自分自身は使用済み燃料の処理もできず、一旦事故が起これば壊滅的な被害が起こりかねないということから反原発の立場で原発を見ていた。地震や津波、テロに対してかなり無防備であることも知っていたので、
3.11の1年前、チリ地震の際に地震による原発事故に言及もしたことがある。
その立場で3.11での原発事故を見たとき、「それ見たことか!」と思ったのは事実であり、これからどれだけの被害が起こりうるか、最悪のシナリオをまず想定し、現実に起きていることへのすりあわせを行っていった。
出てくるデータはいずれも最悪の想定からはかなり軽微な被害で、拍子抜けする感もあった。もちろん、それとて大きな問題であるのであるが、メルトダウンまで起こしていながら、その割には被害は少なかったと言える。もちろん、高い線量が観測されている地域の避難が後手に回ったり、必要以上に放射線に対する危機意識が高まり多くの混乱が生まれたことなども大きな問題ではあった。
一方で、被害が少なかったことは原発の再稼働、原発容認の動きを強めることになるので、複雑な心境であったのは正直なところだ。
そんな中でも、科学的に装いながら、一部のデータを全てにあてはまるように印象づけ、大きな被害が今まさに起きているかのようにミスリードして反原発の主張をする人物がいた。そうした人物が一気に脚光を浴びていたことには、嫌悪感を持った。彼らは自分の目的のためには人をだまそうが何をしようが許されると思っているかのようだった。
また一部の人たちが、当初から、政府・東電不信を一歩進め、すべてを根拠のない陰謀論で塗り固めていて、彼らがひたすら放射線被害があることを望んでいるかのような言動を繰り返していたことを、
一種の病理としてみていた。彼らは壊滅的な被害が起こっていないと困るのだと分かっていた。そのための証拠を探し続け、見つからなければそれを全て陰謀としてしまう。都合のいい主張をしているものを内容の検討もなく持ち上げ続ける。
そうすることで彼らは自分の存在を有意なものにしようとしている。彼らが特殊な心理状態にあることを認識していた。
そうした心理を解説しているブログ記事があったので一部引用して紹介しておきたいと思う。是非リンクから元の記事を読んでいただきたい。
放射能被害の発生を声高に訴えてきたオオカミ少年は、悲劇を望むようになる - 開米 瑞浩
2013年03月10日 13:30
先週、WHOが「福島で健康被害が出る恐れは極めて小さい」という報告書を出したり、環境省からは「子供の甲状腺調査結果でも福島県で他県と比べて異常な結果は出ていない」というニュースが出てきました。それは喜ばしいニュースのはずですが、不思議なことに「脱原発」に熱心な人々からはあまり「よかった」という声が聞こえてきません。それどころか「どうせ国は真実を隠しているのだろう」といった陰謀論に走る人々もいるほどです。
それはなぜなのか、どうして彼らは素直に喜ばないのか、を理解するために、少々長い記事を書きました。一見、原発とは関係なさそうな話から始めますが、それが「急進的脱原発」派の行動をよく説明できるものなので、じっくり腰を据えてご覧ください。
簡単に言うと、「原発は危険だ危険だと言い続けて来た人にとっては、原発事故で健康被害が起きてもらわないと自分が嘘をついたことになるので都合が悪いため、明るいニュースを喜ばない」という話です。オオカミ少年は悲劇を望むようになる、というのはそういうことです。
そんな馬鹿な、と思うかもしれませんが、実際こういうことが起きているので詳しく説明しましょう。ということで本題です。
(以下続く)
Posted at 2013/03/17 14:46:54 | |
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