• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

晴耕雨読のブログ一覧

2021年07月11日 イイね!

格安万年筆のクオリティの高さ... 変わりゆく景色 歴史に触れる

格安万年筆のクオリティの高さ... 変わりゆく景色 歴史に触れる


格安万年筆のクオリティの高さ


パイロット万年筆「カクノkaküno)」は、1000円という価格ながら素晴らしい品質を有していることは既述の通りです。さらには、「プラチナ プレピー」については、格安万年筆(300~440円)ながら、書き味及び書きやすさの質の高さにすっかり惚れ込んでしまいました。


そんな理由により、さらにプレピー三本を追加購入しました。一つはプラチナインクのレッドを入れ、残りの二本にはパイロット色彩雫シリーズのインク「紺碧」と「露草」をそれぞれ入れました(すべてEF極細)。


ついでながら、プラチナ万年筆にはインクが乾かないような工夫が施されています。キャップの内側に「スリップシール機構」が付いており、これによって長い間使っていなくともかなりの確率でインクの乾きを防いでくれます。もちろんプレピーにもこの工夫はされています。これって、地味ながら凄い機構だとは思いませんか


alt

高いクオリティを持っているこれらの万年筆を使い、色々なカラーのインクを試せるのも格安万年筆ならではの優位性だと思っています。

コロナ禍の今だからこそ、日頃の様々な思いを文章(万年筆)で表してみてはいかがでしょうか



✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎



一枚のフォト


alt

北九州空港展望台より見た風景




——————————————




変わりゆく景色


変わりゆく景色と題して、この場所を定期的に写真に収めています。そう、スペース・ワールドがあった場所です。少し訪れる間隔を少し空けただけでこんなにも変化が起こっていました。


alt

alt


alt

alt


この場所には「The Outlets」と言う名の巨大アウトレット・モールが出来ると報道されています。




——————————————




歴史に触れる


つい最近、このことを知りました。大規模ショッピング・モール近くの公園…  雑草が生い茂っている中に、一際目立ったモニュメントが目に付きます。


alt


注意して見ると地面には鉄板が埋められており、日本語と英語併記で文章が記されています。文字に起こしてみますと



R・ニコルソン中尉に捧げる
平成元年(1989年)4

Dedicated to the late Lt. Rodney Nicholson


 終戦後間もない昭和22年(19471112日、この地の上空を飛行中の合衆国空軍ロドニー・ニコルソン中尉の搭乗機に故障が発生した。彼は、搭乗機が住宅地に墜落するのを避けるため、機外に脱出できたにもかかわらず、最後まで操縦桿を離さず、近くの三菱化成の空き地に墜落して死亡した。地元は、彼の人道的行為を讃え、昭和235月、供養碑を建立した。しかしながらこの碑も都市再開発のために昭和638月、取り壊しを余儀なくされた。北九州市と三菱化成は、彼の英雄的行為を永遠に讃えるため、彫刻として残すことにし、地元に住む鉄の彫刻家母里聖徳氏に制作を依頼した(下線は筆者による)

 ニコルソン中尉の人道的行為は、この彫刻とともに永遠に市民の心のなかに残るであろう。


戦争とはいえ敵味方として戦ったいた中で、このような人道的行為がこの地で起こっていたとは 言葉がありませんでした。尚、この慰霊碑が建立された後、ニコルソン中尉のご遺族の方が慰霊祭に出席されたことを報道で知りました。


written by Seikoh-Udoku

Posted at 2021/07/11 09:34:37 | トラックバック(0) | 歴史を訪ねる... | 趣味
2021年03月05日 イイね!

