2026年1月1日木曜日、鹿児島市の仙巌園・尚古集成館、桜島の黒神埋没鳥居、JR肥薩線の大畑駅・矢岳駅を巡りました。
2025年12月31日水曜日に鹿児島中央駅近くのビジネスホテルにチェックイン。新年1月1日は鹿児島市で迎えることとなりました。
この日の最初の訪問場所は、同じ鹿児島市内にある仙巌園。
仙巌園は、1658年(万治元年)に当時の薩摩藩主 島津久光が築いた別邸で、島津家・薩摩藩の迎賓館的な存在だったそうです。
場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。
遠くに桜島が見えています。
仙巌園の正門。現在は正門からの出入りはできません。
仙巌園の庭園。錦江湾と桜島が借景となっています。現在は垣根と日豊本線の架線が景色を邪魔していますね。
屋敷を見物することにします。
手水鉢ですかね。
畳敷きの和室に机といす。江戸時代末期の開国以降だと、こんな和洋折衷な部屋の使われ方も普通にあったことでしょう。
こういう古い屋敷にある凝った装飾の照明、何となく好きなんですよね。
ここも陶製の筒から水が湧き出しています。
矢筈模様の天井板。こういった細工も手間ひまかかってるんでしょうね。
これはいかにも大名屋敷らしい金襖です。
中庭。
続いては、隣接する尚古集成館を見物します。
そもそもは、幕末の薩摩藩主 島津斉彬によって富国強兵を目指すために造られた工場群である「集成館」に由来する建物で、現在は島津家の歴史・文化と「集成館」事業について展示・紹介する博物館となっています。
それでは、今回の長距離ドライブの目的地である桜島へと向かうことにします。
鹿児島港へとやって来ました。ここから公営の桜島フェリーに乗って錦江湾を横断して桜島へと渡ります。
場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。
年末年始ということで増便されているみたいで、連続で鹿児島港行きの船とすれ違います。
桜島が間近に見えてきました。
桜島港へと入港します。
桜島港から桜島の南側をぐるりと回り、目的地である「黒神埋没鳥居」に到着しました。
「黒神埋没鳥居」の説明板。
入口にいた野良猫さん。撫でさせていただきました(笑)。
こちらが埋没した鳥居です。この鳥居は、1914年(大正3年)1月12日の桜島大爆発による火山灰や軽石などにより埋まりました。後世に火山災害を伝えるため、掘り起こさずにそのまま残されたそうです。
こちらは鳥居がある腹五社神社の本殿。強固なコンクリート造りとなっています。
「黒神埋没鳥居」を見物後、せっかくなので、眺めの良さそうな場所で車を停めて桜島を撮ってみました。活火山だけあって、山体全体が灰に覆われたような山肌です。
これで姉も弟も行きたかった場所を巡ってしまったので、あとは日が暮れるまでの間にどこか適当に立ち寄ってみることにします。
ということで、熊本県人吉市にあるJR肥薩線の大畑駅へとやって来ました。日本で唯一、ループ線の中に設置されたスイッチバック駅です。
場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。
姉は疲れて車の中で爆眠しているので(それに鉄道関係には興味がない。)、弟と2人で駅構内を散策することにします。
この駅舎は、1909年(明治42年)開業当時のものだそうです。
大畑は「おこば」と読みます。難読駅名ですね。
懐かしい雰囲気の駅舎内部。壁に大量に貼られた寄せ書きがちょっと怖いです(笑)。
ホーム上の駅名板。
ホームにある手水鉢。水が枯れています。JR肥薩線は、2020年の「令和2年7月豪雨」により八代~吉松間が長期不通区間となっており、ここ大畑駅も不通区間に含まれています。
スイッチバックの末端を眺めています。
駅舎に設置されている駅名板。
かつての給水塔。現存しているのは土台部分になります。
肥薩線の人吉〜吉松間は急勾配が連続する区間なので、蒸気機関車の時代には給水にさぞ活躍したことでしょう(パワーを出すために蒸気を炊けば、それだけ積載していた水を消費しますからね。)。
出発信号機。当然、消灯しています。
駅からしばらく離れた場所まで歩いて行って線路の様子を眺めてみましたが、鬱蒼とした雑草に覆われて、もはや廃線のようになっていました。
続いて、真っ暗になった山の中の狭い山道を走行して、隣駅である矢岳駅へとやって来ました。時刻は18時15分。
場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。
列車が運行されていないのに駅舎内の照明が灯されています。近くには小さな集落があるだけなので、本当はこんな時間に駅を訪れる人はいないと思います。運行再開を願う意味があるのでしょうか。
ホームへ出てみました。大畑駅と違い、ホーム前の線路は草で覆われています。
ホーム上の駅名板。
この場所を最後に、これにて帰路へとつくことにします。
関門橋手前のめかりPAにて。
関門海峡の先には下関市側の夜景。
運転を交替しながら、夜通しで山陽道を東進します。
帰宅したのは1月2日(金)13時過ぎ。走行距離は約2,400kmでした。
立ち寄ってみたかった場所は色々ありましたが、希望した場所をすべて回ることはできませんからね。次に九州を訪れることができるのは、一体いつになるのかな。
Posted at 2026/03/11 22:57:54 | |
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