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小林あにのブログ一覧

2026年01月23日 イイね!

【2025年】ラリージャパンを見物してきました(2)

2025年11月9日日曜日、弟と二人で愛知県新城市作手善夫にてラリージャパンに出場しているラリーカーを見物してきました。

やって来たのは昨年と同じく「涼風の里」。昨年はここの駐車場で時間調整やタイヤ交換をする車両が多かったので、今年も期待しています。




場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

最初に姿を現したのは、ロバンペラ・ハルットゥネン組のトヨタ・GRヤリスRally1。


路駐をして傍らにいたスタッフから何か受け取っていました。おそらく、グラベルクルー(SSコースが閉鎖される直前にコースを走行し、最新の路面状況等を選手に情報提供するためのクルー。)がチェックした「Lake Mikawako」SSの情報を受け取っていたのでしょう。

パヤリ・サルミネン組のトヨタ・GRヤリスRally1。


今回は「涼風の里」に駐車するラリーカーが全然いないので、SSのための封鎖ゲート近くまで移動することにします。

場所はこちら。


オジェ・ランデ組のトヨタ・GRヤリスRally1。




コバライネン・北川組のトヨタ・GRヤリスRally2。


ソランス・サンファン組のトヨタ・GRヤリスRally2。




小雨がパラつく中、みなさん、こんな感じでラリーカーを見物しています。


新井・立久井組のシュコダ・ファビアR5がやって来ました。


グリアジアン・アレクサンドロフ組のシュコダ・ファビアRSRally2。


新井・立久井組のシュコダ・ファビアR5。


オジェ・ランデ組、SSスタート地点へ移動のために準備を始めました。




山本・フルトン組のトヨタ・GRヤリスRally2。


ずっと小雨が降ったり止んだりといった感じです。


鎌田・松本組のシュコダ・ファビアR5。


山本選手、エンジンルームをチェック中。


新井・立久井組はタイヤのチェック。


グリアジアン・アレクサンドロフ組。


みなさん、天気が悪いからか、わざわざ「涼風の里」の駐車場には立ち寄らず、直接この場所まで来て、必要最低限な作業をしている感じですね。


奴田原・東組のトヨタ・GRヤリスRally2。


今井・高橋組のシトロエン・C3 R5。


SS16(SS1回目)に向けてのリエゾンの通過が終わったので、一旦車へと戻ります。


次にSS20(SS2回目)に向けてラリーカーが通過するまで約2時間半も間が空きます。その間は「涼風の里」で食事をしたり、車の中でDVDを見たりゴロゴロしたりして(こういう時、軽ワゴン車は良いですね(笑)。)時間をつぶします。

SS20に向けて、勝田・ジョンストン組のトヨタ・GRヤリスRally1が通過。


パヤリ・サルミネン組のトヨタ・GRヤリスRally1。




タイヤのローテーションをしています。






ダンパーの調整かな。


オジェ・ランデ組のトヨタ・GRヤリスRally1。




こちらも最終SSに向けて、タイヤのローテーション。




ソルベルグ・エドモンソン組のトヨタ・GRヤリスRally2。




オジェ選手がやって来て、ソルベルグ選手と何やら会話しております。




ソルベルグ・エドモンソン組もタイヤのローテーション。


エバンス・マーティン組のトヨタ・GRヤリスRally1。


コバライネン・北川組のトヨタ・GRヤリスRally2。


この後も最後の車両が通過するまで見物。昨年は快晴でしたが、今回は最後まで小雨が降ったり止んだりの天気で肌寒かったです。2026年は5月開催になりますけど、良い天気になるといいなぁ。
Posted at 2026/01/23 00:19:57 | コメント(0) | トラックバック(0) | ラリージャパン | 日記
2026年01月18日 イイね!

【2025年】ラリージャパンを見物してきました(1)

2025年11月8日土曜日、岐阜県恵那市岩村町にてラリージャパンに出場しているラリーカーを見物してきました。

場所は、SS9・12「Ena」の出口。ここで見物するのは3回目ですね。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

毎度毎度の「記録写真」ですが(笑)、通過車両を掲載していきます。

セーフティーカー。ピントずれてるし、見切れてしまいました…。


000カー。


ここで話は少しそれますが、なぜか私の真横には、近所に住んでいるという小学校低学年くらいの男の子2人が一緒に寄り添って見物していました。肌寒い朝なのに上着も羽織らずに来ていて、見ているこっちが寒いです(笑)。
年上の男の子A君:「今の車は何のための車なんですか?」
私:「あれは本番が始まる前にコースが安全なことを確認する車だよ。」
A君:「ふ~ん、そうなんですね。」

