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Yuh_Fazioliのブログ一覧

2025年01月16日 イイね!

人形にお洋服

人形にお洋服 以前、汚れ放題になっていた人形を綺麗にしたが、お洋服が汚れ放題で洗ったら簡単に破れてしまった。
 つくってあげなければと思っていたが、なかなか進められず。

 そんな折、セリアで適当そうなサイズのドール用お洋服があることを知り、買ってみた。

 サロペットだが肩周りが長すぎてそのままでは合わず、縫い縮めていいサイズになった。

Posted at 2025/01/16 02:44:12 | コメント(0) | トラックバック(0) | ひとりごと | 日記
2025年01月13日 イイね!

古い缶詰に穴が開いていた


 実家には、贈答品をそのままひたすら数十年熟成させるという困った習慣があり、90年代の缶詰がいくつも出てくる。サラダオイルやらうどんやらそうめんやらがいくつも出てくる。本当送り主に失礼だ。

 先日納戸の荷物を動かしていたら、床に張り付いて動かない段ボールがあり、よく見てみると、油漏れした缶詰が入っていた。

 中身は1991年製のいなばのライトツナだった。

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 缶が腐蝕し、このように穴が開いているものが多数あった。24缶のうち7缶が穴なし、17缶が穴あきだった。
 穴が開いていないものは皆膨らんでいた。

 質量を量ってみると、穴なしは皆120g以上。製品の管理として、最低120gが基準になっているらしい。
 穴ありは90g台のものが3つほどあり、平均して約8gの差があった。

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 サラダオイルの漏れ量は穴の大きさ次第なので、偏差は大きい(青)。
 穴なしの偏差は抑えられていることが分かる(赤)。

 想像するに、このロットは製造上で何か問題があったのかもしれない。内部で細菌が増殖し、酸と二酸化炭素等を発生させたのだろう。その酸が缶の内側の保護層を通過して缶に穴を空けたものと思われる。

 実はこの翌年も同じ方からライトツナを送られており、1992年製は膨らんでいなかったのだ。
 半年ほど前に食べたのだが、苦味はあっても食べることは可能だった。

(苦味はタンパク質の分解に伴うもので、ペプチドが作る立体構造を保てないほど短くなると、親水性アミノ酸の内側に包まれていた疎水性アミノ酸が顔を出し、苦味のセンサーを刺激するらしい。タンパク質分解産物を利用する場合の問題として知られている。)

 製造後数年は問題なかったのかもしれないが、膨らみはじめたのが最近とは思いにくい。
 ともかくも、30年を超えて確実に駄目になってしまっていた。
 

 
  同時に発掘されたいちご煮の缶詰を食べてみたが、磯の香りが封じ込められ、味には特段問題がなく、野菜は緑を保っていた。
 同様なホタテの貝柱のマヨネーズ和えも食べたことがあるが、これも苦味があった。筋肉は分解が進んで苦味を生じやすいようだ。

 なお、ヨーグルトは半年ほどで苦くて食べられなくなる。




Posted at 2025/01/13 14:45:05 | コメント(0) | トラックバック(0) | ひとりごと | 日記
2025年01月08日 イイね!

母退院

 本日1/8(水)、母が退院した。

 仕事を休んで迎えに行き、そのまま買い物に行って病院生活では食べられなかった寿司や甘いものなどを買ったりした。

 リハビリを続けていたのに足腰はかなり弱っていて、食っちゃ寝の割合が非常に高かったことが影響している。
 床にべったり座ると筋力の低下と手術部が痛むなどでうまく立てないという。負担をかけないような立ち方を伝えたり、ソファーに腰掛けるように言っているのだが、きっとまた同じことを繰り返すのだろう。

 私が週に何度も実家に行くとは言え、基本は一人の生活だ。
 食べ物は充分用意してあるが、やはり足腰に不安があるので心配だ。

 4月からは週休二日生活に戻るので、今より手厚い対応ができるが、それまでは諸手続などが進めにくい。可及的速やかに進めたいのは介護保険によるデイサービスなどだ。幸い、手首を骨折した際に要支援1が認定されている。

 2月に入ると入試シーズンで平日休みがいくらかできる。
 ここでなるべくできることを進めていこうと思う。


追記:
 母に関することは基本的に家族共有カレンダーに書いて共有し、ちょっとしたことはこのブログにも書いている。
 自分のプライベートな時間をほとんど母のために費やし、母のためにたびたび大きな迷惑をかけながら仕事を休んで対応している。
 それどころか、もっと有利な仕事を蹴ってまで母のために時間を作れる仕事を続けている。来年度は収入ダウンするがやむを得ない。

 そこまでしてやっている。
Posted at 2025/01/08 19:44:04 | コメント(0) | トラックバック(0) | ひとりごと | 日記
2025年01月05日 イイね!

