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小林あにのブログ一覧

2023年12月25日 イイね!

浅間高原シャクナゲ園・草津温泉・白根山などをドライブして回りました

2023年11月3日(金)、この日は祝日休みだったので、姉の誘いで母も連れて3人で長距離ドライブへと出かけてきました。

姉からは最初「浅間山の鬼押出しへ行こうか。」という話でしたが、私が「溶岩ばかりなだけで面白くなさそう。」と言ったため、「それなら、浅間高原シャクナゲ園という所へ行ってみようか。眺めが良いみたいだから。」ということで、浅間高原シャクナゲ園へと目的地を変更して出発しました。

豊田東ICから高速道路に乗り、長野県の岡谷ICで高速道路を下ります。岡谷からは国道142号を走り、立科町から長野県道40号へ。東御市で国道18号へと一旦出て、続いて県道94号へと入り、湯ノ丸高原へと上っていきました。

湯の丸スキー場で小休止。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

湯ノ丸高原を少し下った所から、林道棧敷山線という山道を走行。嬬恋村の高原へと出てきました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

広々とした開放感のある眺め。ここでもしばし小休止。




林道を突き当りまで進んで右折し、嬬恋村道鳥居峠車坂線へと入ります。村道の道中はずっと砂利道。まあ、いわゆるフラットダートだったので、さして気にすることもなく30km/hくらいのペースで走行。


さらに林道群馬坂線へと入り、ようやく浅間高原シャクナゲ園に到着しました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

シャクナゲ園のある場所は活火山である浅間山の北麓。火山活動に関する注意看板が立っています。


こちらはシャクナゲ園の成り立ちについて記された説明板。


ここも絶景ですね。林道棧敷山線の出口よりも高台にあるので、よりパノラミックな展望が楽しめました。ただ、天気が良過ぎて、やや霞んでしまっていたのは残念でした。




駐車場から坂を上ってきて、母・姉はややお疲れ気味。展望を堪能するのもそこそこに、車へと戻ることになりました。




さて、次はどこへ行こうかという話になり、私が「せっかくここまで来たんだし、行ったことのない草津温泉まで行ってみる?」と提案。向かうこととなりました。

草津温泉の入口にある大きな足湯。きれいな建造物で、割と最近に整備された施設なのでしょう。


名物の「湯畑」へとやって来ました。今まで、テレビや写真でしか見たことがありませんでしたからね。それにしてもよく賑わっています。










街の入口にある公営駐車場と「湯畑」の間は、そこそこの距離と急坂があったため、母は歩き疲れてしまい、帰りは歩くペースがすっかり落ちてしまいました。

昼御飯は駐車場の近くにあったピザ屋の屋台でピザを買い、みんなで分けて食べました。


さて、これで帰ろうかということになり、どうせ私が運転していたので、「明日も休みだし、もうこのまま白根山を越えて信州中野まで出て、そこから高速道路に乗って帰ろう。」と話し、「好きにすればいい。」ということで、国道292号で信州中野へ向かうこととなりました。

本当は白根山に立ち寄りたかったのですが、最寄りの駐車場が封鎖されていたためそのまま通過。帰宅してからネットで調べたら、現在は噴火警戒レベルが「1」のために、駐車場を封鎖しているとのことでした。

白根山を素通りし山田峠を越えた先で、たくさんの車が駐車している場所が目に入り、車を停めました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

駐車場所のすぐ北側に多くの人が登っている小高い丘があったので、私も登ってみました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

山々が幾重にも連なって見えます。


これから通っていく先の国道292号が見えています。山腹を通過する国道にはロックシェッドが連続していて、危険な場所を通過していることを窺わせます。


草津白根山。活火山のため、草木が生えていない荒涼とした山頂部です。




国道292号の渋峠です。本当は手前にある国道最高地点に停まりたかったのですが、駐車スペースが空いていなかったため、代わりにここで停まりました。




場所はこちら。


渋峠から志賀高原へと下っていく道中は、道が狭いのと高低差が激しいこともあって、なかなか緊張を強いられました。その分、迫力ある景色が楽しめましたが、運転中なので「チラッチラッ」と見るのが精一杯なのは残念でした。

信州中野ICから高速道路に乗り、長野道姨捨SAで小休止。この後も休み休みしながら、のんびりペースで帰宅しました。


Posted at 2023/12/25 23:43:20 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2023年12月23日 イイね!

