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小林あにのブログ一覧

2020年10月31日 イイね!

長野県下伊那郡大鹿村桶谷の「北條坂」を探索しました(2)

2020年10月31日土曜日、長野県下伊那郡大鹿村桶谷に残る廃古道「北條坂」を探索してきました。 9月20日に「北條坂」とその峠の少し先まで探索しましたが、今回はさらにその先を探索しました。

戦前の地形図はこちら。赤色の枠の中が「北條坂」になります。


※5万分の1地形図「大河原」。明治43年(1910年)測図・昭和5年(1930年)修正測図。昭和7年(1932年)発行。

今回探索したおおよそのルートです。赤い線が9月20日に探索した部分、青い線が今回探索した部分です。


※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

出発地点は前回と同じ場所。前回車を停めた小渋川沿いの施設の広場は、工事車両や資材が置かれていたので、路肩に駐車します。



小渋川の対岸の山を眺めています。徐々に色づき始めています。



さっそく北條坂を登っていきます。



とは言え、今回は峠から先の道跡を探索するのがメインなので、少しでも斜面を直登してショートカットし、時間短縮を図ります。



ここから上へは直登は厳しいので、しばらく道跡を歩ていきます。





土石流で大きく抉れた沢に出ました。対岸にも道跡が続いています。



ここは沢沿いに直登して、真上を通る道跡まで移動します。



真上を通る道跡に出ました。右方向へと進みます。



絡み合った木が生えている所から左方向へ、ふたたび直登を始めます。



先ほどの土石流が流れた沢のさらに上部を沢に沿って直登していきます。



この斜面で一番上段を通る道跡まで登ってきました。本来は写真右側に下段を通る道跡とをつなぐヘアピンカーブがあったはずです。



ここからは、そのまま道跡を歩いていけば峠へと出られます。



この石積みは、おそらく炭焼き窯の跡でしょう。山中に残る廃道の路上や路肩でしばしば見かけます。平場を確保しやすいためなのでしょう(もう人も通らないし。)。



峠のある尾根が見えてきました。



峠への最後のヘアピンカーブです。



峠に到着です。駐車場所から約40分かかりましたが、前回は1時間余かかっているので、20分ほど短縮できました。



峠の石碑・石仏群も健在です(1か月しか経っていませんからね(笑)。)。



それでは峠から先の区間へと進みます。



前回引き返した小さい切通しを通過します。



まだ道跡はしっかり残っています。



道跡が抉れている場所に来ました。踏み跡(人が付けたものなのか、獣道なのかわかりませんが。)があるので、辿って渡ります。



ふたたび道幅がしっかりとある道跡が続きます。







これは難所ですね…。道跡はすっかり洗い流されて、尾根から続いているような岩盤が露出した沢(「スラブ」と言うんですかね。)になってしまっています。





ここにも沢を横断する踏み跡が付いていたので、それを頼りに進んでみることにします。まずは慎重に沢底まで降りて、対岸の道跡へと続いている踏み跡の状態を確認します。

この時、岩盤に積もっていた小さな土の塊の上に立っていましたが、そこそこの時間立ち止まっていて荷重が掛かったためか土が崩れ出して、下へと滑り落ちそうになりました(すぐ下、1~1.5mくらいの所に段差があったので、滑り落ちても心配はなかったかもしれませんが、もしそこで止まらないと数十mは落ちてしまうことに…。)。

ビックリして、四つん這いになって必死に道跡へ登り直しました。道跡に戻ってからも、しばらく体の震えが止まりませんでした。

数分経って震えが治まったところで、ふたたび沢底を眺めます。迂回路になりそうな場所は無いので、先へと進むためにはここで渡るしかありません。

頭の中で何度もシミュレーションして、行けそうだと思えたところで腹をくくり、沢底へと再び降りていきます。足場を確認しつつも、あまり一か所に留まらないように注意して横断。

何とか無事に沢を渡り終えました。こんな思いは随分と久しぶりです…。結局、渡るのに15分もかけてしまいました。



ちなみに、帰り道の時は沢底へと下る時に滑らないよう注意をしただけで、その後はスタスタと渡ってしまいました(笑)。状況がわかってしまえばそんなに心配することもありませんでしたが、やはり危険が予想される未知の場所へ踏み込むのは本当に不安になります。

沢を渡った先は幅のある道跡になり、ホッとします。



路上にワイヤーが絡めて置かれていました。どんな目的でここまで持ち込まれたのでしょうか。



また道跡が無くなった崩落地や沢を渡りますが、先ほどの沢よりは難度低めです。バランスを取りながら、踏み跡を外さないように進みます。





上部まで土石で埋まっている沢を渡ります。



沢を渡った先にははっきりした道跡が無く、急斜面に細い踏み跡だけが続いているのが見えています。



踏み跡の下の方にもう少し木々が生えていたら進んでいったかもしれませんが、この状態では滑落した時にどうしようもなくなってしまいます。

踏み跡よりも少し高い位置を木々につかまりながら進めないか試してみましたが、ここも斜面の土が崩れやすくて、靴で踏み均して足場を作ることも容易ではなく、危ないので止めました。