和室を整理

 母親が大腿骨頸部骨折で入院していたが、1/8にようやく退院になる。

 母自身は既に杖無しで歩いているし、階段の上り下りのリハビリをやっている。
 しかし、その前に2階の階段から転落したこともあり、2階の寝室は暫くやめておいて、1階の和室を母の寝室にすることにした。
 居間にベッドを置けとか言っていたが、大きなソファーほか様々なものを動かさなくてはならなくなるし、ベッドという寝るための大きなものを置けば居間が機能を失ってしまう。
 ソファーで寝るとかとも言っていたが、そんなことをしたら体を痛めかねないし、安眠ができない。

***

 居間には私が作業のためにいろいろな工具類を持ちこんでいたり、家の中を整理して出てきた贈答品の山を積んであったり、父の遺品が様々あったりする。

 それらを整理しつつ、家具の配置を換え、ベッドを2階から1階に下ろした。

 このままではTV見られないので、パイン集成材で30cmの高さのシンプルなTV台をつくってみた。アリ桟で組んで接着剤固定なので釘ゼロだ。

 もっとも、私の蟻組の練習台としてつくったようなものだが。

***

 和室には障子で仕切られた縁側があり、ここが父の書斎のような空間になっていた。
 パソコンデスクがあり、パソコンが今2台あるが、足下はひどいたこ足配線になっている。縁側にはコンセントがないので、和室側からいくつもACタップを引き込んでいて、えらいことになっている。


 この際、電気系もなたを振るうことにした。

1.壁のコンセントを2つ口から3つ口に
2.ACタップは10コ口のものをパソコンデスク下に引っぱる。
3.TVやスマホ関係のために7コ口ACタップをTV下に引っぱる。
4.壁のTV用ケーブル取り付け端子をF型コネクタに交換
5.5mのTVケーブルでTVに接続。

 これで整理がつき、和室でTVも見られるようになる。

 必要なものはAmazonで発注してしまった。ホームセンターより安いので、1日待つことにしたのだ。

 ついでにやはりたこ足とタップにタップをつないでいる居間のコンセント事情も改善させることにした。

 居間の状況も少し良くなるだろう。

 それにしても、この家はコンセントがたりない。

 40年以上前には、これほどコンセントが必要になるとは考えられなかったのかもしれないが、それにしても、仕切られた空間があれば最低限一つはコンセントが必要になる。縁側にも必要だった。
追記:
 縁側にもコンセントが出ていることが分かった。ただし、父親が壁面収納にしてしまったので埋まっていた。
追記ここまで:

 驚くべきことに、1階の便器しかないトイレにはなぜかコンセントがついていてウォシュレットが簡単に取り付けられた。これについてはなぜここにだけ付けたのか、よく分からない。掃除用なのだろうか?

 2階のトイレには洗面台側についているだけなので、ウォシュレットの為に電源コードを延ばして使っている。
 洗面所にもコンセントが洗面台の1コしかないので非常に不便だ。掃除にも差し支える。
 廊下にもない。

 コンセントに限らず、今どきの家とはいろいろなところが違っている。


追記:
 和室の和風ペンダントはLEDだがリモコンがついていなかったので、後付けリモコンを付けてみた。
 リモコンはオンオフの超シンプルだが、現実問題それしか使う機会がない。
 意外だったのは、きちんと壁スイッチでのオンオフができることだ。

追記:
 リモコンが押しにくい。
 そこで、取りあえず消しゴムでボタンを付けてみた。


追記:
 壁のTV用の同軸ケーブルを接続する端子をFコネに変えようとしたが、なんと購入したものは内側もFコネだった。

 F型接栓が必要になった。建物についているのが古い同軸ケーブルなので、被覆がひどく硬化している。取り付けが大変そう。

Posted at 2025/01/05 12:45:46 | コメント(0) | トラックバック(0) | ひとりごと | 日記
2024年12月27日 イイね!

