昨日7月22日は1977年に映画『サタデー・ナイト・フィーバー』が日本で公開されて、第一次ディスコブームのきっかけになったところから、日本を代表するディスコDJのDJ・OSSHYさんが制定されました。
昨年まではただのDJ・OSSHYさんの一ファンでしたが、今年の7月からはOSSHYさんのラジオ番組『ファミリー・ディスコ』のスポンサーとして番組を盛り上げています。
6月までは月曜日の朝の5時からの放送だった番組は、土曜日の夕方6時からと聞きやすい時間帯に移って、20日にかなり出来の良い、気合の入ったノンストップミックスが放送されました。
自分が『サタデー・ナイト・フィーバー』が公開された時は高校2年生で、遠くまで観に行かないと行けなかったので観に行っておらず、サウンドトラックのレコードを買って部屋で踊っていて、踊り方はテレビでダイジェストで映る部分を真似していました。
ただ畳の部屋ではレコードの針が飛ぶ事がり、途中でレコードをカセットテープに録音して踊っていました。
自分が初めてディスコに行ったのは20歳の時に宇部市で、もう第一次ディスコブームが終焉を迎えていて、まもなくそのディスコは潰れてしまいました。
それが22歳の時に映画『フラッシュ・ダンス』と『フットルース』が公開されて第二次ディスコブームがやって来ました。
ただこれもしばらくして下火になった頃に、ヨーロッパのノリの良いダンスミュージックの『ユーロビート』が日本でヒットして、第三次ディスコブームがやって来て、全国に『マハラジャ』のチェーン店がオープンして、自分は最初広島のマハラジャに月に1度程度踊りに行っていて、そのうち徳山にマハラジャが出来たので随分行きやすくなりました。
ユーロビートが下火になって、テクノやブラコンなどのちょっと暗めの音楽が主流になり、第四次ディスコブームになると思われたのが、ちょっと入り難いダークな店が主流になり、デュスコブームが終焉を迎えました。
そんなダークなイメージを払拭したいという思いから、DJ・OSSHYが『ファミリー・ディスコ』という安全・安心を全面に出した番組をされています。
人が夢中になる事は簡単に柄が悪くなってしまい、2輪車はお金持ちの品の良い大型バイクの層があれば、空ぶかしをして迷惑をかける暴走族もいて、カーオーディオも品よく音楽を楽しむ人以上一時期騒音を撒く人がいるとトレンドが終焉してしまい、そんな『安心・安全』というちょっとダサいと思われそうなキャッチフレーズに強く共感しています。
品の良いディスコサウンドを、品の良いカーオーディオで聴いて頂きたいという思いを込めて、サウンドピュアディオはDJ・OSSHYさんの活動を応援します。
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Posted at
2024/07/23 15:54:15