歴史に触れる... 『軍艦防波堤』

歴史に触れる...  『軍艦防波堤』

歴史に触れる…  『軍艦防波堤』


久し振りに、「歴史」に触れられる瞬間が訪れました。そこには筆者の知らない事実と歴史がありました。


その歴史とは…   北九州港がまだ若松港だった終戦直後の昭和23年、歴史と言う荒波の中で生まれた防波堤の話です。その防波堤とは「軍艦防波堤」(響灘沈艦護岸)と呼ばれているものです。


太平洋戦争終結後、帝国海軍の艦船は戦時賠償として連合国に引き渡されたり、解体されたりしましたが、一部の艦船は防波堤として使われていました。ここ北九州港には、三隻の駆逐艦の船体が沈められ、周囲をコンクリートで覆われています。


三隻の駆逐艦とは…  

alt

現時点で、「柳」だけがかろうじてその面影を見ることが出来ます。他の二隻は防波堤に同化しており、見事その役割を果たしています。

alt

alt


alt


alt

alt

alt

このことだけでも歴史の重さを感じざるをえませんが、左側に設置されている(時の経過によって)かなり朽ちている看板から驚きの事実を知ることになりました。

alt


ご覧のように、昭和204月「沖縄特攻作戦」で戦艦大和の直衛艦として「涼月」と「冬月」は出撃し、連合軍の猛攻に遭い大破したにもかかわらず、奇跡の生還を果たしています。筆者はこの事実を知りませんでしたので、この文章を読んだ瞬間….  しばし言葉が出ませんでした。


それにしても、このような貴重な歴史を伝えてくれるものが、この二枚の立て看板しかないというのはいかにも寂しい限りです。尚、この軍艦防波堤に対して、土木学会は「近代土木遺産2800選」として選出しています。


参考までに、軍艦防波堤はこの地だけでははなく、他の数箇所(秋田、京都、福島、東京八丈島)でも艦船が沈められていますが、現在でもはっきりと確認できるのは北九州港の「柳」だけだそうです。


✴︎ ✴︎ ✴︎


軍艦防波堤の位置関係

alt


alt


現地を訪れてみると、こんな感じのところでした。到着したところには案内掲示板等は一切なく、分かりにくいところにありました。


alt

alt

歴史の風化を感じながらも、周辺は逞しく美しい景色が広がっており、戦争後ここまで復興したことを感慨深く思いました。


alt

alt

alt

若戸大橋と皿倉山展望台が見えます。

alt


alt

alt

alt

最後になりますが、軍艦防波堤を訪れて本当に良かったと思っています。このような隠れた歴史を知り、しかもその歴史に触れられたことは、心静かな感動となりました。この情報を提供して頂いた方に感謝します。有難うございました。


written by Seikoh-Udoku

Posted at 2021/03/05 09:42:31 | トラックバック(0) | 歴史を訪ねる... | 趣味
2019年11月29日 イイね!

Fantastic drive to MIYAZAKI 3 歴史に触れる...

Fantastic drive to MIYAZAKI 3  歴史に触れる...


Fantastic drive to MIYAZAKI 3 ...

歴史に触れる


 宿泊したホテルの近くに油津(日南市)の街があります。天気が良ければゆっくり散策するところですが、その日は雨のため(近くですが)現地までクルマで走らせそこから傘を持ちながらの散策となりました。


 堀川橋、堀川運河、油津赤レンガ館、渡辺家住宅などが点在する史跡に触れることが出来ました。

alt


alt


alt




☆ ☆ ☆



 次の到着地は広渡ダム(日南市北郷町)ダム訪問はyamapiさんの趣味でもあり、ここでダムカードをゲット。筆者が初めて手にしたダムカードです。雨が降りしきる中でのダム訪問でした。

alt




☆ ☆ ☆



 雨の中、都城まで一気に走り、都城島津邸(都城市早鈴町)に到着。南北朝時代に島津家の分家として都城島津家として誕生。本宅や御門などが都城市の指定文化財、国の登録有形文化財になっています。昭和天皇が宿泊されたことでも有名です。

alt




☆ ☆ ☆



 宮崎県が生んだ偉人と言えば、先ず一番に「小村寿太郎」(飫肥出身)が思い浮かびます日露戦争後のポーツマス会議で日本全権としてロシア全権ウィッテと交渉した外務大臣であり、筆者はこの人物に高い関心を今も持っています。小説「ポーツマスの旗」(吉村昭著)を読みますと、小村寿太郎の生涯が描かれており、この小説に深い感銘を受け、飫肥にある小村記念館まで足を運んでいます(当ブログで紹介しています)。


