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小林あにのブログ一覧

2026年06月11日 イイね!

明石橋・国道195号 四ツ足峠トンネル・旧出合橋ほか

2026年4月11日土曜日、弟と高知県の高知城と龍河洞を訪れました。

さて、毎度のことですが(笑)、目的地を回った後、「どういうルートで帰宅しようか?」となります。普通はやって来た時の道を帰るというパターンでしょうけど、我が家はほとんどの場合、違うルートで帰ります。

今回は弟が「室戸岬回りで帰ろう。」と言ってきましたが、私が「遠回りだし、前回来た時に通っているから嫌だなぁ。」と却下。妥協点で、国道195号で高知県から徳島県へ山越えして、淡路島を通って帰るルートに決定しました。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

ただし、淡々と帰り道ルートを走行するわけではなく、目に付いた場所には立ち寄っていきます(主に私の意向によって(笑)。)。

まずは香美市物部町山崎地区を走行中、目に留まった物件があったので、国道のミニ旧道で停車します。ちなみに時刻は18時です。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

見つけた物件は吊り橋。さっそく渡ってみることにします。ちなみに、橋の名称は銘板が外されていたためにわかりませんでしたが、ネットで調べてみたところ、明石橋というようです。


吊り橋ではありますが、全金属製でしっかりとした造りになっています。バイクぐらいまでなら問題なく通行できそうです。


橋の主塔にあった銘板によると、この吊り橋の竣工は1955年(昭和30年)5月。永瀬ダム建設に合わせて架橋されたものでしょう。


橋を吊り下げるワイヤー。自動車などの通行は見込んでいないためか、細いワイヤーが使用されています。


吊り橋から下流側を眺めます。


対岸側にある吊り橋の主塔。


振り返って国道側を眺めます。


対岸側は山の斜面が橋に迫っていて、窮屈なスペースに主塔が建てられています。


橋のたもとから右折して下流側へと向かう徒歩道を進んでいくと、山の上に廃集落があるようです。私は左折して進んでみることにします。


徒歩道がダム湖に沿って奥へと続いています。


徒歩道をさらに追っていきたい気分ではありますが、すでに夕暮れ時。ここはグッとこらえて車へと戻ることにします。


車に乗り込み、国道からさも旧国道のように分岐していく道へと進入し、奥へと進んでいくとふたたび吊り橋に遭遇。この吊り橋の名称は山崎橋。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

この吊り橋も、明石橋と同じく1955年(昭和30年)5月の竣工。ご覧のとおり自動車通行可能な橋だったので、このまま渡って進みます。


国道の対岸側の細い舗装路を上流方向へと進んでいくと、高い位置に架橋された橋が現れました。仙頭大橋です。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

先ほど渡った山崎橋の後継の橋として架橋されたのか、全く関係が無い橋なのか、その辺りは不明ですが、国道の対岸にある集落にとって大切な橋なのは間違いありません。

さてさて、この後も物部川の渓谷に沿ってウネウネと曲がりくねった国道195号を延々と走行。19時過ぎ、ようやく高知・徳島県境にある国道195号 四ツ足峠トンネルに到着しました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

四ツ足峠トンネルの開通は、1964年(昭和39年)11月。延長は1,857mで、開通当時は全国4位の延長だったそうです。


開通式当日、地元の木頭村(現:徳島県那賀郡那賀町)では、村内の小学校ごとに全戸を招待して、餅投げ・祝賀会が行われたそうです。それだけ大きな喜びだったのでしょう。


トンネルの高知県側は物部川水系でしたが、ここからは徳島県側の那賀川水系に沿って山を下っていきます。


四ツ足峠トンネルから約30分ほど走行した地点。国道195号と193号が分岐する地点の那賀川には「出合ゆず大橋」が架かっていますが、その下流側にもう1本橋が架かっているのが見えました。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

車を駐車して橋を見に行ってみると、どうやら旧国道の橋のようです。


橋の名称は出合橋。せっかくなので、橋を渡ってみることにします。ちなみに弟は車でお留守番。


国道当時の標識が残されたままになっているようです。


私たちが出発した高知市までは、この橋から107kmですか。


橋を渡った先には国道標識がそのまま残されています。国道指定が外れると真っ先に撤去されるケースがほとんどなので、これは珍しいですね。


出合橋の先にある出合トンネルも少し覗いてみます。素掘りトンネルにコンクリートを塗って補強してあります。


国道の分岐を案内する標識も残されたままです。


一通り見終えたので、車へと戻ります。


こちらは旧出合橋から徳島方面へ5分ほど走行した場所にあった長安口ダム。




場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

夜のダム見物をした後は、ふたたび国道195号を快走。暗闇の中、那賀川に沿ったワインディングロードを気持ちよく走行していましたが、ついに眠気が襲ってきました(笑)。

