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小林あにのブログ一覧

2019年08月08日 イイね!

三岐鉄道北勢線と三岐線に乗ってきました

本日は、三重県北部を走る三岐鉄道の北勢線と三岐線に乗ってきました。

安城駅9時発の快速に乗り、名古屋駅で関西本線の快速みえに乗り換えて桑名駅で下車。関西本線で対向電車の遅れで少しひやひやしましたが、何とか北勢線西桑名駅発10時05分の電車に間に合いました。これを逃すと1時間待ちですから、この後の予定が狂ってしまうところでした。

三岐鉄道北勢線は、数少ない軌間(レール間の幅)762mmの路線です。いわゆるナローゲージの鉄道は乗ったことがなかったので、一度は乗ってみたいと思っていました。

発車間際の電車に滑り込みましたが車内はガラガラ。運転室の後方に三脚を立てて動画撮影している鉄道ファンの方がいるのみです。


確かに狭い車内ですが、乗客がいないのでそんなに違和感は感じません。それよりも「非冷房車」だったことの方が衝撃。迂闊でした(笑)。

市街地を走行中は蒸し暑くて汗が止まりませんでしたが、郊外の田園地帯になると走行風も涼しくなり、思ったよりも快適にはなってくれました。

乗車してほぼ30分、東員駅に到着です。なんとここで、「電車を交換しますので、阿下喜駅(終点)方面のお客さまは一度ホームに降りて、次に入ってくる電車へお乗り換えください。」というようなアナウンスが。

仕方ないので一旦ホームへと出ます。


今日も日射しが厳しい…。


そこへ近鉄富田行きの対向電車が到着。


入れ違いに今まで乗ってきた電車が阿下喜駅方面(!)へと走り去ります。


そのあとにホームの先で待機していた電車が入線し、乗り換えと相成りました。




出発した電車の車内で「何か不可解な電車運用だな。」と考えていたら、じきに左手に車両基地が現れたので、電車を基地へ戻すためだったのかなとひとまず納得しました。

東員駅の先は、集落の中や台地の裾を縫うように急カーブを繰り返していきます。


中には制限速度25km/hの表示があるカーブも。これでは延長20kmの路線に1時間かかるのも無理はありません。

11時05分、ようやく終点の阿下喜駅に到着しました。


ホームは1面2線の構成。


周辺はのどかな田園風景が広がります。


乗ってきた電車には「鉄道むすめ」に北勢線が仲間入りしたということで、キャラクターが大きく貼られています。






終点の車止め。軌間の狭さがよくわかります。


阿下喜駅駅舎。


こちら北勢線を走っていた昭和6年製の電車だそうです。


さてここからは、約2km離れた場所にある三岐鉄道三岐線の伊勢治田駅まで徒歩で移動します。

炎天下の中、25分ほど歩いて伊勢治田駅に到着しました。


ここから、三岐線の終点である西藤原駅へと向かうつもりでしたが、ちょうど11時41分発の電車が出発してしまうところで間に合いませんでした。

この時点で予定よりも早い時間で行動していたので、本来乗る予定だった12時41分発の電車が来るまでエアコンの効いた待合室で待たせてもらうことにしました。

多少熱気も収まったところであらためて窓口へ。窓口では業務受託者と思われるおじいさんがお弁当を食べていましたが、切符を買わせていただきました(笑)。

すっかり珍しくなった硬券タイプの切符。今は自動発券機購入の磁気タイプかICカードが主流ですからね。


まだ電車が来るまで15分くらいありましたが、充分涼んだので、乗り遅れないよう早めにホームへと向かいます。


貨物用側線が並ぶ広い構内です。


ホームで待っていると、電車の到着時刻よりも前に近くの踏切が鳴り出します。やって来たのは貨物列車でした。


この駅で東藤原駅行きとJR関西本線に接続する富田駅行きの貨物列車が行き違っていきました。




その後間もなく電車が到着。こちらの電車は冷房車です。平日の昼間に終点へと向かう電車ということでこちらも車内はガラガラ。


12時51分、三岐線の終点、西藤原駅に到着しました。


電車の折り返し出発までに余裕時間が11分しかないので、急いで駅を出ます。

駅の先にある踏切から駅構内を撮ります。電車は西武鉄道からやって来たもの。


踏切の先が文字通りの終点となります。


こちらは、昔、三岐線を走っていた機関車。




折り返しの電車に乗り込み、今度は東藤原駅へと向かいます。


東藤原駅は、隣接する太平洋セメント藤原工場に発着する貨物列車の取り扱い駅。この駅の様子を見物しようと思い立ち寄ったわけです。

で、駅ホームへ降りてから、ふと財布を入れていたジーパンの後ろポケットに手を当てたところ何も入っていない。電車はちょうど出発していってしまうところ…。急いで東藤原駅の駅員さんに事情を話して、財布の回収をお願いします。

