2011年08月23日
■明治維新というと、尊王の名の下に、日本人が一致団結・・・なんて
ドラマの見すぎでしょう(笑)
今の大河ドラマで、お江与が、あんなにみんなに大事にされたかといえば、
嘘付けコケといわれるように、
維新のパワーの源は紛れも無く経済活動です。
■長州と薩摩の共通点って何でしょう?
双方とも大藩ですが
答えは、「借金を踏み倒した」です。
薩摩・・・調所改革
長州・・・村田改革
膨大な借金を、無利子無限払いとし、
その結果できた現金=「キャッシュ」で、討幕運動を企んだ
とんでもない輩です。(笑)
まあ、キャッシュを生むだけの収益力は薩長には備わっていたという事ですね。
ここは原発とは違います^^;
■要するに、儲けようとしたら、中央政府と対立した。
結局はそういう話でもあります。
だから藩は下級武士の暴走を止めず、
その活力が明治維新に繋がったともいえるでしょう。
また藩での権力闘争が頻発し、反権力派が志士という
統制不可能な物体を生み出しました
■だから、日本のような島国で、強力な自治を与える意味はありません。
地方自治の時代なんて嘘八百。
江戸時代に戻るだけ。
■そもそも、薩摩も長州も、ほぼ借金を踏み倒したのですから
商人に「情報」を与え、儲けさせようとすることによって
商人の信認を得ようとしました。
勢い、情報革命が幕藩で起きたのです。
情報はただですから、
そして、それは権益への目覚めでした。
特に薩摩は、琉球支配を強化します。
■やがて、幕府が持つ様々な権益を奪う為に
彼らは尊王を建前とし、岩倉や三条と言った公家と組み
クーデター(王政復古の大号令)を起こすわけです。
■で、借金は廃藩置県で、国が負うことなく有耶無耶になります。
これが経済から見た明治維新です。
ようは完全に踏み倒したんです、借金を^^;
■その信用を引きずった西郷は、引きずられて西南戦争を起こしたともいえるでしょう。
なので、そういったしがらみを断ち切った明治の元老は大概「人でなし」です。
もうこれはしょうがないことなんです。
このように考えると明治維新も経済が革命を起こした
一つの事例ともいえるかもしれません。
世の中は結局「意志+ゼニ」が動かしているのかもしれませんね。
Posted at 2011/08/23 20:06:14 | |
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経済から見る明治維新 | 日記