今日の足利は雲が多い一日でした。それほど暑くはなかったのは助かりましたが、散歩に行こうかどうか迷ってしまいました。降っても小雨のようだったので思いきって行っても良かったのですが、この年になると若い頃のように雨の中を散歩するのはやはり抵抗があります。夕方になって外に出てみると雨が降っていました。
結局こんな歌を聴きながらずっと部屋に籠もっていました。
「そして僕は途方に暮れる」(作詞:銀色夏生 作曲:大沢誉志幸)は、1984(昭和59)年に発売された大沢誉志幸の5枚目のシングルです。
大沢誉志幸についてはこの曲しか知りません。今回調べてみて驚いたことがあります。作曲家として沢田研二の「おまえにチェックイン」や中森明菜の「1/2の神話」といったヒット曲を提供していたのですね。
それ以上に驚いたことがありました。大沢誉志幸は私と同年齢で学生時代にロックバンド「クラウディ・スカイ」に所属していたそうです。大学卒業後レコードデビューしています。私は千葉でフォークバンド「三人の会」を結成していましたが、一年半足らずで解散しました。同時期にバンド活動をしていたことになります。そのクラウディ・スカイというバンドを観たことがあるのです!
アメリカにレーナード・スキナードというサザンロックバンドがありました。1977(昭和52年)の1月14日・15日・16日・21日に中野サンプラザで初来日公演をしています。どの日に行ったのかは記憶にないのですが観に行きました。その時の前座のバンド名がクラウディ・スカイだったのです。
レーナード・スキナードはその年の10月20日に飛行機の墜落事故で中心メンバーが死亡してしまい解散してしまいました。そんなこともあって憶えているのです。しかし本当にクラウディ・スカイはレーナード・スキナードの初来日公演の前座だったのか。大沢誉志幸はその時にギターを弾いていたのか。ネットで調べてもどこにもありません。
40年以上前のことですからやっぱり私の記憶が間違っているのでしょうか…。誰か知っている人はいませんか?
Posted at 2022/08/20 17:10:07 | |
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