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晴耕雨読のブログ一覧

2019年11月29日 イイね!

Fantastic drive to MIYAZAKI 3 歴史に触れる...

Fantastic drive to MIYAZAKI 3  歴史に触れる...


Fantastic drive to MIYAZAKI 3 ...

歴史に触れる


 宿泊したホテルの近くに油津(日南市)の街があります。天気が良ければゆっくり散策するところですが、その日は雨のため(近くですが)現地までクルマで走らせそこから傘を持ちながらの散策となりました。


 堀川橋、堀川運河、油津赤レンガ館、渡辺家住宅などが点在する史跡に触れることが出来ました。

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☆ ☆ ☆



 次の到着地は広渡ダム(日南市北郷町)ダム訪問はyamapiさんの趣味でもあり、ここでダムカードをゲット。筆者が初めて手にしたダムカードです。雨が降りしきる中でのダム訪問でした。

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☆ ☆ ☆



 雨の中、都城まで一気に走り、都城島津邸(都城市早鈴町)に到着。南北朝時代に島津家の分家として都城島津家として誕生。本宅や御門などが都城市の指定文化財、国の登録有形文化財になっています。昭和天皇が宿泊されたことでも有名です。

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☆ ☆ ☆



 宮崎県が生んだ偉人と言えば、先ず一番に「小村寿太郎」(飫肥出身)が思い浮かびます日露戦争後のポーツマス会議で日本全権としてロシア全権ウィッテと交渉した外務大臣であり、筆者はこの人物に高い関心を今も持っています。小説「ポーツマスの旗」(吉村昭著)を読みますと、小村寿太郎の生涯が描かれており、この小説に深い感銘を受け、飫肥にある小村記念館まで足を運んでいます(当ブログで紹介しています)。


 さて、宮崎県が生んだ偉人として、もうひとり筆者の記憶に鮮明に残っている人物がいます…  高木兼寛です。馴染みが少ないかも知れませんが、この人物の生涯を描いた小説「白い航跡」(吉村昭著)があります。その本帯に記されている文章を読みますとその人物像がハッキリしてくるかと思います


 「海軍軍医総監に登りつめた高木兼寛は、海軍・陸軍軍人の病死原因として最大問題であった脚気予防に取り組む。兼寛の唱える「食物原因説」は、陸軍軍医部の中心である森林太郎(鴎外)の「細菌原因説」と真っ向から対決した。脚気の予防法を確立し、東京慈恵会医科大学を創立した男の生涯を描く」(下巻本帯より)


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 高木兼寛の生き方に感銘していた筆者ですが、宮崎市高岡町にこの人物の生誕地があることを知り、yamapiさんにリクエストし、今回の訪問が実現しました。


 不思議な現象が起きました…  高木兼寛生誕地に到着したとたんに、雨がぴったと止んでしまったことです。運命的なものを感じてしまいました。


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 筆者にとっては、思い出に残る訪問になりました。さらに、いつの日にか「白い航跡」を読み返したいと思っています。



☆ ☆ ☆




ロング・ドライブを終えて


 走行距離943㎞のロングドライブ(2日間)は、楽しい有意義な時間でした。yamapiさんのガイド / リードに負うところが大きかったと思います。さらに、曇りと雨の中での訪問となりましたが、それを凌駕する楽しさがありました。yamapiさん、有難うございました。


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written by Seikoh-Udoku

Posted at 2019/11/29 07:44:06 | トラックバック(0) | 歴史を訪ねる... | 趣味
2018年12月10日 イイね!

クルマに興味が尽きない... 歴史探訪... 萩 

クルマに興味が尽きない... 歴史探訪... 萩 


クルマに興味が尽きない…


 これまで乗ったクルマは、国産車ではトヨタ、日産、今年になってダイハツ(コペン)、スズキ(ハスラー)にお世話になっている。国産車以外では、大分前に短期間ではあるがジャガーとフォードに、ここ9年間はBMWとメルセデス・ベンツに集中している。そして、今はメルセデス・ベンツライフを楽しんでいる。メルセデス・ベンツ(ヤナセ)のサービスにはいつも「心配り」が感じられる。