すでに何か所も危険な場所(自分レベルで。)を通過していて疲れたこともあり、これ以上無理して進む必要はないと判断して、今回の探索を終了することにしました。要はうんざりして心が折れたわけです(笑)。

道幅があって日の当たる場所まで戻り小休止。この道跡、眺めは良いのですが、微妙に木々が視界を塞いでいるので、写真に撮ると木々しか写らないのが残念です。



峠まで戻ってきました。これで一安心です。



帰り道は、直登した場所を滑りながら下っていったので、登りよりもさらに早く、峠から車まで約30分で戻ってこられました。



最後に北條坂の出入口に立つ「秋葉山大権現」・「金毘羅大権現」の石碑を。



北條坂は、峠から先の道が荒れているという情報は知っていたので、途中で引き返すことになるだろうことは予想していました。実際に歩いてみて、自分のレベルで踏破するのは手に余るようです。

ということで、北條坂はこれで一区切りですかね。気が向けば、反対側から行ける所まで攻めてみるのもありですが。自宅から遠方なので、いつになるかはわかりませんけどね。
Posted at 2020/11/01 00:13:42 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ・道路・廃道 | 日記
2020年10月29日 イイね!

TGRラリーチャレンジin富士山すその戦へ参戦しました

2020年10月25日日曜日、静岡県裾野市で開催されたTGRラリーチャレンジin富士山すその戦へ参戦してきました。この前週のTGRラリーチャレンジカップin吉野ケ里戦に続いて、2週連続のラリー参戦となります。

ラリー前日の10月24日土曜日、サービスパークとなる裾野市運動公園に集合。ラリーに向けての参加確認と車検を受けました。



車検で発煙筒が期限切れになっていたことを指摘されましたが、有効期限内のものを翌日に用意することで車検通過となりました。

土曜日の用件はこれにて終了。宿泊場所へと移動します。が、ドライバーやすい氏、その途中であらかじめチェックを入れていた裾野市内のとある模型店へ寄り道。掘り出し物のプラモデルが見つからないか物色します(笑)。

長い時間かけて店内を見回り、ようやく3点を選んで会計。私が「選ぶまでけっこう時間かかったけど、お目当ての物が無かったの?」と尋ねたら、「いや、その逆で、品揃えが良くてどれを買おうか迷ってた。本当はもう2つ3つ買いたかったけど、それが60分の1スケールで箱が大きくてさ、車に積めないからあきらめた…。」。車内には整備用の工具とか二人分の荷物とかいろいろ積んでますからね(笑)。

恒例の「前夜祭」ではお一人様が合流。昨年のTGRラリー弘前でサービス員をしてくれたイクタさん。今回もサービスを担当してくれるそうです。

行ったお店は、トヨタ東富士研究所の社員がよく利用するらしい居酒屋さん。



先週の吉野ケ里に引き続き、今回もおいしい料理をいただけました。

最後にいただいたのは「本わさび丼」。



鼻にツンと来るような辛みではなく、さっぱりとした辛みというんですかね。鰹節と混ぜて食べると程良くなって、こちらもおいしくいただきました。他の二人は「おかわりが欲しいくらいだ。」と言っていたくらいですからね(笑)。

それからラーメン屋へと移動して、〆のラーメンもしっかり食べました(笑)。



翌日の25日日曜日。早朝から雲一つない快晴で、富士山がよく見えます。



今回のコースは、3か所のSSを2周するルート構成。SS1・4は裾野市運動公園内の道路を使用するコース。SS2・5とSS3・6は、同じ林道を2か所に分けて使用します。

距離は、
SS1・4「スポーツ」:0.42km。
SS2・5「オレンジ・リバース」:2.53km。
SS3・6「グリーン・リバース」:5.03km。
SS合計15.96km。公園内にコースが設けられてはいますが、ギャラリーステージの設定はありません。 

SS2・5のコースは過去に走ったことがあるので、その時のペースノートの内容を書き写したものを持参して、レキを行いました。

ここも前戦の吉野ケ里戦ほどではないですが、小刻みにコーナーが連続し、かつアップダウンも多いコース。レキの途中で、何度かコーナーの度合いやラインの取り方を迷うこともありました。

レキを終えてサービスパークへ戻ると、イクタさんに加えて、今回のサービスを担当してくれるツールボックスのムロモトさんと裾野市内の某車メーカーにお勤めの方(お名前失念。)が設営を終えて私たちを待っていました。