【奈良県十津川村】「旧逓信道」を歩く(2)

2023年10月28日土曜日、奈良県吉野郡十津川村上葛川を通る「旧逓信道」を途中まで歩いてきました。

前回(1)では、この場所まで来ました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

沢を塞ぐようにカーブで築かれた石垣です。一番下の部分には、沢水を流すためなのか穴が開いています。


沢の上流側にも低い石垣が組まれていて、ちょっとした築堤になっています。


植林地を通り抜けていきます。


二股に育った杉の片面が枯れてしまったものなのでしょうか。


道が崩れて、ガタガタに荒れた斜面になっています。足元に気を付けながら通過します。


また切り通しを越えていきます。


切り通しを抜け、ガレ気味の荒れた場所を歩いていきます。奥には石垣が見えています。


岩の切り取り工に石垣を組み上げて道を通しています。


小さな沢を石垣で埋めてあります。沢の水を石垣の路上に流すようにした「洗い越し」のようです。




目の前の斜面が崩落して、道が完全に寸断されています。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

寸断された場所からほんの少し戻り、下側へと迂回していきます。


迂回ルートの岩壁には、明らかに人工的に削られた跡があります。まだ「旧逓信道」が現役の頃(少なくとも里道・生活路として。)に、すでに本来の道筋は崩落により通行できなくなり、この迂回ルートを造り直したのかもしれません。




迂回ルートから上を見上げると石垣が残っています。ただ、本来の「旧逓信道」の道筋はさらに上の黄色の線の部分を通過しているので、何のための石垣なのかはよくわかりません。


迂回ルートを100mも歩かないうちに、滝のような大きな段差がある枯れ沢に遭遇しました。この部分も、「旧逓信道」の本来の道筋は崩落により消滅したようです。


枯れ沢を渡ると、迂回ルートは急斜面を無理やり上り、「旧逓信道」の本来の道筋へと復帰します。






倒木が被さっている場所にロープが掛けられています。


木製桟道が腐って落ちています。ここもロープでバランスを取りつつ、わずかな岩の出っぱりを伝って通過します。




岩の切り通しを通過。


ここも材木を並べた桟道があったようですが、ご覧のとおりボロボロ。張り出した岩の上を歩いて渡ります。一応、登山ルートではあっても、廃道転用のマイナーなルートなので、管理の手はなかなか及ばないようですね。


岩壁に沿った崖道です。きれいな壁面ですが、やっぱり自然にできたものなのでしょうね。


そして谷側を覗き込むと、けっこう縮み上がるような高さなんですよね…。


岩場の崖道が続きます。


荒れた沢を通過します。


まだまだ石垣が現れます。この「旧逓信道」、本当に一体どのくらいの期間と費用を掛けて整備された道なんですかね。きちんとした来歴が知りたいものです。


そして、岩の切り通しを通過。


ここも本来の路面が流失して凹地になっています。大きな破断はないので、一歩一歩注意しながら通過していきます。




場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

大きな根っこの塊が道を塞いでいます。ここは山側を通っていきます。


岩壁と石垣の道が、崩れながらもまだまだ奥へと続いています。


どうにも怪しい雰囲気の木製桟道…。念のため、岩壁にもたれ掛かるようにして通過します。


これはいかにも人の手で削った感じがするゴツゴツした壁面。


また道の状態が悪くなってきました。地形図で確認すると、この辺りから尾根まで上るようです。ただ、この現場を見ると、崩れやすい場所を踏み跡のような細道で上っていく感じ。


この日は夜に用事があったため、もともと目的地を定めて踏破することまでは考えていませんでしたが、道の状況や時間的なことを踏まえて、この地点で引き返すことにしました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

まだまだ気は抜けませんが、元来た道を引き返していきます。


白いキノコの上に誰が乗せたのか唐辛子の瓶が…。意味がわからん…。


往路ではハラハラした道中も、復路では状況がわかっているので、要所要所は注意しつつ、サクサクと歩いていきます。








上葛川の集落まで戻ってきました。ようやく一安心です。


自分の車もちゃんと待っていてくれました(「もしかして無くなっているかも…。」という気持ちは、毎回ちょびっとだけ持っています(笑)。)。


今回の探索ルートの全体図です。青線は未踏の「旧逓信道」、赤線が今回踏査した部分です。往復距離8.6km、4時間45分の行程でした。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。


