2022年7月16日土曜日、福島県福島市飯坂町中野の旧国道13号「萬世大路」に残る「二ツ小屋隧道」と「烏川橋」を訪れ、その足で、「二ツ小屋隧道」から「新沢橋」へと至る廃道区間も歩くことにしました。
その(1)で短い区間残っていた萬世大路の「明治道」を通り抜け、車を駐車してある東栗子トンネル前へと抜け出る作業道との分岐点に来ましたが、このまま萬世大路を直進していきます。
降り続いていた雨は上がりましたが、雨のおかげで道跡には水が流れ、ところどころ泥でぬるぬるになっています。
作業道から入り込んでの序盤。まだ道跡には轍が残っています。
轍が消え、道跡全体に浅く土が被ったようになってきました。
濃い草むらが現れました。まあ、足元にうっそうとしているだけなので、ひとまず進んでいくことにします。
場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。
草むらの先には沢があり、見たところコンクリート製の簡素な橋が架かっていました。念のために、橋の左右やたもとから覗き込んで、穴が開いていないか確認。問題なさそうなので、橋を渡っていきます。
橋を渡った先も轍は消えてしまっています。
道跡が泥でぬたぬたになっています。うかつに足を置いたら予想以上に滑り、転びそうになりました。
この場所の山側には階段があり、後述する「殉職警察官之碑」が立てられていたようです。
分岐点から1つ目のヘアピンカーブを曲がっていきます。自動車道へと改修されたこともあり、「明治道」のヘアピンカーブに比べて、緩い曲率半径になっています。
場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。
頭上が開けている場所は地面まで日光が届くので、どうしても濃い草むらになってしまいますね。
2つ目のヘアピンカーブ。
路上を小さな川が流れています。この水の流れと泥場と草むらを右へ左へと避けながら進んでいきます。
道跡の右側から3分の2が草木に覆われています。全然見えませんが、道跡が軽く崩落しているのかもしれません。
右下に道跡が見えてきました。直にヘアピンカーブが現れそうです。
3つ目のヘアピンカーブです。
先ほど見下ろしていた場所を見上げます。
雨は止んでいますが、路上を流れる水の量が増えてきています。
4つ目のヘアピンの山側に擁壁があります。
石を「谷積み」したものですね。隙間(目地)もコンクリートで埋められたポピュラーなタイプですが、ここまでほとんど人工物を見かけていなかったので目を引きます。
4つ目のヘアピンカーブ。
ぬたぬたの泥場を越えていきます。とはいえ、ここまでの区間は歩きやすい廃道と言えます。身をよじりながら薮をかき分けて進む廃道を思えば、快適な散策路です。
5つ目のヘアピンカーブへとやって来ました。
場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。
このヘアピンカーブの頂点からは、ふたたび「明治道」が分岐していきます。私はこのまま「昭和道」を進んでいきます。
今さらですが、周りは新緑のような鮮やかさに彩られています。本当に落葉樹の森は心地よいです。これが愛知県の山中だともっと濃い色のような気がします。
6つ目のヘアピンカーブ。
ようやく眼下に国道13号が見えてきました。
道幅が広く取られています。そして山側には石積みの擁壁。ここの擁壁は目地を塞いでいない「空積み」ですね。
「殉職警察官之碑」が見えてきました。この碑は、明治21年(1888年)1月に福島警察署飯坂分署二ツ小屋巡査駐在所勤務の警察官が、飯坂分署から駐在所への帰途の際に雪により遭難したことにちなむ慰霊碑だそうです。
ようやく「新沢橋」に到着しました。草に覆われていて、親柱が1基見えるだけです。
場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。
草むらを通り抜けていきます。
橋上に出ました。橋の上からでは何の変哲もない風景しか見えません。
元々の高欄は撤去されてガードレールに付け替えられています。そのガードレールも支柱が四角の古いタイプですが。
床版に大きな穴が開いています。コンクリートの厚みが薄いですね。それから鉄筋もまるで針金のよう…。昭和戦前期に建設された橋梁ですから、現代のような大型車やトレーラーなど、優に10トン以上を積載する重量車両が通行することはまったく想定していないはずですからね。
穴の脇を通り抜けて、対岸へと来ました。ここで旧国道13号は右折していきます。そして、山の中で分かれていった「明治道」がここへ合流してきます。
こちら側の親柱はボロボロ。銘板は外されていました。
橋から右折した先の眺め。もうしばらく廃道は続いているようですが、今回は新沢橋で引き返しました。
せっかくなので、「明治道」へ少し入り込んでみます。
すぐに小さな沢にぶつかり、大きな石積みの橋台が残っていました。この橋台の先も、いろいろな方たちが踏査して、内容をインターネットにアップしています。
「新沢橋」の眺め。深い谷を渡るため、コンクリート造りのアーチ橋です。床版に大穴が開いているので、そう遠くないうちに渡れなくなるかもしれません。
今回の探索はこれにて終了。慰霊碑の前から伸びる参拝用の小径を通って、国道13号へと下ります。
「新沢橋」から歩くこと約1km。車を駐車してある東栗子トンネル前の駐車帯へと戻ってきました。
その(1)とその(2)で歩いたルート図です。青色の線になります。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。
こちらは今回歩いた全体のルート図です。歩いた距離は8.6km、時間は3時間半かかりました。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。
あいにくの天気の中でしたが、約14年ぶりに「萬世大路」の遺構を見たり廃道を歩いて、少しスッキリしました。廃道歩きを始めた頃に1回歩いただけでしたから、「いつかは再訪しないと。今までいろいろ経験した目線で、もう一度歩いてみたい。」という気持ちがありましたからね。
まあ、「萬世大路」の本命は、「二ツ小屋隧道」から「栗子隧道」へと至る区間で、それを考えるとまた出直しする必要はあるわけですが、雪が降る前の晩秋に訪問できたらいいですよね。
それが今年になるのか来年になるのかそれ以降なのかはわかりませんが(笑)。