ここ三岐線の電車はワンマンですが、乗ってきた電車は4両編成で、しかも座っていたのは一番後ろ。「運転手はすぐ確認ができないので、長時間停車する駅に到着するまで待ってもらうことになるかもしれない。」との返事。

「自分の不注意なので仕方がない。」とひとまず待合室で連絡を待ちましたが、結果的には10分くらいで無事に回収できたとの連絡が入り、事なきを得ました。

ただ、遺失物の交付窓口が近鉄富田駅になっているとのことで、果たしてどうやって向かおうかと悩んでいたところ、「無札証明書」というものを発行してくれて、近鉄富田駅で提示してそこで運賃を払ってくれればよいとのことで、駅の方にはいろいろご迷惑をかけてしまいました。

ひとまず気持ちも落ち着いたので、東藤原駅構内の写真を撮りながら電車を待っていました。








駅の近くにそびえる鈴鹿山脈の藤原岳。石灰岩の採掘で山頂付近まで階段状に掘り込まれています。
 


この後は無事に近鉄富田駅で財布を受領。近鉄名古屋線の急行に乗り、名古屋駅まで戻ってきました。

お昼を食べていなかったので、JR名古屋駅のホームにある立ち食い屋でえび天きしめんを食べました。塩気も欲しかったので。


平日午後3時の名古屋駅は閑散としてました。快速が発着するホームは混んでましたけどね。


安城駅には午後4時ごろ到着。その後にちょっと買い物で寄り道したりしたので、帰宅したのは午後5時頃。すぐに風呂に入って汗を流して、やっとゆっくりしました。
Posted at 2019/08/08 23:06:16 | コメント(0) | トラックバック(0) | 鉄道・廃線跡 | 日記
2019年07月31日 イイね!

JR東海道本線美濃赤坂駅と西濃鉄道

今週土曜日が出勤のため、振替休日で今日がお休み。前々から行ってみようかと思っていたJR東海道本線美濃赤坂駅へ電車に乗って行ってきました。

美濃赤坂駅はJR東海道本線の駅となっていますが、実際には大垣駅からの通称美濃赤坂線と言われる支線の終着駅です。

安城駅から9時33分発の大垣行き快速に乗り、大垣駅で美濃赤坂行の2両編成ワンマンカーへ乗り換え。10時45分に美濃赤坂駅に到着しました。

電車はしばらく待機した後、ふたたび折り返していきますが、今回は美濃赤坂駅とこの駅に接続する貨物専用私鉄の西濃鉄道を見物しようと思っていたので、そのまま電車を見送ります。

一旦、駅の外に出て駅舎を撮影します。


美濃赤坂駅までの開通は1919年(大正8年)。この駅舎の建物資産標も大正8年。開通当時の駅舎がそのまま使われているということですね。


中には懐かしい造り付けの木造の長椅子。無人化されたのが昔なので、窓口を塞いでいる板も年季が入っています。右側が切符売り場で、左側が小荷物の受付だったのでしょうか。




