2019年01月17日
福祉は絶対必要なのに
福祉…老人介護、障害者介護、保育、学童保育などは極めて必要性の高い分野だ。
今日では共稼ぎをしなければ家計が成り立たないほど賃金が低くなっている。また、女性は出産/子育てのために一度退職すると時間が経つほどによい職を得るのが難しくなり、早期の復帰が必要になる。保育や学童保育のニーズは高い。
人は老いれば必ず介護を必要とするようになる。老人介護は必須であり、高齢者が増加する以上そのニーズは高まり続ける。
障害者は必ず生まれる。生まれつきのこともあれば事故によることもある。自分も、自分の家族も、自分の子も障害を負う可能性はある。誰もがリスクを負う以上、その負担軽減は社会上必須であろう。
誰もが安心して生きられる充実した社会のためには、福祉の充実は必須と言える。
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しかし、福祉は儲かりにくい。福祉の利用者が富裕であれば問題ないが、むしろ収入が限られることが多い。それが故に社会保障として福祉を運用しなくてはならない。
とはいうものの、つぎ込めるお金には限りがある。福祉に従事するものは賃金が低くなりやすい。また、介護や保育は重労働であり、汚い、危険の要素も大きい。
高負担である上に賃金が低ければ働く人の質も低くなる。これはサービスの質とも直結する。
介護士も保育士も児童指導員も学童指導員も、人手不足だ。
待遇が悪ければ、すこしでも働きやすいところに人が偏るのは当然だ。同じ賃金でも理解があり働きやすいところなら人はやめにくくなる。
民間活力の導入として、税金を使った民間委託の福祉サービスが行われるようになったが、利益を求めて参入する以上利益の確保が第一になり、福祉への理解が不十分で、待遇や働きやすさが二の次になりやすい。サービスの質の低下を改善しようと報酬改定をするが、その結果廃業が相次ぎ、サービスの利用者が困ることになる。
そもそもが民活という考え方に無理があるのだ。
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人手不足は、待遇を改善すればかなり解消する。しかし、今考えられているのは外国人労働者を低賃金で働かそうということだ。
ところが最近では日本における外国人労働者の悲惨な待遇が知られるようになってきており、一方で制度設計も初めから都合よく使い潰して追い出すものになっているから、なり立つはずがない。
たとえば韓国の方が遙かによい待遇を得られるので、いずれ日本パッシング(日本無視)になるのは目に見えている。
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保育や学童保育では、必要とする人員配置を緩和するなどが行われているが、当然質の低下、事故などのリスクの上昇が起こる。
介護、保育の分野は本来高い専門性を必要とする。それが低賃金故最底辺の職という位置づけになってしまっている現状では、質の低下、人手不足はひどくなるばかりだ。
福祉を軽視し、税金を食い物にして国民への還元を二の次にしてきたこの国を根本から作り直さないと、おそらくどうにもならないだろう。
わかっていたことにロクに対策もせず税金を好き勝手に使い、あげく税金は高いのにサービスは得られない。
サービスをなんとかしようとするときには、何故かそれを名目には税金を食い物にする連中をあえて介在させる。
本当にこの国はどうしようもない。
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福祉と優生思想はセットのような存在かも知れない。生産性のない老人、障害者は切り捨てろ、という考えはかならず出てくる。
しかし、前述のように、障害はいつ自分にも起こる問題かわからない。そして人は必ず老いる。
すこしでも安心して暮らせる社会のためには、誰もが幸せに生きられることを目指す社会である必要がある。
都合が悪くなれば切り捨てられる社会、自分もいつ切り捨てられるか分からない社会に暮らしたいだろうか。
子供に手がかかるなら女は子供の面倒を見ろ、という考えも廃れない。確かに自分の都合のためだけに子供を預け自由を得ようとする母親はいるだろう。だが、現実の日本は労働人口の減少、貧困化の中で、労働力確保が最重要だ。また、介護や保育などが十分な待遇を得られるのであれば当然職業として検討される。働き口の確保としても大きな意味を持つ。
切り捨てればいいという考え方は、どんどん社会を縮小・萎縮させる。
今の日本は金持ちさえ生き残ればいいというどうしようもない国になっている。いずれ国は成り立たなくなるので、そのときは富裕層は国を捨てるのだろう。自分たちの利益しか考えない連中がこの国を左右していることを考えると、絶望的な気持ちになる。
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Posted at
2019/01/17 11:57:13
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