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小林あにのブログ一覧

2020年01月13日 イイね!

名鉄三河線 旧西中金駅から広瀬トンネルまで

2020年1月13日月曜日、本日は名鉄三河線の旧西中金駅から広瀬トンネルの区間を歩いてみました。

最初にやって来たのは、旧西中金駅。現在は地元の方々が運営する喫茶店になっているようです。目の前を国道153号が通っています。



三河線の「山線」の終端駅である西中金駅までが開業したのは1928年(昭和3年)。計画ではさらに旧足助町の市街地まで建設される予定で、足助市街地の手前である現豊田市井ノ口町付近までは用地確保され、路盤や橋台が建設されていました。

しかし、その先、足助市街地までの用地買収が進まず、さらに景気悪化による資金難や戦争悪化などにより建設は停止。戦後も再開する目処が立たず、結果として西中金駅から延長できないままに2004年(平成16年)に廃止となりました。

駅舎やホームは、おおむね廃止時の状況を保っております。







まずは、ここから三河広瀬駅方面へ行けるだけ行ってみます。



レールは残されていますが、遊歩道として歩きやすいように路盤には硬く砂利が敷き詰められています。





ほどなく砂利敷きの工事のためか通行止めに。築堤下の細道を歩いていきます。



20パーミルの勾配標。



築堤は三河広瀬駅方面への山越えのため、右へと大きくカーブしていきます。



築堤の先にはトンネルがありますが、竹林の入口付近に金網が張られているため、このまま廃線跡を進むことはできません。



旧西中金駅まで引き返してきました。



駅の手前にある神社の参道に残る踏切の標識。



続いては、車で移動してトンネルの三河広瀬駅側の先にある跨道橋の跡に来ました。



西中金駅側のみ橋台が残っています。この橋台の脇から廃線跡へと上がって、西中金駅方面へと進みます。



いきなり猛烈な薮です。とは言え、冬なので雑草や葉っぱも少なく、木々をかき分けながら進むことができます。





先ほどは接近することができなかった力石トンネルです。延長は40m。



坑門とアーチ部分がコンクリートブロック積みになっているトンネルです。



昔はアーチ部分への場所打ちコンクリートは難しい技術であったそうで、ここの建設業者は施工が比較的容易なブロック積みを選択したのでしょう。



反対側まで目の前ですが、坑口はフェンスで塞がれているので引き返します。



引き返してくる時に気が付いた勾配標。先ほどの築堤にあった勾配標からここまでが20パーミル区間ということでしょう。



橋台まで戻ってきました。



道路を渡り、今度は三河広瀬駅方面へと進みます。



う~ん…、こちらはもっとひどい薮です。





枯竹まで折り重なって非常に歩きにくいので、線路上を歩くのは止めて、並行する平場を進みます。



薮が薄くなってきたところで線路上へと戻ります。



転がっていた碍子。日本碍子製ですね。「1952」とあるので、1952年(昭和27年)製でしょうか。



廃線跡が段々とぬかるんできました。目の前の土砂崩れのせいで、水が溜まってしまっているようです。



湿地帯と化した線路の上を泥に足を取られながら進んでいきます。



土砂崩れの現場に残っていた勾配標。ここから20パーミルの下り坂です。



広瀬トンネルが近づいてきました。右側の土管は線路内に沢水が流れ込まないように設置された排水管のようです。もう用を成していないようですが。



器具箱。中身は空っぽでしょうが、南京錠で施錠されていました。



通信ケーブルの配管でしょうか。蓋が外れていたところを覗くとケーブルが残っていました。



ようやく広瀬トンネルの前に着きました。延長は241mとやや長いトンネルです。



ここも坑門とアーチ部分がコンクリートブロック積みとなっています。



トンネル内は一直線です。過去に通り抜けた方の写真を見るとトンネル内は全てコンクリートブロックで覆工されているようです。



反対側もしっかりとフェンスで塞がれています。あの坑口の先には人家がありますからね。



ちなみに、トンネルの前も水浸しになっています。お勧めはしませんが、もし訪れるのならば長靴は必須です。



通り抜けできないのであれば長居は無用。これにて引き返します。



線路が通っているのが堀割りの底で周囲の山からの水が集まってくるのに、排水溝が詰まっているとなれば、逃げ場の無くなった水でこうなりますよね…。



橋台跡まで戻ってきました。



ついでに、ここの築堤下にある暗渠を覗きます。

現代では一般的なコンクリート造のボックスカルバートですが、この区間の開通は1928年1月なので、築92年は経過しているという立派な構造物です。





何となく天井が垂れ下がってきているように見えなくもない…。



全然詳しくないですが、築堤の重量をもろに受ける横桁がよもや無筋コンクリートということはないと思います。が、横桁のコンクリートの厚みがやけにぶ厚いのが気になります…。

ということで、だいたい2時間ちょっとくらいの時間で回ってきました。



このトンネル区間の前後は散策できるように整備されつつありますが、さすがにトンネルが開放されることはないでしょう。けっこうしっかりしていそうですが、一般開放するならきちんと検査しないといけないですからね。

Posted at 2020/01/13 23:09:05 | コメント(1) | トラックバック(0) | 名鉄三河線 | 日記
2019年10月22日 イイね!

