![輝きながら… 輝きながら…](https://cdn.snsimg.carview.co.jp/minkara/blog/000/045/318/928/45318928/p1m.jpg?ct=6a1830dbfb89)
オリンピックを朝から晩までテレビ観戦しています。昨日も感動をもらいました。
水泳では男子200メートルバタフライで本多灯選手が銀メダルを獲得しました。本多選手は19歳らしい底抜けの笑顔でした。女子では大橋悠依選手が200メートル個人メドレーで2つ目の金メダルを獲得しました。とびっきりの笑顔を見せてくれました。
柔道では男子の金メダルは途切れましたが、女子70キロ級で新井千鶴選手が金メダルを獲得しました。美しい笑顔を見せてくれました。しかし、準決勝は凄まじい試合でした。試合時間はなんと16分41秒です。新井選手が攻めまくりますが対戦相手のタイマゾワ選手は決め手を与えません。最後は送り襟締めで本勝ちしましたが、タイマゾワ選手は締めで落ちてしまいました。まさしく死闘でした。
私が一番輝いて見えたのはこの選手でした。最後の着地で思わず泣いてしまいました。
「輝きながら…」(作曲:鈴木キサブロー 作詞:大津あきら)は、1987(昭和62)年に発売された徳永英明の4枚目のシングルです。
徳永英明はデビュー曲「
Rainy Blue」から注目していました。この曲のヒットで多くの人に知られるようになりました。私も好きなのですが彼の曲は難しすぎてカラオケで歌えませんでした。
遠藤幸雄、加藤沢男、具志堅幸司、内村航平。この四人、どういう人物かわかりますか?内村航平は有名ですから知っているでしょう。オリンピック体操男子の個人総合の金メダリストなのです。体操小僧だった私には神のような存在なのです。そんな神に橋本大輝が仲間入りしたのです。
体操ウォッチャーですので、体操の大きな大会はチェックしていました。しかし、東京五輪選考会を兼ねた全日本個人総合選手権まで橋本大輝の存在は知りませんでした。その大会でも予選7位でメンバーに入ることは不可能と思っていました。ところが決勝では大逆転で優勝したのです。しかも優勝スコアはオリンピックの行人総合で金メダルを狙えるものでした。内村航平の次の新エースが誕生したのでした。
内村航平の鉄棒での落下、男子体操団体の銀メダルと体操じじぃはもやもやしていました。昨日は最初の床、2種目のあん馬でトップに立ちましたが、3種目のつり輪、4種目の跳馬ではなかなかスコアが伸びずメダル圏外の4位に落ちてしまいました。しかし、5種目の平行棒でほぼ完璧な演技をし3位に浮上します。トップとの差もわずかです。橋本大輝の最終種目鉄棒は全ての競技の最終演技でした。普通の演技をすれば優勝です。しかし、オリンピックの金メダルがかかった状況です。オヤジの心臓はばくばくしていました。橋本はカッシーナ、コールマンといった難しい離れ技をしっかり決めていきます。あとは着地だけです。3回ひねりの着地をぴたりとは行きませんでしたが、ほんのわずかなミスです。橋本選手と一緒にガッツポーズをしてしまいました。泣けてきました。
橋本選手はまだ19歳です。3年後のパリが22歳で、7年後のロスで26歳です。個人総合3連覇の可能性が高いです。しかし、それを脅かす選手がいます。北園丈琉選手です。彼も個人総合に出場して5位でした。北園選手は18歳です。パリ大会では二人が中心となって団体と個人総合の金メダルを獲得してくれるはずです。
Posted at 2021/07/29 08:30:03 | |
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