2019年01月09日
前回は、教員のなり手がないのは、予算不足、低賃金故だと書いた。
同じ状況は日本では各所にある。
老人介護、児童福祉。そこで得られる賃金はとても生活が成り立つレベルではない。それにもかかわらず非常に激務で、誰にでも出来ると軽くみられている。それ故に質が低くなるし、常に人手不足になってしまう。
老人介護でも児童福祉でも、民間活力の導入ということが行われてきた。
しかし、そこで起きているのは国の税金から大きな利益を得て、実際に働いている人たちには還元されないという中間搾取そのものの構図だ。
同じように法改正で拡大した派遣業が中間搾取をしているが、ここにすら税金が投入されている状態である。
日本は、特に小泉・竹中改革以来、すっかり労働者を搾取し利益を得ることで、一部の人達が大きな利益を得る構造が固定化している。
日本では何故か人がいやがる仕事は報酬も低く、それ故に常に人手不足。
アメリカではエレベーター保守の仕事は危険もあるので800万円ぐらいの年収らしいが、日本では300万円台ぐらい。
危険な仕事は底辺にやらせておけばいい、とでもいうような意識になっているようだ。リスクや負担と対価が全く見合わない賃金構造になっている。
労働を見下し、上前をはねることが正しいがごとき価値観が日本を覆ってしまっている。
元々、技術を売り物にしてきた日本で、その技術者にはまともな対価が支払われてきたか。今に始まったことではないが、最近は特にひどい。
必要なのに 十分な対価が支払われない仕事は当然人手不足になる。
そこに海外から安い労働力を入れて解決しようという。しかも低賃金である程度働かせたら追い出すのだという。
そうなればますます日本人の待遇も悪化し、総賃金は減るのでますます経済は回らなくなる。
とんでもない袋小路に向かってばく進しているのが、今の日本なのだろう。
病んだ国としか言いようがない、ニッポン。
Posted at 2019/01/09 12:35:10 | |
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