※地理院地図(電子国土Web)に加筆。


※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

また出直して、続きを歩くかどうかは未定です。いっそ歩くなら、下北山村浦向側から笠捨山へと向かい歩くか、上葛川の集落からさらに十津川村折立方面へと歩いてみることを考えています。

ただ、「旧逓信道」のことをネット検索しているうちに、今度は十津川村内の旧道「西熊野街道」の記事を見つけてしまったり、先回探索した立合川には、実は対岸側にも木馬道があることを知ってしまったりと、いろいろと興味をそそるネタが出てきて、訪問する優先順位をどうしようかといったところです。

まあ、一番の問題は、自宅から片道4~5時間かかる場所ばかりであることなんですけどね。

最後に、ネットで調べることができた「旧逓信道」の情報について記しておきます。ちなみにネットで閲覧できる地誌の類で、この道を「逓信道」として記述しているものはありませんでした。

今回「旧逓信道」と呼んでいる道については、「笠捨越」という呼び名が一般的なようです。「奈良県吉野郡史料」の内、下北山村の道路の項目によると、「(前略)大字浦向より笠捨峠を経て十津川村上葛川に通ずる里道(後略)」とあります。

次に「下北山村史」です。

1924年(大正13年)の吉野郡役所あて僻地小学校の調査報告書に次のように述べられています。「(前略)隣村十津川村に通ずる山道、『笠捨越』の如きは、これまた数里の間人家絶えて無き険坂にして、或いは道と云わんよりは、僅かに人跡を印すと云うが当れるとなす所あり、怪物、野獣、強盗、追剥等につきては、前述伯母峰(東熊野街道の峠)よりも甚だしきものあり、堂々たる男子にして大抵のものは道連れを雇いて越すを例とせり(後略)」。

険しい山道というだけでなく、危険極まりない場所で、男性でも一人で歩けないほどだ(わざわざ「道連れ」を雇うほど。)と言っています。まあ、脚色もあるような気がしないではありませんが…。

「十津川への道」という項目にも「笠捨越」が記載されています。「浦向の奥地から奥地谷をのぼり、十津川橋を渡り笠捨峠を登り詰め、一寸向こう側へ下りて白谷辻を右すれば白谷奥へ、左すれば笠捨山の北の方から葛川上流に下り、田戸・小原・折立・平谷方面に通じている。約十五キロの間家一軒無い淋しい山道で、よく熊が出た。椎茸作りに来る人などよく通り、幕末頃北山中を震え上がらせた天誅組が越えてきたのもこの道であった。」。人家の無い寂しい山道であるという点は、僻地小学校の調査報告書と同様です。

それから「十津川への道」には、「同じく熊野川水系に属しながらも、大峰山から南に連なる奥駆道の稜線は北山と十津川を隔てる大きな障壁だった。主な道路はみな南北に通じ、両者を結ぶ道らしい道もなく、したがって交流も少なかった。」ともあります。

最後に「郵便局」の項目。これは「笠捨越」とは直接関係ありませんが、浦向郵便局は1882年(明治15年)に開局したこと、「当時の郵便は不動峠(浦向の南東側にある峠。)を郵便夫の肩に背負われて運んでいた。」とあります。

この記述から、十津川村上葛川から「旧逓信道」である「笠捨越」を通り、下北山村の郵便局と郵便物のやり取りをしていたというのであれば、それは浦向郵便局だったはずです。

逓送ルートとして不動峠を通行していたということですが、新宮(和歌山県新宮市)の郵便局と直接郵便物のやり取りをするようになってからのことでしょう。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

「約十五キロの間家一軒無い淋しい山道」であることと、「両者(十津川村と下北山村)を結ぶ道らしい道もなく、したがって交流も少なかった。」(=両村間の郵便物の往来も少ない。)という理由により、岩壁を切り取り、石垣を築き上げて造られた「逓信道」は早々にその役目を解かれてしまったのでしょう。
Posted at 2023/12/23 21:43:45 | コメント(1) | トラックバック(0) | ドライブ・道路・廃道 | 日記
2023年12月16日 イイね!

