私は普段一般マスコミにはあまり触れていないが、間接的には聞こえてくる。
どうも、
高校生物からメンデルの法則が消えたと伝え、学校教育からメンデルの法則が消えたかのような印象を与えているようだ。現場の教員は最近になって聞いている者も多いかもしれないし、一般にはまさにホットなトピックスとして聞いていることだろう。
同様な論調はあちこちでみられ、メンデルの実験を教える必要論を説いている方も見かける。科学的な問題、放射線問題等でずいぶん活躍されていたサイエンスコミュニケーターやサイエンティスト諸氏がその論調に乗って軽い議論(というかメンデル必要論を唱え合う)をツイッター上で交わしていた。
しかし、かなり誤解があるように思う。
メンデルの法則は以前から中学校で優性の法則・分離の法則までを扱い、遺伝子という概念を提唱し遺伝現象を統計的に扱ったメンデルの実験の中身や統計的な扱いの重要性を取り上げる。
独立の法則については新しい教科である『生物基礎』では扱わないが、その後に履修する『生物』で組換えを含めてその内容を扱う。学校教育からメンデルの法則が消えたわけではない。
また、メンデルの法則を三法則として扱うのは日本独特であると聞いている(手元のLIFE日本語訳『アメリカ版大学生物学の教科書 第2巻 分子生物学』でも優性の法則はなく2つの法則があげられている)。三法則の学習にこだわるのは過去に三法則を学習した者のノスタルジーによる主張である可能性がある。
さらに、メンデルの実験と法則性の発見を扱う意義は十分あるが、いくつかの弊害を生んでいると感じてきた。
1.メンデル遺伝では遺伝子が形質の発現のしやすさについて優勢または劣勢の遺伝子として振る舞っている説明し、印象づけてしまうが、実態のわからない遺伝子についての当時の理解でしかない。対立遺伝子は遺伝子が壊れたり、コードの内容が変化してしまってできていいるものが多い。劣勢の遺伝子が存在すると言うより、発現しない遺伝子があるためにある形質が現れるか現れないか(たとえば花の色が付くか付かないか)ということが起こることが多い(対立する遺伝子をメチル化して働かないようにするものもある)。優性の法則自体が見かけ上そうなるのであって、きれいなものはむしろ例外的であるのに、それに反するいろいろな遺伝現象を例外として教えるのは不自然(そのため、ドイツでは雑種第一代に一つの性質が表れるものとして扱うそうだ)。
2.遺伝現象は実際には複雑で極端に単純化できない現象であるが、三法則をあたかも数学の定理のようなものとして扱い、遺伝現象をごく単純なルールに基づく現象であるかのように扱う者がときおりいる。解き方の手順ばかり重視し、その単純なルールの組み合わせとして現実にはあり得ない架空の三遺伝子雑種、四遺伝子雑種をより複雑な例として練習させる。このように遺伝現象の理解ではなく算数ドリルと化した学習が行われることがある。生徒は解ければ『遺伝がわかった』気持ちになるが、現実の生物の遺伝現象を見ていないことには気づかない。
3.大学以降では科学史としてメンデルを取り上げることがあっても、遺伝の仕組みとして(注釈なしでは通用しない)メンデルの三法則を大きく取り上げることはない(もちろん分離の法則は遺伝子の挙動の本質であるが)。しかし高校では遺伝の問題の解き方に終始して、遺伝現象の理解から乖離したメンデルの法則に基づく複雑な問題演習を行う。入試のためだけの学習になってしまっている。
(メンデル自身は物理学に親和性を抱いていたようで、遺伝現象を統計的に扱うだけでなく物理現象のような単純な法則化が可能だと考えていたらしい。そのあまり、法則化の邪魔になるデータを意図的に排除したり都合のよいデータのみを選択した可能性すらあるようだ)
私自身は中学校で歴史的意義と統計的扱いの重要性を教えるためメンデルの実験を分離の法則まで取り上げるだけで十分であると考えている。人物を扱うことが中学の学習にはなじみやすい。やたらに深入りして法則を強調し、遺伝現象を見誤らせることは避けるべきだと考える。
私がこうした考えに基づいて明確に遺伝の学習をアレンジし、進化的な視点を常に取り上げながら生物の授業を行うようになったのは、2000年代初頭からである。当時進化学・遺伝学の方面から学校教育の内容に疑問が投げかけられていて、それまでに感じてきたメンデルの法則と実際の遺伝現象の学習との不連続感の解消をする方向に舵を切った。ま、そんなことをしたところで、誰も何も評価してくれるわけではなく、生徒もより正しい取り扱いだと理解してくれるわけでもないのだが。
ただ、今回の生物教育の大改革で、高校で中学と重複しての超古典的なメンデル遺伝重視の学習から、ようやく現代の生物理解につながる古典的なセントラルドグマの学習に中心が移ったことを歓迎している。
なお、多くの方に誤解があるようだが、1960年代に中学生だった先輩方は、中学校でメンデルの三法則を学習している。その後中学・高校とも学習内容をはぎ取られ、以前は学習していた遺伝子の調節(オペロン説など)など分子生物学的な内容は高校でも理系進学者のみが学習する可能性が高い『生物II』でのみ多少扱い、その他の学生がそれに触れる機会はなくなった。世の中でバイオテクノロジーがしばしば取り上げられる一方で、学校教育ではその基礎にすら触れていない卒業生を送り出してきたわけである。
今回の大改革があたかも古いものを切り捨てているかのように言われる。しかし、文科省はこれまで時代に逆行して新しい内容を切り捨て超古典的なものだけに限定してきた。今回の改革では以前のようにメンデル遺伝を中学で扱い、そのベースの上で多くの生徒が学習する『生物基礎』において生物学の重要な視点である進化を取り上げ、分子科学的な分野を拡充し、しばしばマスコミでも話題になる内容に直接関係する内容を扱うように改革されている。このことに目を向けるべきだ。
以下参考にされたし。
生物教育系MLではおなじみのお二方のページである。彼らによって私の知見は大いに広がった。
http://www.asahi-net.or.jp/~hi2h-ikd/biology/bioiden.htm
http://jfly.iam.u-tokyo.ac.jp/html/education/education.html
Posted at 2012/04/26 12:21:22 | |
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