時間があったというか、何もする気が起きず、名前は良く見るが中身は全く知らなかったアニメ作品を見てしまった。タイトルで食わず嫌いをしていた作品である。
『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』

子供時代の秘密基地の集まり「超平和バスターズ」。ところが関係のもつれから起きたある事件のあとに、その一人の少女「めんま」が事故で亡くなってしまう。「めんま」やお互いへのそれぞれの思い・後悔・わだかまりの中で、やがてばらばらになってしまう。
時はたち、高校生となったある日、亡くなった幼なじみ「めんま」が、当時のリーダーで今は引きこもりの高校生「じんたん」の前に幽霊として現れる。当初トラウマによる妄想と思った「めんま」を受け入れ、「願い」を叶えるべく動き出す。他の人には見えない彼女の残した「願い」とは一体何なのか。やがて再び集まったかつての超平和バスターズのメンバーが、それぞれの思いやわだかまりにケリをつけるべく、彼女の「願い」をかなえ、成仏へと動き出すが……。
という感じのお話。原作のないアニメオリジナル作品である。連載中の話題作のアニメ化と違い、きっちり完結している。作品というのは本来そうあるべきだろう。
決して新規性がある訳ではなく、普遍的な要素からなっている作品ではあるが、ギャングエイジたる子供時代の感性、自己の内面へと向かっている高校生の感性、その時代時代の恋模様、利己と打算、その昇華・和解・成長が上手に描かれている。時に自らの心の利己をもつつかれながらも共感を持ち、子供時代に残した記憶のノスタルジーに包まれつつ、幽霊話につきものの成仏展開に涙腺を緩めながら一気にみてしまう。
昔なら少し暗めの青春小説にでもなっていそう作品だが、キーとなる少女「めんま」を子どもらしくも元気いっぱいの可愛らしい可憐な少女として描くことで、萌え要素を含む現代のアニメ作品としてうまく成立させている。これを実写でやられたら安っぽくてみてられなさそうだが。
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舞台は現代。携帯電話やネットは当たり前に存在する。それでも、地方を舞台にしているからこそ成立する、秘密基地や「花火」(埼玉県秩父市下吉田町の龍勢ロケット:ロケット花火の大きなもので、祭事で打ち上げられていたもの。本作品とのコラボレートも行われたらしい)と言った道具立ては、誰しも覚えのある子供時代のノスタルジアとうまく結びつけられる。それ故に幅広い年代からの支持を得たようだ。
簡単な脚本をいくつか書いたことがある身の上としては、少し嫉妬をする様な作品ではある。少し描き足らない部分も感じるしご都合主義もあるけれど、再度アニメを見始めて4,5年の中では上位に入る良作だと思う。
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幽霊は従来怨念を持った魂という非物理的存在であったはずが、本作では物理的存在で、空も飛ばず、こけたりもする。飲み食いすらする。一見ほとんど生きている人と変わりなく描かれている。
しかし、生きているかのような可憐な存在だからこそ、視聴者は幽霊のはずの「めんま」を迷い無く魅力的な登場人物として受け入れる。「じんたん」が当初妄想が産んだ「夏の獣」と思っていた「めんま」を受け入れることも、成仏のために動いていたのがやがて成仏しないことを願うようになることも、自然に受け止められる。
あくまで非物理的な幽霊然とした存在であれば、旧来の幽霊に魅入られる「狂気の愛の物語」になる。ファンタジーとしての本作は、幽霊とは思えないような物理的存在、かつ可憐な存在の「めんま」によって成り立っているのだろう。
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アニメは2011年放映だが、劇場版も存在し、2013年公開。
アニメの本編を再編集しつつ、新たに子供時代と後日談を描いている。
生まれ変わることを前提に成仏した「めんま」のその後は描かれることがなかったが、それが正解だろう。
アニメ本編、劇場版共にかなり評判が良かった作品のようだ。
Posted at 2014/07/27 19:19:12 | |
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