名鉄三河線 旧枝下駅から旧御船川橋梁まで歩きました

10月22日火曜日、本日は即位礼正殿の儀に伴い祝日とされたためお休み。豊田市内に残る名鉄三河線の廃線跡を歩いてきました。

やって来たのは、旧枝下駅。平成16年(2004年)に廃止された区間になります。





以前に少しだけこの駅から廃線跡を歩いたことがありましたが、今回は行ける所まで跡を追ってみたいと思います。

駅からしばらくの間はレールの間に砂利が敷かれていて、散策できるようになっています。



名鉄の境界杭が残っています。



前に来た時には駅のホーム前で見かけたトロッコがこんな所に(笑)。



枝下用水第一樋門への入口を過ぎるとレール間の砂利は無くなり、普通の線路へと戻ります。





良い感じで堀割りをカーブしていきます。



24kmの距離標。知立駅から24km地点ということですね。



鬱蒼とした竹林の中を通り抜けます。



真ん中のレールは脱線防止用のものでしょうか。



曲線標。半径300mのカーブです。



カーブを立ちあがるとやや長い直線区間。





道床に残っているバラストは昔ながらの玉砂利。今は石同士の噛み合わせの良い「砕石」が使われています。



レールの継ぎ目。



前方が明るくなってきました。



明るくなってくると、はびこってくるのが雑草…。





この辺りから長い堀割り区間になります。



日陰で堀割りの底なのでじめじめしています…。



名前は知りませんが、いかにも水辺に生えていそうな草。





勾配標。上り5パーミル(1000m進むと5m登る坂。)ですね。文字がくっきり残っているのは日陰が幸いしているのかもしれません。



草むらをかき分けて進みます。



この辺りの動画です。



続いて下り20パーミルの勾配標。



線路の真ん中に木が生えています。そこそこ太いので、廃線直後から育っている木かもしれません。



ふたたび明るい場所へと出てきました。



踏切の跡です。「三河御船4号」踏切ですね。





踏切跡の先にあるセイタカアワダチソウの草原を突っ切り、廃線跡の続きを追います。



線路内に泥が流れ込んできて埋まりかけています。何度も大雨があるとその内埋もれてしまいそうです。



ここも線路内に若木が育ってきています。





正面に虎柵が見えてきました。



旧御船川橋梁です。



だいぶ色褪せしてきています。



知立駅側から5番目の橋桁ということでしょう。



木々が密生していて先が見通せません。目の前には東海環状自動車道の高架橋が跨いでいっています。





さすがに廃鉄橋を渡るわけにはいかないので、ここで引き返すことにします。





踏切跡の前に広がるセイタカアワダチソウの草原。ちゃんと踏み跡が付いていて、同業の方々が幾人も通り抜けていることがよくわかります(笑)。



帰りはまず5パーミルの下り。



続いて20パーミルの下り。貨物列車が走っていた時代もあったので、20パーミルはきつかったでしょう。



堀割り区間を抜けて、倒木を跨いで戻っていきます。



行きに見落としていた23km1/2の距離標。雑草を払っていたらペイントの一部が剥落!びっくりしてここまでにしておきました。



草に埋もれる線路。これも廃線跡の醍醐味です。



どんな山奥でも見かける「地籍調査」のリボン。なかには「どうやってあんな場所にくくり付けたんだ!」という所にぶら下がっていることもあります(笑)。



枝下用水第二樋門への入口の標識。この場所から0.4kmとあったので、行くことは止めました。しかし、廃線趣味者でもないとここまで入り込んでこない気が…。



枝下用水第二樋門入口から先の動画です。



レールがカーブしていく景色もいいですね(笑)。



線路にカント(傾斜)が付いていることがよくわかります。





