韓国では徹底した検査と隔離を行い、現状では医療崩壊を起こすことなく抑え込めている。
一方、公式には最近になって増え始めた死亡数は韓国に追いつこうとしている。暗数を含めればすでに超えているかもしれない。
もちろんこれは単純に死亡数であるので、人口を勘案し、100万人に対する死亡数ではまだかなり日本の方が少ない。
しかし、これもロクに検査をしてこなかった日本のデータであるから、実態はこれを大きく上回るであろうことが想像できる(日本における信頼できるデータが無いため、補正をしても仮定が多すぎて意味を持たないだろう)。
最近の日本の死亡者数の立ち上がりは感染の深刻化だけでなく、検査を増やしていることも貢献しているはずだ。
実態が分かれば効果的な対策を採りやすくなる。
何よりオープンで信頼できるデータが存在することが、余計な疑念を払拭する。
そのことが、深刻な事態へ直面させることになるかもしれないが、政府や自治体への信頼を継続させることにはなるだろう。
隠蔽、捏造は必ず何かと整合しないために明らかになる。それを行った政府や自治体への信頼は失われる。
我が日本政府はもうこれまでに嫌と言うほど捏造や隠蔽を繰り返してきた、前近代的な政府であることが明らかになっている。この中で暴動が起きないのが世界的感覚では不思議でならないが、それが戦前から継続している戦後日本の、全体主義的教育、制度の結果であろう。搾取を受け入れ、政府を無謬と信じ、奉り、擁護する。政治をアンタッチャブルと考える。結果として起きているのが、特権的な世襲議員が占める政府による搾取と富の偏在の進行だ。彼らは国民が傷つこうとも自ら支援しようと考えない。自分らの利益になるかどうかという視点でしか政治を行おうとしない。戦後日本の民主主義は形式だけで実態は全体主義が色濃いものだが、現状は更に悪く、民主主義における市民代表の政府では全くなくなっている。
国民が声をあげることこそが、このどうしようもない政府を動かす唯一の方法であろう。
少しでも世界標準の市民に近付くべきだ。
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2020/04/21 00:04:35