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小林あにのブログ一覧

2015年09月28日 イイね!

今日は母と旧見代発電所取水堰堤へ行ってきました

27日日曜日、旧見代発電所取水堰堤と取水路を歩いてきたわけですが、帰宅後に母から「作手なら私も行きたかったな。」と言われてしまいました。うちの母は山歩きが好きで、作手あたりはかつて自分で車を運転していた頃は一人でドライブに行っていましたから、身近で手軽な感じがしたのでしょう。

今日も有給休暇の消化で(ありがたいことです。)、特に予定もなくお休みだったので、母に「昨日行ったところに一緒に行ってみるか?」と声をかけたところ、喜んで「行く!」との返事。一応、どういう場所なのかを説明して、「まず川を渡れなければ話にならないし、道なんか全くないよ。」と伝えましたが、「行ってみてから考えればいい。」というので、連れていくことにしました。

昨日と同じ旧廃道にやって来ました。



同じように斜面を下っていきますが、この時点でだいぶ足元がおぼつかない様子。声をかけつつ、少しでも歩きやすそうなルートを選びます。

そして昨日川を渡った同じ場所に来ました(写真は昨日のもの。)。



昨日とあまり水量に変わりがなく、母が履いてきたくるぶしまでの長さの長靴では到底渡れそうにありません。私、「どうする?どうしても渡るのなら、いっそ長靴も靴下も脱いで、ズボンも膝までまくって渡ったほうが安全だよ?」と聞いてみます。母、「じゃあ、そうするわ。」といそいそと支度し始めます。(その気なら付き合うか。)と長靴だけ私が持ち、先に川を渡りながら誘導していきます。何とか無事に渡渉。母、「川を渡るなんて子供の時以来だ!」とちょっと興奮気味。「次はどっちへ行くの!?」という感じで、「そんな急がなくてもいいから。」となだめます。

さて、気を取り直して昨日と同じように川岸に沿って堰堤へと近づきます。



私が昨日ひょいひょいと行ったところも、母には危険な場所もあるのでいちいち確認しながら先導していきます。

やっと堰堤に取り付きました。



私が銘板など昨日撮ったものを撮り直していると、待ちきれないのか母はどんどん先へ進もうとします。



ちょっとした追いかけっこになってましたが、危険な場所は必ず自分が先に行くようにします。

昨日引き返した沢へと着きました。私は上司から電話がかかって来たので沢のほとりで話し込み中。母は先に対岸まで上がってました。



この先は最近崩落したかのような場所が多く、足場が安定しません。母に何度も声をかけます。





取水路で唯一の暗渠部分に到着しました。







ここから取水路は大きく左へと曲がっていき、国道から離れていきます。



この時点で14時を大きく過ぎ、母を連れてこの先を行くには時間が無くなってきたため、今回はここで打ち切ることとしました。

急斜面の杉林を慎重に降りて、巴川の河原へ。



降りた場所の流れが急すぎるので、昨日自分が帰りに渡った場所まで上流側に登り、母にはまた長靴を脱いでもらって国道側への岸へと渡ってもらいました。旧廃道へと登るルートも同じ。見上げるような杉林の急斜面に驚きながらも「ここが一番近いルートなら行く。」と言って登っていきました。

国道まで出て車へと歩いていると、「あんたがやっていることがよくわかったわ。」と言われました。今までは行きやすい所しか連れて行っていませんでしたからね。ちょっとリスクを負わせる道中になってしまったかもしれません。

まあ、本人が「冒険できてよかった。」と喜んでいたのは幸いでしたけど。
Posted at 2015/09/28 18:59:32 | コメント(1) | トラックバック(0) | ドライブ・発電関係施設 | 日記
2015年09月28日 イイね!