今回、ムロモトさんが自身のショップでのPR用に動画を撮るということで、車の何か所かにカメラを取り付けていました。

一方、私たちは、今回初めて(逆走では走ったことがある。)となるSS3・6を撮影した動画を見ながらペースノートの読み合わせ。

そんなことをしているうちにドライバーズミーティングの時間。「密にならないよう広がってください!」と声がかかるも、79台158名のクルーが集合していますから、なかなか大変そうでした。



今回の有名どころとしては、久しぶりに豊田章男社長ことモリゾウ選手が出場。冒頭でエントラント代表としてあいさつしていました。他には哀川翔選手がいましたね。

それでは走行タイムと簡単なラリーの内容について書いていきます。実際のところ、内容についてあまり覚えが無いというか、印象に残るような出来事には乏しかったですね。ノートをロストしたりしてますがちゃんと復帰もできましたし(ロストしてはダメなんですけどね…。)、吉野ケ里戦よりは淡々とやれたという点では良かったのかも。

と言いながら、最初のSS1へ向かう途中でハプニング(笑)。ムロモトさんが助手席側の屋根にもカメラを取り付けていたのですが、オフィシャルが駆け寄ってきて「屋根のカメラ、HQから外すよう指示が出たので、すぐに取り外してもらえませんか!」とのお言葉。

もうTC1の直前で、シートベルトを締め、ヘルメットもかぶっている(しかもインカムのコードもつないでいるし。)状態でしたが、何とか手を伸ばして引き剥がし、ターゲットタイムどおりにTCインできました。いやぁ、危なかった(笑)。

SS1:34秒4(43.9km/h)クラス4位。クラス1位から1.0秒差。
特にありません。窮屈な三角形のコースですし。

SS2:2分17秒2(66.3km/h)クラス4位。クラス1位から6.1秒差。
スタート直後からインカムが聞こえなくなっていたらしい。インカムがだめな状態でも私の声は聞こえていたようで、一応支障なく走行できたとのこと。
ドライバーやすい氏「(読み上げがまだ)遅いかな。」。

SS3:4分29秒7(67.1km/h)クラス4位。クラス1位から12.2秒の大差。とは言っても、1位のHATANO選手は別格ですからね(笑)。クラス2位とは4.1秒差です。依然、インカムは不通のまま。ここでは、コース後半の路面のギャップでレキでは予想していなかった以上に車が跳ねてちょっとヒヤリとしました。

SS3からの帰り道の途中でインカムの本体をようやく確認したところ、蓋が外れて電池が飛んでいたことがわかりました。そりゃ聞こえないはずだ…。

昼のサービスの時に無くなった蓋や電池を車内で探してもらい、テープで補強してもらいました。TC1前で引き剥がしたカメラもお返ししました。
     
SS4:33秒0(45.8km/h)クラス2位。クラス1位から0.1秒差。
このショートコースで1走目よりも1.4秒も短縮。ドライバやすい氏も「なんでそんなに縮まってるの?」といった感じ。各コーナーをスムーズに回れたのが良かったのでしょうかね。



SS5:2分16秒2(66.8km/h)クラス3位。クラス1位から5.6秒差。
1走目より1.0秒短縮。1秒縮まったことを伝えると、ドライバやすい氏「まあ、そんなもんだろうね。」。



SS6:4分28秒2(67.5km/h)クラス4位。クラス1位から13.1秒差。クラス2位から5.7秒差。1走目より1.5秒短縮。SS後半のギャップの事を二人とも忘れていて、また車を大きく弾ませてしまいました。



最終結果は、E-4クラス完走8台中4位、総合完走78台中9位でした。



結果から振り返ると、普段私たちが指標にしている原田選手が不調でクラス5位に沈む結果だったので、HATANO選手とMR-S組についでクラス3位に入る目もあったかもしれませんが、私たちとタイムが拮抗していた120号車(SS5までで120号車が0.2秒先行。)が、最終のSS6で私たちを5.7秒引き離すタイムを出し、クラス2位へとジャンプアップしてしまいました…。

SS6で何らかのトラブルを起こした(一走目の12.4秒落ち。)MR-S組がクラス3位へ落ちましたが、それでも私たちとの差を2.6秒残していました。

今回は原田選手には勝ちましたが、それよりも3位を逃す結果になったことの方が、ドライバーやすい氏にはダメージが大きかったようです(当然です…。)。



次回参戦の予定は、11月8日に富山県高岡市で開催予定のTGRラリーチャレンジin高岡万葉。何度も出ているラリーですが、最大の山場は三千坊SSにある道幅の狭い鋭角のタイトターン。ここで失敗すると間違いなく10秒近くロスしますから、約11kmの総SS距離では致命的と言えます。

現在、私たちはポイントランキングで暫定トップ(吉野ケ里戦で稼いだおかげ。)。すでにエントリーリストが発表され、初めてクラス1番手での出走になることがわかりました。



しかしながら、ドライバーやすい氏によると、HATANO選手のチームメイトで「なんでTGRラリーに出ちゃうの?」というレベルのレーサーが参戦するそうです。佐々木雅弘選手と言うそうで、何とコドラは全日本ラリーで今年度のドライバーズチャンピオン最有力候補の若手、新井大輝選手が務めるという組み合わせ。

これでまた次戦もクラス4位の線が濃厚になってきてしまったよ…。
Posted at 2020/10/30 00:20:38 | コメント(1) | トラックバック(0) | TGRラリーチャレンジ | 日記
2020年10月27日 イイね!