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歴史探訪… 萩


 歴史所縁の地である『萩』(山口県)を訪れた。ここへは五回前後は来ている。今回のメインは「木戸孝允(桂小五郎)」生誕の地。維新三傑(西郷隆盛、大久保利通)の一人である木戸孝允に関する長編ものを近々読もうと思っているので、その前にここを訪れようと…。


 吉田松陰を初めてとして、ここ萩は多くの偉人を輩出している。歴史を学び、クルマを走らせ、その所縁の地を訪れる…  それは 筆者にとってはこの上ない楽しみであり、歓びでもある。



☆ ☆ ☆



 萩市中央公園駐車場に到着。萩城城下町があり、その街並みの中に歴史所縁の場所がある。

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 まず最初に、公園の中で目立つ銅像が出迎えてくれる…「久坂玄瑞くさかげんずい」像。ここ3年ぐらいに建立されたという。

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 久坂玄瑞と言えば、高杉晋作と共に松下村塾の双璧と称された俊才であり、幕末の乱世にあって、尊王攘夷派志士の中心人物として、短い人生を駆けぬけた(享年25歳)。下記の本は久坂玄瑞の生涯を知る上で大いに参考になるかと思う(当ブログで紹介済)。


小説 久坂玄瑞  花冠の志士」古川 薫著(文春文庫)



◇ ◇ ◇


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 萩城城下町の路地を歩いて行くと「木戸孝允旧宅」に到着。これから木戸孝允の長編作品を読む予定なので、気持ちが高揚しているのが分かる。写真が数枚展示されているので、木戸孝允の表情を見ることが出来る。(室内の写真撮影は許されている)


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◇ ◇ ◇



 「高杉晋作誕生地

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 高杉晋作に関する書物は多いが、筆者はこの本が強く印象に残っている(当ブログで紹介済))。

「春風伝」葉室 麟著(新潮社)



◇ ◇ ◇



「田中義一誕生地」

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 陸軍大将、第26代内閣総理大臣を務めた人物で、昭和史を学んでいくとこの人物を必ず知ることになる。


◇ ◇ ◇



 クルマで5分程移動し、萩博物館に到着。萩に纏わる歴史全般を見ることが出来る。

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written by Seikoh-Udoku

Posted at 2018/12/10 08:27:30 | トラックバック(0) | 歴史を訪ねる... | 趣味
2018年03月26日 イイね!

工場...そして海 歴史を訪ねる…

工場...そして海 歴史を訪ねる…

工場…そして海


一刻一刻、時間が過ぎていく…

様々な人々の歩みがある…

誰もが知らない「運命」に支配されながら、夢を追い求めてゆく…

それが尊いことなのだと…




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歴史を訪ねる…


 つい最近、このような事実 / 場所を知り、訪れてみた… 


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体当たり勇士の碑

北九州市八幡西区大膳一丁目)


 1944年(昭和19年)8月20日午後5時頃、アメリカ軍機B29爆撃機80余機は九州の八幡地区に来襲。これに対して、山口県小月基地から発進した陸軍航空師団第4航空連隊は、折尾上空辺りで迎撃態勢に入った。陸軍二式複座戦闘機「屠竜」の37ミリ機銃ではB29はびくともせず、このままでは北九州に爆弾を投下されると思い、搭乗の少年飛行兵第6期の野辺重夫軍曹、戦技第13期高木伝蔵兵長は折尾上空でB29に体当たりし爆破、その爆破片で続く爆撃機も空中分解し、二機のB29を撃墜。その後B29の大編隊は撤収した。



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 北九州市の空はこの二人の犠牲と引きかえに守られたと言われております

この碑は二人の功績を称えて、ここに建立されました。尚、この地は、二人の遺体と機体が落下してきた場所と伝えられております。


 戦争という惨禍が、国境を越えて、敵味方を超えて、あらゆる階層の人々を苦しめ、尊い命を失わせてしまったことを忘れてはならないと思う…。この場所を訪れ、歴史の重さを改めて感じた…。


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昨年閉園したスペース・ワールド その後…


  少しづつ変貌してきたスペース・ワールドが…  どこが変わっているのかお分かりですか? ⇨ そうです、大観覧車のゴンドラがなくなっています。上手に撤去するものなんですね。


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 聞くところでは、スペース・ワールドの遊戯具はそのほとんどが売却先が決まっているとのことです。

written by Seikoh-Udoku


Posted at 2018/03/26 06:07:05 | トラックバック(0) | 歴史を訪ねる... | 趣味
2017年09月15日 イイね!