【奈良県十津川村】「旧逓信道」を歩く(1)

2023年10月28日土曜日、奈良県吉野郡十津川村上葛川を通る「旧逓信道」を途中まで歩いてきました。

この「旧逓信道」は、「立合川木馬道」の情報をネット検索していた時にヒットした、近隣の笠捨山(標高:1,352.7m)への山行記録などに記載されていたものです。道中の風景写真を見て、「なかなか面白そうな道だな。」と思い、今回訪れたわけです。

ネット検索で得た伝聞での情報によると、この「旧逓信道」は明治時代に十津川村の郵便局と東隣の下北山村の郵便局の間の郵便物や小包の輸送(「逓送」なんて言いますね。)に利用されていた道だそうです。当時は「郵便逓送人」と呼ばれる人がいましたから、その人達が郵便物や小包を担いで運んだのでしょう。

ただ、「旧逓信道」が通る山の奥深さや険しさによるものか、利用された期間は短かったようで、早々に新宮(和歌山県新宮市)の郵便局から十津川村の郵便局と下北山村の郵便局へとそれぞれ逓送便が往来するように変更されたそうです。

現在は山行記録にあるように、上葛川から笠捨山などへの登山道として利用されているようです(ただし、サブルート的な利用度のようですが。)。

当日の朝8時過ぎ、「旧逓信道」の入口となる十津川村上葛川の集落の近くへとやって来ました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

駐車場所から坂を上り、上葛川集落へと向かう道の交差点まで来ました。ここは集落の西側になります。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

この交差点に巡回バスのバス停とポストがありました。


上葛川の集落の中を歩いていきます。家はけっこうありますが、居住しているような気配はあまり感じられません。


集落内にもポストがありました。私は団地住まいなのですが、その団地内には一つもポストがありません。なのに、この小さな集落には二つもポストがあるとは…。


集落の東はずれまで来ました。入口の交差点にバス停があったので、集落内にはバスは入ってこないものだと思っていたら、こんな場所にバス停がありました。


集落を振り返ります。斜面に立つ門型の遺構は索道の跡でしょうか。


ここからは林道を歩いていきます。


林道の折り返し地点まで来ました。「旧逓信道」はこの場所から始まるようです。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

入口には、近隣の山である笠捨山や地蔵岳への案内板や石碑が立っています。




それでは「旧逓信道」へと踏み込んでいきます。序盤から最近歩いた「立合川木馬道」を彷彿とさせる岩の切り取り工や石垣が目を惹きます。




さっそく岩を開削した切通しが現れました。単なる登山道なら、わざわざ岩を削り取って道を通すような労力は掛けないでしょうから、やはりそれなりには重要な道だったことが窺えます。


岩壁を切り取った狭い道が続きます。谷側に木が生えているので、あまり気にはなりませんが、眺めの良い絶壁だったら通行するのに躊躇しそうです(笑)。




そして、どこからともなくこの道にゴムホースが合流してきました。多分、上葛川集落へ水を引くためのものでしょう。施設管理用として「旧逓信道」を利用しているためか、道が崩れた場所には橋が架けられたりもしています。






頭上の岩がせり出していて、「片洞門」のようになっています。


「旧逓信道」と表示された案内板。設置者の「新宮山彦ぐるーぷ」さんは、周辺の山々の登山道整備や山小屋管理を担ってみえるようです。


「上葛川飲料用水道」の立て看板。どうやら、ゴムホースは集落の簡易水道の送水管だったようです。


路面が崩れた場所に渡し板が架けてありますが、外れてしまっています。ここは左側へと迂回していきます。


沢に鉄板の橋が架かっています。そして、さらに左方向へも橋が分岐しています。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

橋の上流側に滝がありました。そして、滝の上へとゴムパイプが渡してあります。どうやら、ここが簡易水道の水源地のようです。滝の水量から見て、他にも水源地はありそうですけどね。


荒々しく削られた岩壁の前を通っていきます。


ここも道幅が狭くなっています。木々のおかげで、不安感はあまり感じませんが。


深く削り込んだ岩の切り通しです。岩を伝うように巨木も生えていて、なかなか見応えがある場所です。


ここははっきりと石垣が見えています。今のところ、ここまではけっこう苔むした石垣の方が多いように感じます。


木製桟道が取り付けてありますが、木材が腐食気味…。踏み抜かないようになるべく山側に身を寄せて通過します。


岩を道幅分だけくり抜いて、逆コの字型に造られた「片洞門」。これだけしっかりと形が残っているのは心躍りますね(笑)。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

