先日本屋さんで『ナカミチ・コンプリートブック』という本を見つけたので、買って読んでみました。
CDー700KKの生みの親、小林耕三さんも登場します。
国内向けカセットデッキ全モデル掲載と書かれていますが全てホームオーディオで、カーオーディオの製品は掲載されていません。
それもそのはず、ステレオ時代というホームオーディオの本の特別編集の物だからです。
いつ発行されたのかな?と思って裏の下を見ると・・
令和2年1月30日なのでごく最近発売された本です。
自分は1982年にカーオーディオの店を始めて、その時はまだナカミチがカーオーディオを発売しておらず、1984にナカミチのカーオーディオが発売されたと同時に取り扱いを始めました。
1988年にナカミチ・スペシャルショップという認定店に格上げとなって、スペシャルショップの限定商品が扱える様になりました。
その2年後の1990年にはホームオーディオも取り扱えるハート店に格上げになりましたが、その後に山口県内にスペシャルショップを3店も増やして、「人口が150万人以下の県に合計4店舗っておかしくないですか?」と、ナカミチの営業部とは不仲になり、店頭で専務がよく「ナカミチの取り扱いはやめるので、もう買えなくなるから。」と言っていて、技術部とは仲が良くても営業部とは犬猿の仲でした。
1998年ぐらいは変な拡大路線の悪影響でナカミチは業績不振に陥り、自分は自社ブランドの準備に入り、2001年にピュアディオブランドのラインナップが完成して、ナカミチ製品で足らない部分をピュアディオ製品で補うというスタイルを構築して、ナカミチのラインナップでは表現出来ない音を出せる様になりましたが、基本的なコンセプトはナカミチの初代社長の中道悦郎さんの「音楽を作った人が表現した音の形を変えない。」を大切にしていますし、音楽業界の方との交流して音創りという部分も中道悦郎さんの考えを継承しています。
ただ自分がナカミチ商品を取り扱い始めて直ぐに悦郎さんは亡くなって、一度もお会いした事は無くて、悦郎社長が長生きしていたらあの変な拡大路線は無くて、黄金期のナカミチが続いていたかも知れないと思う事があります。
1990年代前半に一世風靡をしたナカミチスペシャルショップの店も、早めに業態を変えた店以外は全て潰れてしまいました。
県外からナカミチのスペシャルショップの限定品を買われていた方が、システムアップやメンテナンスで宇部店にみえる事がありますが、よく「スペシャルショップがバタバタ潰れたのに、なぜピュアディオさんは残っているのですか?」と聞かれる事があります。
そういう時はあるお店から聞いたこういう話をします。
「ちょっと音が良くなったのを、すごく音が良くなったと思わせないといけないから長く話さないといけない。この前は納車の時に4時間話した。」とスペシャルショップのミーティングで話して、当時自分は「長話をする時間があるなら、その分自分の手を動かして音を良くすれば本当に音が良くなるので、お客さんは本当に喜んでくれるのに。」と言ったのですが、一度その長話パターンにはまるとやめられなくなり、結局採算が合わなくなって閉店せざるを得なくなり、「店が無くなるぐらいならそんな長話はいらなかったのに。」と他店のお客さんは言われていました。
そんなお店を沢山作ったからか、現在ナカミチのブランドはカーオーディオのみで海外で販売されていて、日本国内では新品は買えない状態になっていますが、自分は技術が悪くはなくて、悦郎社長が亡くなった後の営業部の変な拡大路線が日本国内の営業を終焉に導いたと思っています。
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カーオーディオについて | 日記
Posted at
2020/02/15 19:51:36