やがて、ラリーカーの先導のためか、SSの封鎖状況の確認のためか、白バイが1台やって来ました。男の子たちは白バイを間近で見たことがないそうで、何かソワソワしています(笑)。

私:もっと近くで白バイを見せてもらえるようにお願いしてあげようか。
男の子たち:「いいです、いいです。」と遠慮。
私:せっかくだからお願いしてあげるよ。怒られるようなことは無いから。

ということで、一緒に白バイが駐車している所へと移動。

私が白バイ隊員さんへ「すみません。この子たち、白バイを間近で見たことがないそうなので、見せてもらってもいいですか。」と話しかけると、「いいよ、もっと近くで見て。」と笑顔で答えてくれました。

二人とも興味津々で白バイを眺めていると、白バイ隊員さんが「僕たち、バイクに乗せてあげようか?」とお誘いの声が。A君はなぜか頑なに遠慮していましたが、年下の男の子B君は嬉しそうにバイクにまたがっておりました。

満足したのか、男の子たちは白バイ隊員さんにお礼を言って、元の見物場所へ戻っていきました。私は男の子たちと別れて、道路を渡って反対側へと移動。この時、白バイ隊員さんから怪訝な顔をされましたが、私、あの子たちの身内の人間だと思われていたんだろうなぁ。

そんな事をしているうちに、0カーが通過。


この日の走行順の1番手であるロバンペラ・ハルットゥネン組のトヨタ・GRヤリスRally1が到着。タイヤチェックを受けます。


ミュンステール・ルーカ組のフォード・プーマRally1。


タナック・ヤルベオヤ組のヒョンデ・i20NRally1。タイヤチェックをしているこの道路自体は、検問の許可の上で一般車両も通過できるので、後方にダイハツ・コペンが待っています。




パヤリ・サルミネン組のトヨタ・GRヤリスRally1。


エバンス・マーティン組のトヨタ・GRヤリスRally1。


勝田・ジョンストン組のトヨタ・GRヤリスRally1。


オジェ・ランデ組のトヨタ・GRヤリスRally1。道路の反対側でも観客が間近で応援していますね。


ソルベルグ・エドモンソン組のトヨタ・GRヤリスRally2。


カション・ロザダ組のトヨタ・GRヤリスRally2。


ソランス・サンファン組のトヨタ・GRヤリスRally2。


グリアジアン・アレクサンドロフ組のシュコダ・ファビアRSRally2。昨年は藤原とうふ店仕様のカラーリングでしたが、今年は側面に「頭文字D」のロゴステッカーのみでした。


この後、路肩に停車してヘルメットを脱いでおりました。前回来た時は、けっこうな台数がこの付近の路肩で停車して、ヘルメットを脱いだり、車内外のチェックをしていたりしましたが、移動時間の余裕が少なくなったのかもしれません。


新井・立久井組のシュコダ・ファビアR5。


山本・フルトン組のトヨタ・GRヤリスRally2。


コバライネン・北川組のトヨタ・GRヤリスRally2。


ドミンゲス・ペニャーテ組のトヨタ・GRヤリスRally2。


ここでしばらく間隔が開いたので、「何かトラブルがあったのかな?」と思っていると、オフィシャルさんの無線からSS内でクラッシュがあって中断しているといった内容の音声が聞こえてきました。

最終的には「クラッシュ車両があり、SSは中止となりました。」と周知があり、勝田・保井組のトヨタ・GRヤリスRally2がクラッシュして、勝田範彦選手が救急搬送されたとのことでした(結果的には大事には至らず不幸中の幸いでした。)。

翌日もラリー見物をする予定のため、元々この日のラリーカー見物はSS1回目で終わりにするつもりでしたが、予定よりも早く切り上げることになりました。

最後に福永・齊田組のファビアRSRally2。コドラの齊田選手、サービス精神旺盛な方なので、この写真でも満面の笑顔かつカメラ目線で手を振ってくれています(笑)。もちろん福永選手も手を振ってくれていますよ。
Posted at 2026/01/18 16:11:40 | コメント(0) | トラックバック(0) | ラリージャパン | 日記
2026年01月12日 イイね!

