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小林あにのブログ一覧

2026年08月24日 イイね!

【香川県丸亀市】丸亀城跡を訪れました

2026年6月27日土曜日、香川県丸亀市にある丸亀城跡を訪れました。

さて、前回は津山まなびの鉄道館→旧吉ヶ原駅→旧下津井駅と巡ってきました。で、旧下津井駅を見物した後、瀬戸大橋を眺めていたわけですが、「どうせ明日も休みだし、ここまで来たなら瀬戸大橋渡って丸亀城でも見に行くか。近いし(笑)。」という事で、児島ICから瀬戸中央道に乗って一路対岸の四国へと移動。


丸亀城跡へとやって来ました。時刻はすでに15時40分(笑)。




場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

どんよりとした水堀。水の流れがないから仕方ないですね。


大手二の門。国の重要文化財に指定されています。


大手一の門。国の重要文化財に指定されています。


実は、丸亀城跡を訪れるのは二度目なのですが、山頂の天守のことしか記憶に残っていなくて、こんな立派な大手門があったことをすっかり忘れていました(笑)。

それでは山頂にある天守へ向かって散策路を登っていきます。


これはなかなか高い石垣ですね。高さ20m以上あるそうです。


三の丸へとやって来ました。


三の丸から讃岐富士を眺めます。


丸亀城と讃岐富士の位置関係はこんな感じです。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

ちょっと寄り道して、三の丸から伸びている櫓跡へと向かいます。




遠くに造船所が見えます。今治造船丸亀工場ですね。


瀬戸大橋も見ることができます。


ふたたび天守へと向かうことにします。




二の丸を通り抜けていきます。


ようやく見えてきました。


丸亀城天守です。天守が完成したのは1660年(万治3年)。国の重要文化財に指定されています。


天守の中を見物。天守の中は薄暗いので、写真はあまり撮りませんでした。


天守最上階からの丸亀市街地の眺め。


天守内部の見物を終えて、ふたたび外から天守を眺めます。あまり人目に付かない天守の側面はさっぱりとした外観です。


さて、天守まで登ってきた時とは違うルートで下っていくことにします。


こちらはかつて隅櫓が建っていた石垣。天守とは渡櫓でつながっていたそうです。


天守の北側は先ほどのさっぱりとした側面と違って、破風や黒色の下見板張りなどの装飾が施されています。城下町からの眺めを意識した造りなわけです。


どこを歩いていても高い石垣が続いています。


城内の観光案内所にあったご当地キャラの立て看板。


「京極くん」は、1658年(万治元年)から幕末まで丸亀藩主だった京極氏にちなんだキャラ。「うちっ娘」は丸亀市の伝統工芸品である「丸亀うちわ」にちなんだキャラで、「京極くん」と幼なじみのお姫様。「とり奉行骨付きじゅうじゅう」は、丸亀市のご当地グルメ「骨付鳥」のPRキャラだそうです。

玄関先御門。旧藩主居館の表門だったそうです。




番所・長屋。玄関先御門を出入りする者たちを監視していました。


玄関先御門からの天守の眺め。


丸亀城跡の見物を終えた後は、高松道→神戸淡路鳴門道のルートで帰路へ。

19時30分頃、山陽道 淡河PAに到着。ここでようやく晩御飯。


晩御飯を食べた後はそのまま0時頃まで淡河PAで仮眠してました。


帰宅したのは翌28日日曜日の2時45分頃。今回のドライブの走行距離は約880kmでした。
Posted at 2026/08/24 23:17:31 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2026年08月20日 イイね!