21時35分、那賀町中山にある道の駅「わじき」に停車。ここで日付けが変わり、そのまま翌12日午前2時まで仮眠してました。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

目が覚めたらふたたび国道195号を走行。途中、徳島県道24号でショートカットして、阿南市で国道55号へ合流。小松島市、徳島市と通過し、鳴門ICでようやく高速道路へ。

淡路島走行中に今度は弟が力尽きて、淡路SAで4時半頃から6時頃まで再び仮眠。


淡路SAからの明石海峡の眺め。




その後も新名神 茨木千堤寺PAで2時間ストップしたりしながらも、14時30分に無事帰宅しました。

今回の走行距離は1,040km余り。最近の傾向として、長距離ドライブの帰り道は疲れでグダグダになり、仮眠を連発するパターンが多いですが、今回もご多分に漏れず同じ様相となりました(笑)。
Posted at 2026/06/11 22:10:50 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2026年06月07日 イイね!

【高知県】高知城と龍河洞を訪れました

2026年4月11日土曜日、弟と二人で高知県の高知城と龍河洞を訪れました。高知県を訪れるのは2020年1月以来。ちなみにこの時も高知城は訪れています。

この日は自宅を0時50分に出発。弟を拾ってから、一路、高速道路を西進します。

7時25分頃、瀬戸大橋の与島PAに到着。前回のドライブ時に瀬戸大橋を通過したのは早朝夜明け前でしたので、明るい時に通行するのは本当に久しぶりです。




場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

瀬戸大橋の下段にあるJR瀬戸大橋線を電車が通過していきます。


与島PAからさらに移動すること約3時間(途中眠くなって、高知道 立川PAで1時間仮眠してました(笑)。)、ようやく高知城に到着しました。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

こちらはお城の出入口に建つ「追手門」。1664年(寛文4年)に再建されました。


追手門をくぐると、正面の丘の上に天守がそびえています。この場所から山頂まで、石段を登っていきます。




本丸の出入口となる詰門へとやって来ました。


内部の通路の脇には、家臣が藩主に呼ばれて登城した際に詰める部屋があります。


高知城天守です。この天守は、1603年(慶長8年)頃に完成した初代の天守が、1727年(享保12年)に大火で焼失したことに伴い、1749年(寛延2年)前後に再建されたものです。


初代の天守を模して再建されたため、名古屋城天守のような新しいタイプの「層塔型天守」ではなく、古いタイプの「望楼型天守」となっています。


建物内を見学する際は、まず本丸御殿へと入ります。この建物も天守と同時期に再建され、江戸時代の御殿建築の遺構として貴重なものです。






続いて天守へと入っていきます。


天守内部の様子。






最上階からの眺め。




高知城の見物は1時間ほどで終了。昼御飯を食べるのと姉から頼まれたお土産を買うために、近所の商店街へと徒歩で向かいます。


昼御飯は高知らしく、カツオのたたき定食をいただきました。


さて、高知市街地から移動すること約55分。次の目的地である香美市の龍河洞へとやって来ました。龍河洞は、日本三大鍾乳洞の一つに数えられています。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

龍河洞の入口に立つ鳥居。


鳥居からも見えていたとおり、鍾乳洞の入口へは長い階段が続いています。


長い階段を登っていくのは疲れるので、並行するエスカレーターで移動します(笑)。


受付で入洞料を支払い、洞内へと入り込んでいきます。




龍河洞の観光用コースの距離は約1km。洞内の高低差は約80mあります。洞内空間の巨大さで言えば、山口県の秋芳洞が一番だと思いますが、洞内の高低差については、ここ龍河洞が勝っていると思います。

以下、洞内の様子です。
















































洞内を歩くこと25分、出口へと出てきました。


私たちのほかにも見物客がまあまあいて、全区間を自分のペースで見物することができなかったのは少々残念でした。屈んだり、身をよじったりしないと通れないような場所もあり、勝手気ままなペースで歩いていると邪魔になるので、そこは仕方がないですね。

これで、今回のドライブの目的地への訪問はすべて終了。駐車場まで戻ってきて、なんか疲れが出てきてしまい、1時間くらいくたばってました(笑)。
Posted at 2026/06/07 22:03:21 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2026年06月04日 イイね!