TGRラリーチャレンジカップin吉野ケ里戦へ参戦しました

2020年10月18日日曜日、佐賀県神埼郡吉野ヶ里町で開催されたTGRラリーチャレンジカップin吉野ケ里戦へ参戦してきました。本戦は、九州ラリー選手権第4戦、九州ラリーチャンピオンシリーズ及び同チャレンジ部門第4戦との併催になります。

さて、今回の開催地は愛知県から約800km離れた遠隔地。ドライバーやすい氏は金曜日から休暇を取り、同日夕方にはラリー車を積車に積んで現地に向かい出発。

一方の私は、ラリーの翌日である月曜日は休暇を取りましたが、さすがに金曜日まで休暇を取るのはためらわれる状況だったので(私がメイン担当となる期間限定の業務取扱いが始まったため。)、土曜日朝に新幹線で現地へ向かうことにしました。

自宅からの最寄り駅である東海道本線安城駅から、ラリー会場の最寄り駅である長崎本線吉野ヶ里公園駅までの乗車券と名古屋駅から博多駅までの新幹線特急券です。





現地への集合時間から逆算して乗る新幹線を決めましたが、新幹線に乗ってから「せっかく九州まで行くんだから、もう少し早めに出て、ちょっと寄り道しても良かったんじゃないか?」と思うも後の祭りでした(笑)。

結局、名古屋駅から博多駅までの3時間20分間、ボーっと新幹線に乗って景色を眺めるだけ。車内販売で駅弁を買うことすらしませんでした…。



博多駅からは在来線である鹿児島本線に乗り換え。

鹿児島本線から長崎本線へと乗り換えをした鳥栖駅は、幹線同士の分岐駅らしい広い構内に加え、ホーム建屋は昔ながらの使用済みレールを柱に用いたもの(1897年と案内板が掲示してあるレールもあった。)。鉄道好きの虫が騒いでいろんな所を見物したくなりましたが、ここで乗り換えする電車を逃すと30分以上遅刻してしまうので、泣く泣く諦めました(笑)。

安城駅から電車に乗ること5時間15分後、やっと吉野ヶ里公園駅に到着しました。ここで、ドライバーやすい氏と合流して、サービスパークへ向かいます。



今回、TGRラリーに参戦する車両はわずか11台。私たちが参戦するE-4クラス(トヨタ車1501cc以上)は何と1台のみ。完走すれば1位のポイントが手に入ります。わざわざ佐賀県まで遠征してきたのは、ポイント稼ぎのためなのです。

台数が少ないので、参加確認も車検もすんなりと終了。早々に宿へと移動です。



夜はお約束の「前夜祭」。ホテルからほど近い所にあった焼き鳥店に入りましたが、これがなかなかにおいしいお店で、二人とも上機嫌で焼き鳥をほおばりました(笑)。





〆はお約束のラーメン。久留米ラーメンでした。



翌日曜日は朝から快晴。



参加台数は全体でも47台と少なかったので、サービスパークもこじんまりとしています。



この車、コドラ用の室内灯が無いのですが、レキ受付をした朝5時半は日の出の気配すらもない真っ暗闇。「ノート書けないかも。」と心配になりましたが、幸いレキを始める頃には日が出てきてくれました。



9時30分、先行して九州ラリー選手権出場車両が出発していきます。



この時、一緒にいたドライバーやすい氏が、「ランエボの排気音がおかしいけど大丈夫なのか?」と発言。「ボボッ、ボボッ」といっているのが気になるようで、私が「多分、ターボのアンチラグシステムを効かせているんだと思うよ。」と返事をしたら、「何それ?」みたいな反応。

これには思わず「えっ?」となりました。私はWRCのビデオやDVDを見たり、全日本などのラリーを観戦していたので当たり前の排気音ですが、ドライバーやすい氏はラリー参戦以前は永らく「レース屋さん」だったので、ラリーを観戦したり、ラリーの本を読んだことが多分なくて、知らなかったのかもしれません。

さて、今回のコースは2か所のSSを3周するルート構成で、同じ林道を2か所に分けて使用します。

距離は、
SS1・3・5「からほけ谷」:2.59km。
SS2・4・6「サザンカショート」:3.40km。
SS合計17.97kmで、今回もギャラリーステージはありません。 

