日本ではマスコミ幹部こぞって首相とたびたび食事をして親交を深め、忖度報道を繰り返す骨抜きぶり。権力を監視する第四の権力なんてとても言えやしない。特に、人事で抑え込まれているNHKは、単に抑え込まれているだけでなく政治部のべったりぶりが目に余る状況。
そこへ行くとイギリスBBCは違う。平気で政治圧力にも喧嘩を売る。
何と言っても有名なのが、国歌を流せと国会議員から要求され、国歌と同名のロックを流した件。
「リクエストにお応えしてBBCがお送りします。」とイギリス国歌と同名のセックス・ピストルズの曲「God Save the Queen」を流したのだ。
BBCとガーディアン紙についてのこんな記事が紹介されていたので抜粋引用したい。
2015.6.11
メディアは国益に反する報道を控えるべきか?
英BBC・ガーディアン紙の矜恃に学ぶ
上久保誠人:立命館大学政策科学部教授
(前略)
近頃、気になることがある。それは保守層を中心に、報道機関は「国益に反する報道をしないもの」という考え方が広がっていることである。ご存じの通り、籾井勝人NHK会長が就任記者会見で「日本の立場を国際放送で明確に発信していく、国際放送とはそういうもの。政府が『右』と言っているのに我々が『左』と言うわけにはいかない。日本政府と懸け離れたものであってはならない」と発言した。要は、公共放送であるNHKは、日本を代表して国益を背負って全世界に放映されているので、公的見解に沿って正しく日本の立場を発信する役割がある、というわけだ。
この保守的な考え方は、筆者とは相容れないが、世の中には多様な考え方があるという意味で、否定はしない。ただ、「報道機関は国益に反する報道をしない、それが世界のスタンダードだ」という考えまでもが、結構広がっているようだ。米国のメディアはロシアや中国に揚げ足を取られるような報道はしない。イギリスのメディアは、たとえタブロイド紙であろうと、フランスが有利になるような報道は控え、逆にフランスも同じように対応している。それが世界の常識だというのだ。
しかし、それは全く世界の報道機関の実態と異なっている、単なる間違いだ。むしろ、世界の常識から完全にかけ離れた、日本国内の「内弁慶保守」にしか通じない非常識であり、看過できないものだ。
英国のメディア:BBC(1)
チャーチル首相に抵抗し、不利な事実も報道し続けた 英国の報道機関を事例として提示する。BBC(英国放送協会)は、国民が支払う受信料で成り立つ公共放送という点で、NHKと類似した報道機関である。だが、権力との関係性は、歴史的に見て全く異なっている。 第二次世界大戦時、日本の報道機関は「ミッドウェー海戦で連合艦隊大勝利!」というような「大本営発表」を流し、国民に真実を伝えない権力の片棒を担いでいた。政府と報道機関は一体化し、国民の戦争熱を煽った。 一方、英国では、ウィンストン・チャーチル首相(当時)がBBCを接収して完全な国家の宣伝機関にしようとしたが、BBCが激しく抵抗したため、実現できなかった。もちろん、BBCには、反ナチズムの宣伝戦の「先兵」の役割を担う部分があったが、同時に英国や同盟国にとって不利なニュースであっても事実は事実として伝え、放送の客観性を守る姿勢を貫いていた。戦時中、BBCのラジオ放送は欧州で幅広く聴かれ、高い支持を得ていたが、それは「事実を客観的に伝える」という姿勢が、信頼を得たからであった。そして、その報道姿勢は結果的に、英国を「宣伝戦」での勝利に導くことになったのだ。 英国のメディア:BBC(2)
イーデン首相の圧力に屈せず、公平な報道を貫いた 1956年、エジプトのナセル大統領がスエズ運河の国有化を宣言し、運河の経営権を奪還しようと英仏連合軍が対抗した「スエズ危機」が起こった。アンソニー・イーデン首相率いる保守党政権は、エジプトに対する軍事行動、英国内のエジプト資産の凍結など経済制裁、スエズ運河利用国による国際会議の開催による圧力と、次々に強硬策を打ち出した。 一方、野党・労働党党首のヒュー・ゲイツケルは、イーデン首相の「スエズ派兵」の方針に猛反対し、議会で首相の即時辞任を求める演説を行った。また、左派の指導者であったアニューリン・ベバンが、トラファルガー広場に出て街頭演説を行うなど、ロンドン市内は騒然となった。BBCは、これら野党の動きをラジオとテレビで克明に報道していった。 イーデン政権は、BBCに対してスエズ派兵反対派の報道を控えるように要請したが、BBCは拒否した。政権は、BBCの予算削減をチラつかせたり、編集権を取り上げると圧力をかけたりしたが、BBCは屈しなかった。結局、スエズ派兵の支持を得られなかったイーデン首相は、翌年退陣した。BBCは、権力からの圧力に屈することなく、「事実を迅速かつ公平に伝える」という報道の大原則を守ったのである。 英国のメディア:BBC(3)
英国軍を「わが軍」と呼ばずサッチャー首相を激怒させた 1982年、「フォークランド紛争」が勃発した、その報道で、BBCは英国の軍隊を「わが軍」と呼ばず、「英国軍」と呼んでいた。これは、「報道の目的は英国軍の志気を鼓舞することではなく、敵・味方関係なく公平に事実を伝えることだ」という考え方に基づいたものだったが、「鉄の女」マーガレット・サッチャー首相を激怒させてしまった。だが、BBCは首相の猛抗議も意に介さず、「『わが軍』と呼んだら、『BBCの軍隊』ということになってしまいますが」と、皮肉たっぷりの返答をした。 フォークランド紛争に関連して、もう1つサッチャー首相の逆鱗に触れたことがある。BBCの討論番組に首相が生出演した際、フォークランド当時、アルゼンチン軍の巡洋艦ベルグラーノ将軍号を撃沈したことについて質問を受けた。それは「戦う意志がなく帰港しようとしているベルグラーノ号を、戦争を継続させるために攻撃させた。それは首相が指示したのではないか」という質問だった。 首相は「ナンセンス」だと否定し、「わが軍にとって脅威だったから攻撃した」と主張した。しかし、質問者はなかなか納得せず、困惑した首相は、司会者に「次の話題に移ってほしい」という表情を見せた。だが、番組プロデューサーは司会者に対して、話題を変えるなと指示して議論を継続した。結局、首相は数百万の視聴者の前で恥をかく羽目に陥ってしまった。 このように、サッチャー元首相は、首相在任時にBBCとさまざまな問題で対立を繰り返し、両者の間には常に緊張関係が続いていた。サッチャー首相は、規制緩和によってBBCに「広告放送」を導入しようとした。アメリカのメディアのように視聴率主義の市場原理に晒すことで、政権に批判的なBBCを改革しようとした。だが、その試みは成功しなかった。 https://diamond.jp/articles/-/73068 |
内容はまだ続くが、ご興味をお持ちの方は、リンク先で確認して欲しい。
Posted at 2018/07/01 20:04:27 | |
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