福島について事実と異なるデマが出回っている事は承知している。
一方で、実際よりよく誇張した福島像を提示するようなものもある。
こんなものも気になった。
どの程度意図しているのかいないのか分からないのだが、トンデモ・似非科学の手法が見られるのだ。
やさしいデータと数字で語る「フクシマ」の虚と実
雇用は激増 離婚は減少 出生率もV字で回復
デイリー新潮 1月16日(土)5時0分配信 開沼博
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160116-00504765-shincho-soci
要は、データで震災直後と現在は違う事を示しているのだが、あまり客観的分析とは言いがたい。
冒頭の(2)の問い=「直近(15年10月)の福島の有効求人倍率は、都道府県別で全国第何位か?」
先に述べたように、答えは4位。数値は1・68倍。月によっては1位になることもあります。100人しか働き手がいないところに168人の求人が出ている状態です。つまり人手不足が起こっています。改めて言うまでもなく、背景にあるのは「復興需要による福島の雇用市場の活性化」です。
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有効求人倍率だけ見たら圧倒的絶好調に見える。復興需要によって雇用市場が活性化されていると聞けば、その影響は広く及んでいると考えるだろう。
しかし、著者はあえてその中身の分析は行わない。
以前の日経新聞の記事を引用してみよう。
求職の多い事務職には求人が少ない。要するに震災関連の一時的な求人が多く、長期的な求人は少ないわけだ。建築関係の需要は他地域の職人逼迫の一因にもなっている。建築需要のため、他地域からの労働者の流入も起きている。事業者の異動に伴う求人も多く、一度失われた雇用が別の地で求人として現れ、求人倍率を押し上げた部分もあるらしい。
一時的なものが多いのであれば、震災関連需要が一段落してしまえば求人が大きく落ち込む可能性もある。しかしその議論は避けている。
求人実態はかなり片寄っていて、これは福島の安定的回復を示しているとは言えない。これはこれまでにも伝えられてきた。
これは少し古いデータなので、改善してきているのかも知れないが、そんなデータも提示していない。
ここが改善できてはじめて明るい福島の未来を語る事もできるにも関わらず、示していない。そんなデータはないのかも知れない。
追記:
内閣府のレポートでは、平成24年には大卒だけでなく中高卒の県外就職者が非常に多くなったことが示され、将来の生産人口減が懸念されている。この動向は極めて重要だろう。詳しくは末尾に。
追記終わり
記事は、一つのよいデータだけを示し、あたかも全体が好調であるかのように思い込ませている。さらに今後もこの好調が続くかのようにミスリードしている。これはトンデモ・似非科学の手法だ。
他方、問題なのは、修学旅行客の数字が伸び悩んでいること。福島を修学旅行で訪れた人の数は、10年度の67万3912人に対し、14年度は35万704人。回復は52%に留まっています。この動きを指摘すると「被曝を避けたい親の不安を軽視するのか」などともっともらしいことを言う人が出てきます。ですが、例えば、飛行機で成田―NYを往復した時の被曝量は100マイクロシーベルトほど。これと同じレベルの被曝をするには福島第一原発の真横を走る国道6号線を50回以上通り抜ける必要があります。海外旅行をした方が、福島に行くより遥かに被曝する。不勉強と事なかれ主義を、「不安」などという言葉で正当化すべきではありません。 |
ここではかなり回復している観光需要の一方、回復していない部分にも目を向けているが、その中で修学旅行の伸び悩みを問題としている。
成田~NY間の被曝より遙かに少ないとするが、被曝量を知り、飛行中の被曝はできればしたくないと思う人も当然いる。知らずに被曝をしている人が圧倒的に多いかも知れないが、多少の被曝をしてでも目的のために飛行機に乗ることを選択する(選択せざるを得ない)人もいる。被曝のデメリットを超えるメリットがあれば被曝の容認は起こるのだ。
なお、飛行クルーの寿命は短いというデータがあると放射線医学総合研究所の研究者に聞いた事もあり、彼らの場合無視できるレベルではないのは確か。
しかし、そもそも多くの子供たちにはいま長時間のフライトで海外旅行に行く選択肢はない。現実におこる被曝がわずかであったとしても、
存在しない被曝と比較する事は議論のすり替えでナンセンスだ。選択はNYと福島ではない。最初からNYは選択肢になく、生活場所かそれ未満の被曝ですむ選択肢はいくらでもある。
二者択一ではない問題をあたかもそのようにすり替えるのはトンデモ・似非科学の人たちも使う典型的なミスリードの手法だ。