旧見代発電所取水堰堤と取水路の一部を歩く

日曜日、午前中は家でゴロゴロしていましたが、天気も良くなってきたしちょっと体を動かそうかと、新城市作手白鳥の巴川に残る、旧見代発電所取水堰堤と取水路の一部を歩いてきました。

県道37号田原坂から作手地区に入り、道の駅の前で国道301号を新城方面へと右折。所々に残る国道の旧廃道の一つに車を停めました。



巴川の河原へと降りられそうな斜面を探して旧廃道を歩きます。



巴川の河原へとやってきました。



長靴ではギリギリの水量でしたが、先へ進みやすそうな対岸へと何とか渡り、上流側から取水堰堤にやって来ました。

旧見代発電所取水堰堤









昭和34年に発電所が廃止されたことで役目を終えて、今は砂防ダムのような感じです。

やや離れた所にある取水口には完成を記念した銘板がはめ込まれています。







銘板によると取水施設は明治40年6月に起工して、明治40年11月に竣工したとあります。取水路の総延長は約2.4kmになるそうです。

ここからしばらく取水路を辿ってみることにします。



川に向かい口が開いているので、余水吐けと思われます。



先に進みます。水路が土砂で埋まっています。



ここで水路がいったん終わります。複線の水管?に分岐させる部分でしょうか?



この先はしばらく水路橋になっていたようです。所々に橋脚が残ります。





ふたたび水路が始まります。この辺りは石積みが崩落しています。



深めの沢に出ました。対岸にコンクリート製の構造物が見えます。





16時を回ったので今回はここまで。

沢を下り、巴川へと出て、国道がある対岸へと渡ります。



急斜面の杉林を登り、旧廃道へと出ました。



この後、国道を歩いて、車を停めた旧廃道まで戻ってきました。





この水路の終点には発電所へと水を落とすための貯水池や高圧鉄管の跡も残っているので、今度は冬にでも行ってみたいと思います。
Posted at 2015/09/28 01:11:30 | コメント(1) | トラックバック(0) | ドライブ・発電関係施設 | 日記
2015年09月26日 イイね!

太田切橋梁と旧鳥居隧道

ロングドライブ2日目となる20日日曜日の夜は、北陸道米山SAで車中泊。3日目、21日月曜日は朝7時15分に混雑するサービスエリアを出発して、ひとまず次の大潟PAへと移動。売店のないパーキングエリアなので駐車場はガラガラ。ここで顔を洗って、昨日行動食に買いながら食べなかったミニあんぱん(5個入り)を朝食に食べながら少しのんびりします。

人心地ついたところで出発。「上信越道は渋滞が予想されます。」との表示を見て、上越ICで降りて国道18号を長野県方面へと走行します。

妙高大橋を渡った先で旧国道へとそれて車を停車。妙高大橋を見上げます。



ここから地図に載っていた小道を信越本線(北陸新幹線の開業で現在は「えちごトキめき鉄道」。)の線路へと向かって歩いていきます。しばらく歩くと線路わきの保線小屋に出て行き止まり。河原へはさらに下らないといけないので、雑木林や薮をかき分けてようやく大田切川に出ました。

太田切橋梁





土木学会の選奨土木遺産に指定されています。来歴によると明治20年の竣工とあります。



国道18号妙高大橋の位置を見ると谷の深さがよくわかります。河原から線路まで土手の高さが36mあるそうです。



アーチ高は7.8mあり、関西本線大崖川橋梁を彷彿とさせる大きさです。アーチ全体に過去の土石流によるものと思われる乾いた泥がこびりついていて白っぽく見えます。



泥がついていない箇所はたぶん本来のものであろう焦げ茶色の煉瓦が多く見て取れます。



側壁は大きな整石がフランス積みにされ、水路部分は石畳となっています。



下流側の坑門も上流側同様の意匠となっています。



すぐ後ろは大きな段差となっていて、下流側は写真に全体像を収めることはできませんでした。



再び上流側へ出て、車へと戻ります。



プジョー205T16を見かけたり、県境の関川の関所に立ち寄ったりしながら、長野県方面へと走ります。





野尻湖の手前まで来て渋滞が始まったため、野尻湖方面へと迂回します。



野尻湖の周遊道路から県道96号を通って、上信越道豊田飯山ICから高速道路に乗ります。松代PAで昼御飯を食べて、長野道塩尻ICまでを移動。ここから国道19号で木曾谷へと向かいます。