歴史を知る歓び... ささやかな楽しみ...

歴史を知る歓び... ささやかな楽しみ...

歴史を知る歓び…


  その時代を生きた人物を知り、そして、その人物所縁(ゆかり)の地を訪れる…  これが筆者が行ってきた「歴史を知る」楽しみ方だ。これまで当ブログでも12人以上の人物を紹介してきただろうか、未だにその関心 / 興味は尽きない。


 今回紹介する人物は、「浜口雄幸」の盟友でもあった「井上準之助」。これまでも多くの歴史書を通してこの人物を知ってはいたが、やっとこの人物をじっくり学ぶ機会が訪れた。先ず、下記著書を読むことから始まった…。



§ § §


「凜の人 井上準之助」秋田 博著 講談社


 井上準之介は大分県日田に生まれ、日銀総裁と大蔵大臣を歴任。金解禁という政治的な重要課題に取り組んだが、昭和7年に血盟団員の青年の兇弾に倒れた。尚、詳しい説明には下記を参照(井上準之助生家前にある看板)。

 浜口雄幸内閣の大蔵大臣であった井上準之助は、「幣原外交」に対して「井上財政」と言う車の両輪として浜口雄幸首相を支えた。その浜口雄幸も東京駅での暗殺未遂が原因で命を落としたのは単なる歴史の偶然であろうか…。


 筆者には下記の文章が印象的だった…

「ともに明治の初年に四国と九州に生を享(う)けた浜口と井上の二人。明治、大正を走り抜けて、いよいよ粉雑した昭和の救済に身命をかけようとしている。遠図の人・井上は、浜口の純乎(じゅんこ)とした政治姿勢を支え、最後の5分間の踏張りに凛乎として臨もうとしている」(前掲書371頁)


 今、この本を読み終え、明治、大正から昭和初期まで駆け抜けていった井上準之助を思うと、この人物の為し遂げたことの意味および歴史の重み筆者の心奥底まで沁み入っていく...。


§ § §



清渓文庫 井上準之助生家を訪ねる…



 胸をときめかせながら一般道を走る…  着いたのは大分県日田市大鶴町にある井上準之助生家(清渓文庫)。この日は休館日でありつつも、当館のオーナーのご配慮により中に入ることが許された(室内は撮影禁止)。




 オーナーの丁寧な説明に耳を傾けながら、じっくり貴重な資料(写真や直筆の書や手紙等々)を拝見した。まるで井上準之助が歴史の流れの中に彷徨っているような思いを深くした。




 この日は筆者にとって特別な日になったように思う…   この上なく有意義な訪問であった。


(訪問時に手渡された案内小冊子)




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ささやかな楽しみ…

 こうして同じ関門橋でも多様なアングルから撮ることが楽しい。また、一つひとつ「夜間撮影」を学んでいく歓びを感じる。ささやかだが、日々の生活に「エネルギー」を与えてくれる何かなのだろう…









♪ ♪ ♪ ♪ ♪



あの頃が….


 この曲を聴くと遙か遠くにある思いが甦る…   


「花嫁」(はしだのりひことクライマックス)

 いつも私の中では歌詞とメロディが流れている…  

ボーカルの女性が学生のように初々しく素敵だった…


written by Seikoh-Udoku

Posted at 2017/09/15 06:56:19 | トラックバック(0) | 歴史を訪ねる... | 趣味
2015年09月19日 イイね!

