毎日の記事で、サイエンスによるSTAP細胞論文却下時の内容について触れている。
STAP細胞に関する論文は、今回(2013年3月投稿)以前に2012年にもネイチャー(4月)、サイエンス(6月)、セル(7月)といういわゆる三大誌に投稿していたが、いずれも掲載を却下している。
ネイチャーから例の「何百年にもわたる細胞生物学の歴史を愚弄している」というコメントが付けられた投稿だ。
万能性を示す遺伝子の発現の証拠を示すとしていた蛍光は細胞が死ぬときの自家蛍光ではないかとか、ES細胞混入の可能性という重大な指摘がなされていたという。もちろん、電気泳動写真の切り貼りは指摘されていたが、後のネイチャー投稿でもそのままであった。(要するに、バカンティ氏や小保方氏は指摘を無視したことになる)
その後、理研・笹井氏が論文執筆に参加し、論文の体裁だけでなく「笹井 芳樹」というブランドをも手に入れ、掲載に至った。
おそらく笹井ブランドがなければ、どんなに手を入れ直そうが掲載は難しかっただろう。ネイチャーのエディターに「笹井が名を連ねるなら本物だろう」という判断があった可能性は充分あるだろう。
今回のことで、ネイチャーはチェック体制を大幅に見直すことをアナウンスしているが、話題性を重視する商業誌であることが問題の根本にある。
それにしても存在しないSTAP細胞というファンタジーを、捏造データで証明しているように見せかける小保方氏に対し、共著者は何か気付くことはなかったのだろうか。
事実なら確かに画期的研究ではあるが、単純なストレスが細胞のリプログラムを起こすなら、体内でもそんな条件を満たす可能性はいくらでもありそうなものだと真っ先に思ったものだが。通常なら、これまでの研究を外れるアイディアに対しては、かなり慎重に検討される。しかし、それがほとんど成されたように見えない。
まずはハーバードのブランドが関係者の目を曇らせたのは確からしい。採用時の特例的な扱いも、若山氏が実験ノートの確認をしがたかったというエピソードもそれを良くあらわしている。指導教官がネズミの背中に金型で作った軟骨組織でヒトの耳の形を作ってみせる「バカンティマウス」のような、インチキ臭いやり方をする麻酔医のバカンティという部分は考慮されなかったらしい。バカンティがあたためていた(実際には、主張が突飛で証明がなく誰も認めていなかった)アイディアに興味を示し(注1)、日本の研究費を得る上で都合のよい留学生であるに過ぎなかったようだが。
権威主義は物事を見る目を曇らせる。
追記:
毎日の記事に、小保方氏の虚像が膨らんだ過程をとりあげたものが出ていた。本エントリー末尾に追加引用。
http://mainichi.jp/shimen/news/20140705ddm041040130000c.html
(追記ここまで)
ES細胞の第一人者である笹井氏にとり、倫理的な問題を解決したiPS細胞の出現は大きな焦りあったであろうし、STAP細胞は起死回生の研究と映ったのだろう。小保方氏採用の経緯でも、ES細胞やiPS細胞を超える研究の急務性が訴えられていた。そのiPS細胞のがん化リスクはかなり改善されていたのであるが、訴えの内容をチェックされることはなかったらしい。
採用過程はかなり特例的で、研究過程も機密保持を理由に隔離的に行われていたらしい。そのために、小保方氏自身や研究内容について精査される機会を逸していたようだ。
STAP細胞の発表時にiPS細胞に関する「間違った」問題点指摘がなされ、STAP細胞の優位性が強調されていた点を見ても、iPS細胞への対抗意識が彼らの目を曇らせたのは間違いなさそうに思える。
さらに理研にとっては「特定国立研究開発法人」の指定という大きな案件があり、画期的な研究を世に出したいという事情があったであろうことは背景として充分あったものと思われる。実際、STAP細胞発表前に、笹井氏は小保方氏を連れて文科省を訪問している。
さらに安倍内閣の「女性活用」という方針に合致していたことが、暴走的演出の原因になったようだ。
センター長の竹市氏から論文の指導を頼まれた笹井氏が、いつのまにか共著者となり特許の出願者にまでなっていたことを見るに、STAP細胞の存在を確信していたのは 間違いないだろう。
ここにいたっては「金」の魅力に魅入られていた可能性すらある。特許が認められ(注2)、STAP細胞が応用されれば、巨万の富を産むのは間違いないからだ。
