ここ数日間で思うところがありましたので、久々に 「毒吐きブログ」 を書くことにしました。今回のお題目は3つです。 ※文末に追記あり。
以下、あくまで個人的な見解ですので、絶対的なものではありませんし、また強制力もありません。ただし 「そのように感じる人もいる」 という実例として、とらえていただければ・・・と思います。
■引用文にも著作権がある
私はネット上に自分のWEBページ(いわゆるホームページ)を開設する前は、パソコン通信(NIFTY-Serve)を利用していました。今さら昔話をするつもりはないのですが、そこではシスオペ(会議室の管理人)が会員に、あるいは掲示板のベテラン会員が新規会員に、ネットマナーを教えるという文化がありました。
その中の一つに
・引用は最小限に
・出典は明らかに
というものがありました。
自分の考えや意見を述べるとき、他人の発言や記事を下敷きにしながら、話題を進めることがあります。その際、「自分のコメントよりも長文の引用をしない」 ことで、「
相手に読みやすく、分かりやすい配慮をする」 ことを学びました。
しかし最近、みんカラ内のブログで、ネット記事をそのまま丸ごと引用しているものを目にしました。そのブログは、10/30(金)時点で 「イイね!」 が2200件以上、付いています。非常に注目度の高いブログです。目安として文字数をカウントしてみると、ブログ本文で約1700文字、ご本人の文章が約240文字。実に、ブログを構成している文章の8割以上がネット記事の引用になっていました。
引用元の記事はすぐに見つかりました。
Yahoo!ニュースに載っていました(→
こちら )。
ニュースは公共性があり、不特定多数に読まれることを前提としていますが、記事にも著作権はあります。ブログ上で自分の意見を展開する際に、どうしても不可欠な場合は、その記事を ”自分の言葉で要約する” とか、あるいはリンク先を貼って ”出典を明らかにする” べきではないかと思うのです。
いくら冒頭で 「Web記事の転載です。」 と明記していても、そもそも出典を併記していませんし、ブログ中に占めるご自分の言葉は約14%。しかるに、50件以上寄せられたコメントの中にも、その点を指摘するものは皆無です。WEB記事にだって著作権はあるでしょうに。
ここで私が言いたいのは、決して 「引用するな」 ということではありません。
冒頭に書いた通り、「必要最小限」 に留めて 「出典を明確に」 するべきでは? という思いです。
私自身も、ブログを構成する上で他の記事を引用することはあります。
例えば直近の例として、補機ベルトのスリップ異音を解消するための手段として 「タルクパウダーを塗布する」 という特許情報を紹介した場合です(→
こちら )。この場合は逆に、「出典を改編せずに、そのままの文章で引用する」 配慮をしています。
安易に何でもコピペで引用できてしまうネットの世界ではありますが、思いがけずトラブルの元となってしまう危険性もあります。「他人の文章を引用する」 という行為について、今一度、深く考えてみてはいかがでしょうか。
■SNSは閉ざされた世界ではない
以前、私は 「襲撃する(←オフ会などに飛び入り参加する、などの意味)」、「被爆する(←カーショップなどで、他人の買い物につられて自分も衝動買いする、などの意味)」、「逝く(←思い切って散財する、などの意味)」 について、言葉本来が持つ意味をよく考えるべきだ、とのブログを上げたことがあります。
理由は、その言葉を目にしてイヤな気持ちになる人がいるかもしれない、という配慮に欠けると感じたからです。私は都内在住ですが、復興中の東北地方の方が読んだらどんな気持ちになるか。「被爆」「襲撃」「逝く」 という言葉を使った本人には、まったく悪気はないのでしょう。でも、「気がついた人」 が 「気がつかない人」 に 「気付いていただく」 ようにすることは、無意味ではないはずです。
<↓震災から年月が経過した2015年11月現在でも、各地で復興イベントが開催されています>
ところで最近、「何シテル?」 の発言の中で、「拉致監禁ありがとうございました」 というものを目にしました。どうやら出張か何かで地方に立ち寄った際、その地方在住のみん友さんに温かくお出迎えしてもらい、楽しいひとときを過ごした。・・・そんなお礼の言葉のようです。
◎拉致(らち):むりやりに連れていくこと(
goo辞書 より)。
ある個人の自由を奪い、別の場所へ強制的に連れ去ること(
wikipedia より)。
◎監禁(監禁):人を一定の場所に閉じ込めて、行動の自由を奪うこと(
goo辞書 より)。
人を一定の区画などに閉じ込め、そこから出る自由を奪うこと(
wikipedia より)。
もちろんシャレ(ユーモア)のつもりなのでしょうけど、みんカラは決して
クローズドのWEBサイトではありません。IDを持たない非会員でも閲覧は可能です。日本のみならず、世界中でも 「見られてしまう」 ことができてしまうのです。
LINEなど、特定の個人のみに限定された世界ならば別ですが、
「ネットに書き込む」=「不特定多数に見られる」 という意識はもっておいた方が良いのでは?と感じました。「拉致」 とか 「監禁」 という言葉は、いくらシャレでも、非常に重たい言葉だと私は感じてしまうのです。
<↓スマホ向けアプリ : SmartNews の 「国内ニュースカテゴリ」 からのスクリーンショット>
■相手の立場で考えたことはあるか
次も時々見かける例なのですが、お世話になっているカーディーラーから新型車発表のダイレクトメールが届いたり、お客様感謝デイなどのイベント情報をお知らせする封書が届いたときなど、「オイ!コラッ!出頭しやがれ~という脅迫文が届いたので、ディーラーに逝ってみた」 ・・・などとするブログがあります。
もちろん、これも単なるシャレのつもりの文章であることは明白です。
でも、こうした文章を見たディーラー関係者はどう思うことでしょう?