【豊田市】足助発電所の水路橋を訪れました

2026年3月27日金曜日、豊田市東川端町にある足助発電所の水路橋を訪れました。

この水路橋の存在を知ったきっかけは、暇つぶしに「愛知県内で何か面白そうな道や土木構造物がないかな。」と検索していて、足助に水路橋があるのを見つけたこと。

検索し直してみると、グーグルマップにも掲載されているのがわかり、「なんで今まで気が付かなかったんだ…。」という気分になり、さっそく訪れることにしたわけです。

さて、水路橋の近くにある愛知県道362号 川端橋のたもとへとやって来ました。


ここからは徒歩で現地へと向かいます。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

少し進むと、道が二又に分かれています。ここは左側へと進んでいきます。路肩に立つ幅員1.5mの規制標識が香ばしいです(笑)。


5.5トンの重量制限の標識が現れました。水路橋までもう少しのようです。


足助発電所へ水を送る取水路です。水路橋の上部になります。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

道路から斜面を下りて、水路橋を眺めることにします。


こちらが水路橋。足助発電所が運転を開始したのが1919年(大正8年)10月なので、現時点で築107年くらいでしょうか。


上部を流れる水路の幅から考えると、もう少し幅の細い水路橋かと思っていましたが、なかなかに重厚感溢れる石積みの連続アーチ橋です。








反対側からの水路橋の眺め。緩く曲線を描いているのがまた良いですね。


水路橋の下流側へと登ってきました。


下流側の水路トンネル。扁額には「第七號隧道」とあります。


さて、ネット検索で表示されていた「足助発電所の水路橋」は以上となります。しかし、これで終わりでは、私としては趣味的に面白味がありません。

あらためて地形図でこの周辺を見てみると、さらに下流側にも水路橋がありそうな地形が読み取れます。ということで、さらに下流側へと進んでみることにします。

ふたたび取水路が現れました。トンネルを覗きに行ってみます。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

こちらは「第八號隧道」。


さらに下流側へと斜面を進んでいくと、予想どおりに水路橋が現れました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

こちらの水路橋も石積みの連続アーチ橋ですね。






アーチ橋の山側の斜面を眺めてみると、石垣で固められています。水路橋を崩落から保護するためでしょう。


ここの水路橋は斜面を通過しているので、より巨大さが強調されていますね。




15時を回って周囲も薄暗くなってきたので、取水路を追うのはこれくらいにすることとします。




車へと戻ってきました。いやぁ、やはり一般に存在が知られていない物件を見つけると気分が良いですね(笑)(もちろん電力会社の人は別ですよ。)。
Posted at 2026/06/04 22:06:54 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ・発電関係施設 | 日記
2026年05月25日 イイね!

【西尾市】八ッ面山に残る雲母坑跡を見てきました

2026年3月20日金曜日、西尾市の八ッ面山に残る雲母坑跡を見てきました。

この日は仕事がお休み。昼過ぎまでは家でゴロゴロしていましたが、買い物へ出かけるために家を出たついでに、近くを軽くドライブ。八ッ面山へとやって来ました。八ッ面山は西尾市の市街地北東部にある標高67mの丘陵です。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

まずは、この山の中腹にある久麻久神社へとやって来ました。創建は大宝年間(701年~704年)と伝えられる古社です。




この神社の本殿は大永7年(1527年)に建立され、国の重要文化財に指定されています。


続いて、山頂にある展望台へと向かうために歩いていたところ、路肩に「雲母坑址」の案内板があるのが目に入りました。


八ッ面山には子供の頃から何度も訪れていて、雲母を採掘していたという事も知っていましたが、その採掘跡を実際に見に行ったことはありませんでした。いい機会なので、現地を訪れてみることにします。

保存されている雲母坑跡に立っていた説明板。


説明板によると、この山の雲母は、古くは和銅6年(713年)に「調」(税金の一種。布製品や特産物を納める。)として朝廷に献上された記録があり、江戸時代には盛んに採掘され、明治時代には輸出もされていたそうです。

