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2019年07月12日 イイね!

徳川宗家「第19代目」が参院選に出馬


徳川宗家「第19代目」が参院選に出馬 自民党ではなく立憲民主党を選んだ理由
2019年6月13日 6時0分 デイリー新潮

(以下部分引用)
――改めて、なぜ出馬を決心されたんですか?

徳川家広氏(以下、徳川):私は19代ですが、16代の徳川家達(1863~1940)は1898(明治31)年に東京市長選に担ぎ出されそうになりました。そこで勝海舟(1823~1899)に相談へ行ったんですね。

 すると勝から「徳川家の人間なのだから、よほどのことがない限り、政治に関わってはならない」とアドバイスされたそうです。

 家達は1884(明治17)年の華族令で侯爵となり、90(明治23)年に帝国議会が開設されると貴族院議員となりました。

 1903(明治36)年から33(昭和8)年までは貴族院議長を務めました。貴族院に選挙はありません。人選は内閣が行い、陛下のご下命で就任いたします。(註:正確には満25歳に達した伯爵・子爵・男爵に叙されている者の同じ爵位の華族による互選で選ばれた)

 その後、家達は「よほどのこと」が起こり、国際政治の表舞台に立ちました。1922(大正11)年に、世界初の軍縮会議となったワシントン軍縮会議で全権を務めたのです。

 会議では保有艦の総排水量比率を、米と英が5に対して日本は3と定められました。更に日英同盟が失効し、米・英・仏・日の四カ国条約を結びました。会議の結果に反発する世論も少なくなかったわけですが、だからこそ家達しかできない仕事だったのではないかと思っております。

 私も、今の日本では「よほどのこと」が起きていると判断して立候補を決断いたしました。今年4月に行われた北海道知事選に出馬するか検討していた際も、同じ問題意識を持っていました。


 なかなか興味深い。
 
 
Posted at 2019/07/12 22:10:43 | コメント(0) | トラックバック(0) | 政治・行政・マスコミ | 日記
2019年07月12日 イイね!

労働組合と意識

 今まで4つの職場で働いてきたが、労働組合があるところとない所があった。

 ある職場は労働組合の活動がかなり熱心で、おかげで労働環境の改善が随分なされていた。
 一方、労働組合がない職場は、労働環境が明らかに悪い。
 この職場では仕事の仕方についてのマニュアルがないために同じことの手順が人によってちがって混乱を生み、指揮命令系統が不明確で、責任は末端がダイレクトに負い、人がバラバラに動いていて極めて不効率だ。誰もが無駄だと思っている仕事をやめて改善する発議も起こらない。こういう職場は今まで経験したことがなかった。
 これが労働組合がない故なのか、こういう職場文化だから労働組合を組織することにもならないのか不明だが、関係はあるのだろう。要は働いている人間が組織としてとらえて動いていない、悪しき個人主義に陥っていると言うことだろう。

 労働組合が、非正規職員をどう扱うかにも差があった。
 非正規職員の待遇を悪化(しかも、非合法な方法で)させて正規職員の負担軽減を訴え、実行させていた職場があった。
 一方で、労働組合が非正規職員の労働環境、賃金の改善を訴え勝ち取っていた職場もあった。

 労働組合があるとないとで大違いであるし、労働組合の質もメンバーに左右される。

 ブラックな経営があたり前になっている日本で振り返ってみると、労働組合が機能しなくなっている面も大きいだろう。
 高度成長期に労働組合が分断・懐柔されたり、悪イメージを広められることでの組織率の低下が起きていたりもした。
 日本式経営の中で労使一体とされ、それなりの待遇の中で組合運動が力を失い、いざ事が起こってみると労働者の側に対抗策がなくなっていた。ストライキなど、滅多に見なくなっている。

 労働組合に限らない。権力に対抗するデモのような手段も、現代の日本ではレアだ。

 結局、権力の横暴がまかり通り、それを当然ととらえる全体主義的社会が現代日本としか言いようがない。

 選挙制度はほんらい民主主義を機能させる道具立てであるが、他に類を見ない高い供託金によって、事実上ごく限られた層にしか被選挙権がない。市民の代表となり得ておらず、それが選挙に対する関心を低くさせている。

 諸外国と異なり、意図的に政治教育を行っていないことも、政治が市民と遠くなっている原因の一つだ。そのために、政治はアンタッチャブルという意識が強く根付いている。政治について語ることが現体制の転覆=危険な共産主義者という戦前から権力によって植え付けられてきた観念がなおも染みついていることがあるのだろう。これは今も極右の主張である。


 結局、国の制度として政治と市民を分断させているのが日本だと言える。

 近代国家では国民のために国があるのであって、国のために国民がいるのではない。

 しかし、残念ながら、日本では国民のために国があったためしがない。明治期以降日本という国家が成立しているが、天皇のため国のためという名目で権力者のために国民が利用されるものだった。戦後もたらされた民主主義も、反共のために全体主義を温存させたため、名目だけになってしまった。

 その結果が、国民を虐げ、一部の権力層ばかりが優遇される前時代的な現代の日本の姿に反映されている。

 米国の占領政策は真の民主主義を広めると言うより、米国に都合のいい国に作り変えるものであったし、日本の権力者は自ら米国を仮想天皇としてあがめ、自ら冨やものを差し出してくる。日本は米国としても想定外の属国になった。
 現代日本では、米国を事実上の元首と位置づけ、そのもとで日本の権力者が庇護され権力を振るう体制が維持されている。
 元首が替わっただけで、基本骨格は戦前と変わっていない。民主化への抵抗が政治権力によって続けられている。

 戦後政治を担ってきた自民党が、他の被占領国同様米国によって作られたものであり、同時に戦前の政治権力者がそのままシフトしたことが、まさに米国に傅き戦前復古を進める現代日本とぴったり重なっている。
 鬼畜米英を唱えていた戦前保守勢力が突然鞍替えした親米保守なる摩訶不思議な存在は、権力構造の保守であると考えれば合点納得がいく。

 三権分立も不十分で、マスコミの権力監視も十分機能せず、他先進国と比較して明らかに市民から距離のある選挙のあり方を見て、日本人が何も感じないのは、まさにそれしか知らないからだろう。
 この現状を変えることへの抵抗勢力が保守勢力なのだ。
 それが異常であることに気付かない限り、その中で育った日本人は現状を肯定し続けるのだろう。

Posted at 2019/07/12 08:11:14 | コメント(0) | トラックバック(0) | ひとりごと | 日記

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