学校関係者としては現実に放射線量が高いところを、親の反発を抑え込んでまで修学旅行先に選ぶのは難しい。被曝リスクを上回るメリットを説得できなければかなり困難があるだろう。
放射線量の数値が完全なデマならばいざしらず、現実に日常の放射線量より高い以上、わずかでもリスクが上がるのだから、子どもを持つ親としてはわざわざ連れて行って欲しくはないと思ってもやむを得ないだろう。ほかの修学旅行先はいくらでもあるのだから。
学校行事には「強制性」がある以上、自由意思に基づく一般旅行者と同じに考える事に無理がある。
福島の側からすれば以前のように来て欲しいわけだが、回復しない部分を
不勉強だ、来ないのが悪いという論法はどうなのだろう。
人によって放射線の影響度は違う。もっと高線量を対象にしているようだが、放射線医学総合研究所ではそうした遺伝子多型に基づいたオーダーメード医療の研究もしている。誰もが同じだという決めつけは不勉強だろう。事実として福島の多くの場所で、放射線量は高いのだから、リスクを避ける自由は当然あるべきだ。
別に人々は福島のために生きているわけではない。福島に来なかったからと言って責めることではない。
「震災離婚ってよく聞く」とか「チェルノブイリ事故の時には中絶が増えたって聞いた」という、俗流フクシマ論を耳にした人も多いのではないでしょうか。
しかし、流産は震災前後で変化はなく、中絶については、10年に妊娠100件あたり17・85だったのが、13年4~6月は16・24と、むしろ減少が認められました。離婚率も明確に下がり、10年の1・96に対し、14年は、1・64と全国平均より下。婚姻率も上がる気配を見せています。出生率については、確かに10年の1・52に対し、11、12年は1・48、1・41と「産み控え」とも見える現象がありました。しかし、13年には、1・53という全国最大幅のV字回復を示し、14年も1・58。震災前後で、先天奇形・異常の発生率に変化がないことは言うまでもありません。
ちなみに、福島の平均初婚年齢は、14年に夫が30・2歳で全国3位の若さ。妻は28・4歳で16年連続1位。ある面では、福島は、人が生まれないどころか、晩婚化、少子高齢化に抗するヒントが眠っているかもしれない県であるのです。 |
俗流フクシマ論は私は聞いた事がないが、私の情報源は質がよいせいかもしれない。
出生率の回復は、流産のデータ推移に異常がなく、知識の普及もあり、放射線の影響自体があまりない事が分かってきた安心感が出たために、生み控えの反動が生じたものと考える事ができそうだ。著者はそうした背景分析をせず、無邪気にV字回復と誇ってみせる。しかし、
生み控えの反動が一巡したらどうなるのだろうか。当然の疑問だが、著者はあえてその議論を避ける。
そして、最後3行はどうだろうか。
地方で初婚年齢が低く出生率が高いのは全国的な傾向。
福島県は10代人工妊娠中絶実施率の高さに悩み、対策に取り組んできた。
地方における初婚年齢の低さや出生率の高さと、10代中絶の多さは裏表である。予定外の出産や結婚によって若年結婚が多い可能性の検討が必要になる。郡山では避妊教育を含む取り組み強化で中絶率を下げることに成功している。さらなる取り組み強化が初婚年齢や出生率に影響を与える可能性もある。
この中絶率が高い事実を抜きに数字だけで「晩婚化、少子高齢化に抗するヒントが眠っているかもしれない県であるのです」というのはミスリードの感を免れない。
詳細なデータを示さず一面的な数字だけでそこからは言えない事を読者に勝手に推測させ、読者をミスリードしている。ここにも典型的なトンデモ・似非科学の論法が見られる。
冷静に、奇形や流産に関するデータを示す事で、放射線の影響が少ない事ははっきりする。福島の現実をデータで知らせるにはそれだけで十分だ。
出生率は人々の気持ちや環境に左右されるので、そんなデータは放射線の影響に関して科学的には意味がない。出生率が回復したことが放射線の影響を受けなくなったことを示すわけではない。
あまり影響は大きくはないからと受け入れたか、あきらめたか、という解釈をしても何も不自然ではない。
著者はそうした本当の福島県に住む人々の心理について一顧だにせず、数字だけで回復をアピールしている。
福島に住む以上、放射線量の高さを受け入れるしかないのは間違いのない事実だ。本来受けるはずのなかった追加被曝でリスクがわずかでも上がっていることは、現地に住む以上受け入れるしかない。実際、深刻な被害は今のところないので、普通に前向きに暮らすという選択肢がもっとも合理的だ。
人々は放射線量が高い今の状況で、それを気にして被曝を抑えるようとかなり注意した生活をしている人もいれば、気にせずごく普通の生活をしている人もいると、現地の方から聞いた。
本当の人々の気持ちは出生率からは読み取ることができない。
臨床心理学による障害の需要過程
