
昨日に引き続いての訃報ブログです。
喜多條忠さんが亡くなりました。74歳でした。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
喜多條さんといえば誰が何と言ってもかぐや姫の「神田川」です。日本のフォーク史に燦然と輝く金字塔です。私が初めて聴いたのは東京のフォーク好きの従兄弟の家でです。第一印象は暗い歌だなというものでした。でももともと暗い歌が好きなので悪い印象はありませんでした。珍しくすぐにシングルレコードを買いました。しかし、まさかあれほど大ヒットするとは思いませんでした。喜多條忠という作詞家は「神田川」」のヒットで知ったのです。
作詞家喜多條忠がより身近になったのは、拓郎と組んでキャンディーズに曲を提供してからです。このブログでは「
やさしい悪魔」「
アン・ドゥ・トロワ」「
銀河系まで飛んで行け!」「
暑中お見舞い申し上げます」を紹介しています。
アイドルにも曲を提供しています。ここでは柏原芳恵がヒットさせた「
ハロー・グッバイ」、アグネス・チャン「
春不遠」、梓みちよの「
メランコリー」」を紹介しています。梓みちよさんはアイドルではないか(笑)
今回取り上げるのはやはりかぐや姫の曲にしようと思います。「神田川」はまだ紹介していません。ですからそれが一番ふさわしいとは思うのですが、今日明日のニュースで必ず取り上げられるでしょうから別の曲にしました。
「マキシーのために」(作詞:喜多条忠 作曲:南こうせつ)は、1971(昭和46)年に発売された第1期かぐや姫の2枚目のシングル「変調田原坂」のB面でした。この時は知りませんでした。私が知ったのは1972(昭和47)年に発売されたは第2期かぐや姫の最初のアルバム『はじめまして』に収録された時です。吉田拓郎がプロデュースしていましたので編曲も拓郎でした。
かぐや姫は「神田川」がヒットする前から知っていました。初めて見たのは『全日本歌謡選手権』という番組です。「酔いどれかぐや姫」という奇妙奇天烈な歌を歌っていて唖然とさせられました。 ただその時のメンバーは南高節、森進一郎、大島三平で第1期かぐや姫と呼ばれています。その後メンバーは、南こうせつ、伊勢正三、山田パンダとなり皆が知るかぐや姫となったのです。
第1期かぐや姫時代から関わりを持っていた喜多條さんですが、かぐや姫に多くの曲を提供していたわけではありません。「神田川」「
赤ちょうちん」「妹」くらいなのです。かぐや姫のメンバーと仲違いしたわけではありません。かぐや姫解散後に風には「
星空」、パンダさんには「
風の街」、こうせつには「今日は雨」「旅立つ想い」「元気でね」の詞を書いているのです。不思議です。
このブログを書いている最中に中村吉右衛門さんの訃報に接しました。歌舞伎については門外漢ですので何も語れませんが、テレビでは『鬼平犯科帳』での演技を観たことがあります。季節の変わり目だからでしょうか訃報が続きます。悲しいです。淋しいです。昭和がますます遠くなってしまいます。
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流行歌研究会 | 音楽/映画/テレビ
Posted at
2021/12/01 17:41:19