今のサウンドピュアディオが出来るまでのシリーズは激動の1990年代の後半で、前半には東京で師と仰げる素晴らしい社長さんに出会いながらも数年で引退したいという話になって、その理由は一部のメーカーと評論家と雑誌社が結託して、いくら自分が良い仕事をしても評価されないからで、やっと見つけた目標となる人を失って、何だかもんもんとした毎日を過ごしていました。
ただその一方でカーオーディオは一大ブームとなっていて、山陽小野田市にあった現在の倉庫になっている場所にあったカーオーディオ専門店オーディオボックスは繁盛していました。
ただ師匠は引退するし、ナカミチの本社のコンサートホールでの生演奏は無くなるしと、何を目標に音造りをしていいか分からず、B&Wの高級スピーカーとマークレビンソンのセパレートアンプを鳴らして、それを聴いて車の中の音造りという時代でした。
その頃調整用CDとして使用していたのは天野清継さんと国府弘子さんのヘブンで、後にヘブン&ビヨンドと天野清継さんのアルバムに国府弘子さんが加わっているアズールを合わせて3枚を交互に聴いて、そのアルバムの違いが良く分かるセッティングが良いセッティングという調整方法を取っていました。
その3枚はCDの製作工程の3つのプロセスがCDに記されていて、アナログ・アナログ・デジタルのAADや・・
全てデジタルのDDDなど、どの方式が良いという事を音楽評論家の先生が論じていた頃でした。
自分はデジタル・アナログ・デジタルのDADが自然だと思っていて、これらの違いに気を取られていて、今考えたら屁理屈にこだわって本当に音楽の事が分かっていたのか?という時代で、本当の事を知らないからこその想像の域で長い時間をかけての今自分が嫌いな語りみたいな事をしていました。
後で考えたら他に方法が無くて、それから10年以上経過して、やっと歌ったり演奏している人に直に会って生音・生声を知らないといけないという事に気付きました。
最近車の中で聴いている国府弘子さんのアルバムは、ピアノパーティーと・・
ちょっと前のアルバムのオラ!と・・
本当にピアノだけの演奏のピアノ一丁で、これらはもうプロセスのアルファベット3文字は記されていません。
おそらく音楽評論家が「これはこういう録音だから。」と評論されるからで、オーディオ評論家が嫌いと言っている自分も結局やっている事は同じで、そういうプロセスは一切気にせずに音楽作品としてのみ評価するという聴き方をしていませんでした。
そして国府弘子さんが演奏されている3部作を使った調整をしていた頃から20年が経過して、やっと自分から国府弘子さんに会いたいと思って、生演奏を聴いた時に「自分は何て無駄な時間を過ごしていたんだろう!」と後悔しました。
屁理屈な調整よりも、本人に近づいて生の音を聴いたり、掛け声やスキャットなどは生声なので本人の声を目の前で聞いて、その声を元に調整をなぜ行わなかったんだろうと後悔しても時間は取り戻せません。
その頃のオーディオボックスからサウンドピュアディオに名前が変わって、その名前を自分が聴いているCDの演奏家の方に知って頂けるという、20年でこんなに進化したんだ!と今はそんなご縁に感謝しながら毎日音調整を行っています。
来週の3月4日は山口県の阿武町民センター文化ホールで岩崎宏美さんと国府弘子さんのコンサートが行われます。
自分はスケジュールの調整が付く限り阿武町にコンサートを聴きに行きますが、お客様から国府弘子さんに会ってみたいという希望があって、可能であればそういう機会をお願いしたいと思っています。
今日は現在の生音・生声という前の基本的な形が出来る前のお話で、今の本人さんにお会い出来る前は逆に時間ばかりかかって、それでいて思う様な調整が出来ずに、とても辛い時期だったなと思い出していました。
Posted at 2023/02/26 11:17:24 |
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