想像に過ぎないが、笹井氏と小保方氏がディスカッションし、データが不足と言うことになれば、小保方氏は魔法のようにデータを出してきたのだろう。冷静に見ればそう都合よくデータが取れるわけはないが、曇った目には優秀な研究者である証拠というようにしか見えなかったのかもしれない。
いずれにしろ、笹井氏は今回の件で輝かしい研究歴にとんでもない汚点を作ってしまった。
小保方氏が主犯なら、笹井氏は科学に対する冒涜という点で共犯と言っていい。
まとめれば、
・捏造をなんとも思わない、研究者以前の小保方氏という存在。
・それを育て捏造論文で博士号を与えた早稲田大学理工学部という論外な存在。
・研究者としてのモラルに問題があるバカンティという存在。
・革新的研究を渇望していた研究者や理研の存在。
・物事の精査を阻む権威主義。
・話題性を重視する商業誌ネイチャーの体質。
などが複合し、STAP論文の発表へとこぎ着け、
(それぞれの私欲で、ファンタジーに盲目的に群がったというのが適切かももしれない)
・再生医療への期待(現実にはそれを口にできる段階ではないにもかかわらず)
・若い女性研究者への様々な立場からの複雑な見方
・世にはびこるマスコミ、企業、権威等への不信感と陰謀主義
・理研幹部が組織防衛のために、精査を拒み一部の不正を認めたのみで早期決着を図ろうとしたこと(注3)。
によって茶の間を巻き込んだ大騒ぎへと発展してしまった。
未だに「形式上の些細なミス」に難癖をつけ「闇の力がつぶしにかかっている」と信じて疑わないおめでたい人が少なくなさそうだが、信じたいことを信じる人たちについて、今後もその見方を変えることは難しそうだ。
STAP論文:12年サイエンス審査時 ES細胞混入指摘
毎日新聞 2014年07月05日 02時30分(最終更新 07月05日 08時04分)
STAP細胞の論文不正問題で、小保方(おぼかた)晴子・理化学研究所研究ユニットリーダー(当時は客員研究員)らが、2012年7月にほぼ同じ内容の論文を米科学誌サイエンスに投稿した際、審査した査読者からES細胞(胚性幹細胞)が混入した可能性を指摘されていたことが、毎日新聞が入手した資料で明らかになった。今年1月に英科学誌ネイチャーに掲載された論文(今月3日号で撤回)では、公開されたデータの解析などからES細胞の混入が疑われている。サイエンスは、査読者の研究の信頼性を疑う複数の意見を反映する形で論文掲載を見送った。
サイエンスの同じ査読者は、遺伝子解析の画像に切り張りがあることも指摘し、改善を求めていた。この画像は不正論文にもそのまま掲載され、理研調査委員会が改ざんと認定した。
ES細胞混入の可能性は、論文を掲載したネイチャーの査読者も指摘。STAP細胞への疑惑が深まる中、重要な指摘を軽視し続けた著者らの姿勢が、改めて問われそうだ。
科学誌は、投稿された論文を複数の外部専門家に読んでもらい、意見を参考に掲載の可否を決める。査読者の氏名は明かされないが、コメントは掲載しない場合も著者側に送られる。
小保方氏らは今回の成果と同じ趣旨の論文を、▽2012年4月にネイチャー▽同年6月に米科学誌セル▽同年7月にサイエンス−−と、「3大誌」と呼ばれる有名科学誌に投稿したが、いずれも掲載されなかった。毎日新聞は、小保方氏らが最初にネイチャーに投稿して以降の関連資料を入手。論文の趣旨は、いずれもほぼ同じだった。
資料によると、査読者たちは、「新たな万能細胞」の存在自体への疑問や、データの不十分さへ多くの指摘をしていた。小保方氏らは、緑色に光る細胞の画像を万能性に関する遺伝子が働いた証拠として掲載していたが、サイエンスの査読者からは「死にかけた細胞が光る現象ではないか」などと疑う意見が出された。同様の疑義は、掲載されたネイチャーの査読者のほか、論文発表後も多数の専門家が指摘している。
掲載されたネイチャーには13年3月に投稿。この論文から理研発生・再生科学総合研究センターの笹井芳樹・副センター長が執筆に参加した。笹井氏はネイチャーなど有名誌に何度も論文が掲載された経験を持ち、論文を大幅に改良したとされる。この論文にも当初は多くの問題点を指摘されていたが、編集者からは「この研究に非常に強い関心を持っている」とのコメントが寄せられていた。【八田浩輔、須田桃子】
http://mainichi.jp/select/news/20140705k0000m040124000c.html
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注1
チャールズ・バカンティのアイディアは、組織中に未分化で環境耐性の高い胞子様の幹細胞が存在するというもので、それが小保方氏によってストレスによるリプログラム(分化した細胞が多能性を持つ「いわゆる万能細胞」状態に戻ってしまう)へと、研究の方向性が変わっている。