東海道本線と言っても、たった2駅しかない支線ローカル線。本数はまばらです。次発の電車は13時12分発なので、約2時間半散策できることになりますね。


ホームと駅名標。広い駅ですが旅客用ホームは1面1線です。






古い駅で見かける煉瓦造りの危険品庫。


それでは、美濃赤坂駅の外周を巡ってみます。

駅前には西濃鉄道の本社があります。


駅の西側に沿って歩いていきます。

踏切跡に出くわしました。


こちらは西濃鉄道昼飯線の廃線跡。2006年に廃止になったそうですが、実際にはそれ以前から休止状態だったようです。


道路脇に寝かされていた昔の標識。


駅の南側にある踏切にやって来ました。安楽寺大門踏切とあります。


名称の由来となるお寺が踏切前にあります。


住宅街を抜けて、駅の東側へとやって来ました。


古い煉瓦の壁があったので追ってみましたが、工場の敷地が終わる前に途切れてしまいました。土留めのようです。




駅構内で停車中のJR貨物EF210電気機関車。西濃鉄道から送り出される石灰石列車を引き継ぐためにやって来たのでしょう。


貨物メインの駅らしい広い構内ですが、EF210以外、機関車も電車も貨車も停まっておらず、閑散としています。


駅の北側の踏切にやって来ました。遮断機はありません。こちらの路線は西濃鉄道市橋線です。


踏切から駅構内を眺めます。架線が張られているのはここまで。


この先は非電化になります。


ここからは、市橋線に沿って時間が許す限り歩いてみます。

店舗の出入り口がそのまま踏切になってますね。


小さな橋梁を撮っていますが、その奥の住宅も出入り口はやはり踏切から。


遮断機が設置されてないので、貼り紙で「何時何分頃に貨物列車が走行するので注意してください。」と注意喚起しています。今時、手書きなのがいい味出しています(笑)。


この踏切で市橋線は大きくカーブして、石灰石鉱山のある山へと向かっていきます。




そろそろ駅へと戻る時間になってきたので、最後に石引神社という所へとやって来ました。


こちらの神社の境内を市橋線が通過しています。




こちらの踏切にも貼り紙が。


せっかくなのでお参りさせていただきました。


駅へと戻る道は市橋線沿いではないので、これが見納め。




赤坂の集落の中を駅へと歩いていきます。

塗装が剥がれて錆が目立つ丸形ポスト。使用していないのかと思ったら現役でした。


旧中山道との交差点に出てきました。立派な旧家です。


狭い道同士ですが、どちらも県道です。この辺りが赤坂宿の中心になるようです。


この交差点の先で見つけた昭和30年代の道路標識。速度制限30km/hの標識のようです。


ようやく美濃赤坂駅へと戻ってきました。


猛暑の真っ昼間に歩き回っていたので、Tシャツはグッショリ、タオルも汗が絞れるほどでした(笑)。

駅舎に入ると同じ電車でやって来ていた小学生2人組がおりました。てっきり折り返しの電車で帰ったものと思っていたので、「君たちはどこからきたの?」と尋ねたところ、「特急ひだに乗って京都から来ました。」と言うので、ちょっと驚いてしまいました。

2人とも一眼レフのデジカメを持っており、行動からして明らかに鉄道好き。夏休みを利用してやって来たのでしょう。

しかし、電車が戻ってくるまでの2時間半、どこで何をしていたのか?そもそも、わざわざ京都からこの駅へとやって来るあたり、この歳にして相当のマニアかもしれません(笑)。

さて、2時間半ぶりに冷房の効いた快適空間へ(笑)。


結局、駅を出発するまでには西濃鉄道から石灰石列車はやって来なくて、EF210が1両佇んだままでした。

列車本数がまばらな美濃赤坂駅でしたが、地元の人は時刻表に合わせてきちんと駅に現れて、思っていたよりも多くの人が利用していました。次の荒尾駅でも平日の昼間にも関わらず小さなホームにずらりと人が並んでいて、ちょっとびっくりしました。

最後に大垣駅の美濃赤坂線専用切り欠きホームでも撮ろうかと思いましたが、豊橋行き快速の出発まで時間がなかったので、早足で乗り換え。

冷房の効いた車内でウトウトしながら帰りました。
Posted at 2019/07/31 22:07:37 | コメント(1) | トラックバック(0) | 鉄道・廃線跡 | 日記
2019年06月26日 イイね!