 さて、宮崎県が生んだ偉人として、もうひとり筆者の記憶に鮮明に残っている人物がいます…  高木兼寛です。馴染みが少ないかも知れませんが、この人物の生涯を描いた小説「白い航跡」(吉村昭著)があります。その本帯に記されている文章を読みますとその人物像がハッキリしてくるかと思います


 「海軍軍医総監に登りつめた高木兼寛は、海軍・陸軍軍人の病死原因として最大問題であった脚気予防に取り組む。兼寛の唱える「食物原因説」は、陸軍軍医部の中心である森林太郎(鴎外)の「細菌原因説」と真っ向から対決した。脚気の予防法を確立し、東京慈恵会医科大学を創立した男の生涯を描く」(下巻本帯より)


alt

 高木兼寛の生き方に感銘していた筆者ですが、宮崎市高岡町にこの人物の生誕地があることを知り、yamapiさんにリクエストし、今回の訪問が実現しました。


 不思議な現象が起きました…  高木兼寛生誕地に到着したとたんに、雨がぴったと止んでしまったことです。運命的なものを感じてしまいました。


alt

alt

alt

alt

alt

alt


 筆者にとっては、思い出に残る訪問になりました。さらに、いつの日にか「白い航跡」を読み返したいと思っています。



☆ ☆ ☆




ロング・ドライブを終えて


 走行距離943㎞のロングドライブ(2日間)は、楽しい有意義な時間でした。yamapiさんのガイド / リードに負うところが大きかったと思います。さらに、曇りと雨の中での訪問となりましたが、それを凌駕する楽しさがありました。yamapiさん、有難うございました。


alt


written by Seikoh-Udoku

Posted at 2019/11/29 07:44:06 | トラックバック(0) | 歴史を訪ねる... | 趣味
2018年12月10日 イイね!

クルマに興味が尽きない... 歴史探訪... 萩 

クルマに興味が尽きない... 歴史探訪... 萩 


クルマに興味が尽きない…


 これまで乗ったクルマは、国産車ではトヨタ、日産、今年になってダイハツ(コペン)、スズキ(ハスラー)にお世話になっている。国産車以外では、大分前に短期間ではあるがジャガーとフォードに、ここ9年間はBMWとメルセデス・ベンツに集中している。そして、今はメルセデス・ベンツライフを楽しんでいる。メルセデス・ベンツ(ヤナセ)のサービスにはいつも「心配り」が感じられる。


alt



———————————————-




歴史探訪… 萩


 歴史所縁の地である『萩』(山口県)を訪れた。ここへは五回前後は来ている。今回のメインは「木戸孝允(桂小五郎)」生誕の地。維新三傑(西郷隆盛、大久保利通)の一人である木戸孝允に関する長編ものを近々読もうと思っているので、その前にここを訪れようと…。


 吉田松陰を初めてとして、ここ萩は多くの偉人を輩出している。歴史を学び、クルマを走らせ、その所縁の地を訪れる…  それは 筆者にとってはこの上ない楽しみであり、歓びでもある。



☆ ☆ ☆



 萩市中央公園駐車場に到着。萩城城下町があり、その街並みの中に歴史所縁の場所がある。

alt



 まず最初に、公園の中で目立つ銅像が出迎えてくれる…「久坂玄瑞くさかげんずい」像。ここ3年ぐらいに建立されたという。

alt


 久坂玄瑞と言えば、高杉晋作と共に松下村塾の双璧と称された俊才であり、幕末の乱世にあって、尊王攘夷派志士の中心人物として、短い人生を駆けぬけた(享年25歳)。下記の本は久坂玄瑞の生涯を知る上で大いに参考になるかと思う(当ブログで紹介済)。


小説 久坂玄瑞  花冠の志士」古川 薫著(文春文庫)



◇ ◇ ◇


alt

alt


 萩城城下町の路地を歩いて行くと「木戸孝允旧宅」に到着。これから木戸孝允の長編作品を読む予定なので、気持ちが高揚しているのが分かる。写真が数枚展示されているので、木戸孝允の表情を見ることが出来る。(室内の写真撮影は許されている)


alt


alt


alt


◇ ◇ ◇



 「高杉晋作誕生地

alt

alt

 高杉晋作に関する書物は多いが、筆者はこの本が強く印象に残っている(当ブログで紹介済))。

「春風伝」葉室 麟著(新潮社)