【奈良県桜井市】談山神社を訪れました

2025年10月26日(日)、奈良県桜井市多武峰にある談山神社を訪れました。藤原氏の祖である藤原鎌足を祭神とする神社です。

当日は自宅を朝7時に出発し、10時45分頃に神社の参拝者用駐車場に到着しました。この日の神社周辺は、ご覧のとおり濃霧に包まれていました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

参拝者駐車場から神社への道中に立っている石燈籠。この石燈籠は後醍醐天皇の寄進と伝えられているものだそうです。


談山神社の鳥居前へとやって来ました。


神社の出入口の傍らに立っていた旧多武峰村道路元標。


出入口で拝観料を納めて、境内へと進んでいきます。


神廟拝所。




建物内には、藤原鎌足の神像が祀られています。


壁面には壁画が描かれています。


余談ですが、通常、著名な神社仏閣では、建物内部や神像・仏像類は見学できても撮影禁止という場合がほとんどです。

しかし、ここ談山神社は、建物内部であっても個人的な写真撮影、個人的なSNSへの写真投稿は許可しており、珍しいケースと言えます。(ただし、あくまで「神社」である事をきちんと配慮して撮影することが前提ですけどね。)。

総社拝殿。




総社本殿。




閼伽井屋。




権殿。




談山神社と言えばこの建築物、十三重塔です。




五重塔などに比べると小振りな塔ですが、霧に包まれた十三層の屋根が重厚さを醸し出しています。


比叡神社本殿。




比叡神社本殿の前から登山道へと入り、神社の北方にある談(かたらい)山と御破裂(ごはれつ)山へ向かうことにします。


林の中も霧が漂ってます。


まずは談山へ進みます。


階段を登ると談山です。中大兄皇子と藤原鎌足が談合を重ねた場所とされ、「談山神社」の名の由来となっています。




続いて、御破裂山へと向かいます。こんな天気ですが、御破裂山から戻ってくる人たちと何組もすれ違います。


談山から歩くこと10分ほどで御破裂山に到着しました。


御破裂山の説明板。


ふたたび境内へと戻ってきました。こちらは西宝庫。




楼門。


拝殿。






本殿。




拝殿と透廊の間から楼門を眺めています。


拝殿の下部。懸造りになっています。


東殿。




石燈籠と苔むした地面が良い雰囲気です。


最後にもう一度十三重塔の眺めてから談山神社を後にしました。




次は談山神社からに西方へと山を下って、明日香村へと向かいます。

「聖徳皇太子御誕生所」の石碑。


「亀石」。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

「亀石」は愛嬌がある造作で好きですね。談山神社から飛鳥へ足を伸ばしたのも「亀石」を見るためです(笑)。


川原寺跡。




今回は「亀石」を見て満足したので、これで帰ることにします。

帰り道も談山神社の前を通過。神社の東側の麓にある東大門へちょっと立ち寄り。




談山神社へ来る時は、名阪国道針ICから宇陀市榛原、桜井市と経由してきましたが、帰り道は宇陀市大宇陀へ出てから菟田野へ。

菟田野へ来たので、宇太水分神社へ立ち寄ることにします。




場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

参拝をした後、本殿を見て回ります。






菟田野から国道166号、奈良県道28号と進み、最後に立ち寄ったのは宇陀市室生の室生龍穴神社。




場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

16時近くになり、鬱蒼とした杉木立とも相まって境内は薄暗くなっています。


こちらの神社でもきちんとお参り。この後は名阪国道小倉ICへと出て家路につきました。


Posted at 2026/01/12 21:28:44 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2026年01月11日 イイね!

「やまだいち 登呂もちの家」と旧東海道「薩埵峠」

2025年10月18日(土)、弟と二人で静岡市の「やまだいち 登呂もちの家」と旧東海道「薩埵峠」へ行ってきました。

この週は15日の夜に出発して、16日・17日と山口県から鳥取県へと一人で長距離ドライブを敢行しておりましたが、帰宅途上、新名神高速道路の茨木千提寺PAで小休止していた時に、弟から「明日(18日)休みになった。」とLINEに入っているのを確認。

「どこへ行きたいの?」と返信したところ、「『やまだいち』で安倍川もちが買いたい。」とのこと。「まあ、いいけど。」ということで、土曜日は「やまだいち」がある静岡市へとドライブすることが確定しました(笑)。

17日は23時に自宅に到着し、翌朝は8時に自宅を出発。東名高速道路で一路静岡市の「やまだいち」へ。この日の「やまだいち」は、珍しく建物の外で待つ人たちがいるほど混んでいて、たぶん30~40分くらいは順番待ちしました。

店舗の反対側に広がる登呂遺跡ではイベントが行われていて、これも混雑した理由なのかもしれませんね。


さて、続いてやって来たのは、静岡市清水区の旧東海道「薩埵峠」。訪れたのは、2021年1月2日以来ですかね。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