明治33年(1900年)の落盤事故により採掘は中止されましたが、現代と違って雲母坑はそのまま放置され、昭和6年(1931年)に小学生の転落事故が発生したことにより、地元青年団の手によってようやく埋め立てられました。その数、なんと642か所!手当たり次第に掘りまくっていたのでしょうね。

こちらは見学用に保存されている雲母坑跡。人が落ちないようにグレーチングがはめ込まれています。


雲母坑は、地表から垂直に穴を掘り、鉱脈に突き当たったらそこから鉱脈に沿って掘り進めていたようです。ご覧のとおり、人一人がやっと入れるような穴のサイズで、たぬき堀り(坑道を支える支保工を用いない掘り方。常に落盤の危険がある。)をしていたようです。

見学用の雲母坑跡の周囲には、他にもフェンスで囲われた坑口が残っています。穴は埋め立てたとありましたが、これらも見学用に残されたものでしょうか。




窪地があります。これは雲母坑を埋め立てた跡でしょう。


山頂に向けて散策路を進んでいくと、道跡が分かれているのを見つけました。この先にも雲母坑跡があるかもしれないので、道跡へと入ってみることにします。


雲母坑跡の上に朽ちた虎柵だけが乗っています。散策路から離れた場所なので、気付く人はほとんどいないでしょうが…。


山頂に出てきたので、そのまま展望台に登ります。


展望台からの眺め。




展望台で景色を眺めた後、もうしばらく斜面を歩き回って、雲母坑の跡を探してみます。

またフェンスに囲われた雲母坑跡を見つけました。フェンスで囲ってある穴と囲っていない穴があるのはなぜなのでしょうか。埋め立てが甘い穴をフェンスで囲っているのでしょうか。


覗き込んでみると、縦穴部分だけが残っているようです。


穴の上に枯れ切った木が乗っている場所が多く、もしかしたら、フェンスで囲む以前は、木を並べて埋めた穴を隠していたのかもしれません。怖いですけど…。


この辺りの斜面も至る所に窪地を見ることができます。雲母坑を埋めた跡だと思うと、適当に歩くわけにもいきません。一応、気を遣います。


道路から近い場所に残っていた雲母坑跡。一応、穴は埋められているのが確認できますが、危険ではあります。深さは腰か胸の高さくらいでしょうか。フェンスを含めて、注意喚起を促すようなものは周囲にありません。


斜面を歩き回ってみて、想像以上に広い範囲で手当たり次第に雲母を採掘していたことに驚きました。埋めた穴が642か所というのも、あながち誇張ではないのかもしれません。

穴が現存しているのは、私のようにいろんな遺構を見ることが好きな人間にとっては興味を惹きますが、安全面を考えると徹底的に再埋立することも必要なのかもしれませんね。
Posted at 2026/05/25 22:32:23 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2026年04月26日 イイね!

【2026年】ラリー三河湾へ参戦してきました

2026年2月27日(金)~3月1日(日)、蒲郡市を拠点に開催された全日本ラリー選手権「ラリー三河湾2026」にドライバーやすい氏と共に参戦してきました。

さて、私たちコンビは、2016年8月のTGRラリーチャレンジ福島戦でラリーデビューを飾り、その後も年3戦〜5戦程度のペースでTGRラリーチャレンジへの参戦を続けてきました。

そんな中でドライバーやすい氏から、「記念的な意味合いでもいいから、一度は全日本戦に出てみたいよね。今度新しくラリー三河湾が開催されるし、申し込みしてみる?」とのお話しが。

2024年初開催のタイミングを狙って申し込みをしましたが、この時は不受理となってしまいました。申し込み多数なことに加えて、全日本戦には経験不足と判断されたのかもしれません。

その後、ドライバーやすい氏から「TGRラリーはSS距離が短くて面白味がない。2024年からは地方選手権に出よう。」との話が。確かに丸1日走行しても、SS総距離が10kmにも満たないのが当たり前になっていましたからね。それに、企業系やディーラー系チームの参戦が増えて、申し込み倍率が高すぎる問題もありました。

そういうわけで、2024年からは中部近畿ラリー選手権の併催シリーズへの参戦に移行。SS総距離は毎戦20km~30kmは設定されていて、満足感がありました。その分、コドラとしてはペースノート作成やリーディングなどで、悩ましい要素も増えましたけどね。最終戦ではクラス優勝できました。

2025年、私は中部近畿ラリー選手権に1戦出ただけで終了。一方、ドライバーやすい氏はサービス担当してくれているショップさんの要望で、違うコドラさんと組んでTGRラリーへ参戦。