◇ ◇ ◇



「田中義一誕生地」

alt


 陸軍大将、第26代内閣総理大臣を務めた人物で、昭和史を学んでいくとこの人物を必ず知ることになる。


◇ ◇ ◇



 クルマで5分程移動し、萩博物館に到着。萩に纏わる歴史全般を見ることが出来る。

alt


alt

alt
 
alt


written by Seikoh-Udoku

Posted at 2018/12/10 08:27:30 | トラックバック(0) | 歴史を訪ねる... | 趣味
2018年03月26日 イイね!

工場...そして海 歴史を訪ねる…

工場...そして海 歴史を訪ねる…

工場…そして海


一刻一刻、時間が過ぎていく…

様々な人々の歩みがある…

誰もが知らない「運命」に支配されながら、夢を追い求めてゆく…

それが尊いことなのだと…




alt


alt


alt


alt


alt


alt


alt


alt


alt







——————————————————-





歴史を訪ねる…


 つい最近、このような事実 / 場所を知り、訪れてみた… 


alt


alt


alt



体当たり勇士の碑

北九州市八幡西区大膳一丁目)


 1944年(昭和19年)8月20日午後5時頃、アメリカ軍機B29爆撃機80余機は九州の八幡地区に来襲。これに対して、山口県小月基地から発進した陸軍航空師団第4航空連隊は、折尾上空辺りで迎撃態勢に入った。陸軍二式複座戦闘機「屠竜」の37ミリ機銃ではB29はびくともせず、このままでは北九州に爆弾を投下されると思い、搭乗の少年飛行兵第6期の野辺重夫軍曹、戦技第13期高木伝蔵兵長は折尾上空でB29に体当たりし爆破、その爆破片で続く爆撃機も空中分解し、二機のB29を撃墜。その後B29の大編隊は撤収した。



alt


 北九州市の空はこの二人の犠牲と引きかえに守られたと言われております

この碑は二人の功績を称えて、ここに建立されました。尚、この地は、二人の遺体と機体が落下してきた場所と伝えられております。


 戦争という惨禍が、国境を越えて、敵味方を超えて、あらゆる階層の人々を苦しめ、尊い命を失わせてしまったことを忘れてはならないと思う…。この場所を訪れ、歴史の重さを改めて感じた…。


alt





———————————————————





昨年閉園したスペース・ワールド その後…


  少しづつ変貌してきたスペース・ワールドが…  どこが変わっているのかお分かりですか? ⇨ そうです、大観覧車のゴンドラがなくなっています。上手に撤去するものなんですね。


alt



 聞くところでは、スペース・ワールドの遊戯具はそのほとんどが売却先が決まっているとのことです。

written by Seikoh-Udoku


Posted at 2018/03/26 06:07:05 | トラックバック(0) | 歴史を訪ねる... | 趣味

プロフィール

晴耕雨読と申します。 趣味を楽しみながら、日々暮らしております。 ブログは自動車に限らず、様々なことに関して書いてありますので、ご興味のある方はご覧頂け...
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2021/9 >>

   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

愛車一覧

その他 Panasonic JETTER その他 Panasonic JETTER
2021年5月11日更新... ジェッターを購入し、12年程が過ぎました。今も時折乗って ...
ミニ MINI Crossover ミニ MINI Crossover
 諸事情により手放しました。力強い素晴らしいクルマであったことを記しておきます。  こ ...
メルセデス・ベンツ SLK メルセデス・ベンツ SLK
   運命的な出会いのメルセデス・ベンツ SLK200... ツーシーターでオープン走 ...
ダイハツ コペン ダイハツ コペン
コペンセロSは9月27日をもって手放しました。3ヶ月程の期間ではありましたが、コペンセ ...
ヘルプ利用規約サイトマップ
©2021 Carview Corporation All Rights Reserved.