日本ではツーバイフォー住宅が傷みやすい。日本は湿気が多いという話に対して、米国経験のある某氏が、
「米国がいつも乾燥しているなんて嘘だ。NYなんか云々…」
「米国も湿気が多いのだから条件は変わらない」
みたいなことを言い始めた。
いや、だったら、西海岸の車がサビが極めて少ないので中古車として評価が高いとか、西海岸側のピアノは乾燥しすぎて響板が割れやすいので、中古では要注意とかはどうすんのよ?
北米大陸の真ん中は雨量が少ないから草原だし。北米の多くは乾燥気味の土地だ。
広大な北米大陸の一部の印象だけを代表みたいに言わないで欲しい。それに比べて日本は高温多雨多湿な地域だ。何しろ日本のどこでも森林が成立する。これは雨量が多いことを示している。
実際、実家の隣のツーバイフォーの家は、かなり早くにバルコニーが朽ちてしまった。古いツーバイフォー住宅は傷みやすいとは業界でも言われている。
しかし、24時間換気をするようになってからはツーバイフォーもかなり改善したらしい。
北米では100年程度は保つツーバイフォーは、日本でも機械的に通気管理さえしてやればやはり腐りにくいらしい。
そうした処理がなかった在来工法の日本の住宅はかなり寿命が短い。布基礎で土から湿気が上がってくるのが普通だった。しかし今は高耐久性と高断熱を目指した結果通気にかなり気を使うようになってきているし、基礎もベタ基礎になって湿気のコントロールがしやすくなっている。
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さて、それでは気候の違いを検証。
広い米国は各地で気候が違うことは常識。
自分は一応自然科学の徒なので、印象論ではなくデータでものを言うことにする。
まず、某氏が湿度が高いと力説していた東海岸側のNYと、比較のための東京のデータだ。
NYは、湿度が大きく変化することなく、60%前後で安定している。
中学理科で習ったように、相対湿度は空気が含むことができる最大の水分に対する、その空気に含まれている水分の割合で表す。
湿度が安定しているということは、温度が高い時期には水分量が増え、温度が低い時期には水分量が減っているのではあるが、大西洋から空気が供給される時期と大陸内部から空気が供給される時期があり変化が大きそうなNYで、こんなに湿度が安定しているとは思わなかった。
NYは天気の変化、年間を通じての気温の変化は大きいが、思いの外湿度が低く、木材にとっては腐りにくい環境と言えそうだ。
比較して東京は温度変化が大きいだけではなく、湿度の変化も激しい。何より日本付近に独特な『梅雨』という珍しい季節が存在する。梅雨前線に被われて曇りがちで雨量が多く、湿度がかなり高くなる。データを見ても6月平均で80%にもなっている。その後も10月までの5ヶ月もの間、気温は高めで湿度が高い季節が続く。
一方冬は非常に乾燥する。
日本に欧米からピアノを輸入すると、乾燥が進んでいる木材が湿気で反り、修正が大変なのだ。なじむまでに時間がかかり、調整期間が長くなる。多くの場合、欧米と日本では木材にとっての環境が違うのは明らかだ。
また、多くの場合、日本の環境は木材を腐らす木材腐朽菌によってはきわめて好都合な環境だ。木材腐朽菌については後述。
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今度は湿度が低いと例に挙がりやすい西海岸のサクラメントのデータがあったので見てみる。
表のままで申し訳ない。
サクラメントは、夏場は気温が高いが湿度は低い。
冬場は降水量がやや増え、気温が下がる分湿度は上がる。
これを見て、ホラ見ろ、湿度が高い時期があるじゃないか、日本と同じだろ!などと早合点してはいけない。
サクラメントの冬は寒いので生物の活動は低調なのだ。当然木材を腐らせる木材腐朽菌も活動しにくい条件なのだ。木材腐朽菌については更に後を参照。