駐車場から遊歩道を歩いて、定番スポットである展望台へと向かいます。


「薩埵峠」と言えば、東名高速道路と富士山と駿河湾がセットとなったこの光景。あいにく訪れた日は曇天だったので、富士山を眺めることはできませんでした。


よくよく見ると、東名高速道路の上り線は工事中ですね。


「薩埵峠」の説明板。


展望台の先も旧東海道が続いていますが、今回は展望台にてUターン。


ふたたび車に乗り込み、峠を越えて由比側へと下っていくことにします。

路肩に道標らしきものを見つけて停車。


この地の旧東海道は、1854年の安政大地震の際に海岸線が地盤隆起したおかげで、薩埵峠越えのルートから海岸線沿いのルートへと変更したわけですが、地震発生以前の旧東海道がいかに高い場所を通過して急峻な海岸線を避けていたのか、この写真でよくわかるかと思います(この道が厳密に旧東海道を踏襲しているのかはわかりませんが。)。

大きい方の石碑は文字が読み取れませんでしたが、小さい方の石碑は「さつたちそうミち」とあります。漢字で記すと「薩埵地蔵道」となります。


側面には「延享元甲子…」とあり、1744年に立てられたものとわかります。


由比側の道は道幅が狭いので、軽四でなければ入り込まないほうがいいですね。


このまま峠道を由比の街へと下った後は、旧東海道・旧国道1号を走行して道の駅「富士川楽座」まで進んだところで小休止。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

「明日は日曜日だし、このままドライブ続けてもいいか。」という気分になってきて、道の駅から山梨県方面へと進むことに。ただ、先日の長距離ドライブの疲れが出てきたのか眠くなってきてしまい、途中、国道52号沿いの道の駅「なんぶ」で3時間ほど仮眠。

仮眠から起きた後も引き返すことなく、国道52号、山梨県道12号、国道20号と山梨県内の下道を淡々とドライブ走行。

山梨県から長野県へと入り、諏訪市内で国道20号から逸れて旧甲州街道へと進入。山の斜面に拡がる住宅街の中の狭い道を通り抜けたら、諏訪大社下社秋宮の前へと出てきたので、これ幸いとトイレ休憩。時刻はすでに21時35分(笑)。




こちらはルート図です。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。


※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

鳥居の前から下諏訪の街路を眺めていますが、人通りは全然ありません。


さらに諏訪大社下社春宮の前まで旧街道を走行してから国道20号へと復帰。長野道岡谷ICから高速に乗り、ようやく帰路へ。

自宅に着いたのは翌19日(日)の午前3時。結局530kmほど走行(笑)。15日の夜からのトータルでは約2,100km。我ながらよく走ってしまいました…。
Posted at 2026/01/11 22:39:16 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2025年12月22日 イイね!

【鳥取市】鳥取城跡と久松山

2025年10月17日(金)、鳥取市の鳥取城跡と久松山を訪れました。

この日は、中国自動車道 大佐PAを早朝に出発。鳥取県倉吉市関金町の旧倉吉線廃線跡と倉吉市打吹玉川地区にある倉吉白壁土蔵群を訪れました。

「さて次はどこへ向かおうかな。」と考えて、「建物は何も残っていないけど、鳥取城跡へ行ってみるかな。」と行き先を決定。山陰自動車道を利用して鳥取市へと移動します。

移動の途中、またも眠気が襲ってきたので(笑)、一旦高速道路から下りて(停まれるPAとかが無い…。)、「どこかに観光客向けの駐車場があるだろう。」と湖山池の湖岸道路を走行。

やっと駐車場を見つけて小休止します。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

小休止して眠気も取れたところで、ふたたび高速道路に乗り直し(無料区間なので料金の心配は全然なし。)。鳥取西ICで高速道路を下りて、鳥取市街地を通過。

市街地の東端にある鳥取城跡に到着しました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

多少なりとも日本史が好きな方だと知っているかと思いますが、鳥取城で有名な出来事と言えば「鳥取城の渇え殺し」ですね。

織田軍による中国攻めの際、羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)は事前に大勢の商人を因幡国(現在の鳥取県の東半分。)へ送り込み、現地の米を高値で買い占めさせました。そして、鳥取城周辺の地域住民を城内へと追い立てつつ、毛利氏側からの補給線を遮断します。

こうすることで、鳥取城側の兵糧の調達を阻害しつつ、城内に備蓄されている兵糧も一気に消費させる作戦です。

羽柴軍は万全の態勢で鳥取城を包囲して兵糧攻めを完遂。戦闘開始から約4か月後、飢餓地獄に陥っていた城兵や住民を救うため、城主 吉川 経家は自分の命と城兵・住民の身の安全を引き換えに降伏しました。