1. ショック期
事実を知ってショックを受け、なすすべもなく呆然とする。
2. 否認期
「そんなわけない!」などと強く否定し、認めたくないという気持ちになる。
3. 混乱期
否認できない事実と受け止め、怒りや悲しみで心が満たされ、強く落ち込む。
4. 解決への努力期
感情的になっても何も変わらないと知り、前向きな解決に向かって努力しようとする。
5. 受容期
価値観が変わり、障害を持って生きる自分自身を前向きに捉えるようになる。
http://nakachan2.com/juyouprocess.html
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受容期に入れば、前向きに行動できるようになる。しかし、受け入れに成功しただけでとりまく条件は変わっていない。元どおりになったのとあきらめて受け入れたは等価ではない。これを無視した数字だけの議論は表面的すぎる。数字の背景を解き明かしてこそ価値がある。
生まれた子どもについて、将来の結婚差別を気にしている人がいるとは現地で生活していた方から伺った。心の内はやはり苦しいのではないか。
一時的な出生率反発のデータを並べて「回復しました、元より増えてます」みたいな事を言っても、それは当然福島が健全だとアピールする材料にはならない。
また、トレンドを読み取れない一時の変化を取り上げたところで信頼性が低いと一蹴されるだろう。
生み控え解消による反発が一巡したらまた低下する可能性はある。そこを見ていかないとならない。原発事故以前から出生率の低下があり、行政が様々な対策を打ち出している。生み控え解消による反発はその効果の影響とも伝えられている。震災の影響から脱したというのはかなり早計に見える。
出生率の回復データは、今のところ単なる目くらましのデータ提示に過ぎない。
ましてや10代の中絶率の高さに頭を痛め、避妊教育の遅れを認め対策をしている福島の現実を無視して、初婚年齢の低さ・出生率の高さをつまみ食いするのは、あまりに都合がよすぎる。
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福島は正常化している、放射線の影響はほとんどない、こんなに健全だ、とアピールするのは構わないし、事実ならどんどんやるべきだ。
しかし、この記事では特にアピールしていると思われる部分についてみると、かなり恣意的なデータの扱いをしている様子がある。
大切なのは今後の展望を読み解ける、現状分析だ。それをこの記事は一切無視して都合のよいデータばかりを並べて福島の回復をアピールする。
これでは本当の福島の現状が分からないし、都合のよいデータばかり並べてイメージ操作をしても、正しい現状分析ができなければ、将来設計をどのように行えばいいのかも分からなくなる。こうした事は政治の世界では常に起きて制度設計を誤ってきた。
もっと冷静なデータ分析と現状把握、それに基づき将来を考えていかねばならない。
もっとも、この記事のような恣意的なデータ提示は、実際の経済政策上何の意味も持たない。経済政策にこんな記事が参照されるはずもなく、一次データを使って分析を行うので、その点では無視できるのであるが。
このように実態を虚飾する福島像を提示して、だれのメリットになるのだろう。
少なくとも、本の著者は、本が話題になって買われれば利益を得る。
福島は安全とのメッセージを受け取ったものは経済に貢献するかも知れない。
しかし、もう支援は必要ないと理解する人がいてもおかしくない。
著者は福島の現状を知って欲しいとするようだが、都合の悪いことには一切触れない。これは著者が本当に意図して見せないようにしているのか、それとも気付いていないのかは証明できない。しかしいずれであっても社会統計データを扱うプロとしては失格だ。
事実を冷静に伝えず都合よく数字を示せば、いくら明るく見えてもそれは事実を正確に表していない。あくまで欺瞞である。欺瞞で利益を得ようとするのは、典型的なトンデモ・似非科学の手法だ。
全く学問的、社会的に意味のない、一般向けのトンデモに過ぎないと言われても仕方が無い。
記事のタイトルには『「フクシマ」の虚と実』とある。しかし、「実」として示す福島像は恣意的なデータ提示で虚飾されていると言っても言いすぎではない。
追記:
今回取り上げた記事に触れられていない雇用関連の細部は内閣府の資料で拾える。
平成24年度 年次経済財政報告
(経済財政政策担当大臣報告)
http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je12/h02_02.html
問題はデータの古さだが、安倍政権になってから同報告では震災復興について触れられていないようだ。
