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2023年09月09日

万古隧道から万古集落跡の周辺を探索しました(2)

2023年8月5日土曜日、長野県飯田市南信濃南和田の万古集落跡の周辺を探索してきました。今回の主な目的は、万古集落跡から泰阜村方面への秋葉道(中道)のルート確認になります。

前回(1)では万古隧道を出発し、万古集落跡の内、北側の集落の跡で廃屋を見て回りました。


次に集落跡を南北に隔てている小さな峠へと登っていきます。


この峠道の途中にも、すでに電線が撤去された電柱が残っています。


稜線が見えてきました。


峠に着きました。この峠を地元の人々は「庚申ぼつ」と呼んでいたそうです。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

峠の西側にある石碑群。供養塔と思われます。


峠の東側にも石碑や石仏があります。


名号碑(南無阿弥陀仏碑)。側面には「享和四子年」と彫られています。享和4年は西暦1804年になります。


秋葉山大権現・金毘羅大権現碑。秋葉山大権現は火除け・火伏の神です。金毘羅大権現は海上交通の守り神とされていますが、「海」に関わる神であることから「水」にも関わる、よって「火除け・火伏」の神でもあるという論法のようです。石碑の右側には「文政十三寅十月吉日」とあります。文政13年は1830年になります。


こちらは石仏群。


中央の石仏は青面金剛像でしょう。青面金剛は庚申信仰の本尊であり、この峠を「庚申ぼつ」と呼ぶ由来になったものと思われます。光背には「享保十二年」と彫られています。これは今から296年前の西暦1727年となり、年号が読み取れた中では最も古いものです。


青面金剛像の台座。だいぶ摩滅していますが、「見ざる聞かざる言わざる」の三猿が彫られています。


こちらはおなじみの馬頭観音像でしょう。


さて、ここ「庚申ぼつ」には、秋葉道(中道)から東側へと分岐していく道がありました。けっこうしっかりとした道筋です。予定外となりますが、この道筋を少し辿ってみることにします。


しばらく歩いていくと使われていない電柱がありました。これもかつて万古集落跡へと電線をつないでいた電柱でしょう。


つづら折りが現れました。


さらに進んでいくと道筋が崩れて、踏み跡程度になってしまいました。


今回の目的ではない道筋なので、ここで引き返しても良かったのですが、道筋にずっと並行している電線の行き先が気になり(電柱は無く、生えている木に電線を設置してある。)、もう少し進んでみることにします。


路肩に石垣があります。この先にあるかもしれない一軒家か作業小屋へ向かうだけの道なのかと思っていましたが、どうやらきちんとした道筋のようです。


そして、一軒家が現れました。「こんな所にあったのか!」とびっくりしました。


ネットで万古集落について検索すると、この家の家人である年配女性に聞き取りをした方が、2018年12月にツイッターへその内容を投稿した記事がヒットします。

私がびっくりした理由は、この家は万古川沿いの万古集落跡のどこかに建っているのだと勝手に思っていたので(実は投稿記事には地図も掲載されていましたが、全然気にしていなかった。)、よもや集落からこんなに離れた山奥の斜面にある一軒屋だとは思いも寄らなかったからです。

場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

そのやり取りについてここでは記しませんが、さらに遡ること2015年12月には、その女性は秘境駅「為栗駅」を定期的に利用する方としてテレビの取材も受けています。取材当時で76歳とあり、ご健在なら83歳でしょうか。


この家は、この土地が気に入った夫婦が自分たちで建てたものだそうです。テレビ取材や聞き取りされた当時は、天龍村平岡にある現在の住居から為栗駅まで電車で来て、駅からは険しい山道を歩いて通っていたそうです。

私は、聞き取りされた方のように、玄関で「こんにちは!」と声を掛ける勇気があるタイプの人間ではないので、家の周囲を外から見回しただけですが、雰囲気からして、もう現在は通われていないように見えます。


さて、この家の先にも道筋が続いているのか確認してみたところ、やはり道筋は続いていました。




倒木が多いですね。


石垣がありました。ほんの一区画だけの石垣なので、社やお堂が建っていたのか、家屋があったのかもしれません。


小さな切り通しを通過していきます。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

ちょっと厳しめの崩落地を越えていきます。下の方に石垣が見えていますので、本来はもう少し下の位置に路面があったのかもしれません。踏み跡は赤線のように付いていましたが、そのとおりに歩くのは怖かったので、黄線のように高巻きして通過しました。