やって来ました旧鳥居隧道



「58」とペイントされてますが、東京駅から58番目のトンネルということらしいです。



いつもは日の光が届く範囲までしか入りませんが、今回はせっかくなので持ってきていたヘッドライトを頭につけて、奥へと潜ってみました。



歩くには必要十分以上の明るさでしたが、携帯で写真を撮るにはやはり光量不足。いまいちな写真しか撮れませんでした。







今回は退避坑(トンネルの壁面に凹みで設けられた退避用のスペース。)を9か所通過するくらいまで入ってみました。この廃トンネルは全長1600m超ですが、たぶん500mくらいは行ったでしょうか。

中は靄がひどかった(光が当たると水蒸気様に見えるほど。)ですが、コウモリも見かけず、目立った壁面の崩れもなくいたって快適な探索でした。反対側坑口付近で崩壊しているのはわかっているので、入口からの光が見えるうちに引き返しましたが、気分的にはもっと奥まで行ってもよかった気さえしていました。

LEDヘッドライトは今までのLED懐中電灯に比べて全体を明るく照らしてくれるので、恐怖感が薄れていたのかもしれません。

坑口に戻ってきました。



もう何度も来て、何度も同じような写真を撮っている場所ですが、これからも何度も来ますね、きっと。もうある意味「憩いの場」になってますし。もうちょっと近ければなぁ。

さて、廃トンネルの前から旧国道によじ登り、頭にヘッドライト、足に長靴のまま歩いていたら、ちょうど二人乗りのツーリングバイクの方とすれ違いました。やはり「?」というような仕草をしておられました(笑)。

車に乗り込み、国道19号を中津川方面へと南下。中津川IC直前の電光掲示板を見たら、「中津川-土岐渋滞25km」の表示。最後の最後で「えーっ!」という気分になりましたが、仕方がないので恵那市街から国道257号・363号と暗い山道を長距離迂回してせと品野ICから高速へ。21時30分、約1350kmのドライブを終えて帰宅しました。
Posted at 2015/09/26 17:01:22 | コメント(1) | トラックバック(0) | ドライブ・鉄道・廃線跡 | 日記
2015年09月23日 イイね!

羽州街道架道橋と片洞門廃道

何か不完全燃焼気味に赤岩廃隧道群の探索を切り上げ、大平地区を後にしました。

一旦、国道13号へと出て、東栗子トンネル・西栗子トンネルと2つの長大トンネルを通過し、刈安除雪防災センターにある休憩所でひと休憩です。

今から7年前。廃道歩きに興味を持ち始めたころ、このトンネル区間の旧道にあたる「万世大路」を東栗子トンネル福島側から栗子隧道まで往復したことがありました。ちょうど同じ9月で、たまたま廃道の薮が刈り払われた直後でしたが、それでも休憩を含めて往復6時間。最後は足を引き摺りながら車に戻ってきた憶えがあります。その時は同じ日の午後にさらに国道113号の旧道である片洞門、翌日は宇津峠の廃道も踏破してましたから、今に比べればまだまだ体力がありました。

足は筋肉痛でパンパンのままですが、多少疲れも癒えてきたので次の目的地へと向かうことにします。国道13号、米沢南陽道路と経由して南陽市街地の北はずれにある坂へやって来ました。

羽州街道架道橋。トンネル並みの立派な意匠です。









国道13号から分岐する旧道(羽州街道)を奥羽本線が跨ぐ地点にあります。国道の混雑を避けて旧道へと入ってくる車がけっこう多いので、見物にはちょっと注意が必要です。

ここからは南陽市街に戻り、国道113号で新潟県方面へと抜けることにします。

さて小国町内の綱取トンネル前の駐車帯まで来たところでストップ。長靴に履き替えて、さっそく草の生い茂った廃道へと突っ込んでいきます。



ここは「片洞門」と呼ばれる国道113号線の廃道です。この廃道が本道だった時代、屈指の難所だったそうです。普通、洞門は字のごとく門型ですが、絶壁を通行できる分だけ掘削した結果、半アーチ型になったので「片洞門」と呼ぶようです。