前回の須坂峰の原戦と同様に、このコースも小刻みにコーナーが連続する箇所が多く、レキの際にノートを書き取るのがなかなか大変でした。当然、ドライバーだけでなく、ノートを読む私にとっても厄介なコースです

それでは走行タイムと簡単なラリーの内容について。

SS1:2分43秒5(57.0km/h)。
細かいコーナーの連続に、ペースノートの読み上げが全然間に合わず、全くタイミングが合わない…。SS1から完全に凹む…。

SS2:3分06秒6(65.5km/h)。
まだノートのタイミングが合わない。苦しめられていきます…。

SS3前のタイムコントロールが渋滞しないよう、林道の路肩で待機中。車から降りて気分転換します。



SS3:2分35秒8(59.8km/h)。
気合を入れ直し、多少読むタイミングが合ってくる。SS1よりも7.7秒短縮。ドライバーやすい氏、「まだタイミング遅いけど、合ってくるだけでこれだけタイムが違うんだから頼むよ。まあ今日は1台だけだから、練習と思ってやっていこう。」。

SS3     


SS4:2分59秒6(68.1km/h)。
持ち直してきて、ここも一回目のSS2より7秒短縮。

こちらは、SS5前のタイムコントロール「TC5」からの眺め。写真中央にあるループ橋がSS5のスタート地点になっています。ループ橋を走るコースは当然初めてです。



SS5:2分36秒6(59.5km/h)。
SS3よりも0.8秒遅くなる。ただ、気分はもやもやしながらも、何とかなってきた。

SS6:3分03秒5(66.7km/h)。
SS4よりも3.9秒遅れ。「速く走れたと思ったのに何でタイムが落ちているんだ?」とドライバーやすい氏。「まだしっかり合わないからかな?すまない。」と言ったところ、「ここは多分俺が悪いから。」と返事。

SS6


総合タイムは17分05秒6。最終結果は、E-4クラス完走1台中1位、総合完走10台中5位でした。



クラス1台のみでしたが、1位の表彰状とメダルをいただきました。



「完走して1位のポイントを取る。」という目標は達成できましたが、ペースノートの読み上げ、どうしたものか…。「ラリーが開催されていない間に車が速くなったよ。」ということは何度も聞かされていましたが、ここまで合わせられないのはちょっとしたショックでした。

幸い、個人的にはSS6の後半で方向性は少し見えてきたので、この読み方を洗練していく方向でいこうかなと思っています。まあ、1にも2にもドライバーの要求するタイミングで読み上げられるのかに尽きるんですけどね…。

新型コロナの影響で昨年のラリーから11か月も間が空いたとはいえ、4年間コンビを組んでいながら未だに状況に応じたアジャストができず、ラリーの最初から安定した実力を発揮できないのが本当に悩ましい…。

いろいろと葛藤することが多かったラリーでした…。

Posted at 2020/10/27 23:59:35 | コメント(1) | トラックバック(0) | TGRラリーチャレンジ | 日記
2020年10月13日 イイね!

名古屋市街地を散策してきました

2020年10月13日火曜日、今日は年度当初に決めた有給休暇の消化日。

実は9月に人間ドックを5年ぶりに受検したのですが、胃カメラ検査の際に食道にあったポリープを引きちぎられて、検査に回されていました(ポリープ自体は5年前の人間ドックですでに確認済みで、今回も状態を確認するためにちぎられました(笑)。)。

検査の結果が出るタイミングにちょうど今回の休暇があったので、人間ドックを受検した名古屋市東区の病院まで出かけてきました。朝9時に予約を取ったので、久しぶりに通勤ラッシュの電車にもまれることになりましたが(笑)。

自宅から1時間かけて出かけてきて、内容は検査結果を聞くだけなのでかかった時間は5分ほど。検査結果は何の問題もなく、会計を済ませても9時15分には病院を出ていました…。

「さあ、どうしようかなぁ。」

人間ドックでこの病院へ来た時は、帰りはJR名古屋駅まで歩いて帰る習慣なので、今回もひとまず桜通を名古屋駅まで歩いていくことにします。普段、人と出会うことのない山の中ばかり歩き回っているので、たまに都会のビル街を歩くのもけっこう好きなんですよね。年1回くらいで十分ですが(笑)。

