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小林あにのブログ一覧

2020年01月26日 イイね!

新城市作手までドライブしてきました

今日は午後からぶらりとドライブへ出かけてきました。

自宅から県道48号で岡崎市街地を横断。県道35号から国道473号、国道301号と経由して新城市作手へ。どこかへ立ち寄るわけでもなく作手地区はそのまま通過。三河湖畔の県道363号へと入り込み、ようやく車を停めたのは三河湖観光センターの駐車場。

観光センター自体はシーズンオフのためかお休み。とりあえず敷地内から羽布ダムを眺めてみます。



そのままダム上の道路まで歩いていきました。







今度はダム下へと移動。放流口から豪快に水が放出されています。冷え込みが厳しい時はしぶきがかかる所すべてが凍り付いているのですが、今冬は暖かいので全然氷がありません。



ダム堤頂部を見上げて。



もう少し移動して、熊野神社の前へと来ました。



昨年のセントラルラリーで、神社前を走行するWRカーの写真が撮影された場所ですね。



境内からSSコースとなった道路を眺めます。



神社前の路面には、だいぶ薄くなりましたがブラックマークがまだ残っています。しっかりと右側の路肩まで寄せて曲がっていることがわかりますね。



最後に立ち寄ったのは、岡崎市大柳町内に残る県道477号のミニ廃道。



白い柵を越えて中に入ると廃道とその築堤が残っています。







ポッカミスターコーヒーの古い空き缶。1980年代のもののようです。



半円形の廃道の終点です。





反対側から車を眺めます。現道だと100mくらいですかね。



ちょっと暇つぶしな一人ドライブでした。
Posted at 2020/01/26 17:43:57 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ・道路・廃道 | 日記
2020年01月19日 イイね!

中田島砂丘、掛川城、掛川花鳥園を巡りました

2020年1月19日日曜日、弟・母と共にドライブで浜松市の中田島砂丘、掛川市の掛川城と掛川花鳥園を巡ってきました。

初めの目的地はおおざっぱで、弟が「浜名湖か掛川城あたりへ。あとは任せる。」ということで適当に出発。東名高速は使わないで国道1号で東へ。

豊川市内の国道1号関屋交差点から旧東海道へ寄り道。

トイレ休憩で立ち止まった旧東海道の「御油の松並木」。





豊川市内の国府町薮下交差点まで旧東海道を走って国道1号へ再合流。そのあとも時に国道1号を外れたりしながら浜松市内へ。

最初に立ち寄ったのは浜松市南区にある中田島砂丘。

今回はメインルートではなく駐車場から真っ直ぐに砂丘へと向かっていきます。



樹林帯を抜けると砂丘の端に出ます。周囲のあちらこちらでスポーツ系の部活の子たちが練習しております。起伏のある広い砂地は足腰を鍛える訓練の場には格好でしょう。



さらに海岸線を目指して進んでいきます。



登っている斜面、砂丘に見えますが、実は南海トラフ巨大地震による津波に備え、中田島砂丘の中央部を横断するように建設された巨大な防潮堤だそうです。景観に配慮して表面をぶ厚い砂の層で覆ってあるようです。「前に来た時にはこんな砂丘はなかったよな?」なんて思って登っていましたが、まさかこんな工事が行われていたとは全く知りませんでした。

防潮堤の堤頂部に出ました。高さは13m~15mあるそうです。



浜松市街地方面の眺め。



写真ではわかりにくいですが、人物と比較するとその巨大さがわかっていただけると思います。





まだまだ海岸線まで歩いていきます。



ようやく砂浜まで出てきました。誰が乗り入れたのかはっきりとした轍がついていますね。自然保護やウミガメの安全のために車両の乗り入れは禁止されているはずですが…。



太平洋です。日光が眩しい!この辺りの海は遠州灘とも呼ばれています。





浜松市街地から近いので、いろいろな人たちが遊びに来ています。



帰りも防潮堤を乗り越えていきます。



帰りはメインルートで戻ってきました。こちらもなかなかの距離を歩かされます。





続いては、掛川市内まで移動して、掛川城へとやって来ました。

掛川城の大手門。再建された門で、現在は市街地の中に存在しています。



大手門から5分ほど川沿いに歩いていくと掛川城の本丸に着きます。本丸周辺にはポケモンGOのアイテムを集めにきたであろう群衆がスマホ片手にそこかしこにおりました。

こちらが掛川城天守です。本来の天守は1854年(嘉永7年)の大地震で倒壊。1994年(平成6年)に木造で再建されたものです。









こちらは最上階とそこからの掛川市街地の眺め。







続いては、掛川城御殿。こちらも本来の建物は1854年の大地震で倒壊しましたが、1855年(安政2年)から1861年(文久元年)にかけて再建されました。現存する数少ない城郭御殿建築ということで、国の重要文化財に指定されています。











