![煽られて思考停止する人々[リンク追加・変更あり] 煽られて思考停止する人々[リンク追加・変更あり]](https://cdn.snsimg.carview.co.jp/minkara/blog/000/022/420/560/22420560/p1m.jpg?ct=2546246a12ea)
今日、何人かの人と話をしている中で、かなり驚いたし全体的にはかなり問題と感じた。
それは放射線に対する知識のなさ・恐怖・思考停止である。
■驚愕!子供たちに100mSv未満なら安全と覚えさせる人発見
何より驚愕したのが、放射線当量100mSvより被曝量が少なければ安全だと子供たちに覚えさせている人がいたことだ。
話をしてみたが、放射線量について
しきい値問題も
直線しきい値なしモデル仮説も知らない。根拠は新聞に載っていた図(国がいつもモニタリング資料に添付しているものを元にした図)の「100mSv=これより弱いと健康被害が観察されない。」の記述だと言う。同じ図にある「1mSv=一般公衆の年間被曝限度」を指摘しても「100mSv以下なら安全だと書いてある」と言うばかりで意味が分からないらしい。
そこで
・福島県の校庭での被曝問題で上限20mSv/年が問題になったのは1mSvが日本での放射線防護の基準であるためであること。
・直線しきい値なし仮説の概要。
・国際的な放射線防護基準が安全を見込み1mSvになっていること
・日本もそれに準拠して法律で管理していること。
を説明したが、「100mSv以下も危険と言っている奴らもいるが、100mSvが国の基準だ」と。
その本人が信頼するのは新聞と週刊誌の記事であるという。
1mSvは反原発派の主張と言わんばかり。
■一般の人は放射線量の数値を知らないと答えた
上の件で非常に危機感を感じ、東京に通勤し東京周辺に住む科学系ではない幾人かの人に聞いてみた。内容は
・福島県の校庭の放射線量について国が年間20mSvの基準値を設定した件について、その数値が印象にあるかどうか。
と言うもの。
すると多くが
・全く記憶にない。
とのことだった。しきい値問題ででてくる100mSvも、ICRPの公衆被曝限界1mSvも全く知らないとのこと。
一人100mSvという数値が良く出てくることを知っているものもいたが、その放射線の強さとその影響については分からないとのこと。
この問いかけをした際に感情的に怒りだしたものもいた。曰く
・放射線の害なんて誰にもわかんないじゃないの。
・そんな話を私に聞かないで。一体何が目的なのよ。
この方は、日頃から「きっこ」のツイートないしは何らかのネット情報を見ているらしく、放射線に対する恐怖心や行政・研究機関・その他への不信感をかなり煽られているようだ。
また、ホットスポットとして知られるようになってきた近辺にお住まいで、自宅付近がホットスポットであるという知識は持っていた。しかし実際にどれぐらいの線量であるのかと言うことは分かっていないらしい。
この方は、
ネットに流れる煽り情報で不安感を強く持ち、にも関わらず現実に逃げ出すことは(費用的に/仕事の上で等)できないと考えている。
「私ぐらいはもう先がないから別にかまわないが、若い人や子供は逃げるべき。」といいつつも自身の身に降りかかることにはかなり恐怖心を持っているように感じる。
ゆえに
「思考停止」してしまっているようだ。
「分からないしどうすることもできないから、考えたくないし聞かれたくもない」と言うことなのかも知れない。
不思議なことに、専門家がどのように放射線の影響をとらえているのかを調べておらず、『すべて信用できず、将来どうなるかなんてなってみないと分からない』と考えていた。
この方の様子を見ていて、
群馬大・早川由起夫教授の「行政がしてくれなくても子供のために自主判断で逃げ出すべきだ」という旨のツイートに「簡単に引っ越せるわけがない」と怒りをぶつける福島の方々の反応がかぶった。
危険の可能性を感じながらも現実に引っ越すことの困難さから、危険の可能性を考えることを押し殺したり、いずれ改善すると考えたり、「(放射線は自然にもあるのだから/大げさに騒いでいる奴らがいるだけだから)大したことはない。気にする必要はない」と過小評価したりしているように見える。
あるいは、「『前向きに考えこれまで通りに生活する』という思考停止」で難局を乗り切ろうとしているようにも見える。それはじっと我慢して嵐が過ぎるのを待つのに似ている。それ故に、押し殺している部分に触れられることがとても大きなダメージになるのだろう。
