やっとフォッケウルフが完成した。ほぼ組み上がっていると思っていたのだが、メーターパネルがあり得ないぐらい全然違う取り付け形状で合わなくて現物加工に四苦八苦、また足はさすがに細かくて嫌になった。特に脚とカバーがくっつくポイントが少なすぎて固定が弱い。キャノピーも細かい現物合わせが必要だった上、塗装の剥げがおきて苦労。ヘッドレストの角度も完全に間違えていたが、これを組むとなるとまた色々問題があった訳で、塗装するならそこらへんは後回しが良いとだけ。
モーターとエナメル線を結線してなんとか押し込み、暫定のスピーカーボックスでエンジン音入れたICレコーダー・プレーヤーとモーターを連動して動かす所までいけた。あとはちゃんとしたボックスに入れるだけなんだが、想像以上にモーターが組み付けた状態でうるさくてエンジン音が聞こえない。またモーターの回転トルクが小さく組み付けがシビアだった(回らなくなる)のと、速度が速すぎてペラが単純に見えなくなってしまった。見えるようにするには背景を明るい色にする必要があるし、ボックスは密閉してモーター音が漏れないようにしないといけない。
モーターは使ったのは3V3000rpmという、このサイズとしてはかなりトルク型の物なので、直結でこれより強くて遅いのを探すのは難しいだろう。もし出来るのならば、モーターのシャフトに全部組み付けてアンバランスがないようにするか、リダクションかませて遅く回すかだが、両方とも難しいだろうな。となるとPWMを使って回転数を落としてやる制御を入れる事だが、それで回らなくなったら意味がない。他にはLEDをパルス点滅させるって手も考えられるが、そこまでして見せるより、こういう物として楽しんだ方がいい気もする。
・今日も昼は雪がちらついていて、ワイナリーのレストランで食事したが貸し切り状態だった。こういうガランとしたリゾート地みたいな感じってシャイニングみたいでいいですよね、別にホラーな感じではないけど。いつも付け合わせのハーブが付くのだが、今は多分タイムで、部分的にはシェフが裏のプランターで作っているそうだ。
・仕事はデラ園の片付け、部分的にかなり低くなっている場所があって、改めて、こんな低さで作業していたのか?とびっくり。ブドウの棚は基本的には間柱とワイヤーで高さを調整しているのだが、整形園とか傾斜が一定(平面も含む)なら比較的簡単に同じ高さになるのだが、不整形や不陸があるとなかなか定まらない。その大きな原因はブドウの樹の重さや幹の分岐である。樹齢が上がると自重や幹の下方向への太りで棚を大きく押し下げる。特に大粒種のような幹が太りやすい物が影響が大きいが、デラでも古い木になると棚を下げる。で、棚を下げているような木は成績が悪い。幹が肥大する奴は養分の果実流転が悪い栄養成長型になってしまっているのだ。この園でも水分が多くて肥大はいいが登熟が悪い奴がその傾向、まあ乾きすぎな奴はそれはそれで成績悪いんだけどね。ブドウ栽培ではインフラである棚が悪くてはいい物は出来ないのが良く分かってきたのだけれど、それは作物からの相互作用もあるのだなと実感した。
・キズパワーパッドの途中経過、最初は水分吸わずに膨らまなかったけれど、今はちゃんと膨らんできている。これ、言ってみれば全面が傷に当たって構わない有効成分で出来ているのでほとんど無駄になってしまっている気もするんだが、防水性や密着性は確かに他の絆創膏だとありえないので優秀ではある。傷の治りに関してはまだ分からない。ただ、「痛みが出ない」に関してはむしろ普通の絆創膏の時より悪くなった。化膿したり傷口が乾燥して神経を刺激して痛くなるので、キズパワーパッドは痛くなりづらいという売りのはずだったが、そう簡単に剥がせない(基本なおるまで貼りっぱなし前提)なのに傷の経過を観察しろというのは無理ゲーくさい逃げだ。それじゃ効能と矛盾してしまう。
もっとも痛くなった原因は、なまじっか保護性能が高くて剥がれづらいので、指を使えてしまうようになったからかも知れない。ほとんど気にせず使っていたし、普通の絆創膏の時は上から布ガムテで保護してたから曲げる事も出来なかったし。良し悪しですなぁ。