覆いかぶさるように岩がせり出しています。道路幅はちょうど草が生えている分だけで、左手は絶壁です。

ここは大きな一枚岩を道幅分だけL字型に削り取ってあります。やはり道幅は草が生えている分だけ。



ここは路面が崩落してしまって、道が右側1m弱しか残っていません。



国道の橋が工事中のため、ここで行き止まりです。



本当は、この先にある綱取橋という明治時代の石アーチ橋を見たかったのですが仕方ありません。もと来た道を引き返すことにします。



昭和34年に現国道が開通するまで、この道をトラックやバスが通行していたのですから恐ろしい話です。小国町のホームページに当時の写真が掲載されてます。



綱取トンネルまで戻りました。



今度は反対側の弁当沢トンネルの旧廃道へと入ります。こちらは初めてです。



片洞門とは打って変わって、こちらの廃道は穏やかなものです。





弁当沢トンネルのロックシェッドが見えてきたので、これで引き返します。



駐車帯へと戻ってきました。



靴を履き替えて車に乗り込み、再び国道を走ります。

関川村まで来たところで道の駅関川に立ち寄ります。ここは温泉施設があるので、車中泊をする者には大助かり。赤岩でかいた大汗をようやく洗い流してゆったりと湯船に浸かります。

この後は国道7号-日本海東北道-北陸道と経由し、黒埼PAで晩御飯。気も緩んで眠気も来たので3時間ほど仮眠。その後さらに北陸道米山SAまで進みましたが、妙高高原で見たい所を思いついたので、そのままサービスエリアで朝まで眠ることにしました。
Posted at 2015/09/23 14:15:27 | コメント(1) | トラックバック(0) | ドライブ・廃道・廃線跡 | 日記
2015年09月23日 イイね!

福島市西部松川渓谷 赤岩廃隧道群へ行く

碓氷峠を17時に出発して、国道18号→関越道→北関東道と経由し、ようやく東北道に入ります。入って間もなく、栃木ICから鹿沼ICの間で前が見えないほどの豪雨に遭いましたが、幸い事故もなく無事通過。その後は休憩を取りつつ淡々と東北道を北へと走ります。

安達太良SAで遅い晩御飯を食べて、福島市内にある吾妻PAに着いたのは23時。入ってすぐの所に空きスペースを見つけてすかさず駐車。今晩はここで一夜を明かします。

日付が変わって20日日曜日。夜が明けても駐車場は満車状態のまま。7時を回ってからようやく起き出し、PA内のコンビニで朝食と行動食を購入。今回の本命、数ある廃線跡の中でも難関と謳われる赤岩廃隧道群へと出発します。

福島飯坂ICで降りて国道13号→県道5号と進み、松川の谷沿いの狭い道をひたすら奥へ。ちょっとした開墾地に出れば大平地区。赤岩駅へと下る砂利道の路肩に車を停めます。



辺りの斜面の様子を伺ってから、リックサックに飲食物とライト類を詰め込んでさっそく出発します。まずは車を停めた道とは反対側の道を進みます。そこから谷のある右側の雑木林へと踏み込んでいきます。



具体的に廃線跡へのルートを掲載しているサイトやブログはありません(そもそも道などないし、危険な場所だからとあいまいにしているケースがほとんど。)。少しでも下りやすい場所を選んで、木を頼りに急傾斜の林の中を谷へと降りていきます。傾斜は30度以上はある感じで、転べばそのまま下まで転がり落ちていきそうです。