砂利敷きの所まで戻ってきました。



トロッコにも再会です。



旧枝下駅が見えてきました。かつては、左側の工場に沿って引込線があり、木節粘土(耐火物や陶磁器の原料。)を出荷していたそうです。



旧枝下駅到着です。



初めは普段履きの靴のまま行くつもりでしたが、最近買い替えた長靴の試し履きをしようと思い、履き替えて向かったのは結果オーライでした(笑)。

あと、やぶ蚊が多くて何か所も刺されたことと、草むらを突っ切ってひっつき虫だらけになったのも参りましたが、これは廃線歩きの付き物ですからね(笑)。

架線柱は徹底的に切り倒されていましたが(ディーゼル化時点で切ったのかな?)、レールを含め思っていたよりもいろいろなものが残されていて、なかなか歩きがいがありました。

Posted at 2019/10/22 20:09:10 | コメント(0) | トラックバック(0) | 名鉄三河線 | 日記
2019年08月22日 イイね!

名鉄三河線 三河知立駅で遊んできました

今日は夏休み2日目。といっても、平日の休みは何があるのかわからないので(職場からね。)、遠出する気もなく、近場で暇をつぶすパターンが多くなってしまいます。

昨日は、知多郡武豊町の廃線跡へと行ってきましたが、本日は名鉄三河線の三河知立駅へ行ってきました。車でですけどね(笑)。

今日も車の車外温度計が37℃とかいう暑さでしたが、知立駅前の市営駐車場に車を停めて(三河知立駅にはコインパーキングがないので。)、タオルで汗を拭きながら徒歩で向かいます。

最初にやって来たのは、三河八橋駅方にある三河線と名古屋本線の連絡線跡。貨物列車などが行き来した短い路線でしたが、1984年(昭和59年)に廃止されました。



駅構内に少しだけ線路が残っています。



かつての線路跡は駐車場になっています。



踏切跡にだけ複線でレールが取り残されています。



踏切跡の先の線路跡には住宅が建っているので迂回。迂回した先は、整地されて痕跡は何もありません。



名古屋本線との合流地点に来ました。電車を真正面から撮影するには良い場所です。



ふたたび三河知立駅へと戻ってきました。三河八橋駅方の踏切です。踏切の注意標識が機関車マークのままです。



適度に草生しているところがいい感じ。





側線が多いので保線用車両の滞泊に使われているようです。



知立駅方のポイント。ランプ部分がやや首を傾げていますね。



知立駅方の踏切から駅に進入する電車を撮りました。



ここでやっと駅舎に来ました。昔の駅舎は木造平屋の立派のものでしたが、今は名鉄の無人駅で標準的な雰囲気の駅舎です。





駅構内のポイント。



一周して三河八橋駅方の踏切まで来ました。



ここにあるポイントは電気転轍機と呼ばれるタイプのものですね。



知立行きの電車がやって来ました。



この駅で知立行きと猿投行きが列車交換します。三河線はワンマン対応の6000系に統一されてしまったので、見る側としては面白みに欠けますね。



駅の外周を一周したので、今度はホームへ入ろうと思い、自動券売機を操作してみたところ、入場券のボタンは無反応。販売していないようです。

このまま帰るのもありでしたが、せっかくなので名古屋本線知立駅まで歩いていき、電車に乗って三河知立駅のホームへと降り立ちました。



駅間0.7kmなので、苦になるような距離ではありませんですしね。

ホーム屋根は木造の古めかしいもの。現在使用中のホームには2番ホーム、3番ホームの番号が付されています。



1番ホームは写真右側のホームですが、永らく使用されていないようです。



現在の名古屋本線知立駅が1959年(昭和34年)に開業するまでは、付近の名古屋本線上に設置されていた(旧)知立駅まで、このホームから連絡通路が設けられていました。