・FW190は組み上がって見て見ると、マジカッコイイですわ、ジークハイルッ!あと五式戦闘機を調べて居たら、本当にこれはFW190を参考にして改良されていたらしい。三式戦は別にBf109のコピーではないし、Bf109とFW190も機体に共通項はないのだけれど、やっぱり昔の人(っても70年ほど前だ)は同じ事を考えたのだろう。あるいはドイツからもたらされる情報でFW190の優秀性を知って、そのコピーを思いついたけど、ゼロベースで開発出来なかったと見るべきか。なんだかんだ言って当時の日本軍はドイツの戦闘機は結構コピーに一応成功している。コメートをコピーした秋水、Me262をコピーした橘花なんかね。その方向で行けばFW190を直接コピーした機体があってもいいと当然思う訳だが、紛いなりにも似せたのが5式と考えていいのかも知れない。
5式が直接FW190を参考にしたとされているのはウィキによるとA5だそうで、胴体と機体の直径の差(三式戦は840㎜だが、エンジンが金星で1218㎜、カウル含めて1280㎜もあった)を埋める参考にされたそうだ。A5型は1942年頃の機体なので、きっと潜水艦に積んで持ってきたんだろうね、大変な話だし、それを割と生かし切れてないのがなんとも。何より本当にびっくりしたのは、「推力式単排気管」の元がこっちだったという事ですね。バイク乗りの人は皆ご存じでしょうが、集合管でバイクのエンジン性能が飛躍的に上がったのはポップ吉村のサイクロン管であり、そのべースは零戦のロケット管だと思われていたので、てっきり日本オリジナルだと思っていたんですよね。この推力式単排気管の当時の目的は排気を集めて出すと推力になる・・・という説もありますが、FW190の場合は「空冷星形エンジンと機体の間に出来てしまう段差をフィレットで埋めるだけでなく、排気ガスをそこに流す事で渦を飛ばして剥離層を作らない事、だったようです。で、零戦も52型あたりでこれを採用、有り無しで20kmぐらい速度が違ったという話もあります。5式は飛燕2型よりは遅いけれど、飛燕1型よりは速いという結果を残していますが、それにはこのFW190からもたらされた推力式単排気管も大きく貢献しているでしょう。プラモで見るとここは大抵汚く汚されるのが常です。私は「ドイツも空戦だと燃焼効率とか言ってられずに無茶な運用したのかな?と思っていたのですが、積極的に機体側面に排ガスを出して境界層を吹き飛ばしていた結果なんですね。一方Bf109なんかはもっと手前に個別のパイプをまとめて出してます。あっちは水冷なんで下手に処理するよりスムースな事を優先したんでしょう。
ただ、飛燕と5式にコンバートした時にも書かれているんですが、液冷をやめるとすごメリットがありまして、ラジエターを捨てられます。空気抵抗の元で重量でもあるラジエターが液冷のメリットを相殺していた事が分かります。また、機首の重量が減り、マスバランスが中央よりになった結果、ロールレートやピッチ性能が上がりました。5式は上がりすぎたとすら言われてますが・・・飛燕の場合はそれに加え重量バランスを取るためのウェイトもあったと言う訳で、「なんのための液冷なんだ!」って突っ込みたくなりますね。ま、5式は5式でオイルクーラーを装備したので、ある程度は冷却は必要とは思いますが。
もう一つ日本がドイツを悪い意味で猿まねしてたなーと思ったのは橘花の使い方。これ、形から戦闘機だと思うでしょうが、実は攻撃機です。低空を高速で飛び爆弾を敵艦に叩き込む、割と特攻機に近い設計思想でした。理由は2つあって、一つはそもそもドイツもMe262を高速攻撃機と捉えていまして、ヒトラーはそっちの方向で使わせようとしてました。空軍の実務トップのガーラントがそれに猛反対して結局重武装戦闘機になった訳ですが、日本は未だ最初の方向で考えていた。コンセプトがコピーのままだったんですね。どう考えても高々度迎撃機だろコレってのが分かってない。もう一つは製造コストです。戦闘機は今も昔も高価ですが、特にレシプロ機はエンジン製造が大変だったのは上の飛燕の失敗や誉の失敗、供給不足などからも分かります。一方ジェットエンジンは全然安定してないし耐久性も低いんですが、製造自体が難しかった訳ではない・・・と理解しています。もっと酷いロケットなんか、もうあれ煙突かと思うほど構造が簡素。つまり使い捨てだけど一瞬だけハイパワーを発揮する鉄砲玉向けの機体だった訳です。ベテランパイロットに高度な格闘戦をさせる発想だと、どうしても使い捨て機体で消耗させられませんし。
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2017/01/21 02:52:46