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2020年03月28日

豊田市久木町の石アーチ橋と中畑峠切通し

今日は、午後から豊田市久木町に残る旧飯田街道の石アーチ橋へと行ってきました。

石アーチ橋の近くに車を駐車する適当な場所が無かったので、600mほど離れた豊田市新盛町の新盛小学校西交差点横の余地へ停めました。


こちらは駐車した車の先に見えていたお寺で、大鷲院(だいじゅういん)といいます。


お寺の山門には、山岡鉄舟(幕末の江戸城無血開城に功績があった人。他にもいろいろと逸話がある方のようです。)が揮毫した「正法」という額が掲げられています。




寄り道はここまでにして、豊田市久木町にある国道153号と旧道との分岐点へとやって来ました。


旧道には赤茶色に錆びたガードレールが残っています。石アーチ橋はガードレールの下にあります。


しかし、川へと下りられる場所に門が付けられていたので(以前は無かった。動物除けのものですね…。)、仕方なく大きく迂回して川の中を歩いてきました。




旧飯田街道の石アーチ橋です。名称は不明です。足助(現豊田市足助町)から稲橋(現豊田市稲武町)までの旧飯田街道の改修工事が行われたのが1895年(明治28年)から1898年(明治31年)にかけてなので、同時期に架橋されたものと思われます。


ちなみに、この橋のことは足助町誌には記述がありませんでした。石アーチ橋はこの地域ではほとんど見かけることがないので、当時は大変珍しいものだと思うのですが…。

同じ愛知県内で新城市内に残る旧伊那街道の石アーチ橋を掲載していた愛知県教育委員会編「愛知県近代化遺産(建造物等)総合調査報告書」や土木学会出版の「日本の近代土木遺産ー現存する重要な土木構造物2800選」にも掲載されていません。

垂れ下がる枯れ枝が邪魔だったので取っ払ってみましたが、あまり変わりませんでした。剪定ばさみが必要ですね(笑)。


ちょっとわかりにくいですが、アーチ環の部分には盾状迫石が用いられています。


実際のところ、橋というよりは石積みの暗渠です。湿気で石の表面には苔が生えています。


形状が半円形なので、側壁部分は低くなっています。


石アーチはあくまでも旧飯田街道の部分だけで、現在の国道153号が通過している部分はコルゲート管になっています。


石材の表面は、びしゃん仕上げにされています。


この川幅なら普通の木製桁橋でも十分な気もしますが、石アーチで造られたおかげで開通当初のままの姿が残ったとも言えるでしょう。


こうして眺めていると、やはりアーチの上の低木や雑草を刈り払いたくなりますね。きれいになるし、保存のためにも良いはず。勝手にやってしまうと不審者ですが(笑)。


川から上がって(もう大回りは面倒だったので、門を通らせてもらいました。)、足助側の合流地点に出てきました。


次にやって来たのは、合流地点のすぐ近くにある中畑峠の切通しです。


この切通しは、前後の状況からするとあまり峠を越えるというイメージがありません。最近、足助町誌を読むまで、ここが名前の付いた峠ということも知りませんでした。

元々、旧飯田街道のうち、足助の街から豊田市平沢町までの区間は、現在の愛知県道366号のルートを通っていました。

そして、旧飯田街道を車道(馬車や荷車が通行できる道)に改修する計画が持ち上がった際に、狭い谷の山腹を通っていた旧ルートよりも、現在の国道153号ルートの方が谷が広くて平坦地を確保しやすい(車道は道幅が必要なので。)とのことで、1895年(明治28年)から1898年(明治31年)にかけての改修工事の際に街道のルートが変更されました(変更した区間は、当時の村名から「大和線」と呼ばれた。)。

このルート変更の際に難関であったのが、ここ中畑峠の切通し建設だったわけです。

事前にトンネル掘削と比較検討されたようですが、トンネルが掘削された伊勢神峠と違って、中畑峠は切通しとされました。おそらくトンネルを掘削する必要があるほど中畑峠の山塊は厚くはないと判断されたのでしょう。

愛知県は切通しの建設工事を地元の村(新たな街道ルート「大和線」の沿線となる村々でしょう。)へ割り当てました。工費の地元負担もあり、県費が8割で、村費が2割だったそうです。

地元の村々は村請工事として1895年(明治28年)に着手しましたが、伊世賀美隧道がそうであったように、この峠も地質が悪くて工事が難航。計画の3分の1しか進んでいなかった時点で工事予算が尽きてしまったそうです。やむなく1896年(明治29年)11月から愛知県の直営施工へと変更し、1898年(明治31年)に無事竣工しました。

切通しの斜面に付いている道を登っていきます。切通しを見回してみると道路面から山の尾根までけっこうな高さがあることがわかります。




おそらく、これという技術やノウハウもなく人海戦術で工事に当たったのだと思いますが(愛知県技師の監督はあったでしょうが。)、山間の村々が寄り集まってこの山を掘り下げていくのは大変な労苦だったでしょう。

切通しができる前の峠道の名残りと思われる道があったので辿ってみました(ルート的にはおかしくない。)。


写真の真ん中辺りを横切っていきます。


足助側は墓地で道が途絶えていましたが、そうでなければ山肌に沿って国道153号へと出られたでしょう。

ついでなので、切通しの反対側の斜面にも登ってみました。高い擁壁の中腹まで登りますが、国道とけっこうな高低差があります。手すりが付いていなかったら登らなかったでしょう(笑)。


こちらも山肌に沿って徒歩道が付いていて、こちらは国道まで出ることができます(面倒だったので下りませんでしたが(笑)。)。

山腹から見下ろした「お食事処花の木」の看板とトレードマークのニワトリの像。ここは通るたびに車がたくさん停まっているんですよね。


今回、切通しを歩いてみたのは何か当時の遺構が残っていたからではなく、ただ歩いて現場を確認してみたかったというだけです。

しかしながら、明治時代の旧飯田街道の改修工事については、相当な規模の工事だったはずですが、改修記念碑(またはそれに類似した碑など。)があるということを全然見聞きしません。起終点の足助か稲武か、工事のハイライトであった伊勢神峠にでも建っていそうなものですが…。それでなくとも、普通、伊世賀美隧道くらいには隧道開通記念碑があったっておかしくない。

なぜでしょうかね?当時の愛知県庁はそのようなものを設置する習慣がなかったのでしょうか?自画自賛しても良い出来事だと思うんですけどね。
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Posted at 2020/03/28 22:28:38

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