津山まなびの鉄道館・旧吉ヶ原駅・旧下津井駅を巡りました

2026年6月27日土曜日、弟と二人で岡山県津山市の「津山まなびの鉄道館」、岡山県久米郡美咲町の「旧吉ヶ原駅」、岡山県倉敷市の「旧下津井駅」を巡ってきました。

まずやって来たのは、JR津山駅の西隣にある「津山まなびの鉄道館」。弟は初めてですが、私は2019年8月24日に訪れています。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

敷地内へ入っていくと最初に目に入ってくるのがC57形の動輪。


1936年(昭和11年)竣工の扇形機関車庫。




転車台。


D51形。2号機です。




DF50形。車体のオレンジ色の塗り方がまだら模様になってしまっているのが少々残念。


扇形機関車庫を反対側から眺めます。


鉄道館に隣接する車両の留置線群。かつては扇形機関車庫までを含めて、津山機関区と呼ばれていました。


こちらの車両は、キハ120形。


キハ40形。


隣接する津山駅を遠望。


それでは次の場所へと移動します。


続いてやって来たのは、旧同和鉱業片上鉄道線の旧吉ヶ原駅。こちらも2019年8月24日に訪れています。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

駅舎の内部。本駅は、旧同和鉱業片上鉄道線が1991年(平成3年)7月1日に廃止されたことに伴い、廃駅となりました。






駅構内。






1936年(昭和11年)製造のキハ702。


ぐるりと駅構内を一回りして見物終了。


さて、このまま帰るかどうするかという話になりましたが、弟の要望で倉敷市下津井に残る旧下津井電鉄の旧下津井駅へ向かうことにします。ちなみに移動距離は約80km(笑)。

休憩を挟んで2時間半ほどかけて旧下津井駅へとやって来ました。この駅は旧下津井電鉄の始終点駅で、1991年(平成3年)1月1日の路線廃止に伴い廃駅となりました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

車輌が展示されていましたが、補修中のものが多い様子。ホームと車両の間にはフェンスが設置されていたので、ホームから眺めていました。






こちらは茶屋町駅方面の眺め。


かつての駅前広場。建物類はすでに撤去されています。


旧下津井駅の見物を終え、瀬戸大橋を眺めるために同じ下津井地区にある田土浦公園に立ち寄りました。真下から橋梁を見上げると、あらためて巨大な建造物であることを実感できます。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

下津井瀬戸大橋。


櫃石島橋・岩黒島橋を遠望。
Posted at 2026/08/20 22:42:06 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ・鉄道・廃線跡 | 日記
2026年08月11日 イイね!

高天神城跡と御前埼灯台を訪れました

2026年6月21日日曜日、弟と二人で静岡県掛川市の高天神城跡と御前崎市の御前埼灯台を訪れました。

当日は、御前埼灯台を目的地として出発。高速道路は利用せず、自宅から国道23号名豊道路・国道1号浜名バイパス・浜松バイパスと経由し、浜松市からは国道150号を東進。

自宅からずっと私が運転していたのですが、「このルートなら、あの城跡へ寄り道できるな。」ということで、ハンドルを握っているのをこれ幸いに、途中で国道150号を逸れます。

ということで、やって来たのは高天神城跡。


高天神城は、戦国時代末期に武田氏と徳川氏の間で争奪戦が繰り広げられた城として知られています。


武田氏は本国の甲斐国から今川氏が滅亡した駿河国へと進出を果たし、さらに遠江国を狙っていました。一方の徳川氏は遠江国の浜松城を本拠地としており、領土防衛のため武田氏と真っ向対峙していました。

そのため、この城は双方にとって攻略・防衛のための重要な橋頭保として、確保することが必須だったわけです。

最終的には武田方となっていた城を徳川氏が1581年(天正9年)に陥落させて奪取に成功。武田氏はこの攻城戦に援軍を送ることができず、結果、領国内での威信を大きく失墜させてしまったそうです。