母退院へ

 12/2にリハビリカンファレンスという、多職種で状況を確認し計画を共有するものに出席を求められた。

 リハビリ担当が本人を歩行器、杖、自立で歩かせて状態を見せ、現状の報告と今後の軽い見通しを述べた。
 残りは看護師が生活全般について、ソーシャルワーカーが今後のことなどについて話をした。

 母の状態はすでに杖無しで歩き始めていて、状態は非常によく、今から介護保険の再認定を求めて1ヶ月後に見に来てもらったときにはかなり普通に生活できているはずなので、今の要支援1もなくなるかもしれないとまで言われた。

 おおよそあと2,3週間と言われて、年内ぐらいに退院とのことだった。

 **

 ところがその後問い合わせても退院時期がちっとも分からない。確認すると言ったまま1週間。
 その間に、母親の依存癖からどんどん上げ膳据え膳の病院生活にしがみ付こうとして、認知能力も低下しているのが見て取れた。
 リハビリで体を動かして状態が改善していっても、精神的にはどんどんダメな方向に行っている。母の場合、入院生活はこれが恐い。

 再度問い合わせると相変わらず明確な話がなく、医師は管理していない、看護師はもともとその役ではないという状態。漫然とリハビリを進めているらしい。
 リハビリの方に問い合わせるといい、暫く待っていると、まだ状態はよくないので退院は難しいような言い方をしたかと思えば、ある程度日常生活はできるので家族が状態を見てよいと思えば退院できるとも。

 で、翌日病院に出向き、また状態の確認と今後について話し合ってきた。

 今から退院に向けてのリハビリや生活内容に切り替えていき、1/8に退院することになった。
 ここまで目標が決まらない状態で漫然とリハビリを続けていたので、お尻が決まったことはよかった。

 しかし、私が午前から平日に休みがある2月の可能性を言うと、驚いたことに1/15の週までには退院して欲しいと言いだしたのだ。

 大腿骨頸部骨折では90日まで入院できる。11/6に入院し、11月下旬からリハビリに入ったので、1ヶ月を過ぎたぐらい。それを筋などの損傷の場合の60日を目処に退院と言い出したことになる。平均的にはそのあたりらしいので、それ自体は問題ではないのだが。

 そもそもあと2〜3週間とは何だったのか。
 当時は転院を求めていたときだったのだが、これは受け入れ側から1週間近く放置された後断られている。
 そのとき転院関係の対応をしている入院病院のソーシャルワーカーは
「あとリハビリ期間がわずかですから、受け入れてもらえる病院を探すのは難しい」
と。11月最終週に転院のことをやっていたが、当時はリハビリに入って1週間ちょっとだった。
 この時点であと2〜3週間(12月半ばまで)と何度も強調していたのだから、転院先にもその程度かもう少し短い計画を伝えていた可能性がある。そのために断られた可能性を疑わざるを得ない。

 しかしその後は問い合わせても全く退院見通しについて触れなくなった。そのまま漫然とリハビリを続けていたわけである。

 しびれを切らして問い合わせを重ねてようやく現状の確認をする事ができ、退院予定日が決まったのである。
 そこで出てきた退院の期限はこれまで聞いていた目処より1ヶ月も長かった。

***

 回復期病棟に移って60日で退院というのは本来90日のはずなのでソーシャルワーカーの勘違いかもしれないが、ここまでで退院して欲しいと言った。もし、そういう期限があるのなら先に説明しておくべきであるし、そこまでのリハビリ計画を示すべきであるが、家族にはリハビリ計画の内容は全く知らされていない。本人もその日のリハビリ予定をプリントアウトで知らされるだけであるらしい。
 
 リハビリ期間60日を限度としていながら転院の希望を伝えたときには30日程度の過小の見通しを家族と転院先に伝え、実際にはそれは計画に入っておらず漫然とリハビリを行っていた。
 最初からしっかりとした計画が立てられておらず、転院を阻むために過小のリハビリ日数を伝えた可能性がある。

 やはりここは信頼できない。

追記:
 退院後のヘルパーのチラシを渡された。
 介護保険が使えないもので、以前にお介護保険が使える事業所は潰れてしまって頼む先がないので自費のヘルパーを使うといいと言われていた。そのチラシである。
 こんなことだけやたらに早い。
 まずは地域のケアマネージャーに相談であるのに。
Posted at 2024/12/27 22:38:39 | コメント(0) | トラックバック(0) | ひとりごと | 日記

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「梅雨、日本周辺にしかない独特の気候なのだ。おかげで日本人は紫外線の影響を受けにくくなっているし。悪いことばかりではない。」
何シテル?   06/15 10:04
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