ホーム上からポイントを眺めます。日常的には使用されていないためか、特に手入れもされていないようで、矢羽根の部分の塗料が剥げてきています。



三河八橋駅方の出発信号機。この駅は上下線と待避線の3線に両方向とも出発信号機が設置されていて、どの線路からでも両方向に出発可能のようです。



三河八橋駅方を遠望。



右方向へとカーブしていく線路が、かつての連絡線です。



旧1番ホームは2両編成の長さしかない昔ながらのホームですね(使っていないので当然ですが。)。



知立駅方の遠望です。信号機がある右カーブを曲がれば、すぐに知立駅です。



ということで、三河知立駅でした。



駅舎は改築されてしまっていますが、貨物も取り扱っていた昔の三河線の駅構内・配線の雰囲気をよく残している駅です。私が小さい頃は、三河線にはこんな感じの駅がけっこうありましたが、駅構内がどんどん整理・縮小されて、小ぎれいでこじんまりとした駅ばかりになりました。

三河知立駅も早晩、知立駅周辺の連続立体高架事業により移転することが予定されていて、また一つ昔ながらの駅が消えることになります。
Posted at 2019/08/22 20:58:54 | コメント(0) | トラックバック(0) | 名鉄三河線 | 日記
2014年11月15日 イイね!

名鉄三河線廃線跡を歩く(矢作川橋梁から広瀬トンネル近くまで)

近所のGSでの話に不安を感じつつも、このままドライブしようかと東海環状道豊田東ICから高速へ。鞍ヶ池PAで小休止して、コンビニおにぎりを食べます。

ついでにボンネットを開けて、匂いを嗅いでみるとひとまず治まった様子。

ふたたび本線に戻り走り始めたところ、ロックが甘かったのかボンネットが半開きに。きちんと確認したのに…。

やむなく次の豊田勘八ICで下りてボンネットを閉め直します。

高速を下りてしまったので、近くの矢作川に残る名鉄三河線の旧矢作川橋梁を見に行くことにしました。

ドライブで何度も付近を通ってますが、通過するだけだったので、訪れるのは初めてです



橋の手前に出ましたが、木や竹で見通しは利きません

鉄橋と反対側は線路が続いています。



線路があれば跡を辿りたくなるもの。三河広瀬駅跡へと歩いていきます。



線路敷きは手入れをされているのか、営業時の状態とあまり変わりありません。



三河広瀬駅跡に到着。



ホーム下では、どなたかが線路に人形(フィギュア?)を置いて熱心に撮影中。遠巻きに写真を撮らせてもらいます。



ここから先は、以前はフェンスが張られて立ち入れそうにありませんでしたが、撤去されていて注意書きも一切なし。



せっかくなので、行ける所まで進んでみます。



この区間も線路や標識などが当時のままに残されています。









次の踏切跡にたどり着くと鉄棒でつながれた虎柵が。



ここで線路敷きを歩くのをやめて、線路沿いの道を歩いていきます。



道路脇に2CVの廃車体。



迂回しながら廃線跡を追っていくと線路だけが山中へと入っていきます。



まもなくトンネルがあるはずですが、今回はここまで。日も陰ってきて肌寒くなってきたので、車へと引き返しました。



探険っぽい廃線歩きもおもしろいですが、散策気分で気楽に歩ける廃線跡もいいものです。

Posted at 2014/11/15 19:06:17 | コメント(1) | トラックバック(0) | 名鉄三河線 | 日記

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「矢ノ川峠昭和道の再訪・高尾谷隧道・旧土場隧道 http://cvw.jp/b/1796277/45663309/
何シテル?   11/28 20:12
小林あにと申します。よろしくお願いします。 休日はドライブしたり、たまに廃線・廃道を歩いてみたり、ごくたまにミニサイズのラリーに出場してみたり、やる気がな...
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