最後にやって来たのは掛川花鳥園。母がテレビで見て、「行ってみたい。」との要望により立ち寄りました。

外観の写真を撮り忘れてしまったので、いきなりペンギンの写真からです(笑)。



ここは花鳥園の名前のとおり、花と鳥類がメインの施設のようです。

ペンギンの羽毛のアップ。まじまじと見たことがなかったのですが、なんか不思議な構造ですね。



ちょこまかと動き回っている姿を見ているとほっこりしてきます(笑)。



しかし、水中では敏捷なのだ(笑)。



なんかあらためてペンギンさん、好きになってしまいました(笑)。

天井から吊るされた花・花・花。



さらに奥へと進むと鳥を放し飼いにしている温室へ。



いろいろな鳥をすぐ間近で見ることができます。母が有頂天になってエサをあげまくっていました(笑)。





さらに奥の温室は中央部に巨大な長方形の池。



ここで、めったに動かないことで有名な鳥「ハシビロコウ」を初めて見ました。名前は「ふたば」で雌だそうです。



寝起きの機嫌の悪さを感じる…。別にそんなわけではないですが(笑)。



しかし、本当に動きません。こちらが動くのに合わせて目線を送って来たり、多少頭が動く程度でした。





あとは、写真が撮れた鳥を少々。











中田島砂丘を歩いて、掛川城を登って、すでにそこそこ疲れていましたが、ここでまた歩き回って珍しい鳥を見て興奮してさらに疲れてしまいました(笑)。



Posted at 2020/01/19 22:51:36 | コメント(2) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2020年01月13日 イイね!

名鉄三河線 旧西中金駅から広瀬トンネルまで

2020年1月13日月曜日、本日は名鉄三河線の旧西中金駅から広瀬トンネルの区間を歩いてみました。

最初にやって来たのは、旧西中金駅。現在は地元の方々が運営する喫茶店になっているようです。目の前を国道153号が通っています。



三河線の「山線」の終端駅である西中金駅までが開業したのは1928年(昭和3年)。計画ではさらに旧足助町の市街地まで建設される予定で、足助市街地の手前である現豊田市井ノ口町付近までは用地確保され、路盤や橋台が建設されていました。

しかし、その先、足助市街地までの用地買収が進まず、さらに景気悪化による資金難や戦争悪化などにより建設は停止。戦後も再開する目処が立たず、結果として西中金駅から延長できないままに2004年(平成16年)に廃止となりました。