そして、同年中に城は不要となり(つまり、遠江国内から武田氏の脅威が確実に無くなったという事。)、廃城されています。

場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

それでは、城跡が広がる山上部へと進んでいきます。








一気に坂がきつくなってきました。汗が噴き出します。




階段を登り切った場所に立つ案内板。ここは二つの山をつなぐ場所にあたり、案内板に向かって右方向が本丸、左方向が二の丸になります。


まずは二の丸方面へと向かいます。






二の丸です。この場所は、城内で最も多くの建物跡が検出されています。また、周囲では国内外の陶磁器が数多く発見されているそうです。


二の丸の斜面の下部に残る横堀。窪んだ場所を設けることで敵勢に無駄な行動を強いて、その隙に城内から攻撃します。


こちらは堀切。堀切は、敵勢が尾根を伝って容易に城内へと侵入できないように、意図的に尾根を掘削して断ち切った場所です。


こちらは本丸です。






本丸の反対側の先端へと進んでいきます。


見晴らしが良い場所へと出てきました。はるか遠方まで視界が効きます。


最奥の台地上の山々は牧ノ原台地。この眺望があれば、行軍してくる状況が一目瞭然です。双方とも躍起になってこの城を確保しようとするわけです。


こんな場所に顔出しパネルが。


こちらは、1934年(昭和9年)に地元出身の軍医少将が建てた模擬天守の跡。どんな建物が建っていたのでしょうかね。




三の丸へも行ってみることにします。




三の丸です。土塁跡と東屋があります。


高天神城跡の見物は以上。ドライブを再開します。


御前埼灯台の近くにある「ねずみ塚広場」へとやって来ました。ここに車を駐車して徒歩で灯台へと向かいます。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

「ねずみ塚」の由来が書かれた説明板。「化けねずみは、このひどい扱いでよく改心したな。」と少し感心(笑)。


広場から眺めた灯台。


広場からは散策路で灯台へ。


御前埼灯台です。もう何回来たのかわからないくらい訪れているので、特に記すべきことはありません(笑)。










この後は、国道150号をさらに進み、東名高速 吉田ICから高速へ。牧ノ原SAで昼御飯を食べてから帰路につきました。
Posted at 2026/08/11 16:14:54 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2026年08月06日 イイね!

【魚津市】東山円筒分水槽を訪れました

2026年6月13日土曜日、姉の希望により、母も連れて3人で富山県魚津市にある東山円筒分水槽を訪れました。東山円筒分水槽は、「日本一美しい」と評される円筒分水槽ですね。

自宅を4時50分頃に出発。東海環状道・東海北陸道・北陸道と経由し、現地に10時30分頃到着しました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

入口に設置されている説明板。




こちらが東山円筒分水槽です。円筒分水槽をこの目で見るのは初めてですね。


円筒分水槽は、用水を正確な比率で分配させるために設置された水利施設の一種です。水槽の外側には、分配する各用水の水量比率に応じた角度で仕切りが設置されています。

そして水槽の中央部から逆サイフォンの原理で水を噴き上げ、水槽の外壁を越流させます。


水槽は円形のため、基本的に越流する水の量は360度均等になります。これにより正確な比率で各用水へと分配できるわけです。




まあ、見物にやって来る観光客の中で、こういう知識に興味・感心のある方がどの程度いるのかはわかりませんが、大量の水が滾々と湧き上がり、その水が耳触りの良い音を立てて流れ落ちていく様を眺めるのは、誰しもが心落ち着く光景だと思います。




東山円筒分水槽から片貝川の上流を眺めると立山連峰が望めます。


せっかくなので、姉が母を記念撮影。


そして、どうやら片貝川の対岸にも円筒分水槽が存在しているようなので、そちら側も見に行ってみることにします。

やって来たのは、貝田新円筒分水槽。こちらは目立たない案内標識が立っているだけで、特に見物用には整備されていません。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

はい、確かに危険な場所ですよね。


この円筒分水槽は上側から見下ろすように見ることができます。湧き上がり流れ出す水量は東山円筒分水槽よりも大量。東山円筒分水槽はのどかな感じがしますが、貝田新円筒分水槽は流水の勢いに圧倒されます。