さらにドライバー仲間からの依頼で、また違うコドラさんと組んでWOMEN'S RALLY in恵那へ参戦し、こちらはDE-2クラスで優勝しました。

こうして、地方戦での参戦経験と実績を積んだわけですが、ドライバーやすい氏から「2026年のラリー三河湾、申し込みどうする?」とふたたび話があり、「休みは確保してあるよ。」と申し込みに賛同。

今回は、使用しているトヨタ・スプリンタートレノAE92が該当するということで、ヒストリッククラスで申し込み。無事に申し込み受理されました。

ラリー直前の2月26日(木)、この日はラリーに必要な物品などの積み込み。と言いつつ、私は手が欲しい時だけちょっとお手伝。ドライバーやすい氏は積み込み時のパッキングにこだわりがあるし、私はどの機材を持参するのかわかりませんから。

積み込みの合間に、私は本番でのタイヤ交換に備えて、車載タイヤの積み下ろし手順とジャッキの準備方法について確認。タイヤを留めるバンドのラチェットをひたすら緩めたり締めたりしていました(笑)。


積み込みが終わったら、二人揃ってサービスパークが置かれる蒲郡市のラグナマリーナへと移動し、参加確認の手続きをしてきました。現地は会場設営の真っ最中ということもあり、受付場所のサテライトHQもてんやわんやの状態でした。

この後はサービスを担当する「ツールボックス」さんへ向かい、サービス要員の現地との行き来の方法と車検やサービス内容等について軽い打ち合わせ。この日はこれにて解散となりました。

2月27日(金)、いよいよラリー三河湾がイベントスタート。この日は自宅を早朝4時に出発して、サービスパークとなるラグナマリーナへは5時に到着。

5時30分過ぎ、レッキ(下見走行)受付へ。ロードブックとレッキ用ロードブックを受け取り、レッキ車にレッキ用ゼッケンを貼付して出発します。全日本ラリーでは、レッキに競技参加車両を使用できないので、レッキ車としてランエボを「ツールボックス」さんに借りました。




レッキは全SSコースを2周して、必要なコース状況をペースノートに記録していきます。今回のSS総距離は73.12kmなので、レッキでは2倍の146.24km走行することになりますね。ちなみにレッキ用ロードブックによると、レッキでの総移動距離は192.60kmになります。

それではレッキ中にあった出来事などを少々。

SS4・8「幸田深溝運動公園」のレッキ。
私は普段、SSコース内のレッキではロードブックを見ることは無いのですが(まず見る必要がない。)、このSSはコース内に多数のジャンクションが存在しています。

そのため、膝の上にロードブックを広げてページをめくりながら、コマ図と距離を確認してはドライバーやすい氏に走行方向を指示しつつ、彼が読み上げるコース状況をペースノートに書き込んでいくという、なかなかに手間な作業を強いられました。


SS11・15「愛知こどもの国」のレッキ。
このSS、スタートしてから最初の区間は、行き止まりとなっている道路を往復してくるコース設定。

そのため、前走車が再度目の前を通過するまで後続車のコースインを制限。おかげでスタート付近が大渋滞する羽目に。渋滞の列が園内から住宅地まで伸びて、気を揉みました。

SS5・9「がまごおり竹島」のレッキ。
このSSは慣熟歩行形式でのレッキ。このコースで我々のラリーの師匠とも言えるK選手とすれ違い。「お揃いの柄の服を着てますね(笑)。」と言われ、「たまたま柄が似てるだけで服は違うでしょ!」と返す。

14時前に全SSのレッキ完了。この後は車検、セーフティ講習会、開会式、セレモニアルスタートと行事が続きます。ちなみにセーフティ講習会以降の行事はサービスパークとは別会場になります。

ちなみに、セレモニアルスタートのためにセーフティ講習会・開会式会場にはラリー車で向かう必要があったのですが、車検の指定時間がセーフティ講習会の時間に被るという無茶なスケジュール設定。

もとから車検はサービス担当の方に任せる予定でしたが、乗っていく車が無いため、レッキで使用したランエボで会場へ向かって、車検終了後に乗ってきてもらって車を交換することにしました。

17時30分からは、JR蒲郡駅付近の特設会場にてセレモニアルスタート開始。私たちは81号車なので、ゲートを通過したのは18時50分頃。ドライバーやすい氏、ご機嫌でインタビューに答えていました(笑)。