「片洞門」を抜けると渡し板が架けてありましたが、ここも腐って傷んでいます。左側へと岩伝いに迂回していきます。


そして、ガッチリと組み上げられた石垣。全面が苔で覆われてしまっているのは私的には残念ですが、それでも立派な遺構の一つです。


先ほどの「片洞門」を振り返って。


苔むした石垣の上へと上がり、岩壁の横の細道を進んでいきます。




ここは石垣が崩れてしまって、岩盤が剥き出しになっています。取り付けられているロープをバランス取りに使い、渡っていきます。


この道は、木材を運搬する「立合川木馬道」に比べると、道幅が狭い場面が多いです。「人が荷を担いで歩ける程度の道幅があれば十分。」という判断なのでしょう。




凸凹な岩の地盤を平らに埋めるように石垣が積み上げられています。


切通しを通過していきます。


少し傾斜が緩やかな地形ですが、路肩にはしっかりと石組みがされています。


岩を切り取った区間も繰り返し何度も現れます。


ガレ場となった沢を横断していきます。道が完全に埋まってしまうと、不安定な石の斜面を歩くことになるので厄介です。


岩を豪快に削り出して道が造られています。


ここも手前側は石垣が崩れて路面が無くなっているので、岩壁に掛けられたロープを頼りに路面へとよじ登ります。


谷側を見下ろすと垂直の崖になっています。そんなに怖くはないですが、気を抜くことはできません。


路面が欠落したところに材木が並べられていますが、これは上に乗りたくないですね…。左側の足元に少しせり出した岩を足場にして渡っていきます。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

※その(2)へ続く。
Posted at 2023/12/16 17:55:00 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ・道路・廃道 | 日記
2023年11月21日 イイね!

【十津川村・北山村】立合川木馬道を探索する(4)

2023年10月21日土曜日、奈良県吉野郡十津川村と和歌山県東牟婁郡北山村の境を流れる立合川の渓谷に残る立合川木馬道を再び探索してきました。今回の目的は、10月14日に引き返した地点から、さらに奥へと、できる限り木馬道の探索を進めることです。

前回(3)では、ここまで進んできました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

さて、巨岩の下を通って沢を渡っていきます。


道が抉れていますが、山側寄りに歩いて越えていきます。


植林地、自然林、植林地と目まぐるしく樹相が変化していきます。






こんな斜面は滑りやすいので、足場を確かめながら慎重に進みます。


ここも荒れた場所ですが、まあ何とか通過していきます。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

細い踏み跡を進みます。


ワイヤーの束が落ちています。木馬を操作するのにワイヤーが使われたそうですが、これがそうなのでしょうか。それとも索道用のものなのか、それとも全然別の用途のものだったのか。


植林地の中を進んでいきます。


平場が現れました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

用途不明の金属製の鍋。鍋底辺りには中身を出すためのものなのか、細長い口が付けらています。


散乱する酒瓶。かつてはこの場所に飯場でも建っていたのでしょうか。こんな山奥では、仕事以外ですることと言えば、お酒を飲むくらいだったのでしょうかね。


索道のワイヤーに掛けて使用した滑車でしょうか。


「ここに活動拠点があるなら、もしかしたら奥へと向かう木馬道は一旦途切れているかも。」と心配しましたが、木馬道は整地されたりすることなく、ちゃんと奥へと続いていました。




けっこう危うい場所を進んでいきます。


そして間もなく道筋が途絶えてしまいました。真下まで10mくらい切り立った場所です。この先は桟道があったのでしょうか。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

進めなければどうしようもないので、迂回するために沢まで下りてきました。


先ほど立っていた行き止まりの場所を見上げています。丸印を付けた場所です。


見えにくいですが、写真中央部の岩場に石垣があります。木馬道の続きです。


岩場にスプレーで丸印が付けられています。そしてその先に生えている木にも赤色のペイントがあります。ここが迂回路のルートであることを示すサインと思われるので、矢印のように入り込んでいきます。


