とある掲示板で、こんなものを見つけた。これが確かかどうかは分からないが、正しいように思われる。
<昭和53年版・私立女子中学偏差値>
69 桜蔭 雙葉 女子学院
67 東洋英和 聖心
66 学習院女子 白百合 立教女学院 日本女子大附属
65 跡見
64 大妻
63 山脇 三輪田
62 昭和女子 晃華
61 共立 光塩 恵泉 田園調布雙葉
60 東京女学館 桐朋女子 実践女子
58 普連土
57 女子聖学院
56 頌栄 女子美
55 和洋九段
54 香蘭 武蔵野女子
53 川村 十文字 トキワ松 淑徳
52 東京文化 吉祥女子
51 豊島岡 鴎友 聖ドミニコ
女子中学校の入試偏差値だが、今と比較すると、地殻変動が激しい。
これを、1996年、2014年(いずれも元データは四谷大塚)と比較し、一部を抜き出してみた。
昭和53年とする上記のデータがどの業者のものかは不明だが、当時の私立中学進学はごく限られた富裕層などで、おもな進学塾として四谷大塚が思い浮かぶ。
先日取り上げた豊島岡は、この当時偏差値51しかない。今は雙葉や女子学院の位置にいる。同位置の鴎友・吉祥女子も飛躍。
豊島岡 明治25年 (裁縫学校)
鴎友 昭和10年 (
東京府立第一高等女学校に源流をもつ)
吉祥女子 昭和13年
一方で、当時60台だった伝統校の低落が目立つ。
63の山脇は、数年前に40台に転落しているがいまは改革中で注目され、50台に復帰している。伸びがイマイチだが今後の推移は興味深い。三輪田も40台を経験し現在は50程度と多少回復。
トキワ松は1996年のデータがなかったが最近は30台になり、生徒・教員とも数を減らしている。校舎も建て替え、都内でありながら室内プールまである設備のよい学校であるが、はたして復活の兆しは見られるのか?
60台から50を切るというのは相当な人気の低迷で、私学受験が広まった中で、新しく参入した受験者の層には、伝統校と言うだけでまったく魅力が感じられなかったことになろう。
40台と言えばおおよそ全体の中では偏差値50前後、成績中位になるが、進学実績の点で厳しい。
その中でも倍率が1以下になると不人気は確定的で、生徒の質の確保が難しく、回復は非常に難しい。逆に、倍率がある程度あるなら支持はあり、上位校を受けた生徒の落ち穂拾いができる可能性があるので、回復の余地がありそうだ。
跡見学園 明治8年
三輪田学園 明治35年
山脇学園 明治36年
東京女子大学 大正9年
桐朋女子 昭和16年
トキワ松 大正5年
歴史の長い伝統校が多く、それぞれが独自の位置を占めていたものと思うが、ニーズの変化の中で波から放り出されてしまったのだろう。
今も独自のポジションを確保し、偏差値が落ちても倍率が確保できているならまあよいのかもしれないが、偏差値が落ちれば倍率を確保するのは難しいだろう。
伝統校にはよい部分もあるが、凝り固まっていたのではうまくいきにくい。
やたらに校則が厳しく、古くさい制服やしくみを堅持しているようでは、最も時代の変化に敏感である〔子供〕にそっぽを向かれる。親は、大金を払う以上、自分たちが手間をかけずとも学校が何でもやってくれ、結果を出してくれることを期待している。
そうしたニーズをとらえて行かないと競争に負けてしまう。
競争相手は手を変え品を換え、生徒獲得競争に臨んでくるのだから。
柔軟に変化を受け入れ、進学校化していった学校も多いが、以前のような限られたニーズだけを見ていた学校は私学ブームから取り残されてしまったのだろう。それが許されるのは最上位グループだけだ。しかしそれも躍進してきた学校に侵食されつつあるのだから対応が迫られている。
伝統を重視することは批判されるべきことではないと思うが、少子化の上ニーズが変化している以上、それに対応できなければ生徒が集まらない。優秀な生徒がとれないのでは負のループに陥りジリ貧にならざるを得ない。
やたらに生徒と親の顔色ばかり気にしたり、生徒の尻を叩いて受験対応力を付けさせることが学校のあるべき姿とは思わないが、偏差値上位と下位の学校を比較する限り、成績と生徒の能力、前向きさ、将来への展望などが有意に相関があると考えられるので、成績がある程度よい生徒を集めないと、学校の質が保てない。特に中位では生徒の生活重視にならざるを得ない。
実現不可能な目標を掲げても、そんなものに簡単に引っかかってしまう程度の生徒しか集まらない。中身を充実させて、それなりの結果を出していくしかないだろう。とはいえ、教員を全取っ替えでもしない限り、学校が突然変わることはない。そこまでやると、もはや新しい学校を作るのと同じで、何が伝統だか分からなくなる。実際、以前のまま残っているのは経営サイドと学校の敷地だけなんていう学校も存在するようだ。
伝統を生かしつつ、ニーズに応えて変わっていくことは難しい。
その条件の中で、どのようなてこ入れをできるかが、低迷した伝統校存続の鍵だろう。
セーラー服しかなかった時代なら制服を換えただけで生徒の質が全く変わったこともあったが、今日、メディア戦略、制服、帰国生受け入れ、特待生制度、小テスト等での学力向上策、「面倒見のよい」アピールなどなど、多くの学校で、過去成功したあらゆる手法が試みられ、どれも有効な手段ではなくなっている。
いつも有効なのは、上位大学、東大進学者の人数という実績だ。だがこれは入学した生徒の能力に依存する部分が大きいので、学校の力で左右できる部分は少ない。よい生徒が確保できる学校は何もしなくてもループが続く。
そんな中では、その学校にしかできそうにない「これは」と思わせるアピールが、中身を伴ってできるかどうかだ。
将来を見据えた明確な方針とその実施。伝統校にはある種の裏打ちがあるので、改革のビジョンが明確で納得性が高ければ支持も得やすい。実績が出ていなくても人気が集まれば生徒の質が確保できる。
改革がうまくいっているように見える学校でも、生徒が学校に強い不満を持っている学校を見かける。生活や学業面での締め付けが厳しく、生活が楽しくないと訴える例が多いようではやがて敬遠されてしまうだろう。伝統的に厳しい学校も、そのあたりには時代に合わせた柔軟性も必要だろう。特に、必然性のないルールを強制するのはいただけない。
Posted at 2014/11/22 12:25:12 | |
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