貝田新円筒分水槽から分岐していく用水路。どの用水も水量・流速がすごくて、ちょっと恐怖を感じます。


それでは、次の目的地へと移動します。


次にやって来たのは、魚津埋没林博物館。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

魚津埋没林は、1930年(昭和5年)、魚津港建設中に発見された約2,000年前(3,000年前という記事もある。)に埋没したと考えられる林で、杉を中心とした原始林だったそうです。


水中保存にしてあるのは、埋没後の状況に少しでも近づけることで、適切に保存するためのようです。


こちらは乾燥展示されている樹根。


庭に立っていた「天然記念物 魚津埋没林」の石碑。


博物館の外観。


土中で保存されている埋没林もあるようです。


別の展示棟へも行ってみます。


内部はこんな感じです。




魚津市内であともう1か所見物するため、博物館から富山湾沿いの道を南へと進みます。

魚津水族館です。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

建物の前の水槽でチョウザメが泳いでいました。


出入口が2階にあるので通路を進んでいくと、ゴマフアザラシを発見。しばらく様子を見ていましたが、じっとしていて全然動く様子が無い(笑)。何を考えているのだろう…。


魚津総合公園の観覧車。


こちらから館内へと入館します。


「時々スタッフが人力で波を起こします。」とあって、「へーっ。」と素直に思っていたら、隣の「お知らせ」に造波装置が壊れたとあり、「ああ、直せないのか…。」となりました…。


これ以外にも、魚類などの説明に合わせて「寿司ネタ」の説明が併記してあったり、「えっ…、こんな魚食ったの…。」というような試食レポートもあったりして、なかなか興味深く拝読いたしました(笑)。

水槽を泳ぐ魚もいろいろと撮ってみましたが、薄暗い室内で泳ぎ回る魚を撮るのは難しくて、ピンボケばかりでした…。




久しぶりの水族館見物、いろんな意味で楽しませていただきました。

さて、姉はこれで満足したようで、「あとはあんたが行きたい場所があれば好きにしていいよ。」と言われ、「いきなり言われてもなぁ。」と思いつつ、「ひとまず神社仏閣なら何かあるでしょ。」とグーグルマップで検索。

そして、ナビ様のお告げに従いながら富山平野東部をジグザク走行。

立山町の雄山神社前立社壇へとやって来ました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

立山山頂にある「峰本社」に対する里宮で、立山の前に立つ社ということで「前立社壇」と呼ばれるそうです。


表神門。


拝殿。


本殿。国の重要文化財に指定されています。


時間は15時を回っていますが、次の場所へと向かうべく常願寺川沿いをさらに上流へと向かいます。


富山地方鉄道 立山駅近くの観光用駐車場へやって来ました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

ここへやって来たのは、立山駅前にある立山カルデラ砂防博物館を見学するため。しかし、母も姉も興味が無いので、私一人で立山駅前の博物館まで徒歩にて移動。

その間、母は駐車場前の称名川沿いを散策、姉は車内でお休みしてました。


日本最大級の砂防施設群を誇る立山カルデラの砂防事業について、いろいろな資料を見学できて大変満足いたしました。


ついでに、立山砂防工事専用軌道を覗きに行ってみます。


博物館から常願寺川の川べりへと向かうと、展示車両を発見したので見物。




常願寺川の上流側の眺め。


博物館の裏手には専用軌道の本線が通っていました。




これで駐車場へと戻り、称名川沿いをさらに上流側へと進んでいきます。

称名平駐車場へとやって来ました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

この駐車場は、「称名滝」見物の最寄り。はるか遠方にちらりと称名滝が見えています。




ただ、この駐車場に到着したのは16時45分頃。称名滝へ最も近づける遊歩道は16時ですでに閉鎖されてしまっています。

それでも少しは大きく見える場所があるかもしれないと思い、駐車場から道路を登っていったらちょっとした展望場所があったので、そこから滝を眺めました。






写真を撮ってから急いで駐車場へと戻っていったら、母が駐車場内を散策していたので、「もう少しだけ登れば滝が見える場所があるけど、行ってみる?」と声を掛けたら、「それなら行く。腰が痛い、腰が痛いと言い訳して動かんかったら、見れるものも見れんでもったいない。」ということで、母に付き添ってもう一度急坂を登ることに。