斜面を見上げると、やはり石垣が続いています。目印を参考に、登りやすいルートを探しながら斜面を登ります。


無事に木馬道へと復帰しました。木々が生えていて、手がかりや足場の多い斜面で助かりました。


所々、岩場を切り取り工で削りつつ、石垣道は続いていきます。






また変な育ち方をした木に遭遇しました。なぜこんな育ち方をしたのか…。


ここの岩もきれいな断面をみせています。割ったり削ったりしようとすると、きれいに剥離しやすい岩なのでしょうか。


路面が崩れて、岩場に狭い足場だけが残っています。ほんの短い距離ですが、足の置き場、運び方をいちいち考えながら、岩壁に手を添えてバランスを崩さないように慎重に渡っていきます。


まだ、こんなガレ場の方が安心して歩いていけます。


狭い回廊のような崖道が続きます。






この木馬道を歩いていて、初めて岩盤を開削した切り通しに出会いました。


切り通しの先も崖道が続いているようです。


路面に段差ができています。左側は高い絶壁。注意しながら段差を上がります。


クランク状に木馬道が続いています。


直線の突き当りまで行き、そこでゆっくりと左方向へと体の向きを変えました。切り通しからこの場所まで、多少は腰が引けていましたが、まだ大丈夫でした。

そして進行方向へと目線をやります。そして目に入ったのは、とても細く凸凹な路面。そして、何よりも底が見えない奈落…。不意に恐怖心が湧いてきてしまいました…。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

一度恐怖心が湧き上がると、もう冷静でいられません…。強烈な動揺が体を硬直させます。少しでも落ち着くために、背後の岩壁に背中をくっつけて体を固定します。

そんなことをしながらも、まだ「ダメか?いや、行けるかも。」と逡巡はしていました。もう少し緩やかな場所だったなら、時間をかけて何度も頭の中で通過のシミュレーションをしているうちに、多少なりとも心を落ち着けたかもしれません。

しかし、今立っている場所は、すでに危険な場所の只中です。そんな場所で恐怖心に捕らわれてしまいました…。大げさな話かもしれませんが、この状態では進むどころか、ここから切り通しまで引き返すことすら怪しいです…。

進むべきか、戻るべきか、どうすれば落ち着くか等々、いろんな事をグルグルと考えていましたが、いつまで経っても動揺は全然落ち着きません。

出した結論は「四つん這いになってでも、とにかくこの場から引き返す。」。こうなれば、切り通しまで引き返すことだけに集中します。

すり足で切り通しがある方向へゆっくりと体を向き直します。あとは動揺する気持ちを何とか抑え、「大丈夫、大丈夫。」と自分に言い聞かせながら、一歩一歩慎重に戻っていきます。

ひとまずは安全圏内まで引き返すことができました…。




その場にいた時は5分くらいは経っていたと感じていましたが、撮影時刻で確認すると、切り通しから直線の突き当りまで歩き、立ち尽くして、そしてこの写真の場所まで引き返すという行動にかかった時間は、12時28分から12時30分までの、ほんの2分程度の出来事でした。

奥地まで踏破した方の記録によると、おそらくこの写真の先で、十字型の鉄梯子で岩壁の上方へと迂回するルートに遭遇するはずでした。さすがにそんな場面を通過できるだけの技量も経験も度胸もないので、そこが今回の探索の終点になると踏んでいましたが、結果的にはその場所にすら辿り着けませんでした…。


今までにも、こんな場面で引き返したことはいくらでもありました。気持ちとしては、想定した場所まで辿り着けなかったことは残念な事ですが、こういう時は、「安全第一、安全第一。命あっての物種だよね…。」というようなことをつぶやきながら帰ります。

まずは立合川橋まで無事に戻ってきました。


さらに有蔵トンネルを通過し、車まで戻ってきました。


前回引き返した地点から、今回引き返した地点までのルート図です。今回の総歩行距離は9km、6時間の探索でした。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

さぁて、どうしたものか…。自分が決めた「終点」まで残した距離はおそらく50mから100m程度。その距離を再アタックするためだけに、車で片道4時間走行して、さらに片道4.5kmを歩かないといけません(笑)。

引き返した場所へ行ったとして、次はちゃんと「通過できる」とは限りませんから、徒労に終わることも想定しておかないと「精神的な疲労感」が半端ないことになります(笑)。まあ、またやる気が起きたら行ってみますかね。この木馬道の道中自体は楽しかったですから。
Posted at 2023/11/21 00:58:28 | コメント(0) | トラックバック(0) | 立合川木馬道 | 日記
2023年11月17日 イイね!

