
茂原市にはイサオ君と春夫君が住んでいます。イサオ君は大学の先輩です。春夫君はというとバンド仲間です。
僕が初めて茂原に行ったのは1年生の夏でした。七夕の時にイサオ君の実家に遊びに行って泊まらせてもらいました。その時に茂原音頭を聴いて「茂原よいこと扇の要」という歌詞の一節を覚えました♪
イサオ君は大学の2年先輩です。春夫君はその友達なのですが、僕と知り合ったきっかけは前のブログで述べた引っ越しの時でした。誉田駅近くのアパートから大学近くに引っ越ししたいと思った時に相談に乗ってくれたのがイサオ君でした。引っ越しをするのはいいのですが貧乏学生ですから業者になどに依頼などできません。その引っ越しを手伝ってくれたのが春夫君だったのです。軽トラックに荷物を積み込み大学近くのアパートに運んでくれました。その時にイサオ君が「引っ越し同好会」と呼んで付き合いが始まったのです。
春夫君は「しえん」というフォークデュオで活動していましたが、僕が出逢った頃はソロでライブハウスなどに出演していました。僕も音楽好きでしたのでいつしかバンドを組むことになりました。そこにサトル君というイサオ君の友人も加わりフォークバンド「三人の会」が結成されたのでした。

当初は茂原に寄るつもりはありませんでした。奥様のヒロコさんから「是非来て。」と言われてお邪魔したのです。イサオ君の家には15年前に一度来たことがあります。その時以来でした。
久闊を叙したあとは、お互いの子どもや孫の話です。それからは病気の話です。それぞれなんらかの体の不調を抱えていますからね。そんな話をしているとヒロコさんがこんなことを言いました。
「最近は会える人にはなるべく会おうと思っているのよ。だからツゥさんがこちらに来るというから家に寄ってもらいたかったの。」
私も今回の千葉での集いはイサオ君や春夫君に会える最後かもしれないと思って参加したのです。15年後に皆で会えるという保証はありませんからね。
「前橋に帰省したならば連絡してください。茂原より前橋の方が近いですからすぐに会いに行きますよ。」
ヒロコさんと別れるのは名残惜しいのですが、次の目的地である御宿へと向かいます。玄関を出ようとするとヒロコさんが「これを憶えている?」と上の絵を見せてくれたのです。一目見てわかりました。三人の会が初めてライブをした「イエロー・サブマリン」というライブ喫茶のマスターとママの絵です。入り口に飾ってあったものです。
「どうしてここにあるの?」
「サブマリンが閉店したときにもらってきたんだ。」とイサオ君が言いました。そんなことはちっとも知りませんでした。
「マスターとママにも今回参加して欲しかったんだけれど、連絡先がわからないんだよ。まだ生きているとは思うんだけれど…」
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Posted at
2022/07/06 17:21:05