約束どおり解放された城兵や住民には、羽柴軍から粥が振舞われましたが、酷い飢餓状態での摂食に身体が異常をきたし、多くの人々が頓死してしまったそうです。

そんな悲劇の舞台となった城ですが、江戸時代には因幡・伯耆2か国を治めた池田氏32万石の居城となり、明治維新を迎えました。

それでは城内を見物して回ります。写真で見知っていましたが、立派な石垣が多いですね。




山の斜面の傾斜に沿って斜めに石垣が築かれていますね。


石垣の上部には階段が設けられています。しかし、石垣の上端部の先には道や建物があったようには見えません。不思議な石垣です。


※後で城跡に隣接する鳥取県立博物館で鳥取城の本を読んでみたところ、谷側からの侵入者を遮蔽する目的の石垣だそうです。

晴天で市街地の眺望も良いですね。




眼下に見える足場が組まれた建物は「仁風閣」。1907年(明治40年)に竣工したフレンチルネッサンス様式の洋館で、国の重要文化財に指定されています。


現在はご覧のとおり修理工事のために長期休館中となっていて、2029年(令和11年)に再開の予定だそうです。

行けども行けども雄大な石垣群が広がっています。




表御門跡。




石垣の石にナンバリングがされています。修復作業中なのでしょう。


こちらは、鳥取城天球丸にある半球状に積まれた石垣「巻石垣」。


「巻石垣」は城の防御のためのものではなく、背後の石垣の崩落を抑えるために1807年頃(文化4年頃)に築かれたもので、2012年(平成24年)に復元したものだそうです。

本来であれば、石垣を一旦取り除き、傷んだ斜面を補修してから再度石垣を積み直すべきものですが、それでは費用・時間がかかり過ぎるため、このような手法を選択したとのことです。


この特異な形状。もっと間近まで近づいて登ってみたいものですが、さすがに怒られちゃいますからね(笑)。


城跡をひととおり見物し終えました。このまま車へと戻ってもいいのですが、私にとって鳥取市は容易に訪れることができる場所ではありません。「この山も鳥取城跡だからなぁ。」ということで、城跡の背後にそびえる久松山へと登ることにします。


久松山の標高は263m。地形図で見る限り、登山道は相当急坂のようですが、260mくらいなら行けるでしょう(笑)。それよりも「クマ出没注意」が気になりますけどね…。


城内の通路と言うよりは、やはり登山道ですね。それでも市街地から近いためなのか、山から下りてきた草履ばきの初老の男性とすれ違ったりしました。どうしてこの急坂に草履ばきで来てるの…。


三合目。


だんだん道自体が怪しくなってきました。


中腹にあった神社。


五合目。


六合目。「この先クマ目撃情報多発」…。


七合目。


八合目。


九合目。左側の凹みは井戸の跡らしいですね。


やっと山頂部の曲輪の一角まで来ました。


でも、もう一息頑張らないといけないみたいですね(笑)。


休憩所みたいな建物。かつて存在したロープウェイの乗り場跡みたいです。


さらにもう一段登ります。


ここが鳥取城 山上の丸跡のようです。この場所にもかつては櫓などの建物群があったそうですが、現在は広場となっています。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

天守櫓跡。




遥か遠方に日本海と鳥取砂丘が望めます。


こちらは千代川河口。


鳥取市街地と千代川。奥には湖山池も見えています。


南側の市街地を眺めています。


天守櫓跡の下方にも石垣群がありますが、崩壊したままのものがほとんど。これは1943年(昭和18年)の鳥取地震によるものだそうです。こんな山の上では、修復もままならないでしょう。


これにて久松山を下りることにします。


山上にもきれいに残っている石垣がありましたが、立ち入りは禁止となっていました。


下りは15分強で麓の城跡まで戻ってきました。


最後に鳥取城跡に隣接する鳥取県立博物館を見学してから、ようやく帰路につきました。


今回の長距離ドライブの走行距離は約1,560km。山口県から真っ直ぐ帰宅していればもう少し距離が短かったでしょうが、鳥取県へ寄り道しちゃいましたからね(笑)。


今回のような5連休なんて休みはなかなか無いですが、3連休あればまた長距離ドライブへ出かけちゃうかもしれませんね(笑)。
Posted at 2025/12/22 16:53:18 | コメント(1) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記

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「【2025年】ラリージャパンを見物してきました(2) http://cvw.jp/b/1796277/48889967/
何シテル?   01/23 00:19
「小林あに」と申します。よろしくお願いします。 休日はドライブしたり、廃道となった旧道や峠の古道を歩いてみたり(煉瓦製のトンネルや暗渠も好物ですが、最近は...
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2025/12/27 13:20:07

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