で、これもほぼ毎回ですが、途中にあるテレビ塔へ寄り道。もちろん、先月に人間ドックを受検した時も立ち寄っています(笑)。



先月は土曜日に来たので人通りが多かったですが、今日は平日なので閑散としています。



もう少し南側へと移動して、テレビ塔の全景も撮ります。真っ青な快晴ですね。



手前の池の周囲からミストが噴き出し始めました。お姉さん、「映える」写真を撮ろうと一生懸命でしたが、ミストで濡れちゃいますよ(笑)。



ふたたび桜通を歩き始めます。名古屋の街は、道幅が広く、高層ビルが少ないので、圧迫感が無くていいですね。

テレビ塔から歩くことさらに25分。ようやく名古屋駅前の高層ビル群が近づいてきました。



ここで、駅近くのにあるジュンク堂書店に立ち寄り、安城市内の本屋には置いてないような本を物色。シリーズで遺跡を紹介する本を2冊(平城宮と首里城)買いました。

10時40分頃、ようやく名古屋駅に到着。こちらは「大名古屋ビルヂング」ですね。



名古屋駅のコンコースです。エスカレーター下には、待ち合わせ場所でよく使われる金時計が立っています。



「このまま電車に乗って帰るか、どうしようかな?」としばし考えこんでいましたが、まだ昼にもなっていないのでもう少し歩いていくことにします。

名古屋駅の西口である太閤通口へ出て、新幹線沿いに南へと歩いていきます。そのまま歩いていくと近鉄名古屋線にぶつかるので、今度は近鉄線沿いに歩いていきます。

近鉄の米野車庫に停まっている電車群を眺めながら横を通り抜け、あおなみ線のささしまライブ駅と繋がる歩道橋を渡っていきます。

こちらはJR東海の名古屋車輌区です。在籍するのは全てディーゼルカーだそうです。写真ではよく見えませんが、現在試運転中の新型ハイブリッドディーゼル特急車両「HC85系」が停まっていました。



こちらは、ささしまライブ駅前にある「グローバルゲート」。少し来ないうちにドンドン新しいビルが建っていきますね。



ここまで歩いてきたので、もう少し頑張って中川運河まで進むことにします。

やって来たのは中川運河と堀川をつなぐ運河にある「松重閘門(こうもん)」。いつも名古屋高速からてっぺんだけが見えていて気になっていたんですよね。



松重閘門は、水位差のある堀川と中川運河を船で通航できるようにするため、1932(昭和7)年に供用開始され、1968(昭和43)年に通行船の減少により閉鎖されたそうです。



今はゲートを外されて、水路も埋め立てられてしまっていました。



さあ、ここまで来たらJR東海道線の次の駅である尾頭橋駅まで歩いたほうが近そうです。と思いつつ、もう少しこの辺りをぶらぶらします。

ナゴヤ球場です。外から見ただけですけどね。



今は中日ドラゴンズの二軍の本拠地ですが、まだナゴヤドームができる前に1回だけ、職場の同僚と公式戦を見にきたことがありますね。その時は、落合選手が外野フェンスギリギリにホームランを打ち込んだのを覚えています。

球場横の新幹線のガードに描かれていた野球選手の絵。まだナゴヤ球場が一軍の本拠地だった時代に描かれたんですかね。



見にきた当時はまだ尾頭橋駅が無くて、JR東海はこの貨物線に臨時ホームを設けて、観戦客を送迎していました。



名鉄のナゴヤ球場前駅(現在の山王駅)よりも球場に近くて便利だったので、名鉄関係者は歯ぎしりしていたでしょうね。

ということで、ようやく尾頭橋駅へと到着しました。





目の前を名鉄名古屋本線が並行しているので、名鉄電車も見放題です(笑)。





ここから各駅停車の普通電車に乗り込み、次の金山駅で快速電車に乗り換えて、安城市へと帰っていきました。

今回歩いた経路を青線で書き込みました。


※地理院地図(電子国土Web)に加筆。


※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

歩いた距離を計ったら、ちょうど10kmでした(笑)。こんなに歩くつもりは全くなかったんですけどね…。疲れて明日寝坊しないように気を付けます。
Posted at 2020/10/13 19:17:46 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記 | 日記
2020年10月11日 イイね!

本郷隧道と別所街道与良木峠の峠道

2020年10月11日日曜日、ドライブがてら、北設楽郡東栄町にある元国道151号の廃トンネル「本郷隧道」を見に行き、その足で「本郷隧道」の旧道に当たる旧別所街道与良木峠の峠道を歩いてきました。

今回はドライブメインのつもりなので、直接、東栄町へ向かうことはせず、設楽町→旧津具村→東栄町と回り道して向かうことにしました。

最初に寄り道したのは、新城市副川にある旧豊橋鉄道田口線のトンネル「双瀬隧道」。すでに何度も訪れたことがある場所です。



海老川沿いの岩壁に穿たれた延長60.28mのトンネルで、坑口の形状が特徴的なことで廃線好きには知られています。

内部は、両坑口からコンクリート巻き立てがされていますが、中央部は素掘りのままです。実際には、コンクリート吹き付けがされていますが、これは道路転用後でしょう。



旧海老駅側の坑口は特徴的ですが、旧三河大石駅側の坑門は普通にシンプルな意匠です。



最後にまた旧海老駅側の坑口をもう1枚。



次に訪れたのは、設楽町小松の愛知県道10号に立つ旧道路標識の「徐行」。昭和35年(1960年)12月に制定されたデザインのもののようです。



本来は、焦げ茶色に錆びている部分が白色(「徐」も白色。)で、現在、白色になっている部分が青色でした。「徐」の上部には青字で「徐行」、下部にもこちらも青字で「SLOW」と書かれていました。



