
岡林信康はフォークの神様と呼ばれ、吉田拓郎はフォークの旗手と呼ばれたりしましたが、私の中ではフォーク歌手と聞いて最初に思い浮かぶのが高田渡です。なぜと言われても説明はできないのですが、彼の歌・風貌・そしてなにより生き様がフォークだと思うのです。
高田渡が愛した街が吉祥寺でした。そこに『ぐゎらん堂』というライブハウスがありました。渡さんはそこに入り浸るのですが、他にもシバ、友部正人、加川良、中川五郎、中川イサト、村上律、いとうたかお、なぎら健壱、斉藤哲夫、あがた森魚など多くのミュージシャンが集まってきます。伝説のライブハウスですね。
吉祥寺で一度だけ呑んだことがあります。吉祥市駅近くの居酒屋「村さ来」でした。東京の大学に進学した高校時代の友人数人と呑んで、井の頭公園を朝までぶらついていました。ぐゎらん堂が閉店したのは1985年なのでその時はまだ営業していたはずです。行っておけば良かったと悔やんでいます。
「もしも」(作詞/作曲:シバ)は、1972(昭和47)年に発売された武蔵野タンポポ団のファーストアルバム『武蔵野タンポポ団の伝説』に収録されています。武蔵野タンポポ団は1971年7月に『ぐゎらん堂』に集まったミュージシャンらで結成されました。
1976年7月に西千葉の『イエローサブマリン』という喫茶店に集まった音楽好きで結成されたのが「三人の会」というバンドです。武蔵野タンポポ団に憧れてできたバンドで、この曲や「
サンフランシスコ湾ブルース」などをコピーして歌っていました。私はギターとボーカルでシバや高田渡を気取って歌っていました。銭はなかったけれど楽しい青春でした♪
Posted at 2022/04/29 10:31:13 | |
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