今日は、岐阜県恵那市と上矢作町の境、国道257号の旧道にある木之實隧道と国道の旧旧道にあたる木ノ実峠への林道へ行ってきました。
まずは恵那市岩村方面からトンネルに続く旧道を登っていきます。トンネル前まで車で入ってこられましたが、道中は実質的には廃道と化していました。
木之實隧道です。開通は昭和6年(1931年)で延長は153m。現在供用中の新木ノ実トンネル(延長:1350m)が昭和63年(1988年)に開通して旧道になりました。
高さ制限3.3mなので、荷台が箱型の大型トラックや大型バスは通過困難だったでしょう。トンネル前後の狭くて急坂な旧道を含め、新木ノ実トンネルが開通するまでボトルネックになっていたと思われます。
昭和戦前期のトンネルということで坑門はコンクリート製。
デザイン的には非常に簡素なというか、アーチ形状に合わせて線刻が施されているだけの味も素っ気もないものです。飾り立てていないのは、この程度のトンネル掘削は明治・大正期と違い、普通の建設工事になってきた証と言えるかもしれませんし、のっぺりと単調なのはコンクリート製ならではのものとも言えるでしょう。まあ、装飾に凝った坑門にするほどの予算がなかったのかもしれません。
では、せめて扁額が立派なのかというと、アーチ頂上部に小さな金属製プレートで付けられているだけ。現代のトンネルの方が立派なくらいです。
扁額には「木之實隧道岩村口」と「昭和六年八月三十日」とあります。
トンネル内へと入っていきます。内部はコンクリート吹付。壁面が凸凹しているので、元は素掘りだったのかもしれません。
ただ、コンクリートが剥落している部分にコンクリートの巻き立てが見えている所があるので、部分的には巻き立てをしていたのでしょう。
反対側へと来ました。
上村口坑門です。「上村」は合併して上矢作町を構成した村の一つです。
こちら側もトンネル手前で鎖を掛けられ、車両は入れなくなっています。
車まで戻ってきました。Uターンして次の目的地へと移動します。
ところで、トンネルまで登ってくるのに一番困ったのはこの倒木でした。何とかギリギリ通り抜けられたので良かったですが。
路肩に残されていた距離標。かつて国道257号であった証です。
以前は国道標識自体が1か所残っていましたが、今回チェックした限りでは無くなってしまっていました。
さて、次にやって来たのは同じ旧道内にあるこの分岐。
直進が旧国道、左斜めへとそれていく道が木之實隧道が開通するまで利用されていた木ノ実峠への峠道です。これから左斜めの道を歩いて木ノ実峠を目指します。
分岐してすぐに4連のヘアピンで高度を稼いでいきます。
この旧旧道は現在も林道として使用されているため、歩いていく分には通行に支障がある所はありません。
土留めの古い石垣です。この先もこのような石垣が点在していることが、数少ない見どころと言えるでしょう。
小さな沢に石組みの暗渠が残っていました。押し潰されたのか石板が傾いています。
中は大丈夫のようです。
沢頭が近づくとヘアピンで回り込んで隣の山肌へと移り、できる限り緩い勾配で峠を目指して登っていきます。
分岐に来ました。ここは右折します。目印は右折した先にある古い石垣。
大きな土のう袋で路肩が補修されています。土のう袋の前後は元々あった石垣が残っていました。
等高線のように縞模様が入った水たまりの氷。
木ノ実峠の真下まで来ました。林道として利用されているのはここまで。旧旧道は右へとカーブしていきます。
カーブの先は木々の密生地帯。真夏だと絶対に通り抜けできないでしょう。
ここからまた連続ヘアピンになりますが、ヘアピンを串刺しするように小さな沢があり、それぞれの道路下に石組み暗渠が残っています。
一つ目のヘアピンです。
ヘアピンの先も木々で旧旧道が塞がれています。
その右横にある石組み暗渠。
二つ目のヘアピン。
二つ目のヘアピンの先は木々が少なく、道形がわかります。
三つ目のヘアピン。
この先からぬかるみがひどくなってきます。
ぬかるみ地帯を抜けると道形が鮮明になってきます。
ようやく木ノ実峠に到着しました。写真を撮りながらなので、車から1時間ほどかかりました。
峠の頂上部にある立派な石垣の土留め。峠の前後の旧旧道は往事の雰囲気をよく残しています。
峠の先にも旧旧道は続いています。
あまり進んでも戻ってくるのが大変なので、5分ほど進んだところで引き返しました。
峠まで戻ってきました。いわゆる「明治車道」の古い峠道をいくつか歩いてきたことがありますが(6か所程度ですけどね。)、石組みの側溝まで設置されている道は、この峠でしか見たことがありません。
この時点で14時半を回り、辺りも徐々に日が陰ってきました。速やかに車へと戻ることにします。
帰りはヘアピンを辿らずにショートカット。
速やかに戻ると言いながら、目に付いた場所へ最後の寄り道(笑)。
ヘアピン区間の一番下の道路の土留めの石垣と石組み暗渠。
ヘアピン区間へ入るカーブにある沢。今は土管が埋まっていますが、左右の石垣の積み方からして元は小さな橋が架かっていたと思われます。
このあとはひたすら歩き詰め。日が当たらなくなってきたので、段々と空気が冷たくなってきていますが、峠をクリアしての下り坂の帰り道で距離も何kmもあるわけではないので、割と気楽に歩いています。
麓側のヘアピン区間までくれば一安心。
帰りは30分ちょっとで戻ってきました。
この旧旧道の峠を歩くのは2回目でしたが、前回訪れたのが2010年3月なので9年9か月ぶり。どこから入り込んだのかもすっかり忘れてしまい、そのために行く予定ではなかった木之實隧道まで登ってしまったというのが真相です(笑)。
細かいことはさておき、山の中の廃道や廃線跡を辿って一人もくもくと歩くのは、余計なことを考えることもないので、自分にとっては良い気分転換になりますね。