このままだと、設楽ダムに水没するか、その前に電柱が撤去される際に処分されてしまいそうです。

さて、県道10号で旧津具村まで進み、そこから県道427号、県道80号を経由。国道151号へと出て、一路、東栄町の中心市街地である本郷地区へと向かいます。

目的地である本郷隧道の入口へとやって来ました。右側の道路が国道151号と現在供用されている新本郷トンネル。左側の道路が本郷隧道がある国道151号の旧道です。



ついでに新本郷トンネルの扁額を撮影。



通常、扁額というものは、坑口の真上に設置されているものですが、新本郷トンネルの奈根側の扁額は、珍しいことに地面に設置されています。まあ、それだけなんですけどね(笑)。ちなみに、「奈根」は東栄町大字三輪の地名で、与良木峠の南側の集落です。

交差点から100mほど歩くと本郷隧道があります。



開通は大正10年(1921年)12月。このトンネルが開通したことにより、それまで奈根から始まる長い峠道で越えていた与良木峠を、延長310mのトンネルで越えることができるようになりました。

さらに本郷隧道の開通は、与良木峠の隘路解消だけでなく、東三河と信州との間の物流ルートの変更も促しました。

トンネルが開通する以前は、別所街道が通る東栄町振草と伊那街道が通る新城市海老を結ぶ赤色の線、海老街道(ふりくさ道)のルートが重用されていました。


※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

花丸峠・仏坂峠という荷車が通ることができない険しい峠が2つもある街道でしたが、東栄町振草以北の別所街道沿いの村々や信州方面から、当時、山間地と平野部の中継地として栄えていた新城市海老と鉄道の終着駅であった豊川鉄道大海駅へ向かうための短絡路であったからです。

ところが、本郷隧道が開通したことで別所街道の難所であった与良木峠の隘路が解消。東栄町振草以南も、青色の線で示した別所街道を利用した方が、多少遠回りでも大量の物資を輸送できるルートだとして注目されるようになり、難所を2つも抱える海老街道を通行する荷馬は激減、一気に寂れていきました。

そして大正12年(1923年)、鉄道がさらに奥地である三河川合駅まで延伸されたことで別所街道経由の大回り感も解消され、これにより海老街道は完全に短絡路の地位を失い、中継地として栄えていた新城市海老の街の凋落は決定的なものとなりました。

そんな歴史を隠している本郷隧道ですが、現在はゴミの収集場所として利用されているようです。



トンネル内部は、石積みの側壁にアーチ部分は煉瓦積みというもの。愛知県内の道路用煉瓦トンネルは、ここ本郷隧道とあとは豊橋市の本坂隧道の2つだけのはずです。





フェンスの網目にカメラを差し込んで内部を撮影。大正年間開通のトンネルと考えると大きなサイズと言え、自動車の通行も見据えた設計だったのかもしれません。



次は、反対側の本郷側坑口へと向かいます。

隣にある新本郷トンネルの通り抜けます。新本郷トンネルは昭和63年(1988年)の開通で、延長は413mです。トンネルは両側の坑口付近でカーブがあり、見通しが悪くなっています。



本郷側の坑門です。こちらの扁額は、普通に坑口の上に設置されています。



本郷側は、新旧のトンネルが並ぶ形になっています。



本郷隧道の本郷側坑門です。こちらもフェンスで締め切られています。



奈根側と違い、本郷側の坑門は開通当時のままの石積みです。





ちなみに、奈根側坑門は、斜面の崩壊により破壊され、昭和8年(1933年)にコンクリート造で修復されたものだそうです。

扁額です。ひらがなで「ほんがうずゐだう」とあり、「大正十年十二月開通」と刻まれています。



おそらく奈根側坑門の扁額は、漢字で「本郷隧道」と彫られていたでしょう。

本郷側は奈根側と違い、煉瓦をコンクリート吹き付けで覆っていません。



トンネル内部です。アーチ部などからの落下物なども見られず、きちんと保守管理すれば、今でも使用できそうです。



坑口からしばらくは石積みの側壁で、アーチ部も煉瓦巻き立てですが、奥の方はコンクリートで巻き立てられているようです。元は中央部は素掘りのままだったのかもしれません。





新本郷トンネルの開通記念碑です。





最後に旧別所街道与良木峠の峠道を歩いて、与良木峠まで登ることにします。

新本郷トンネルからすぐの所に分岐点があります。



戦前の地形図がこちら。縦の青い線は本郷隧道です。赤い線は与良木峠までの峠道、緑色の線は奈根までの峠道です。この地形図では、まだ別所街道として表記されています。


※5万分の1地形図「本郷」。明治41年(1908年)測図・昭和5年(1930年)鉄道補入。昭和7年(1932年)発行。

発行年からすると本郷隧道が掲載されていてもおかしくありませんが、昭和5年は鉄道補入だけ(田口鉄道(旧豊橋鉄道田口線)の開通によるもの。)なので、道路トンネルは補入されなかったようです。