きちんと道跡が残っている場所では、馬を連れて歩ける程度の道幅があります。


小さい沢ですが、V字に切れ込まれていて、対岸へと渡るのに手こずりました。


また崩落地が現れました。進めないことはありませんでしたが、今回目的とする道筋ではなかったので、ここで切り上げることにしました。


場所はこちら。


「庚申ぼつ」から近い場所で電気メーターを発見。メーターを読むためだけに一軒家まで入り込むのは大変ですからね。


「庚申ぼつ」まで戻ってきました。


峠の南側の集落跡へと坂を下っていきます。




坂の途中の左側に、秋葉道(中道)へとつながるように大きな切り通しがありました。こんなものを見つけてしまっては、そのまま見過ごすことはできません(笑)。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

入り込んですぐの場所で、戸倉沢(真下を流れる沢)にぶつかって道筋は途絶えてしまいました。


ひとまず沢まで下りて、対岸へと渡ります。


道のようなものが続いているので、跡を追っていきます。


程なく、沢沿いの道筋は植林地の中でわからなくなってしまいました。続きがないかと周りを探してみたところ、折り返して斜面を登っていく道筋を発見。


この道幅の割に、とんでもない急坂で登っていきます。


右側に崩落地が見えてきました。


覗き込んでみると、道筋の部分まで抉れているような感じだったので、真っ直ぐ行かずに左側へと迂回します。


半月状の石垣に囲われた場所が現れました。一体何なのでしょうか。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

左側を見ると、高い石垣が奥へと続いています。


確認は後にして、さらに道筋を辿っていきます。こちら側も奥へと石垣が続いています。


大きな崩落地に遭遇して、先へと進めなくなってしまいました。


ここで地形図を確認してみると、崩落地の先は7月29日に探索した万古集落跡から谷京峠への峠道につながっているようでした。ということは、大きな切り通しからの道筋が、秋葉道(中道)だったようです。集落跡内で峠道の入口を探しても見当たらなかった理由がわかりました。

場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

秋葉道(中道)の道筋がわかったところで、先ほどの高い石垣の行方を確認するために引き返してきました。


写真ではわかりづらいですが、高い段差で区切られた棚田状の耕作地の跡だったようです。段差部に石垣が積まれていました。


潰れてしまった廃屋がありました。作業小屋だったのかもしれません。


この突出した地形の上にも棚田状に耕作地跡が残っています。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

秋葉道(中道)が通る側の反対側へと来ました。耕作地の長辺は100mくらいはあるでしょうか。このような耕作地跡が棚田状に斜面の頂上まで続いているのです。どれだけの年月と労力をかけて整地したのか、想像もつきません。


切り通しまで戻ってきました。


「庚申ぼつ」からの下り坂の続きを歩いていきます。


こちらの道筋は、万古川の河原へと飲み込まれてしまいました。


場所はこちら。

※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

このまま南側の集落跡までは進もうと思いましたが、河原の先の方から子供のはしゃぎ声が聞こえてきたので、ここで引き返すことにしました。ヘルメットをかぶった汗まみれの怪しい人間がいきなり現れて、楽しい雰囲気に水を差すこともありませんからね。

聞こえてくる声からして家族連れのようでしたが、子供連れでどうやってこの場所まで入り込んだのだろうか…。まあ、為栗駅方面から万古川の河原を歩いてきたんでしょうけど、わざわざこんな奥までねぇ…。

帰り道も「庚申ぼつ」を越え、廃屋の横を通っていきました。なお、吊り橋は渡らずに真下の河原を渡りましたが(笑)。






万古隧道前の駐車場所へと戻ってきました。


今回探索したルート図になります。


今回で万古集落跡から谷京峠への峠道の集落跡側出入口が判明しました。あとは、「我科村四辻」までの秋葉道(中道)のルートも探索するつもりでしたが、最近の例に漏れず(笑)、疲れてしまってそちらは断念しました。

あとは、「庚申ぼつ」から分岐していた道筋ですが、これは戸倉沢沿いの斜面の中腹を辿り、戸倉山からの尾根を越えて、遠山谷側の名田熊集落とをつなぐ峠道だとわかりました。

※5万分の1地形図「満島」:明治41年(1908年)測図、昭和8年(1933年)要部修正測図。

「我科村四辻」への峠道と名田熊集落への峠道については、またあらためて探索してみたいと思います。万古隧道前を出発点にするとしても、それぞれが真反対の方向へ向かう道筋なので、別々の日に探索することになるでしょう(体力的に(笑)。)。

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