駅舎やホームは、おおむね廃止時の状況を保っております。







まずは、ここから三河広瀬駅方面へ行けるだけ行ってみます。



レールは残されていますが、遊歩道として歩きやすいように路盤には硬く砂利が敷き詰められています。





ほどなく砂利敷きの工事のためか通行止めに。築堤下の細道を歩いていきます。



20パーミルの勾配標。



築堤は三河広瀬駅方面への山越えのため、右へと大きくカーブしていきます。



築堤の先にはトンネルがありますが、竹林の入口付近に金網が張られているため、このまま廃線跡を進むことはできません。



旧西中金駅まで引き返してきました。



駅の手前にある神社の参道に残る踏切の標識。



続いては、車で移動してトンネルの三河広瀬駅側の先にある跨道橋の跡に来ました。



西中金駅側のみ橋台が残っています。この橋台の脇から廃線跡へと上がって、西中金駅方面へと進みます。



いきなり猛烈な薮です。とは言え、冬なので雑草や葉っぱも少なく、木々をかき分けながら進むことができます。





先ほどは接近することができなかった力石トンネルです。延長は40m。



坑門とアーチ部分がコンクリートブロック積みになっているトンネルです。



昔はアーチ部分への場所打ちコンクリートは難しい技術であったそうで、ここの建設業者は施工が比較的容易なブロック積みを選択したのでしょう。



反対側まで目の前ですが、坑口はフェンスで塞がれているので引き返します。



引き返してくる時に気が付いた勾配標。先ほどの築堤にあった勾配標からここまでが20パーミル区間ということでしょう。



橋台まで戻ってきました。



道路を渡り、今度は三河広瀬駅方面へと進みます。



う~ん…、こちらはもっとひどい薮です。





枯竹まで折り重なって非常に歩きにくいので、線路上を歩くのは止めて、並行する平場を進みます。



薮が薄くなってきたところで線路上へと戻ります。



転がっていた碍子。日本碍子製ですね。「1952」とあるので、1952年(昭和27年)製でしょうか。



廃線跡が段々とぬかるんできました。目の前の土砂崩れのせいで、水が溜まってしまっているようです。



湿地帯と化した線路の上を泥に足を取られながら進んでいきます。



土砂崩れの現場に残っていた勾配標。ここから20パーミルの下り坂です。



広瀬トンネルが近づいてきました。右側の土管は線路内に沢水が流れ込まないように設置された排水管のようです。もう用を成していないようですが。



器具箱。中身は空っぽでしょうが、南京錠で施錠されていました。



通信ケーブルの配管でしょうか。蓋が外れていたところを覗くとケーブルが残っていました。



ようやく広瀬トンネルの前に着きました。延長は241mとやや長いトンネルです。



ここも坑門とアーチ部分がコンクリートブロック積みとなっています。



トンネル内は一直線です。過去に通り抜けた方の写真を見るとトンネル内は全てコンクリートブロックで覆工されているようです。



反対側もしっかりとフェンスで塞がれています。あの坑口の先には人家がありますからね。



ちなみに、トンネルの前も水浸しになっています。お勧めはしませんが、もし訪れるのならば長靴は必須です。



通り抜けできないのであれば長居は無用。これにて引き返します。



線路が通っているのが堀割りの底で周囲の山からの水が集まってくるのに、排水溝が詰まっているとなれば、逃げ場の無くなった水でこうなりますよね…。



橋台跡まで戻ってきました。



ついでに、ここの築堤下にある暗渠を覗きます。

現代では一般的なコンクリート造のボックスカルバートですが、この区間の開通は1928年1月なので、築92年は経過しているという立派な構造物です。





何となく天井が垂れ下がってきているように見えなくもない…。



全然詳しくないですが、築堤の重量をもろに受ける横桁がよもや無筋コンクリートということはないと思います。が、横桁のコンクリートの厚みがやけにぶ厚いのが気になります…。

ということで、だいたい2時間ちょっとくらいの時間で回ってきました。



このトンネル区間の前後は散策できるように整備されつつありますが、さすがにトンネルが開放されることはないでしょう。けっこうしっかりしていそうですが、一般開放するならきちんと検査しないといけないですからね。

Posted at 2020/01/13 23:09:05 | コメント(1) | トラックバック(0) | 名鉄三河線 | 日記
2020年01月04日 イイね!

高知城・室戸岬へ行ってきました

1月3日金曜日、弟と二人で高知県の高知城と室戸岬へ行ってきました。

自宅を1月2日木曜日の22時半過ぎに出発。

こちらは瀬戸中央自動車道の与島PA。到着は1月3日4時半過ぎ。まだ夜明け前なので、せっかくの瀬戸大橋からの眺めも闇の中でした…。





高松道、高知道と経由して高知県内の南国SAへの到着は6時半過ぎ。ようやく空が白んできましたが、まだ夜明け前です。



このまま南国SAで仮眠し、店舗が営業を始めたところで朝食。

隣の高知ICで高速を降りて、高知市街地にある高知城へとやって来ました。



こちらは入口にある追手門。1664年(寛文4年)再建。



大きな石垣。上は三ノ丸になります。



天守を見上げます。「あそこまで登るのか…。」という気持ちにさせてくれる光景(笑)。



二ノ丸まで登ってきました。こちらは本丸への通路となる詰門。1802年(享和2年)の建築。



建物の中はこんな様子。現在も本丸への通路として使用されています。



本丸側の出入り口。防御のために本丸とは段差が付けられていて、階段も屈曲しています。



逆光ですが、高知城天守です。



初代の天守は1601年(慶長6年)に建築されましたが、1727年(享保12年)に火災で焼失し、1749年(寛延2年)前後に再建されたもの。

建物内の順路としては最初に本丸御殿へ入ります。





本丸御殿の縁側をぐるりと回って、天守の中へ。







最上階とそこからの眺めです。











天守の見物を終えて帰路で通る黒鉄門。1730年(享保15年)の建築。



最後に三ノ丸からの天守です。



高知城の見物を終えて、次に向かうのは高知県の東南端の室戸岬。

その途中、姉から頼まれた土産物(出発後にメールで指示された(笑)。)を買うため、南国市内にある菓子店に立ち寄ります。



「浜幸」というお店で、本店は高知市内のはりまや橋交差点にありますが、車で市街地中心の店舗へ行くのは大変そうだったので(目の前の交差点は通過しましたが。)、隣の市まで移動したわけです。地元の人気店だそうで、そのお店でもそこそこの時間待たされることになりました。

