地元幕張ベイタウンには、特殊な成り立ちを持つ新しい街だけに、自分たちで文化を創造しようという雰囲気があった。
その一つが音楽文化の取り組みで、街の音楽家たちの活動はもとより、住民主催で有名・無名の演奏家によるコンサートを行ったりもしてきた。
ただ、既存のものを同じようにやっているだけでは目新しい文化活動とは言えない。自分たち独特の活動をしていきたいと思ったりもしてきた。
自分の場合は、100人を超える子供たちが参加する音楽イベントに関わり、監督や様々な技術スタッフとして関わってきた。
ただ、最近この街ではすっかりかつての勢いがなくなってしまったように感じる。
もちろん、地道な活動は続いているが、全体的にはどこにでもあるような街になってしまったと感じている。
自分自身がなかなか活動をしにくくなっていることもあるのだが、かつてのように比較的若い人たちがそうした場に現れなくなり、年配層が支配的になったことでかつてのような輝きは失われてしまったように感じる。誰でもに対してオープンな住民参加の気風は、いつの間にか一部の人たちだけで完結するものに変貌してしまった。
なぜ比較的若い層は活動の場から離れていったのかが重要であるが、一つには会社などで重要なポジションについて動きにくくなったこともあろう。しかし、街が完成に近付き夢を語る機会が失われたこともあるし、現実の限界を突きつけられたり、飽きたり、まあ様々な要因があるだろう。年配層が支配的になったことでオープンとは言いがたい雰囲気ができてしまったこともあるだろう。
自分のように、某マリーンズの狂信的なファンと当時の千葉市市長(収賄で辞任)の暴力的介入で街がはぐくんできた文化を簡単に破壊されてしまったことへの無力感を感じたものもいる。
地元で商売している人々は即人が集まることを『町おこし』などと言う。安易に既存のものを導入してイベントをしたがる。その結果、何かと言えばマリーンズのキャラクターと球団のチアリーディング・ダンスチームがやってきておどる。商業主義のひとびとの活動はそれでも良いのかもしれないが、商店会以外のものも、すっかり呼べば形になるイベントに毒されてしまった。手作りで何かを創り上げようという雰囲気はそこなわれてしまったように感じる。
街の文化は自分たちで創り上げていくことに価値があるが、街の初期にあったそうした雰囲気はすっかり吹き飛ばされてしまったように感じられてならない。
自分にとって、この街はすっかり面白みのないものになってしまった。
しかし、あの熱気も、新しく特別な街ができるという熱に侵されて成立していた、ほんの一時的なものに過ぎなかったのかも知れないとも思う。
街に住む人々が、街の姿を作っていく。
たとえ面白くなくても、現在の姿がある意味必然なのだろう。
文化創造をテーマにすてきな記事を書いてくれた記者の方には申し訳なく思うのだが。
Posted at 2012/09/27 17:45:59 | |
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