
広瀬隆が出典も明らかにせず放射性物質(放射性核種)が生物濃縮で100万倍にもなるという図を提示している件について、及ばずながら調べてみた。すると、興味深いことが分かった。
100万倍もの濃縮が起こるケースはある。しかし、それは特異的なものであって、一般的に言える生物濃縮ではなかった。
* *
ハンフォード原子力施設では長く放射性物質が垂れ流されて深刻な環境汚染が起きていることが知られる。しかし、放射性物質で一般にDDT並みの非常に高い濃縮係数を持つものは知られていない。それでも数段階で100万倍も生物濃縮されうることがあるのかどうか、広瀬氏の提示する図には放射性物質名すらも記されておらず、出典もない以上、検証しようもない。
そこで、該当する被害に関する文献や資料はないか探してみた。
1.ハンフォード原子力施設の下流に住む人から高濃度で見つかったのは亜鉛65らしい
なかなかそれらしいものが見つからないが、検索をしているうちに書籍にそれらしい一文が記されていることが分かった。
「こうした自然界の動植物の相互依存関係を通じて、放射能濃度が何千倍、何万倍、場合によってはもっと高い倍率で濃縮されることがある」、「ハンフォード原子力工場(アメリカ)は、近くのコロンビア川に亜鉛65を含む放射性廃棄物を放流」、「560キロも下流の河口からさらに50キロ近く離れたウィラパ湾でとれるカキを常食していた労働者に、たいへん高い濃度の亜鉛65が検出され」た、「このとき、海水中の亜鉛65は分析にかからないほど低いレベルだったのに、カキはこの放射性各種を10万~100万倍にも濃縮して」(安斉育朗著『放射能そこが知りたい』)いたのです。
プルサーマル計画を憂慮する有志の会
http://blog.goo.ne.jp/youtontonjp1963/e/fc42a6a8af1ad6ecd4ebeeda27c861bc
しかし、疑問がある。
亜鉛65の半減期は約244日。濃縮されるには大量に放出され続けることと速やかな濃縮が前提だ。カキは水中のプランクトンをこしとって食べているため、水中の物質を蓄積しやすいと言える。ならばせいぜい1~2段階の生物濃縮しかなさそうだ。
カキは有毒プランクトンの毒を蓄積することでもよく知られている。カキの特殊事情と考えられそうだ。
2.カキは亜鉛を特異的に蓄積する
さらに調べると、なんと
一般に、カキには特異的に非常に高濃度の亜鉛が含まれることが分かった。周囲の海水濃度より100,000倍以上に亜鉛を濃縮するというのだ。しかも海水中の亜鉛濃度とは逆相関関係があり、何らかの調整機構が存在するらしい。しかし、低濃度亜鉛水中では速やかに亜鉛を失うという。
さらに、
亜鉛は食物連鎖を通して順次高濃度になる生物濃縮は起こさないという報告があるという。
有毒性評価書 Ver.1.0 No.131 亜鉛の水溶性化合物
新エネルギー・産業技術総合開発機構 p15-16
http://www.safe.nite.go.jp/management/data/131/hazard.pdf
逆に
マグロなどが蓄積しやすい水銀はカキでは蓄積されないという。
(杏林予防医学研究所 予防医学ニュースより)
http://www.anjuu.com/chie_suigin2.htm
つまり、
ハンフォード原子力施設における亜鉛65による被害は、カキに特異的なものであって、一般的な生物濃縮が起こるわけではないのである。
3.結局広瀬隆が提示した図の放射性物質は?
全く謎のままである。
魚で見ればセシウムの濃縮係数が比較的高いが、一般的によく知られる他の放射性物質の濃縮係数は低い。
参考:
魚の濃縮係数
セシウム 5~100
ヨウ素 10
ウラン 10
プルトニウム 3.5
水銀 360~600
DDT 12000
PCB 1200~1000000
水産生物における放射性物質について
森田 貴己 水産庁増殖推進部研究指導課
http://www.jfa.maff.go.jp/j/kakou/Q_A/pdf/110331_2suisan.pdf
セシウム137による生物濃縮の例
https://minkara.carview.co.jp/userid/441462/blog/22089657/
で引用し示したように、セシウムは水中濃度に対して藻類や植物、泥に何らかの方法で蓄積または吸着され濃度が高くなるものの、それ以降は濃縮される場合もあれば希釈される場合もある。
キノコの一種にセシウムが蓄積されるという研究もあるが、これも特異的なことである。
すくなくとも現時点で根拠となる研究を見いだすことはできないし、類似の研究では広瀬隆が示すような100万倍もの一般化できる生物濃縮の例はないようだ。
(出典や類似データを見つけたら、ご連絡を!)
このブログで何度も述べているように、生物濃縮については十分に注意する必要がある。生物によっては特定の元素を特異的に蓄積するものもある。しかし、それと根拠の不明な数値で煽ることは全く別であり、このようなことがあると科学的な根拠のあるものまで信頼を失いかねない(勿論、生物濃縮はないなどと根拠のないことを発言することもあってはならない)。
広瀬隆は、出典を明確にしなければならない。
作家を生業としている一方ジャーナリストを名乗っているらしいが、出典も示さずにあやふやなまま恐怖を煽る数値を提示するなどジャーナリストを名乗る資格はない。
学生のレポートなら落第、再提出である。
追記
アヒルは主に植物食であるとの指摘を佐久間功氏から頂き、図を改訂した。
追記終わり
関連エントリ
生物濃縮にまつわる誤解
セシウム137による生物濃縮の例
はぁ? 生物濃縮で放射能が100万倍?[図の間違いに関する追記あり]
追記
放射性物質・放射性核種の語を放射性物質に統一。
追記終わり
Posted at 2011/04/17 10:11:11 | |
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