JR東海 リニア・鉄道館へ行ってきました

今日は仕事がお休みだったので、電車に乗って名古屋市港区にあるJR東海の「リニア・鉄道館」へ行ってきました。

普段だと車でぶらりとドライブといったところですが、その車をただいま車検&修理に出しているため、それなら電車でないと行きにくい所へ行こうかと思い立った次第です。

東海道本線で名古屋駅まで出て、そこからはあおなみ線に乗り換えて最寄り駅の金城ふ頭へと向かいます。

駅から徒歩数分。「リニア・鉄道館」に到着です。平日ということもあってか閑散としています。



入場券(1000円)を購入して、建物内へと入ります。

最初に通るのはシンボル展示スペース。スピードに挑戦した車両の展示スペースといったところでしょうか。

C62 17。狭軌鉄道(レール幅1435mm未満の鉄道。)のSLとしての世界最高速度129km/hを記録しています。東海道本線木曽川橋梁でのことです。





955形新幹線試験電車。443km/hを記録。



超電導リニア MLX01-1。581km/hを記録。



このスペースを通り抜けるとメインの展示スペースになります。2階のデッキ部分から見下ろした光景です。



外光(自然光)を取り入れた照明といった感じで、屋内の明暗が変化するところが写真を撮るには難しいかなと思います。

このあとも展示車両の紹介ということで。

ホジ6005。蒸気動車だそうです。



室内にこんなボイラーがあると車内がすごく暑くなりそうです。





モハ52。戦前の関西地区において、私鉄に対抗するために当時の鉄道省が投入し活躍した電車ですね。最期は飯田線も走っていて、東海地方にも関わりのある電車です。



クハ381。381系「振子電車」です。特急「しなの」に初投入されました。カーブで車体を傾斜させることで遠心力の影響を弱めてスピードアップを図っています。



今の電車についているヨーダンパーとは違う感じのバー。車体を傾斜させる装置に関係あるのでしょうか?



キハ181。曲面ガラスを撮りたかったのですが、いまいち…。



従前のディーゼル特急車両よりもパワーアップした車両で、こちらも初投入が特急「しなの」。名古屋-長野間という山岳路線を高出力車で乗り切ろうとしたわけです。

クモハ12。



扇風機に国鉄をあらわす「JNR」の文字がありました。



クハ111-1の車内。懐かしいですね、この手の固定クロスシート車は。



新幹線0系21形。



今の新幹線車両からすると狭く感じますね。



食堂車と厨房。





100系123形。





社会見学の小学生たちと乗り合わせてしまって、賑やかしいこと(笑)。



食堂車。今時の子供たちは新幹線にレストラン(食堂車)があったことが摩訶不思議のようで、大分はしゃいでいました。







厨房。電子レンジの大きさが時代を感じさせます。



922型。俗に「ドクターイエロー」と呼ばれる「新幹線電気軌道総合試験車」というものです。0系タイプの時代も「ドクターイエロー」と呼ばれていたのかな?



車内の機材は撤去されていて、普通の新幹線のシートが設置されていました。車両端部に隣の車内の機材とつなぐためのものと思われる太いコネクタがいくつも並んでいたのが名残りですかね。

300系322形。





今となっては懐かしいカード式公衆電話(街頭では現役ですけどね。)。



これは「マルス発券機」。座席指定券などの予約・発券機だそうです。こんな一面にボタンがあるような機械は触りたくないです(笑)。



0系のパンタグラフと台車。ごつくてメカニカルな感じがいいですね。





キハ82。キハ181の前世代のディーゼル特急車両ですが、永らく活躍しました。



オヤ31建築限界測定用試験車。これを見ていた私よりも年上のおじさん達が何だこれは?と話していましたが、「トンネルとかの寸法を図る車じゃないか?」との結論に至っていました。知らない人でもこの外観ならピンとくるようです。



700系723形。カモノハシのような造形と室内の暗さのためか、私の腕ではどうにもまともに写真が撮れないんですよ。



上から撮ってみました。



最後に歴代の新幹線車両です。



さいたま市の鉄道博物館や京都市の京都鉄道博物館に比較すると小振りな施設ですが、シミュレーターや鉄道模型のジオラマなど見どころもあるので、鉄道ファン以外の方でもそこそこ楽しめるかなと感じました。

何だかんだで2時間ちょっと居りました。晴天になってます。



帰りもあおなみ線。平日のお昼とはいえ、同じ車両に乗っているのが私以外に1人しかいないとは寂しい限りですけどね…。

Posted at 2019/06/26 23:25:13 | コメント(1) | トラックバック(0) | 鉄道・廃線跡 | 日記

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「【豊根村】霧石峠への富山漆島側峠道を下見しました http://cvw.jp/b/1796277/47676277/
何シテル?   04/25 00:05
「小林あに」と申します。よろしくお願いします。 休日はドライブしたり、廃道となった旧道や峠の古道を歩いてみたり(煉瓦製のトンネルや暗渠も好物ですが、最近は...
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