バカンティのアイディアは、通常の動物の細胞では耐えられない高・低温環境でも生き抜く胞子様細胞という考えにくい存在の不自然さ、5マイクロメートルというサイズは細胞としては小さすぎる(核よりも小さい)こともあり、実証もされず誰も相手にしなかったが、そのアイディアを引きつぐ形で研究を始めた小保方氏の存在は都合がよかったようだ。
なお、バカンティの下におり小保方氏の指導教官でもあった
小島 宏司らの論文でも、小保方氏と同様な画像流用の不正が見つかっている。
注2
国際特許が出願されただけでは実際には何も起きていない。各国での審査が請求されておらず、各国で認められなければなんの効力もない。ただし、2012年に米国で特許が出願されており、それをベースに2013年に国際特許が出願されている。
STAP細胞の国際特許については、
ロシアの特許事務所の国際調査報告では74の請求項のうち、32項のみに類似技術がないと判断され、先行特許のMUSE細胞との差異が少なく、新規性が少ないことが報告されている(関連
日刊SPA!)。
注3
遠藤高帆氏らは発表後かなり早期にSTAP細胞が存在しないことの証拠を得て理研上層部に対応を訴えていたが、解決には向かわなかったらしい(
kahoの日記)。科学を無視した完全な組織病だ。これが匿名でのネット上でのデータ提供や訴えへとつながり、事態の解明への大きな圧力となった。
追加引用
白紙・STAP論文:/3 「ヒロイン」膨らむ虚像 紹介教授の権威を支えに
毎日新聞 2014年07月05日 東京朝刊
「ハルコの貢献は並外れたものだった」
米ハーバード大のチャールズ・バカンティ教授がSTAP細胞論文の主要な共著者に宛てたメールがある。日付は、英科学誌ネイチャーに論文が掲載される10日前の今年1月20日。論文発表にこぎつけた経緯と共に、愛弟子の小保方(おぼかた)晴子・理化学研究所研究ユニットリーダーへの賛辞が書かれていた。
バカンティ氏だけではない。小保方氏が師事した日本を代表する研究者たちも、小保方氏をこぞって「ヒロイン」に押し上げた。
2008年のある夜、東京・四谷の天ぷら店に、ハーバード大の小島宏司准教授を囲む輪があった。小島氏はバカンティ研究室を支える日本人医師。当時、早稲田大大学院生だった小保方氏は東京女子医大の看板教授、大和雅之氏の下で再生医療の研究を始めていた。一時帰国した小島氏との会食に旧知の大和氏が小保方氏らを誘い、日本酒をくみ交わした。小保方氏は小島氏に「ハーバード大を見学したい」と伝え、留学が決まった。
小保方氏はその年に渡米すると、STAP細胞研究の源流となる実験を任された。渡米直後、最新研究の取りまとめを指示された際、「1週間で200本もの論文を読み込んで発表した」との逸話が残るなど、注目の学生となった。
細胞の多能性を証明するマウス実験が必要になると、理研発生・再生科学総合研究センター(CDB)の若山照彦氏(現・山梨大教授)の門をたたいた。若山氏も小島、大和両氏と知り合い。大和氏が「偶然に次ぐ偶然」と話す縁がつながり、小保方氏は、神戸ポートピアホテル(神戸市)にハーバード大の負担で1年近く滞在しながら研究を進めたという。その間に、STAP細胞由来の細胞が全身に散らばる「キメラマウス」の作製など、論文のための「データ」を蓄積していった。
小保方氏にかかわった研究者たちは論文発表当時、「努力家」「怖いもの知らず」「プレゼンテーション上手」と小保方氏の研究者としての資質を褒めた。今となっては自他ともに認める「未熟な研究者」だが、ベテラン研究者たちが研究のイロハを十分に指導した気配はない。実態は、紹介元の権威や信頼関係を担保に、国内外の研究室を渡り歩いて膨らんだ評価だったといえる。
今年1月の論文発表直前、緊張した面持ちの小保方氏が理研本部で野依良治理事長に会っていた。野依氏は「彼女を守れ」と周囲に指示した。その場にいた理研幹部は「iPS細胞(人工多能性幹細胞)のような巨額予算がつき、プレッシャーがかかることを心配したようだ」と振り返る。理研側も「ヒロイン」に大きな期待を寄せた。
理研のある研究者は言う。「大学院時代の教育でその後の研究人生が決まる。その意味で小保方氏は不幸だったかもしれない。未熟さを見破れなかった指導者たちの責任は重い」
http://mainichi.jp/shimen/news/20140705ddm041040130000c.html