この日は20時45分に帰宅しました。

2月28日(土)、ラリー三河湾1日目。この日は自宅を5時40分頃に出発して、サービスパークとなるラグナマリーナへに6時55分頃に到着。


この日は9SSで走行距離は38.84km、総移動距離は109.67kmです。


サービスの設営やスタートの準備も終わり、スタート時刻を待ちます。


先行してスタートする上位車両を見送ります。




10時07分、サービスパークにあるセレモニアルゲートをくぐり、ラリーをスタートしていきます。私にとってはラリー参戦46戦目、初めて全日本と同じ舞台でのラリースタートとなります。


1日目の出来事などについて記します。ラリー中はあまり余裕が無かったので(時間的にも自分的にも。)、写真はありません。

SS1「キズナ1」。距離:0.60km。タイム:48秒5(Ave44.5km/h)。
スタートの進行がさっそく遅延。10時22分スタート予定が10時29分スタートとなる。そして、前走車とのスタート間隔が2分間だったものが、1分間に詰められてスタートしました。

SS1から移動して、SS2の入口にあるTC(タイムコントロール)2に到着。

このTC2からSS2のスタート地点までの間には、TGRラリーや地方戦では全く見かけたことがない、TWZ(タイヤウォーミングゾーン)が設定されています。


ちなみにラリー三河湾では、「キズナ」、「がまごおり竹島」と「愛知こどもの国」以外のSS前に設定されていました。

TWZは、SSスタート前にタイヤやブレーキのウォーミングアップをするために使用してよい区間で、WRCなどでSS前に車を豪快に蛇行させたり急ブレーキを繰り返したりする映像を見たことがある方もいると思います。

ドライバーやすい氏も、主にブレーキへの熱入れのために急加速・急ブレーキを繰り返していました。

SS2「神ノ郷坂本」。距離:6.88km。タイム:7分50秒7(Ave52.6km/h)。
SS中に前走車へ追い付いてしまう。幸い、程なくしてラジオポイントがあり、そこでパスさせてもらいました。

SS終了後、ドライバーやすい氏から「コース中に『読むのが遅い!』と言った後は良かったけど、読むタイミングが遅い。特に高速コースだとタイム的にも安全面でも致命傷になるから気を付けてほしい。」と指摘されてしまいました。

山から下ってスマホが繋がるようになったところで、CROへ「SS中に前走車に追いついてしまったので、スタート間隔を開けてほしい。」と要望を伝えておきます。

ちなみにCRO(コンペティター・リレーションズ・オフィサー)とは、選手と主催者の仲介役で、「競技中にトラブルや確認したいことがあったら、速やかにCROへ連絡するように。」と言われている存在です。

SS3「岡崎とぼね1」。距離:6.57km。タイム:6分11秒2(Ave63.7km/h)。
他車がコースオフしていた左コーナーで泥に乗りスライド。斜面に軽く乗り上げるが、バックしてコース復帰する。

SS4「幸田深溝運動公園1」。距離:4.80km。タイム:3分56秒1(Ave73.1km/h)。
コース内にあるグランドの外周路へと入る右鋭角コーナーで、路上に掻き出されていた砂利に乗ってアウト側の側溝へ脱輪。勢いでそのまま脱出できたので、走行を続行。

SSゴール後にドライバーやすい氏が腰痛を訴える。SSコース前半の高速区間で車がジャンプした際に痛めたかもしれないとのこと。以降のSSでも時々腰痛を訴え、走行ペースもやや落ちることに。

サービスパークへのリエゾン(移動区間)中。
コース上に指定給油所が設定されていたが、この時点で私たちは給油不要。ただ、ラリーによっては給油が必須となっているケースもあるため(今回そのような指示は無かった。)、念のために「このまま通過してしまっても良いのか。」とCROへ電話で確認。「コマ図どおりにガソリンスタンドを通過してから、次のコマ図へ進めばよい。」と指示される。


セクション1が終わってサービスパークに帰着。技術本部へ車両整備報告書を提出後、ブレーキパッドの交換とブレーキフルードの補充・エア抜きを実施。SS2でコースオフした際に当ててしまった右側のフロント周りには異常はありませんでした。