「引っ張って!」と言うので、乳母車を引っ張りながら急坂を登っていきましたが、無事に展望場所まで到着。遠望とは言え、直接称名滝を見ることができ、山が好きな母は喜んだ様子でした。

この後は、ナビ様に従いながら富山平野を縦断し、富山ICから北陸道へ乗ってようやく帰路につきました。

帰宅したのは23時過ぎ。今回の走行距離は約700kmでした。
Posted at 2026/08/06 22:46:26 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2026年08月04日 イイね!

【2026年】ラリージャパンを見物してきました

2026年5月31日日曜日の午後、弟と弟の友人の杉浦くん・私の3人で、愛知県新城市作手善夫にてラリージャパンに出場しているラリーカーを見物してきました。

さて、2024年から見物場所にしている新城市作手善夫の県道35号と県道333号の交差点へとやって来ました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

私は一人、さらに県道333号を奥へと進んでいきます。道路封鎖用のゲートにより近いほうが、ラリーカーが停車している確率が高いからです。


最初にやって来たのは、トヨタ・GRヤリスRally1のソルベルグ・エドモンドソン組。


最終SSで「パワーステージ」でもあるSS20「Lake Mikawako2」へ向けて、タイヤのローテーション。






ターマック用の大径ブレーキディスクが目立ちます。


次にやって来たのは、ヒョンデ・i20N Rally1のヌービル・ウィダク組。ヌービル選手、フロントガラスを念入りに拭いています。


そしてタイヤのローテーション作業。ダンパーの調整もしているような感じ。








トヨタ・GRヤリスRally1の勝田・ジョンストン組もやって来ました。


こちらもタイヤのローテーション。




ヌービル・ウィダク組は取材も受けています。




ヒョンデ・i20N Rally1のフルモー・コリア組がやって来ました。


ヒョンデのRally1カーは、なぜか毎年、見物している目の前をそのまま通過してしまうケースばかりだったので、これだけまじまじと車を見物できたのは初めてですね。




コドラのコリア選手、車内からホースを引っ張り出していますが、一体何の作業だったのかな…。


フルモー選手とコリア選手も取材を受けています。




勝田選手は、スマホを片手に何やら確認中。


日本初お目見えのランチア・イプシロンRally2 インテグラーレ。ヨーロッパだと2台体制ですが、今回はグリアジン・アレクサンドロフ組の1台のみです。






エバンス・マーティン組のトヨタ・GRヤリスRally1が目の前を通過していきます。


リンドホルム・モラレス組のシュコダ・ファビアRSRally2。


山本選手も含めて寄り集まって雑談中。


カション・ロサダ組のトヨタ・GRヤリスRally2。


オジェ・ランデ組のトヨタ・GRヤリスRally1。




新井・立久井組のトヨタ・GRヤリスRally2。


観客からの声援に、手を上げて応えるエバンス選手。


新井・立久井組もタイヤのローテーション。




さて、ぼちぼちと駐車場所へと戻りながら、ラリーカーを眺めます。




今年のラリージャパン見物は以上でした。

現行Rally1カーは、今年が最後となってしまったのは残念なところですが、来年はWRC27規定で投入されるトヨタの新型ラリーカーに期待したいですね。本当はいろんなメーカーが新規定車両で参戦してくれると面白味が増すんですけどねぇ…。
Posted at 2026/08/04 21:45:45 | コメント(1) | トラックバック(0) | ラリージャパン | 日記

プロフィール

「【香川県丸亀市】丸亀城跡を訪れました http://cvw.jp/b/1796277/49266951/
何シテル?   08/24 23:17
「小林あに」と申します。よろしくお願いします。 休日はドライブしたり、廃道となった旧道や峠の古道を歩いてみたり(煉瓦製のトンネルや暗渠も好物ですが、最近は...
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