私は決してディーラー関係者ではありませんが、セールスマンを始め、ディーラースタッフ全員が 「来店いただいたお客様をもてなそう」 と知恵を絞って、日々打ち合わせを重ね、試行錯誤し、努力する姿を知っています。過去にも、そのような例をブログで紹介したこともあります(こちら →
クイズラリー、
バルーン・アート、
子供免許証)。
だからこそ、いくら 「シャレ」 のつもりの表現とはいえ、そうした文章を目にするたびに、少し悲しい気持ちになってしまいます。「
自分の書いた文章を、相手の立場になって読み返したことはあるか?」 私が密かに心がけていることです。
■あとがき
最後に補足を入れておきます。上記のような私見を述べると、少なからず
「ブログでチマチマと揚げ足とるなよ!」
「言うんだったら、裏でこそこそ言わんと直接本人に言えや。」
「あんた、何様のつもり?」
という意見が噴出することがあります。
ただ、お友達登録もしておらず、それまでの訪問歴もない 「初見の他人」 からいきなり 「引用文は最低限にするべきでは?」 などというメールが届いたら、受け手はどう感じるか。決して良い思いはしないと思います。また、本人様に思いを伝えることができたとしても、それは当事者に対してのみ、という具合に限られます。むしろブログアップして 「このように感じる人もいるのだ」 と書いた方が、当事者以外の 「
予備軍」 にも伝わる効果が得られると考えます。
以上、偉そうなことを語るつもりは毛頭ありませんが、「NIFTY-Serve(パソコン通信)」 でネットマナーをたたき込まれてから、いわゆるインターネットの世界に上がってきた履歴を持つ私としては、
・引用の仕方に注意(出典は明確に)
・みんカラはクローズドではない
・相手の気持ちも考慮しているか
について、
「気がついた者」 の立場として 「気付いていない方々」 へ伝える機会を作る ことも、広義の 「
コミュニケーション」 になるのではないか、と思っています。単に仲間内でワイワイガヤガヤするだけがコミュニケーションではないはずです。
実は私が出来ることも、ここまでです。
ここから先の判断や行動については、読み手の方々に委ねます。
つきましては、より多くの方々が みんカラを通じて建設的な意見を出し合い、「楽しく・ためになる・実のある」 交流ができれば、と思っています。
《追記》 2015-11-01(Sun.)
その後、機会を得たのでご本人様の関連ブログに直接、当方からフォローのコメントを入れましたら、コメントに返信いただくのではなく 「そのブログが丸ごと削除されて ”無かったこと” にされました」。
当方がコメントを入れた時点で、すでに他の複数の方々から 「イイね!」 が付いていたブログだったのですが。収束に向けては、確かにそれも対処の一つなのでしょう。でも 「イイね!」 を付けたのに消されちゃった人の立場って・・・。(※ブログの公開先を限定できる機能が実装される前の話。)
「その場にいた方々」 は同じ空気を吸って場の雰囲気も分かっていらっしゃるでしょうから、何か言っても意味が通じるので失礼になるとは思いません。むしろ、その場にいない不特定多数に誤解されないように配慮すべきでは? と申し上げたかったのですが、真意を伝えるのは難しいと感じました。
また、この件でご相談に乗っていただいた第三者の方にはお礼申し上げます。