
万葉集講座の時間です。
前回のブログでは紀 貫之という天才を登場させました。あらためて紹介しますと平安時代前期から中期にかけての貴族です。歌人として有名で三十六歌仙の一人です。古今和歌集の選者の一人で仮名序を書いています。仮名序は日本最初に歌論と言われています。また、土佐日記の作者でもあります。
これが一般的な説明ですがちょっとわかりづらいですよね。わかりやすく言い換えましょう。貴族とは政治を司る階級です。現在では政治家ということになります。土佐日記は貫之さんが土佐(高知県)の国司(知事)の任期を終えて都(京都)に帰る時の様子が書かれています。歌人とは和歌を詠む人です。和歌とは文学です。さらに歌ですから歌人とは歌手です。撰者とは天皇から任命された国家的事業である歌集を作る人です。ですから貫之さんは政治家としては国政で文部科学大臣を務め、地方政治では高知県知事であった人です。またベストセラー作家であり、実力・人気ともに抜群の歌手でもあったのです。イケメンかどうかはわかりませんが女性からも人気のあった人なんです。
そんな貫之さんが書いたのが土佐日記です。その時はもう60代半ばでした。かなり高齢ですね。貫之さんはなぜ女性のふりをしたのでしょう。女文字を使う自分を隠そうとしていたのでしょうか。私はそんなことはないと思っています。ばれることはわかっていてわざと女性のふりをしたのだと思います。
紀貫之の宣言
土佐日記の冒頭は貫之さんの宣言文だと思います。何を宣言したのでしょうか。私は二つのことを宣言したのだと考えます。
一つ目は「皆さん、ひらがなを日本の文字にしましょう!」ということです。貫之さんは当代随一の知識人です。彼にとっては中国語(漢文)の習得などお茶の子さいさいだったでしょう。しかし私が彼を天才というのはそんなことではありません。貫之さんはひらがなが持つ力をだれよりも見抜いていたのです。そんなひろがなを日本の文字にしようと考えたのです。彼の見通しが正しかったのは言うまでもありませんね。
二つ目は「女性の皆さん、ひらがなを使って自分の思いをどんどん表現しましょう!」ということです。文字のなかった時代にも人は自分の感情を表現していました。文字にはできませんから口に出してです。それが歌です。自分の思いをやっと万葉仮名で書き記すことができました。さらにやさしいひらがなを手に入れることによって誰でもが書くことができるようになったのです。先ほどひらがながもつ力と言いましたが、ひらがなは自己の心情や思いを表現するのにとても適した文字だということなのです。
貫之というスターの宣言文を読んだ女性たちは熱狂しました。私たちの使うひらがなが認められたのだ。自分の思いをどんどん表現しよう。藤原道綱母、清少納言、和泉式部、紫式部、赤染衛門、 菅原孝標女といった才女たちが次々に登場してくるのでした。
平安時代の女性
ひらがなの誕生によって日本人は自分の思いを簡単に書き記すことができるようになりました。しかし、ここまでの話は宮中や貴族の家だけのことです。庶民とは無縁のことです。でもひらがなが日本人の識字率を高めたのは間違いありません。識字率についてはここでは深く触れません。
清少納言の「枕草子」や紫式部の「源氏物語」が平安初期に書かれたことは驚きです。もっともっと世界に誇って良いことだと思います。ところで、紫式部の意味はわかりますか?「え?名前でしょう?」と言われそうですね。半分正解です。半分とはどういう意味でしょう。藤原道綱母と菅原孝標女ならどうですか?名前とは言えませんね。藤原道綱さんのお母さん、菅原孝標さんのお嬢さんですからね。実は平安時代の女性の名前は、どんな有名な人でもわからないのです。わかるのは皇女やかなり高い身分の貴族の娘さんくらいです。
紫式部とは女房名です。女房とは今使う意味ではなく宮中や貴族の家に仕える女性のことです。式部とはもともとは役職名ですが、上房に付けるようにもなりました。和泉式部なんて女性もいますね。上の「紫」は『源氏物語』に登場する「紫の上」から付けられたと言われています。「あの紫の上が登場する物語を書いた式部さん」ということです。男尊女卑の時代だったのですね。女房たちでもそうなのですから庶民の女性はどうだったのでしょう…。
漢字は難しい
紀貫之さんの奮闘によりひらがなは日本語の文字として定着していきます。逆の見方をするとこの時期は漢字にとって危機でした。漢字なんかいらないと思う人もいたでしょう。現代まで漢字消滅の危機が何回かありました。明治維新や敗戦の時などです。漢字廃止論です。とにかく漢字は難しいですからね。漢字文化圏で会った朝鮮半島やベトナムでは漢字は廃止されています。でも日本では令和の時代まで廃止されずに残っています。もちろん学校現場では全ての漢字を学習するわけではありません。2136字の常用漢字を学習します。漢字制限ですね。ちなみに漢字検定1級で出題されるのは約6000字です。頭が痛くなってきたのでこんなのをご覧下さい。

行きつけの居酒屋で今でもあるメニュー札です。昔はこういうのがよくありました。逆に読みづらいのもありましたね(笑)
私が社会人になった頃には和文タイプというのがありました。適切な活字を拾うのに苦労しました。欧米の映画などでは女性のタイピストが軽やかにタイプライターを打っていましたよね。どうしてこんな苦労しなくちゃならないんだと思ったものでした。漢字社会とアルファベット社会の違いですね。
現在ではパソコンの発達によって事情がかなり違ってきました。先人の苦労でどんな漢字でも印字できるようになりましたね。若い頃は外字作成などで苦労しましたが、今はそれもありません。良い時代になりました。
ワープロが普及し始めた頃こんな例文が話題になりました。
きしゃのきしゃがきしゃできしゃする
ワープロ会社では日常の会話を一発で正しい漢字に変換できるように考えました。研究者はどうすればいろいろな文章を一括変換できるかと考えました。その代表的な文がこれです。あなたは一発変換できましたか?答えはあとにしますが、この中に漢字が生き残っている理由が含まれているのです。
「きしゃのきしゃがきしゃできしゃする」はひらがなだけの文です。どうです?読みやすいですか?ひらがなだけでは読みづらいですよね。意味もわかりづらいですよね。これは同音異義語の問題です。日本には同音異義語が多いのです。
先ほどの答えは「貴社の記者が汽車で帰社する」です。見た瞬間に意味がわかりますよね。それは漢字が表意文字だからです。漢字には欠点もありますが長所もあるのです。ですから現在まで使われているのですね。
話は少しそれますが、あなたはキーボードの入力方法はなんですか?私はローマ字入力です。最近はかな入力の人は見かけなくなりました。そういえば私たちは小学校でローマ字を勉強しましたが、今でもそうなのかな?
来年度から小学校で英語が必修になるそうです。英語を公用語とする日本企業も増えています。日本語はどうなっちゃうのでしょうか。日本語が亡びるとは思いたくありませんが…。
万葉集講座と言いながら内容が全然別の方向に行ってしまいました。次回は万葉集に戻します。この講座もあと2回で終わる予定です。
さて、ビールを呑みに出かけましょうかね。肴は肉豆腐にしましょう(笑)
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Posted at
2019/06/01 17:00:06