現在の地形図はこちら。図中の線は戦前の地形図と同じ意味です。


※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

最初のヘアピンカーブに向けて、長い直線が続きます。



山側の斜面にある石積み擁壁。粗い積み方からして、明治時代の車道建設時のものでしょう。



ヘアピンカーブに来ました。



荷車道がベースだけあって、きついヘアピンカーブです。自分の車で走ったこともありますが、コース取りがまずいと要切り返しとなります。



しばらくは上下の道が並行しています。



基本、ヘアピン間は長い直線ですが、斜面に合わせて緩いカーブもあります。



石垣が木の根に飲み込まれています。



2つ目のヘアピンカーブです。ここで切り返しをしたことがあります。ガードレールが無いので、その時は緊張しました。





ちょっとカーブがありますが、長い直線です。



これも明治時代の石積み擁壁のようです。山側の斜面を見ていると、苔や土で隠れていますが、ほとんどの場所に石積み擁壁が設けられています。



急斜面の中を通り抜けていきます。



右カーブを曲がると与良木峠です。峠ではなく単なる切通しにしか見えません。周囲はご覧のとおりなので、眺望も利きません。





峠を通り抜けると、左へと曲がっていく林道と真っ直ぐ下っていく林道があります。



真っ直ぐ下っていく林道が、奈根へと向かう別所街道になります。



2010年1月に与良木峠から奈根の集落まで1時間半かけて歩きましたが、その時点で林道への改修工事が進んでいて、往時の峠道の面影は無くなっていました。

与良木峠にある石仏と石碑です。



「よらき地蔵」と呼ばれる地蔵があるとのことですが、おそらく奥の右側の大きな石仏でしょう。「武田軍が遠州(現在の静岡県西部)での合戦に負けて、与良木峠を越えて帰還する際にお地蔵さんを谷へと蹴落とした。」という江戸時代からの伝承があるそうです。摩滅が進んでおり、頭も首の所で折れている(首部は細いのでどうしても折れやすい。)ので、相応の歴史があるのは間違いないでしょう。

峠の石仏も見ることができたので、これで帰ることにします。

帰り道、峠から本郷側の斜面にあった車道建設以前の峠道が残っていないか眺めながら歩いていると、下の方にずっと平場が続いているのが見えました。

目で追っていくとこの地点で合流。



右側に分岐していく細い道らしい所へ入っていくと、確かに道跡が続いています。



ただ、下りの道跡を追いかけると、車の駐車場所からかけ離れた所へ出てしまうはずなので、跡は追いません。

「それじゃあ、峠へと登っていく道跡もあるかもしれないな。」と山側の斜面を眺めながら歩いていると、分岐していく踏み跡を見つけてしまいました。



地形図中の黄色の丸印の中のオレンジ色の道です。


※5万分の1地形図「本郷」。明治41年(1908年)測図・昭和5年(1930年)鉄道補入。昭和7年(1932年)発行。

「見つけた以上、行って確かめるしかないよなぁ…。」

踏み跡を登ってみるとその先にしっかりとした道跡があります。



「今日は舗装路だけのつもりだったから普段履きの靴で来たけど、このまま行くか。」ということで、奥へと入り込んでいきます。

急坂ですが、幅広の道跡が続いています。



道跡は左へとカーブしているようです。



シダが生えていますが、背は低いので、このまま踏み込んでいきます。



しっかりとした道跡です。



正面で道跡が途絶えています。



「多分、ヘアピンだろう。」と途絶えた辺りを探すと、やはりヘアピンカーブだったようで、さらに急坂な道跡が続いています。





今の峠道に出てきました。



この写真の奥を右に曲がると与良木峠。どうやら、車道開通前の古い峠道で正解だったようです。



幅が広くて通行しやすい車道ができたとしても、勾配を緩くするために道自体は大回りなルートを取らざるを得ません。歩行者としては、楽でも距離を歩かされるよりは、峠まで一直線に行き来できた方が時間が短縮できて便利なはずなので、古い峠道が残されたのでしょう。

峠道を歩き終えて、新本郷トンネルの前に出る道へと出てきました。



予定外の古い峠道を見つけられたのはちょっとした収穫でした。やはり廃道歩きを始めた頃と違って、目ざとくなってきたのかもしれません(笑)。もちろん、戦前の地形図からの前情報があってのことですけどね。
Posted at 2020/10/11 23:22:31 | コメント(0) | トラックバック(0) | 別所街道・国道151号 | 日記

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