記事では県外への人口流出は少ないとしているが、将来の生産を担う大卒や特に中高卒の流出が多いらしい。
●宮城県、福島県では中・高卒においても県外に就職を希望する者が大幅増
次に、高卒・中卒の就職状況についても確認しよう(第2-2-24図)。
宮城県や福島県では既述の宮城県の大卒同様、2012年3月卒の高卒・中卒の県外への就職希望が3割程度増と大幅に増加している。県内への就職希望も同様に大きく減少しており、両県においては県外志向の上昇がはっきりと読み取れる。内定者数も、宮城県や福島県においては、県外の企業への内定者の伸びが圧倒的に高く、多くの高卒・中卒の若い労働力が県外に流出している。
一方、岩手県においては就職先の希望の県内、県外の差があまりなく、内定者数の伸び率も県内、県外ともに同じ程度の伸びとなっており、若手労働者の大幅な流出は発生していないと考えられる。
●福島県では原子力発電所に近い地域で高卒・中卒者が県内への就職希望が大幅に減少
最後に、福島労働局「新規高等学校卒業者の就業紹介状況について」を利用し、福島県を会津地域(西部)、中通り地域(中部)、浜通り地域(東部)に分けて、先ほど確認した高卒・中卒の就職状況について確認する(第2-2-25図)。
まず、2012年3月卒の高卒・中卒の学生の県内企業への就職希望状況を見ると、原子力発電所に近い浜通り地域において大幅にマイナスとなっている。その結果、県内企業への内定者数も大きく減少しており、原子力発電所事故の影響が若者の就職にも大きな影響を与えている。一方、会津地域や中通り地域においては、県内の就職希望者が前年から減少しているものの、高い労働需要もあり県内の企業の内定者の減少は小幅となっており、同じ福島県においても地域により状況が異なる。
若者の流出は労働力人口の長期的な衰退を招き、経済活動に大きな影響を及ぼす。若者の被災3県内への就職希望が高まるよう、復興の早期化が望まれる。 |
親は現地に残っても子どもには県外を、と言う様子があるように見える。震災当初は子どもだけでも親戚に預けると言うことも行われていた。
この傾向が収まっているかどうかは極めて重要。
かなり重要な論点だが、あえて避けているのだろうか。
人口の移動と言うことでは、広い福島県の中の避難移動が起きており、県外流出数に現れない避難があることは忘れてはいけない。
著者は2.2%を少ないと矮小化するが、200万人中の4.4万人が広い福島県から出ているのは決して少なくはないだろう。
私が述べたかったことは、「だから福島は元気です。ダメじゃありません」ということではありません。 |
著者はこう言うが、福島外の人間としてはそもそも元気なのかどうかを知りたいが、そこを恣意的に見せられてはどうしようもない。
正確なデータ、正確な情報を提供する事こそが福島の将来のためになる。
追記:
著者はもしかすると、善意の人なのかもしれない。学者という立場でさえなければ、データの扱いでやたらに批判することもなかったかも知れない。
しかし、こういう見せ方はどう考えても【素人】か、何らかの意図を持った人のやりかただ。データの扱いを知っているべき社会学の研究者がこういうやり方をした理由がどうしても分からない。
もし善意であるのなら、こういう見せ方が福島の今を正しく伝えないことを理解して欲しいと思う。意図してやったのなら批判は覚悟のことだろう。
デマに対抗するためには多少のことは許されるという発想なら、デマと同レベルに落ちていることにしかならない。
明るい福島を伝えたいというのなら、人々の暮らしがそうであることをレポートすればいい。
原発事故の影響が少ないと言うことは,科学的データで示すことができる。
何故分析抜きの社会統計生データの提示に行ってしまったのか。言えないことを明言せず読者に想像させるやり方をしてしまったのか。
自分としては、多様なデータを使い、データの分析をしっかりしたものをもとに現状を考えたい。上に取り上げた内閣府のレポートは客観的によく分析できていると思う。そうした客観的な視点で現状と、どこに問題・課題があるのかをきっちり分析したものをリリースされることを期待したい。
ちなみに著者は、私と全く接触がないのに私のツイッターアカウントをブロックしている。
補足:2016/10/27
そもそも、日本の社会学が、恣意的なデータの扱いをし、事実を都合のよいように歪め、おもしろおかしく論を組み立て耳目を集めることを常道とする、もはや学問とは言えない似非学問の分野であることが分かった。
要するに、上記のものなどまじめに取り合うこと自体がばかばかしい単なるエンターテインメントに過ぎないと承知すべきであるらしい。
そんなものをチェックもせず、事実と誤解させるよう拡散して回る一部の似非科学批判者たちは極めて罪深い。似非化学批判をしている人間自身が容易に似非科学にだまされ、自ら拡散しているのだからつける薬がない。