ラリー1日目セクション1のタイムカード。




サービスパークからSS5へのリエゾン中。
渋滞でTCインの時刻に間に合いそうになかったため、CROへ到着遅延するかもしれないと連絡をしておく。

SS5「がまごおり竹島1」。距離:0.87km。タイム:55秒1(Ave56.8km/h)。
SS2で追いついてしまったことを受けてか、前走車とのSSスタート間隔が2分間隔に戻る。コース中にある8の字ターンの2つ目でサイドブレーキが解除されず、軽くスピンしてしまう。

SS5からSS6へのリエゾン中。
市街地での渋滞でTCインの時刻に間に合いそうになかったため、CROへ到着遅延するかもしれないと連絡をしておく。

結果的に間に合わず、到着しだいすぐにTCインしましたが、5分遅着となりました。TC6は多くの車両が遅着する状況だったため、公式通知により全車遅着ペナルティは免除となりました。

SS6「神ノ郷坂本2」。距離:6.88km。タイム:8分13秒1(Ave50.2km/h)。
スタートポストでタイムカードに記入されたスタート時刻が前走車の1分後だったため、2分間隔になったことを申告し、スタート時刻を修正してもらう。

SS7「岡崎とぼね2」。距離:6.57km。タイム:6分11秒5(Ave63.6km/h)。
1回目にコースオフしそうになった左コーナーで、コース外に落ちていた車が2台に増えていた。

SS8「幸田深溝運動公園2」。距離:4.80km。タイム:4分00秒1(Ave71.9km/h)。
グランド外周路から対向二車線の一般道へ合流する地点に深いギャップがあるが、1回目走行時よりも速い速度で進入したら、車が大きく跳ねて慌てる。
ちなみに、1回目の走行時にこのギャップの先で青いスイフトが豪快に頭から突き刺さっていたが、2回目走行時も突き刺さったままだった(ものすごく車が跳ねたんだろうな…。)。

SS8からSS9へのリエゾン中。
またしても渋滞でTCインの時刻に間に合いそうになかったため、CROへ到着遅延するかもしれないと連絡をしておく。

SS9「がまごおり竹島2」。距離:0.87km。タイム:56秒3(Ave55.6km/h)。
8の字ターンからさらに右・左と曲がって道路区間へ向かう際、目に入った空き地を道路と錯覚して直進しそうになる。

SS8からサービスパーク入口のTC9Aへのリエゾン中。
またしても市街地で渋滞。TCインの時刻に間に合いそうになかったため、CROへ到着遅延するかもしれないと連絡をしておく。結果的には5分遅着。

TC9Aも多くの車両が遅着する状況だったため、公式通知により全車遅着ペナルティは免除となりました。

最終サービスに帰着。
SS4で側溝に落とした左側の足回りや下回りをチェック。特に異常なし。


最終サービス終了後、オーバーナイト・リグループのためパルクフェルメ(車両保管所)へ車を移動し、ラリー1日目が終了。

この日は19時35分に帰宅しました。

ラリー1日目セクション2のタイムカード。




3月1日(日)、ラリー三河湾2日目。この日は自宅を5時30分頃に出発して、サービスパークとなるラグナマリーナへに6時30分頃に到着。


この日は7SSで走行距離は34.28km、総移動距離は136.89kmです。


この日の朝は、私たちのテントの横にサービスパーク・インのTCが設置されていました。7時に1号車がパルクフェルメ解除になり、パルクフェルメ・アウトしてきた上位陣が次々とTCインしていきます。


私たちも解除時刻に間に合うよう、徒歩でパルクフェルメへと向かいます。8時08分にパルクフェルメ・アウトして、8時18分にサービス・イン。15分間のサービスの後、8時33分にサービスパークを出発していきます。


SS10「三ヶ根山スカイライン1」。距離:4.38km。タイム:3分24秒5(Ave77.1km/h)。
ペースノートを途中でロストし、ゴールまで復帰できず。ドライバーやすい氏「話にならない…。もしロストしたら、すぐに『ロストした!』と言ってくれ。」。

SS11「愛知こどもの国2」。距離:2.38km。タイム:2分04秒0(Ave69.0km/h)。
SSの進行が約20分遅延。その影響でSS前のTC付近で大量のラリー車が滞留。このままでは遅着するため徒歩でTCへと向かい、定刻どおりにチェックインだけ済ませる。

SS12「三河湾スカイライン1」。距離:10.08km。タイム:6分24秒2(Ave94.4km/h)。
今回のラリーで最も高速なステージ。なのですが、昔はよく通っていてコースを知っていたので、今回のラリーでは一番気が楽なSSでした(笑)。ペースノートに注意箇所を1か所追記しただけで、特にトラブルなく完走。