西海岸から東に進むとロッキー山脈があり、その東には砂漠が広がる。山脈を越える空気のフェーン現象の為だ。アジアなら中国西域の砂漠が相当する。
更に内陸になると北米の草原が広がる。一般に大陸の内陸部は海から遠いため、乾燥しやすく大きな草原が広がりやすい。アジアならモンゴルなどのステップ(温帯草原)がそれに当たる。
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次は北欧のスウェーデン。北欧ではツーバイフォー住宅がよく普及している。
これも表のままで申し訳ない。
湿度のデータも無しだけど、そもそも年間を通じて降水量が少ない。夏はそれなりに温度が上がるが雨量が少ない=湿度低い。冬は温度が低く、雨量(降雪量)もそれほど多い訳ではない。
木材にとっては都合のいい環境だ。
しかし、ホント雨すくな。
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こんなデータがあった。空気中の水分量(絶対湿度)のデータだ。
これを見ると、上海、神戸は空気の含水率が高い。
比較して、他の都市はそこまで大きな変化とはなっておらず、変化が少ない都市が多い。
北米東海岸側のアトランタやワシントンは比較的絶対湿度が高く、西海岸側のサンフランシスコが低い。
パリ、ロンドン、バンクーバーはそもそも絶対湿度の変化が少ない。
しかし、思いの外日本の絶対湿度が低く見えるな。これについては後述。
上海と東京を比較してみよう。
先ほど見たように、東京は特有の長い梅雨と太平洋高気圧の影響があるので、夏場の湿度が極めて高い。
一方、上海は鹿児島あたりの北緯で、気温が高く、日本に似た気候。
上海も気温変化や降水量変化は似ている。さすがは同じ東アジアである。
しかし、意外にも上海は年間では湿度が70%台。夏は気温が高い割りに日本ほどは雨が降らないので湿度が上がりにくい。
東京が極端に乾燥するのは、冬に大陸からの季節風が日本列島の山脈を越えるときに起きるフェーン現象のためだ。
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さて、先ほどの含水量のグラフだが、上海より降水量が多い東京の方が絶対湿度は高いと思われるので、あれ、と思ったが、よく見れば日本の都市は神戸だ。
神戸は東京とは気候が違う。小学校でやった、瀬戸内式気候だ。だから、冬は温暖、夏は温暖少雨で過ごしやすい。
温暖で変化が少ない神戸を東京など太平洋沿岸地域と同一視して見てしまうとおかしなことになってしまうのだ。
データを正しく読むことは大事。思いこみや印象でものを語ってはいけないのだ。
これはこのあとに引用するブログの記述に見られる読み間違いの要素になっている。
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その含水量のグラフの引用元なのだが、すごいことが書いてある。画像で引用する。
え、日本の建築にはすぐ腐るように何か仕掛けられているの? などと思った方は、陰謀論に騙されやすい才能の持ち主なので気を付けるように。
ブログのグラフと主張だけ見ると、日本の相対湿度が世界的には実は低く、もっと湿度が高い国々は多いのに木造住宅は高耐久性があるから日本の建築には何か問題があると思わされてしまうかもしれない。
しかし、懸命な方はすでにお気付きであろう。
一つは日本の都市として上がっているのは温暖少雨な神戸であり日本でも特に湿度が低い都市であること。神戸は東京と違い、梅雨から夏季にかけても湿度が80%に届かず冬季の乾燥もあまりない。
もう一つは木材を腐らせるのは木材腐朽菌のはたらきが無視されていることだ。
木材腐朽菌などは高温多湿を好み、よく活動する。
冬場の低温高湿度とか、夏場の低温高湿度の地域では活動は当然低調になる。
一方、日本の梅雨から夏季のような高温高湿度環境は木材腐朽菌が極めて良く活動する条件なのである。