写真を撮ることなどすっかり忘れて、急斜面を左右にトラバースしながら降りていくこと約20分。木々の向こうに平場と角張ったものが見えてきました。

第7号隧道



福島駅から7番目のトンネルという意味です。

正直、「ああっ、一発で見つかって良かったぁ!」というのが本音でした。それくらい運動不足の私には厳しい地形でした。

さて、私がやって来たこの廃線区間、明治32年に開通しましたが、目の前にあるこの第7号隧道の内部変状と崩落が原因で、明治44年に放棄されたものです。

近づいてもう少し周りを見てみます。





トンネル上部の「7」のプレートも健在でよく見えます。



せっかくなので、中に入ってみました。ピンボケに写ってますが、天井部分に通路と同一方向に亀裂が入ってます。



そのうち、東海道本線旧石部隧道みたいに真っ二つに割れ落ちるのかもしれません。

さらに奥へと進んでいくと「キーキー」と鳴き声がしてきて、そのうち大量のコウモリが頭上を大乱舞。何度も目の前をかすめていきますが、あまり気にせずに進んでいくと、やがて天井から大量の土砂が噴き出している場所で行き止まりとなりました。

ここで左壁面にある横坑へ四つん這いになって潜り込んでみます。



外側のトンネル外壁に出ました。この辺りもサイトなどでよく見た光景と変わりありません。









再び横坑に潜り直してトンネル坑口へと戻ってきました。



この林の先に第6号隧道がありますが、木々に遮られて全く見えません。



かつての線路跡を歩くこと数分で第6号隧道に着きます。





反対側へと通り抜けるため、中に入っていきます。





こちらのトンネルは第7号隧道と違い、煉瓦が剥がれ落ちているところもありますが、おおむねきれいな状態を留めています。

福島側坑口へと出てきました。





煉瓦の目地に山目地が施されています。



かつて「6」のプレートが付いていたであろう金具だけが残っています。



これで第6号隧道を後にします。



この先の線路跡も草木に覆われています。



100mほど歩いた線路跡に煉瓦の台座が残っていました。



目の前が初代松川橋梁跡です。



かつてアーチだった部分の痕跡が残っています。



松川左岸側に煉瓦橋台・橋脚がボロボロになりながらも残っています。









一番川寄りの橋脚の土台は高い石積みとなってました。



橋脚の脇の急斜面を下り、松川の河原へと降りました。巨石がごろごろしています。

上流側



下流側



続く第5号隧道は、下流側写真右手の崖上にあります。このまま正面からアタックするのは困難と言われてますが、まずは試しにと石伝いに何とか対岸に渡り、土を被ったガレ場と岩場を慎重によじ登っていきます。

何とか第5号隧道の真下まで来ました。



あと10mも登れば到達という所です。ルートになりそうな段差も見えてますが、この先をうまく登り切る自信がどうしても持てません。眼下の河原まですでに20m以上の高さがあり、もし踏み外したら一巻の終わりです。

数分思案しましたがここは無理をせず撤退。バランスを崩さないよう一歩一歩足場を確認しながらゆっくりと降ります。

河原に降りたところでひと休憩。今度は登りやすいルートがあるという下流側へ河原沿いに歩いていきます。しかし、行く手を淵と巨石に阻まれてこちらのルートも断念。ここでいったん初代松川橋梁跡の上まで戻り、中腹から河原へ行けそうな場所がないか下流側へと探していきます。

目の前に滝が現れて進めなくなったところで、今度はあたりの草むらから動物が動いたような草音が何度もしました。小走りで一気に第6号隧道まで引き返します。

こうなっては居る居ないにかかわらず安全第一なので、周囲を警戒しつつトンネルを抜け、吐き気がするほど息を切らせて急斜面を這い登り、車へと戻りました。



今回、最低限見ておきたいと思っていた遺構をこの目で見られたので良かったですが、人跡まれな場所に行く以上、いろいろと危険があることを再認識させられた廃線歩きとなりました。

プロフィール

「旧熊野街道 船木橋・神瀬橋・ねじりまんぽの道路橋 http://cvw.jp/b/1796277/45557442/
何シテル?   10/21 19:30
小林あにと申します。よろしくお願いします。 休日はドライブしたり、たまに廃線・廃道を歩いてみたり、ごくたまにミニサイズのラリーに出場してみたり、やる気がな...
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