「久坂玄瑞」を訪ねて… お薦めの一冊

「久坂玄瑞」を訪ねて… お薦めの一冊
「久坂玄瑞」を訪ねて… 

 久坂玄瑞(くさか げんずい)と言う人物が、幕末の中にあってこれほど傑出した生き方をしたとは…  
 これが筆者なりに研究して行き着いた結論である。

 久坂玄瑞と高杉晋作は、吉田松陰の双璧と言われ、「玄瑞の才」、「晋作の識」と言われたという。また、吉田松陰が自分の妹「文」を嫁がせる程に、久坂玄瑞は、松陰から愛された人物とされている。さらに、吉田松陰は、久坂玄瑞を「防長第一流の人物たり、因って亦、天下の英才たり」とこれ以上は無いほどの評価をしている。

 玄瑞は写真を遺さなかったが、忘れ形見となった井筒タツの子の面差しが玄瑞にそっくりたど品川弥次郎ら旧友の証言により、それをモデルとにして肖像画はつくられたという(古川 薫著「花冠の志士 小説久坂玄瑞」新装板のためのあとがきP349)

 吉田松陰から受け継いだ久坂玄瑞の思想と行動力は、坂本龍馬や中岡慎太郎をはじめ、多数の志士たちに大きな影響を与えた。

 翻って、久坂玄瑞は高杉晋作に比べて、知名度はそれ程高くはなく、これまで高杉晋作程にはスポットライトが当たっていなかったように思えるのは、筆者だけであろうか… が、しかしである。「久坂玄瑞」をより掘り下げていくと、もの凄く大きな、魅力的な人物だったことが分かる。

「久坂玄瑞」と言う人物の生き方が筆者なりに理解をした上で、「久坂玄瑞」所縁の地を訪ねてみた…

写真をご覧頂きながら、その足跡を辿りたい…

先ず最初に「久坂玄瑞誕生地」(萩市平安古町537-2)を訪れた。


ここには「坂本龍馬と久坂玄瑞」という説明書きがたいへん興味深い。

 次に訪れたのは、久坂玄瑞の墓を訪れた。そこは「史跡吉田松陰の墓及びその墓所、吉田松蔭誕生地」にある。



 この墓所には、吉田松陰、杉百合之助、吉田大助、玉木文之進、久坂玄瑞など一族の墓のほか、門人の高杉晋作などの墓も立ち並んでいる。

久坂玄瑞の墓 
元治元(1864)年の禁門の変(蛤御門の変)で、幕府方諸軍と戦い、流弾を受け負傷。享年25歳という若さで自刃。 


吉田松陰像

吉田松蔭の墓

高杉晋作の墓
高杉晋作の墓は、高杉晋作記念館(東行庵)に隣接している場所に墓があるが、高杉晋作の遺言には「死したときは、松蔭先生の近くで眠りたい」とあったので、分骨(当時は土葬であったので、遺髪を分けた)したもの。

吉田松陰誕生地


史跡から見れる眺望

最後の訪問は「道の駅 萩往還」。ここには、規模は小さいが松陰記念館がある。



松下村塾の再現で、松蔭の門人にする講話を聞くことが出来る。

左から、高杉晋作、吉田松陰、久坂玄瑞

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お薦めの一冊


「花冠の志士 小説久坂玄瑞」古川 薫著 文春文庫

 吉田松陰や松下村塾等に関する研究が深く、その著作もある直木賞作家の古川 薫氏の「久坂玄瑞の世界」がある。「久坂玄瑞」の生涯が詳しく描かれており、歴史と共に駆けぬけた「久坂玄瑞」を真っ正面から見ることが出来る本格派の作品。玄瑞亡き後の妻「文」のことも詳しく描かれており、興味深い。

本帯より…
「吉田松蔭の妹を妻として、高杉晋作と並び称された。尊皇攘夷の志に燃えた久坂玄瑞、わずか24年の人生」




「風の如く 久坂玄瑞編」富樫倫太郎著 講談社

「久坂玄瑞」の生涯を、松下村塾の塾生である風倉平九郎の視点で描いている。「久坂玄瑞」を知りたいと思っている方には、歴史にも忠実に書かれており、文章も読みやすく、自然と引き込まれていき一気に終盤まで行ってしまう。「久坂玄瑞」最期の場面が、心の奥深くに沁みわたる…

本帯より
「松門の竜虎と呼ばれた久坂玄瑞と高杉晋作。吉田松蔭を失った今、長州藩の行方は二人の方にかかっていた。おれたちが、この国の灯火になる」
Posted at 2015/09/19 06:40:35 | トラックバック(0) | 歴史を訪ねる... | 日記

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晴耕雨読と申します。 趣味を楽しみながら、日々暮らしております。 ブログは自動車に限らず、様々なことに関して書いてありますので、ご興味のある方はご覧頂け...
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