イずれ。

Posted at 2026/03/01 21:35:16 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記

プロフィール

「@ND5ken このサイズの造花で、いちいち季節ごとに模様替えしてたら、本物の桜より高くつきそうですね(笑)
…数ヶ月前は、まだ桜の花は咲いてませんでした(⁠・⁠∀⁠・⁠)」
何シテル?   04/09 02:09
もしフォローしてくださる際は、なにか一言添えて頂けると幸いです。 多少なりとも「人と、なり」が分からずフォローのみでは、とくに反応しない事のほうが多いです(^...

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マツダ ユーノスロードスター ロド2号機 (マツダ ユーノスロードスター)
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