2023年2月4日土曜日、愛知県北設楽郡東栄町川角にある林道小田線の川角トンネルを訪れ、このトンネルの横にある短い廃道を歩いてきました。
場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。
この廃道について検索すると、2013年と2015年にアップされたレポートを読むことができます。最初に訪れた方は「トンネルある所、旧道・廃道あり」という気持ちでやって来たのでしょうね。
大千瀬川に架かる国道473号の橋「川角橋」を眺めています。この橋のたもとから分岐して林道小田線に入りここまで来ました。橋からそんなに距離は離れていませんが、けっこうな高さまで上っています。
川角トンネルです。1979年(昭和54年)3月の竣工でトンネル延長は60.00m。ご覧のとおりのごく一般的なコンクリートトンネルです。
それでは廃道へと向かいます。トンネルの直前から川側を見下ろすと廃道が見えています。トンネルとガードレールの隙間から下へと滑り込んで、廃道へと降りていきます。
進行方向とは逆方向を向いています。こちら側には、今回歩いた廃道よりも古い時代の「へつり道」の名残りではないかと言われる平場を見ることができます。
それでは今回の目的である廃道へと向かいます。というか、すぐ目の前がこの状況になっています(笑)。
短いですが「片洞門」というものですね。通行するスペースだけ削り込んで、上部に岩盤がひさし状にせり出した状態の道を言います。せり出した頭上の岩盤を片側だけで支えているので「片洞門」なわけです。
この方法でしか道を通すことができない絶壁ですが、道幅がしっかり確保されているおかげで、特に不安を感じることはありません。
絶壁の道をさらに先へと進みます。
最初の「片洞門」に比べると岩盤のせり出しは少ないですが、同じように道路部分を削り込んでいます。
道を塞ぐように倒木があります。ここは右側の壁際を通過していきます。
ここも不安にならない程度の道幅が残っています。
岩盤は上下で時代や種類が違うのか、明確なラインが入っています。
道がくびれている部分から大千瀬川を見下ろします。高さは20mから30mくらいはあるでしょうか。
見通しが効く範囲では崩落している箇所は無いようです。
もしも道幅が残っていなかったら、こんな高い場所は歩けませんね(笑)。
この場所、路面の川側半分がたわんで見えます。そして真ん中には穴も開いています。
どうやら木製の桟道のようです。材木が腐ってきて路面の重みに耐えきれなくなり、たわんできているのでしょう。
こういう場面を見ると思い切り疑心暗鬼になります。少しでもリスクを減らすため、一番壁際へと寄って通過します。
ちゃんとした路面へと戻ったようでヤレヤレです。
安心したのも束の間、崩落箇所が現れました。道幅が狭くなっています。
一番狭いところで40cmから50cmくらい。地面はしっかりしているようなので、「落ち着いていけば問題ないだろう。」と判断。足元に注意しながら進んでいきます。
難所を越えると道幅が本来の幅へと戻ってきました。
山側の壁面が大きくえぐれています。素人目には砂が固まっているだけのように見えます。これでは崩れやすいのもうなずけます。
林道の橋が見えてきました。
橋の手前に昔の橋台跡と思われる石積みがあります。
トンネル前へと出てきました。
トンネル前から廃道を振り返るとこんな様子です。
橋から廃道を眺めると、路肩を石積み擁壁で固めてあることがわかります。
トンネルから先の林道の周囲にも古道の痕跡がないか確かめに行ってみます。
300mほど進んでみましたが、それらしい痕跡は見つかりませんでした。おそらく林道とルートが重なっているのでしょう。
場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。
トンネル前まで戻ってきました。
また廃道を通って車へと戻ることにします。
「往路」ではスルーしましたが、廃道に付き物の蜂の巣箱があります。巣箱が置かれている辺りは石垣が半円形に積まれており、元は炭焼き窯があったようです。
路面が崩落している場所まで戻ってきました。
間近まで行くと、「往路」ではさほど視界に入らなかった足元の「高い崖」が、こちら側から見るとどうしても視界に入ってしまい、気持ちが動揺してしまいます。
ほんのわずかな距離を写真に描いた矢印のように進むだけのことですが、心に一度動揺を覚えてしまうとなかなか進む勇気が持てません。「ここを通過しないと絶対に帰れない。」という状況であれば進めたのでしょうが、この場面は無理せずとも素直に引き返せば、トンネルを通って車へと戻ることができます。
結局、無理をせず引き返して、トンネルを通過しました。
また引き返した場所へと戻ってきました(笑)。やはり、こちら側からだと川まで真っ逆さまに落ちている崖を見ないですむので、心持ちが違いますね。
「復路」方向で眺めた廃道の写真です。
木々に遮られて見にくいですが、対岸の「へつり道」をもう一度。ここを歩いた動画がYouTubeにアップされていますが、私には絶対に無理です。動画見ているだけで身震いしました…。
最後に林道の擁壁をよじ登り、車へと戻りました。
今回のルート図です。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。
60mのトンネルを迂回するような形の廃道なので距離自体はわずかなものですが、いろいろな要素が詰まっていて楽しむことができました。誰かのレポートを読むだけでは得られない実体験を味うことが、二番煎じでも現地を探索することの醍醐味ですから。動揺もしましたけど、これも実体験。まあ、高い場所が苦手なのだけは、本当にどうしようもないですけどね(笑)。
あとは戦前の地形図。川角の集落と奥三河の幹線である別所街道(現:国道151号)を結んでいた道が載っています。集落にとって重要な道だからこそ、険阻な場所であってもあれだけの道を通したのでしょう。

※5万分の1地形図「本郷」:明治41年(1908年)測図・昭和5年(1930年)鉄道補入・昭和7年(1932年)発行。