一方で恐怖を煽られ、確かなことは不明なままあらゆることに不信感を持ち、一方で何もできない。その気持ちはとても辛いものだろうと思う。
しかし、放射線量が実際にどうであるのかについて、抜け落ちている様にも感じる。
そしてその値が高いなら、じっと我慢するほど被曝量は大きくなる。
■結局は感情に響くことが駆け回りやすいのか
別の時に、比較的若い幼児・小学生ぐらいの子持ちの女性から
・いろいろな情報が流れてくるし、人によって言うことが違う。
・一体何を信じていいのか分からない。
・若いお母さんたちはパソコンを使わず携帯メールがやり取りの中心。デマがすごい勢いで流れてくるが、流れてくるものがデマなのかどうかもよくわからない。
という話を聞いた。
また、他の方から
・よくわからないから、危険とか安全とかと誰かから言われればそれを信じるしかない。
とも。
冒頭の人含め、これほどまでに
・放射線に関する正しい知識、考え方が浸透しておらず、国際的な基準が存在することすら知られていないこと。
・数値の意味するところは不明なまま、あるいは数値や理屈抜きで、あやふやな『危険』『安全』といった情報に左右されてしまっていること。
に愕然とした。
自然科学教育や情報教育は充分な効果を発揮できていないと言うことか。
雑誌や新聞の情報を絶対というのは、年齢の高い層やネットを使わない一部の人に特有な傾向だ。
一方、ネットを使う人でも陰謀論・不信や恐怖を煽る情報に左右されやすい。
ツイッターではデマの洗礼を受けやすいし(その反論がまた駆け巡ったりするようだが)、携帯電話を通じたお友達ネットワークが唯一の情報入手手段になるとかなり偏った情報が流れやすいようだ。
しかしながら本質は情報の流通方法ではないようだ。感情レベルで恐怖と感じればあらゆる手段で情報が広がる。さらに間違った情報でそれが補強されていくことも良くある。その恐怖にとって都合の悪い(?)情報は集められにくく、それに合致するものばかりが参照されやすいようにも見える。
一方で中・高生に聞いてみると意外にも「出所不明な情報は他人に回してはいけない」ということをよく知っている。情報教育は効果がないわけではない。実践できているかどうかは不明であるが少なくとも知識ベースでは。
では自然科学教育はどうかと言えば、ほとんど役立っていない様だ。情報の出典を調べたり資料を見て数値の検討・評価をしたりするようなことはあまりされていない。
科学的に取り扱うには、知識や経験、なにより科学的方法論を身につけていないと難しい。
古くから受験に偏った指導が行われ続けていることや、教員自身が自然科学のデータの取扱や考え方を充分身につけていないこともあるだろう。
ただ、放射線について学校教育では扱うことが理系で物理を学ぶ以外そもそもほぼ皆無であり、教員自身ほとんど知識がない。放射線防護についての知識など原子力系や放射性物質をトレーサーとして使ったなどでない限り、多くが無縁だっただろう。
少なくとも理科教員であれば、このような大きな問題が起きたときにこそ正しい知識を伝えて欲しいと考えるが、基礎が不十分すぎると、理解しないまま間違ったことを吹き込む害悪になりかねない。
冒頭の教員はよほどの特殊事例と信じたいが、現状の放射線の問題を説明するには、日本で採用されている基準があることと最低限「しきい値問題」と「ICRPの勧告」について概要を説明できる必要があり、できればそうした基準のもととなっている広島・長崎の疫学調査の成果と問題点(国が原爆症認定訴訟で敗訴した理由など)を知っていることが望ましいが、それが出来る理科教員はあまりいないのではないか(※注)。
そもそも社会的に影響力のない教員に期待しても仕方がない。生徒の情報源は学校外に豊富にある。そしてなにより多くの「大人」が知る機会を持たなければならない。
メディアに期待する部分もあるが、なんらかの発信力を持つ人間が伝えていく必要性があるだろう。
※注 高校の英語教材として原爆症認定訴訟について取り上げているものがあるらしいので英語教員の方が詳しいケースもあるようだ。
#放射線問題と比較して、驚くほど浸透している印象があるのが『またどこかで大きな地震が起こる可能性があること』『房総沖や首都圏直下の可能性があること』である。
確かに分かりやすい話である。
しかしながら、それに対する備えはあまり充分ではないようだ。
追記
リンク先追加、変更した
追記終わり