さて、言い付けの御用を済ませ、高知市から国道55号を走ること遥々80km超。

室戸岬へとやって来ました。台風情報では必ず出てくる地名ですね。



山の上にそびえる室戸岬灯台。150mほどの高さにあります。



本当はぜひ行ってみたかったのですが、弟にあっけなく却下されました(笑)。

岬からの太平洋の眺望。地の果てなので、眼前には丸く見える水平線がただただ広がるのみです。





海岸一帯は褶曲作用を受けてあらぬ方向へとねじ曲がった岩がゴロゴロあります。



室戸岬のバス停。一応、やって来た証拠ということで。



太平洋を眺め立つ中岡慎太郎の銅像。



帰りはこのまま国道55号を徳島市まで走り、そこから高速道路に乗り、淡路島経由で帰宅するルートを取ります。

室戸岬からは私が運転していたので(笑)、おまけで最後に立ち寄ったのは、阿佐海岸鉄道阿佐東線の終着駅である甲浦駅。



新しく建設された路線なので地方路線に似合わない立派な高架駅です。





現在、DMVと呼ばれる、線路と道路を直通できるバスを運用するための工事をしております(現地を見て知りました。)。





まあ、この先の室戸岬方面へは費用のかかる鉄道での延長はせず、DMVで対応していこうということのようです。

ちょうど気動車が単行でやって来ました。



明らかに鉄道を乗りつぶしに来たなという方々が5~6名と地元の方が1~2名乗り込んでいきました。

甲浦駅を出発したのは15時40分頃。途中、眠気が酷くて仮眠したりしながらも(弟も一緒に仮眠しているので完全停車。)延々と国道55号を走行。神戸淡路鳴門道の淡路島南PAに19時30分頃到着しました。



この先の洲本ICから東浦ICで渋滞20kmとあったので、このPAで晩御飯と渋滞解消待ち(その間に仮眠。)です。

ようやく22時半頃にPAを出発。仮眠したのですが、1時間も運転しないうちにまた眠くなってきたので、明石海峡大橋のたもとの淡路PAで弟に運転交替。しかし、弟も眠気が出て二人揃って仮眠をしたりしながら、渋滞を迂回しつつ中国道、近畿道、西名阪道、名阪国道と移動。

翌1月4日朝5時過ぎにようやく東名阪道亀山PAへ。



ここで最後の運転交替をして、6時45分頃、やっと帰宅しました。

やはりですね、眠気に対する抵抗力というか我慢する力が衰えてきてますからね。眠気が来たら「ええっ、もうっ!」と言われながらも無理をせずに停まるわけです。夜間はひどいと1時間仮眠しても1時間しか運転できない。非効率ですがどうしようもないのです。危ない目に遭うよりは何度でも停まって寝たほうがいいと割り切ってます。だって、仕事や出張じゃないんですから(笑)。
Posted at 2020/01/04 22:30:04 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2020年01月02日 イイね!

12月31日から1月2日まで

年末から年始にかけての私の行動について(笑)。

12月31日は最終出勤日。駅には通勤客と思われる人はほとんど見当たらず、自分が乗車した車両には全く乗客がいませんでした。





片付け仕事で行ったので、仕事をしたのは4時間。半日休の申請書を提出して、上司からいただいた海苔巻きとパートさんからいただいたお菓子を食べて帰宅。



夕方からは弟の家で毎年恒例の弟とその友人杉浦くんとの忘年会。いろいろと鍋の材料やおつまみ、酒類を買い込んでいきましたが、結局肉やビールを残してしまいました。だんだん食べる量も飲む量も減ってきていますね…。

日にちが変わるまでだらだらと鍋をつつき、酒をちびちび飲むパターンでしたが、今回は21時半頃には鍋が撤去されました(笑)。



初詣は2年振りに岡崎城内の龍城神社へ。うさぎ汁と甘酒をいただきました。



1月1日は新城市作手のミニサーキットアルトでのサーキット走行。弟のランエボの助手席に同乗していただけですが、サーキット走行する車に乗るのが2年振り。標準のセミバケシートに4点シートベルトでは自分で体を支える必要もあり、とても疲れてしまいました(笑)。





弟に「ずっとラリーでコドラやってるじゃん。」と言われましたが、グラベルタイヤで公道を走るTGRラリーでは、そもそもサーキット走行並みの横G・縦Gがかかるわけもなく、あらためてその違いを実感しました…。

夜は家族集まっての新年会ということで自宅で鍋をつつきました。

1月2日は昼前から西尾市吉良の宮崎海岸まで母を連れてドライブ。



なかなかの強風が吹いていましたが、そんなには寒くなかったのは幸いでした。







あわせて海岸近くの丘の上に鎮座する幡頭神社を参拝。







国の重要文化財に指定されている本殿(1580年建築)。





三河湾を望める良い場所でした。

Posted at 2020/01/02 16:38:06 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記 | 日記

プロフィール

「煉瓦造りの水路トンネルと関西本線 蛇谷川橋梁 http://cvw.jp/b/1796277/45551516/
何シテル?   10/18 22:07
小林あにと申します。よろしくお願いします。 休日はドライブしたり、たまに廃線・廃道を歩いてみたり、ごくたまにミニサイズのラリーに出場してみたり、やる気がな...
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