木材腐朽菌の繁殖条件は、適度の水分、温度、酸素、栄養分であり、湿度85%以上、木材含水率が20%以上、温度は20 - 30℃、高温多湿の環境を好み、酸素を必要とし、栄養分は木材に含まれるリグニン、セルロース、ヘミセルロースである。
Wikipedia 木材腐朽菌
神戸の湿度が日本の中では比較的低いのに、これと他国と比較して、神戸の場合を日本に一般化するのは当然いけない。一般に日本列島太平洋側の絶対湿度はそれより高いのであるから。 更に木材が腐る本当の理由(木材腐朽菌の活動)を考えず、湿度の高低だけでものを言ってはアウトだ。
木材の含水量は空気中の水分量や相対質量と比例するわけではないらしいが、環境に水分が多いほど水分を含みやすく、水に浸かればてきめんである。
高温+多雨多湿は木材腐朽菌が活動しやすい環境なので木材が腐るのである。
多雨高湿環境が不利なのは当然である。むしろ腐らなかったらえらいことだ。白色腐朽菌がまだ存在せず木が腐りにくかった石炭紀以前に逆戻りである。
なお、高校生物基礎の植生の遷移の項でなるべく話しているのが、環境による土壌の厚さの違いの話である。
熱帯多雨林では落葉層や土壌が薄い。これは、植物が死んで腐っても、早急に他の植物に利用されていくため、土壌である時間が短いのだ。それ故、熱帯林を伐採すると薄い土壌が容易に雨で失われて砂漠化しやすい。
寒冷な地域に行くと、落葉層が厚くなる。これは植物が死んでも細菌や菌類のはたらきが寒さのために不活発で腐りにくいからである。
生物は環境と密接であり、当然、生物の活動も環境に影響与えている。
条件の違いがその地域独特の生態系を形作るのである。
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話を戻そう。
日本の在来工法の家が長持ちしないのは、古くからの技術では日本の環境で木材を長持ちさせることが難しかったからだろう。
お金をかけた木造建築では防腐処理に始まり、こまめなメンテナンスで長く持たせている。もちろん痛んだ部材はその都度交換である。定期的に大改修を行う訳だ。
一方、お金をかけられない安普請の木材建築は、最初から定期的に立て替えることを前提にしてきたのだろう。幸い日本は木材資源が豊富だった。
都市部に多く立てられた小さな木造住宅は、腐りやすいだけではなく、地震にも火事にも弱く、大いに問題があった。特に戦後に多く建てられた木造住宅は、個人所有であり、規模が小さく、古い住宅設備しか持っておらず、また核家族にあわせたものになっているために、家族構成が変わったり住宅内設備の更新をしたりするときに建て替えられやすかったようだ。また、耐震性を考慮しての建て替えも行われている。このため、比較的短い経済寿命となってしまっていたらしい。
建築基準法で徐々に耐震性、耐火性などの向上が義務づけられた。今日では省エネルギーや延焼防止の観点で空気の出入りが抑え込まれ、換気が必須の住宅も増えている。今日のツーバイフォー住宅では24時間換気システムが付けられているので、湿度の問題からかなり解放されている。それ故、以前より腐りにくくなったそうだ。今日の木造住宅は100年保たせることも可能だという。
木材住宅が、環境に依らず長寿命だということはあり得ない。
高温多雨多湿の環境は木材にとっては厳しく、それを新たな技術を加えることで抑え込もうとしているのが現状なのだろう。現代の木造住宅はかなり進化している。その結果寿命は延びているようだ。
気候の比較もせず印象だけで米国も湿度が高いから日本と同じだ、とか、データを恣意的に取りあげて(或いは本質を理解せずに)湿度は木材の腐りやすさに影響しないとか言うのはいかに馬鹿げた話かということだ。
いずれも、せまい視野に基づく思いこみによるものであり、サイエンスの徒は絶対に犯してはならない愚である。
追記:
北緯35度の都市同士の雨温図の比較。東京はいかにも降水量が多い。
高校生物基礎でも取り扱うが、日本は非常に降水量の多い国である。