2023年3月21日(火)春分の日、姉が「京都へ行きたい。」と言い出したので、母を連れて3人で京都市左京区にある鞍馬寺へと出かけてきました。鞍馬寺を訪れるのは母は初めてですが、姉と私は2回目。前回来た時は兄弟3人で来ましたが、もう何十年前のことか…。
鞍馬寺の周辺図はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。
山門からそのまま参道を登っていくのは厳しいので、ケーブルカーで中腹まで移動。ケーブルカーに乗るような事はめったにないので、写真を撮っておきたかったのですが、順番が来て待合室を出るとそのまま車両へ乗り込むように促されたので、やむなく断念しました…。ちなみに、ここのケーブルカーは鞍馬寺が運営しています。
ケーブルカーに乗り、山門駅から多宝塔駅へと移動。そこからしばらく歩いていくと参道へと合流します。
こちらは参道の石階段。この急階段を登ってくるのはキツイですからね(笑)。
合流地点にあった小さな石橋。大正4年(1915年)の銘が彫られています。
この先は急階段を登っていくしかないので、母にも頑張ってもらいます。
休み休みしながら鞍馬寺の本殿へと到着しました。
本殿の前には円形に敷かれた石畳(六芒星がかたどられているそうです。)があるのですが、参拝者のみなさんは順番にその中心に立って、お祈りしたり、元気玉を受ける孫悟空みたいに万歳したり(笑)していました。パワースポットなわけですね。
本殿の前に立つ金属製の灯篭。
さて、ここで引き返しても良かったのですが、鞍馬寺にはさらに奥の院魔王殿というその名を知られたお堂があります。これまたパワースポットなわけですが、そこまでの道のりにはちょっとした峠を越える必要があります。
母にそのことを話した上で、「行ってみるかね?」と尋ねたところ、行く気になったので、さらに奥へと進むことにしました。
最初は元気よく歩いていましたが、すぐに急な階段の連続となりペースが落ちてきます。
休み休みながら道中にある峠に到着。これは峠にある「義経の背比べ石」。源 義経が幼少時代を過ごした鞍馬寺を離れて奥州藤原氏の下へと向かう際に、名残を惜しんで背比べをした石だそうです。
「すぐ奥の院」と記された道標。言葉どおりに受け取るとつらい思いをします(笑)。
峠の先からしばらくは急な下り。帰り道はこの坂を登ってこなければならないわけです。
不動堂を通過。
奥の院魔王殿まではもう一息です。
小さな谷に倒れ込んだ倒木。幹の上に落ち葉がビッシリと積もり、苔も生えていて、まるで小径か橋のように見えます。
木の根道です。母がつまずいて転ばないように見張りながら進んでいきます。
本殿から歩くこと約40分。ようやく奥の院魔王殿に到着しました。
奥の院魔王殿には、650万年前に金星から地球に降り立ったという魔王尊(サナート・クマラ)が祀られています。この話を知ったのは、オカルト雑誌「ムー」でしたね(笑)。中学生の頃だったかな。
奥の院魔王殿で5分ほど休憩して、すぐに引き返します。もう少しこの場所の雰囲気をゆっくり味わってもいいかと思うのですが、用が済んだらさっさと戻りたいようです。ここまでの道中ですっかり疲れてますからね。
峠下の階段をゆっくりゆっくりと登っていきます。
峠の横にある木の根道。
まずは本殿まで戻ってきました。この頃になると雨が降り出してきました。
帰りもケーブルカーに乗り、お寺を下山しました。
さて、山門まで戻ったところで、姉が「お腹が空いたのでお昼が食べたい。」と言い出しましたが、門前には適当な飲食店がありません。
「大原に和食屋があるみたい。」ということで、東側に山を越えて、左京区大原へと移動。大原三千院がある所ですね。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。
母に「この辺りが大原だよ。」と言うと急にソワソワした様子に。母がお気に入りだった大原在住の外国人女性を取り上げたドキュメント番組の舞台だとわかったからです。こちらもそれを知っていたから伝えたわけですけどね。
結局、姉が検索したお店の場所や入口がよくわからず、三千院入口にあった別の和食店に入ることに。
私は「京都だから」という訳でもないですが(笑)、湯豆腐定食をいただきました。湯葉よりはお腹に溜まりそうでしたから。
母は店員さんに「あの番組のことを知ってますか?」と尋ねて、「その方なら店に来たことがありますよ。」と返事をされ、何か有頂天になってましたね(笑)。鞍馬寺へ行ったことよりも、その外国人女性が来たことのあるお店に来られたことの方を喜んでるようでした。まあ、今回のドライブ、結果オーライだったのかな(笑)。
Posted at 2023/04/11 17:45:16 | |
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