【十津川村・北山村】立合川木馬道を探索する(3)

2023年10月21日土曜日、奈良県吉野郡十津川村と和歌山県東牟婁郡北山村の境を流れる立合川の渓谷に残る立合川木馬道を再び探索してきました。今回の目的は、10月14日に引き返した地点から、さらに奥へと、できる限り木馬道の探索を進めることです。

前回訪れた時は、国道169号東野トンネルの東側坑口前の駐車帯に駐車しましたが、今回はすでに先客が駐車していたため、さらに東側の小松トンネル西側にある広い路肩へと車を駐車しました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

有蔵トンネルをくぐり、立合川木馬道の入口へと向かいます。




立合川木馬道へとつながる連絡路の入口に来ました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

さっそく前回の引き返し地点へと歩を進めます。






前回の引き返し地点に到着しました。


ここで、細く深く抉れた溝を飛び越えて、段々になっている岩場を登っていきます。


途切れた木馬道の先端まで戻ってみました。


それでは木馬道を奥へと進んでいきます。




倒木に躓かないよう注意して歩いていきます。


沢で木馬道が途絶えました。迂回するため、巨岩がゴロゴロしている沢底へと下りていきます。


露出している根っ子を手すり代わりにして、木馬道へと登り直していきます。


けっこう険しい場所を通過していきます。その場を歩いている時は、特に気にならないんですけどね。




それでも、こんな風に樹木に囲まれている場所はやはり安心感があります。




沢の中へと延びている短い築堤がありました。橋の長さを少しでも短くするためのものでしょう。側面は両側とも石垣で固められています。




いびつな生え方をしている木。もしかしたら、元々は木と岩の間にも土か岩があったのかもしれません。


穏やかな様子になりました。


なだらかな稜線を巻いていきます。


稜線を越えて斜面が変わったら、踏み跡程度に細くなってしまいました。シダ類が生えている場所は崩れやすい場所が多いので、足元に注意しながら進みます。






岩場を切り取り、石垣を積んで造られた道を進んでいきます。






土砂で埋もれてしまった凹地を通過していきます。こういう場所は、少しでも余裕を持てるように、できるだけ高い場所を進みます。


ここの斜面は、滑り落ちるとさらに抉れた沢の岩場へと落ちてしまいます。


木馬道へと根っこが伸びてきていて歩くのに邪魔なので、谷側の端っこを注意しながら進んでいきます。


「R2.4.23 森林調査」と書き込まれた杉。3年半前にここまで調査目的で入ってきた人がいるんですね。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

見上げてみると植林地になっています。生育状況の調査だったのでしょうか。


またいびつな生え方をした木がありました。こういうヘンテコな生え方をした木を見るのも、山歩きの楽しみの一つと言えます。




高くて立派な見ごたえのある石垣ですね。




このような角が立っていてメリハリの利いた石垣道は「好物」ですね(笑)。


剥き出しになった岩盤の上に、前後の路面をつなぐ高さで石垣が積まれていますが、今となっては砂防ダムみたいなものです。


手前の倒木は、通行の邪魔にならないように、人の手で切られた跡があります。


表土が流れて、凸凹の岩が剥き出しになっています。出っ張った部分を足場にして渡っていきます。


端正な石垣道の先端に沢が見えてきました。


この沢も巨岩がゴロゴロしていますね。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

※その(4)へ続く。
Posted at 2023/11/17 00:06:01 | コメント(0) | トラックバック(0) | 立合川木馬道 | 日記

プロフィール

「新車「エブリィワゴン」でドライブしてきました(2) http://cvw.jp/b/1796277/48744226/
何シテル?   11/02 20:24
「小林あに」と申します。よろしくお願いします。 休日はドライブしたり、廃道となった旧道や峠の古道を歩いてみたり(煉瓦製のトンネルや暗渠も好物ですが、最近は...
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奈良市内の寺社を一人巡ってきました 
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2025/10/25 10:51:03
旧伊勢本街道「飼坂峠」南方の廃道を探索する(1) 
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2025/09/25 14:32:27
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