SS13「キズナ2」。距離:0.60km。タイム:47秒5(Ave45.4km/h)。
フィニッシュ地点の設置物に変更がありましたが、特にトラブルなく完走。

セクション1が終了して、サービスパークへと帰着。ブレーキ等不調な点は特に無かったので、タイヤの空気圧など基本的なチェックのみ実施。
私は三ヶ根山スカイラインのレッキ動画とペースノートの突き合わせ。ロストした原因が判明し、ノートの内容を修正。

ラリー2日目セクション1のタイムカード。




SS14「三ヶ根山スカイライン2」。距離:4.38km。タイム:3分26秒2(Ave76.4km/h)。
ペースノートの修正が効いて、2回目の走行ではロストなし。

SS15「愛知こどもの国2」。距離:2.38km。タイム:2分00秒8(Ave70.9km/h)。
特にトラブルなく完走。

SS16「三河湾スカイライン2」。距離:10.08km。タイム:6分22秒2(Ave94.9km/h)。
最終SSも特にトラブルなく完走する。「あとはサービスパークまで無事に帰るだけだね。」とお互いに安堵する。

ラリー2日目セクション2のタイムカード。


さて、ラリー結果ですが、総合タイムは1時間03分32秒0(Ave69.0km/h)。クラス2位に4分22秒9差を付けてヒストリッククラス優勝しました。

サービスパークへと戻ってきたら、セレモニアルゲート前でフィニッシュ通過の順番待ち。他のクラス優勝者がインタビューを受けているのを眺めながら、「インタビューされたりしないよな。俺たち最後のクラスだし。」などと話し合いつつ、特に何の指示も無かったのでそのままゲートイン。

そうしたら、前方にいるカメラマン達から「車を降りて。」と促されたので車を降りると、今度は「ドアを開けて車に乗って。『1番』と人差し指立てて。」と指示され、サイドシルに乗って記念撮影。「これで終わりかな。」と思ったら、シャンパンファイト用の発泡日本酒「空」を渡されました。

それと同時にインタビュアーさんが近づいてきたのですが、すぐシャンパンファイトを始めてよいのかと勘違いしたドライバーやすい氏が瓶を振り始めたため、インタビュアーさんがたじろぐ場面も(笑)。

クラス優勝者のインタビューを二人とも受けた後、あらためてシャンパンファイト。「車とレーシングスーツに掛けるのは止めておこう。」と話をして、無難に周囲へまき散らしました(笑)。

セレモニアルゲート通過後に「空」2本をサービス隊へと渡し、パルクフェルメへと移動して車を駐車。これでラリー三河湾の全行程が終了しました。




こちらがクラス優勝のトロフィー。発泡日本酒タイプの「空」もラリー三河湾独自の非売品なので、これもトロフィーと言えるかもです(笑)。


ちなみに、トロフィーなどはセレモニアルフィニッシュで渡されたわけではなく、パルクフェルメに車を置いてから受け取りに行ってきました。

特別規則書に「ラリーHQで授与する。」とあったので、サービスパークから300m離れた建物内にあるHQまで歩いていって、「ヒストリッククラス優勝者です。トロフィー受け取りに来ました。」と尋ねたら、「申し訳ないですが、トロフィーはサービスパーク内にある『サテライトHQ』で渡しているそうです…。」とのこと。仕方がないので、今度はサテライトHQまで400m歩いて、2人分受け取ってきました。

まあ、いつものラリーのごとく、ドライバーやすい氏にはいろいろと迷惑を掛けましたが、全日本戦(正しくは併催の選手権外クラスですが。)初出場ながらクラス優勝という望外の結果が得られて本当に良かったです。

しかし、レッキを含めて3日間のラリーは初めてでしたし、SS総距離も今までに経験した30km台から一気に倍の73km。長い距離ペースノートを読み上げた影響か、数日はのどが痛かったですし、本当にくたびれました…。

次のラリー参戦は未定ですが、これでまた経験が積めたので、今後の参戦時は多少でもコドラのレベルが上がればなと思っています。

※おまけ
SS4・8「幸田深溝運動公園」のペースノート








SS11・15「愛知こどもの国」のペースノート。




Posted at 2026/04/26 20:33:55 | コメント(2) | トラックバック(0) | ラリー三河湾 | 日記

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